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㉓ レオルドルート 後日談Ⅰ


 模擬戦のあと――私はレオと口論になった。


 口論の内容は、母上の庭園を焦土とした「責任」を、どちらが取るかについてだ。


 レオは、自身の魔法が原因で発生した被害なのだから、

 「私がすべての責任を負います」と、殊勝な顔で宣言し――そこから、なかなか譲らなかった。


 真面目なのはいいことだけれど、こういう時の融通の利かなさは、父上譲りね、と内心で溜息をつく。


 だからこそ。

 少しだけ“悪戯”をしてやることにした。


 彼の足元の床板に、そっと土魔法をかけて、わずかな傾斜をつくる。

 倒れる方向は、もちろん私の方へ。


 案の定。


「もう一人で歩けます」と、強がりを言っていた彼の足は、あっさりと崩れ、

 レオはそのまま、私の胸元へと倒れ込んできた。


 そんな彼を、私はしっかりと抱き留める。


「こんなボロボロの状態で、母上と相対する気?」


 耳元でそう囁き、


「今回は、私に任せなさい」


 と言ってやったところ――


 レオは、顔を真っ赤にして、

 言葉にならない、妙な声を上げた。


(……こんなに“怒っている?”姿は、初めて見るわね)


 母上同様、レオも怒ると顔に血が昇るタイプのようだ。


 そこから説得には、少し時間がかかった。


 レオは最後まで、「離してください……」「責任は私が……」と食い下がっていたが――

 最終的には、観念したように肩を落とし、


「もうそれでいいです!」


 と、やけっぱち気味に言い放ったので、拘束を解いてやると、

 私に顔を見せないように、すっと背を向け、そのまま訓練場の外へと一人歩いて行ってしまった。


 自分のことは自分で決めたいと言い張ったり、感情が不安定である姿は、どう見ても――


(これはやはり、あれね。“思春期”とか”反抗期”とかいうやつだわ)


 とうとう、レオにも来てしまったのか。

 寂しさ半分、でも少し大人になったことを喜ぶべきか――複雑な気持ちで、私はその背中を見送った。


 実力差を見せつける事によってレオの心を折る、という当初の目的は失敗したが、

 あの態度を見るに、思春期特有の反発であって、少なくとも私を“嫌っている”わけではないのだろう。


 それが確認できただけでも、今回の模擬戦を行った成果としては、十分だ。


 ……とはいえ。


 あの決意と、あの諦めの悪さを持ったレオを、バッドエンドに向かわないようにコントロールするのは――なかなかに骨が折れそうだ

 しかし、根拠のない“直感”ではあるが――

 今のレオは、嫉妬から聖女様へと異常な執着を向けてしまうという、バッドエンドの道は、決して歩まない。

 そんな気が、確かにしているのだ。


 それよりも、だ。


 そんな起こるかも分からない遠い未来の心配より、まずは目の前の現実である。


 今日は、母上が久しぶりに戻ってくる日。

 この庭園の惨状を、可能な限り“なかったこと”に見せかけるための偽装と、その証拠隠滅を急がねばならない。


 火は完全に鎮火させ、灰やガラス状になって固まった表層は除去できた。

 次は、土魔法と回復魔法を組み合わせて、どこまで原状回復できるか

 それから、この一件を“見てしまった”者たちを洗い出し、口封じ……いえ、情報統制のための手配を――。


 ◇ ◇ ◇


 偽装がひと段落し、例の指輪をつけ直したところで――

 今度は、リカに滅茶苦茶怒られた。


 何で無視したの。

 何で装備を外したの。

 何でレオと、あんな模擬戦をしたの――。


 とまあ、人の口というものは、ここまで早く回るものなのかと感心してしまうくらいの速度で、次から次へとまくし立ててくる。


 こちらの“気分が良かった”ことに加え、まあ怒るだろうなという予測も事前についていたので、

 私はそれなりに反省している“フリ”をして、その場をやり過ごすことにした。


 こんなところで、余計な体力を使う必要もない。


 ほとんど聞き流しながら、適当なところでそれらしい相づちを打ち、

 ときどき申し訳なさそうな声を出してみせると――どうやら、それで満足したらしい。


 そして、最後に。


『しょうがないなあ、今回は多めにみて許してあげる。だって私はマティルダよりも“お姉さん”だもの』


 と、さらりと衝撃的なことを言い放った。


(……そういえば、“二十歳”とか、最初の自己紹介で言っていたわね)


 いつもの子供っぽい様子から、完全に“同い年か、少し下”くらいの感覚で接していたため――

 その事実をあらためて突きつけられた私は、密かに、かなりのショックを受けたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 今日の夕食は、久しぶりに家族四人で取ることになった。


 前回から長らく空いた理由は単純だ。

 父上はここ最近、王都から頻繁に呼び出されており、執務と会議でほとんど屋敷にいなかった。

 母上は母上で、魔族領近辺の情勢調査が忙しく、長らくこちらへ戻ってくる暇がなかった。


 家族が全員そろうのは――一月か二月ぶり、といったところだろうか。


 だからこそ、今日の夕食は「必ず参加するように」と、父上から直々に厳命が出された。

 領主としてではなく、一家の主としての、珍しく情のこもった命令だった。


 身支度と最低限の書類整理を終え、食堂へ向かう。


 扉を開けると、私以外の三人は、すでに着席していた。


 長卓の中央に据えられた灯りが、銀食器やグラスの縁に反射して、柔らかく揺れている。


 いつも通りの席順だ。

 上座に父上、その右隣に母上。

 対面側の末席寄りに私、その斜め向かいにレオ。


 レオは――凛とした佇まいであった。

 正装に着替え、礼儀作法も完璧で、先ほどまで激しく動いていた疲労を、外見からはほとんど感じさせない。


 ……が、私と目が合った瞬間、明らかに目が泳ぎ、あからさまに視線を逸らした。


(……まあ、今日は色々とあったからかしらね)


 模擬戦も、感情のぶつかり合いも。

 少し頭を冷やしてから、あれこれ思うところでも出てきたのだろう。


 内心で小さく苦笑しながら、私は自分の席に腰を下ろした。


「全員、そろったな」


 父上が一言だけそう告げると、控えていた給仕たちが、一斉に動き出す。


 スープ、前菜、肉料理。

 次々と運ばれてくる料理を前に、しばらくは他愛もない近況報告だけが続いた。


 王都の情勢。

 魔族領周辺の動き。

 領内の収穫と税収の見込み。


 父上と母上の会話に、時折私が意見を挟み、レオは主に聞き役に回っている。


 そして、料理が半分ほど減った頃合いで――

 母上が、ふとナイフの動きを止めた。


「ところで」


 その一言で、食堂の空気が一段階、ぴん、と張り詰める。


「マティ。外の――“あれ”について、説明してもらいましょうか」


 穏やかな口調。

 けれど、その笑顔の裏に隠された圧は、私であっても背筋が寒くなるほどのものだ。


 今回の焦土事件については、私から先に切り出し、頭を下げるつもりでいた。

 追及されてから謝罪するのと、その前に自発的に謝罪するのとでは、与える印象がまるで違う。


(先手を取られたわね。……しかし、どうして気付けたのかしら?)


 だが、ここで黙り込むのは最悪手だ。

 素早く言葉を選ぼうとしたその時――父上が先に口を開いた。


「中庭の、あの積み上がった木箱に入っているのは、“醤油”という調味料らしい。

 何でも、遠い島国が原産らしいが、こちらの大陸でも生産されているそうだ」


「どうして、調味料をあんな山積みの箱で買う必要があったのかしら?

 あの積み上げ方だと、軽く四百箱はあるわよね」


(確かに、庭園の芝が少し剝げていることよりも、あの積み上げられた箱の方が目立つわね)


 個人的にはすっかり見慣れており、違和感を感じなくなっていたが、

 あの箱のタワー――というか壁は、初見の人間なら驚くだろう。


 母上の冷静なツッコミに、答えたのはまたしても父上だった。


「数ヶ月前までは、醤油はマイナーで、庶民でも安価に買える調味料だったらしいのだがな。

 マティルダが大量に買い占め、その醤油を用いた“画期的な料理”を複数開発したことで、需要と知名度を一気に押し上げた」


 父上は無表情で淡々と続ける。


「買い占めによって市場への供給数を絞った状態で、需要だけを増やした結果――

 少なく見積もっても、当初の仕入れ値の百倍以上の値がついている」


「今や、そのひと箱が名馬と同じくらいの値打ちなのだから、驚いたものだ」


「あれが、そんなに……」


 恐らく母上は、「今すぐに処分しなさい!」と注意するつもりで口を開いたのだろう。

 しかし、その値打ちを聞いた途端、言葉を飲み込んでしまったようだ。


「そして今や、価格の高騰も相まって民たちの注目を一身に集め、今後もある程度の需要は生まれると見込まれているのだが――」

「それすら見越して、供給元である“白鷺商会”とは、すでに定期購入契約を書面で取り交わしてあるという徹底ぶりだ」


 いや、今回の醤油に関しては多少の軌道修正はしたが、偶然がいくつも重なって、結果的にそうなっただけなのだが。

 わざわざ訂正する必要もないので、黙っておく。


「だが、マティルダ」


 父上は、そこでようやく私の方へと視線を向けた。


「いくらマイナーな調味料とはいえ、市場でこのような“実験”を行うのは感心しないな。

 どれほど名の知られていない品であっても、必要としている者は必ずおり、その手元に届かなくなるような市場操作は、極力避けるべきだ」


「よって、今屋敷にある醤油は、価値が落ち着くまでの間、計画的に市場に放出する」


「――異論ないな」


 異論はない。

 むしろ個人的には、失敗の証でもあるそれらを、さっさと処分してしまいたかったくらいだ。


 ……が、異論を唱えた人物がいた。


「お待ちください、父様」


 控えめな、けれどはっきりとした声。


「今や醤油は、料理人ギルドにとって“なくてはならない”ものになっております。

 安定した供給網が整備されるまでは、放出はある程度制限していただきたいです」


 父上は少しだけ目を細め、それからあっさりと頷いた。


「分かった。料理人ギルドの都合を優先するとしよう」


「ありがとうございます」


 レオが、ほっと息をつくのが分かる。


 ――どうやら、あの醤油たちと完全におさらばできるのは、もう少し先になりそうだ。


 さて、話はひと段落した。

 切り出すなら、今しかない。


 そう決意し、私は母上の方へと身体ごと向き直る。


「お母様、ご報告がありますわ」


「何かしら、マティ?」


 母上の視線が、わずかに鋭さを増す。


「お母様の庭園の一部に、魔法が着弾してしまいまして……芝の一部が燃えてしまいましたわ」


 本当は“一角が丸ごと消し炭になった”のだが――

 慌てて城下町で売られていた、それっぽい木や花を買い占めて植え直し、

 他の場所からも少しずつ移植して、見た目だけはそれらしく“修復”した。


 しかし芝だけは、それではごまかせなかった。

 回復魔法をかけて再生できる限界まで修復を試みたが、どうしても一部は不自然な色になってしまったので、

 その部分にのみ魔法が着弾して破損したような“偽装”を行ったのだ。


「いったい、今回は何をしでかして、そうなったのかしら」


 母上は顔こそ穏やかであるが、明らかな圧を滲ませてそう告げた。


 マズい。

 母上の“怒り段階”への移行が、想定よりも早い。


「模擬戦闘で、魔法がそちらに飛んでしまって……」


「他に被害は?」


 今度は父上が、横槍を入れるように問うてきた。


「幸いにも、人や建物には被害はありませんでした。

 母上の庭園だけの“最小限”の被害で済みました」


 そう報告した瞬間――

 肌を撫でるような殺気を感じ、反射的に身構える。


 次の瞬間、母上の方角から、銀色の閃光が一本、こちらへと飛来した。


 飛んできたのは、母上の手元にあったテーブルナイフだ。


 瞬時に手を伸ばし、指先でその刃を挟み取る。

だが、触れた瞬間、防御結界に、ぱきん、と嫌な音が走った。


 予め厚く張っておいた結界――八枚を、貫通している。


「私の庭園を破壊しておいて、それが“最小限の被害”ですって?」


 にこり、と笑っているのに、まったく目が笑っていない母上が、静かにそう言い放った。


「せっかくの揃っての食事なんだ、そういった叱責は後にしてくれないか」


 父上が、母上にそう頼むが――


「いいえ、あなた」


 母上は即座に切り返した。


「マティは、この後、私に予定があることを知っていて、このタイミングで打ち明けたのよ。

 “ここで打ち明ければ、被害が最小限で済む”と、そう踏んで」


(いつにもなく勘が鋭いわね)


「考えすぎではないか。俺は、お前にこのあと用事があるなど知らなかったぞ」


「あなたはマティのことを甘く見すぎよ。この子の情報収集能力と、それを整理する能力を考えれば――

 “計算していた”可能性の方が高い。こういう叱責を回避したいときの常套手段なのよ」


 図星を刺されているだけに、否定しづらい。


「私は、母上のご予定が完了し次第でも、お付き合いしますわ。

 それくらいには、申し訳ないと思っておりますので」


 そう、できるかぎり殊勝な顔で告げると――

 母上は、ふうっと深く息をつき、額に手を当てた。


「マティ、その手は通用しないわ。あなたが“話を聞いているフリをして、半分寝る”という器用な真似ができる特技を持っていることくらい、母親の私が知らないとでも?」

「そうやって、叱責を“効率よく消化”しようという腹積もりがあることくらい、私に分からないとでも思っているのかしら」


 痛いところを、的確についてくる。


 こうなった母上は、もう止められない。

 もはや庭園うんぬん以外の、過去にやらかしたあれこれまで引っ張り出して叱責を始めるので、手に負えないのだ。


 前に、延々と説教を聞かされて鬱陶しくなったとき、

 「たまに水をやるくらいで、よく“自分の庭園”なんて言えますね」という類の皮肉を言ったことがある。


 あの時は、それはそれは――今思い出しても背筋が寒くなるレベルの大惨事になった。


「それに――」


 母上はそう言いかけて、父上に向かって、なにやら謎のアイコンタクトを送った。

 父上はというと、ほんのわずかに目を逸らしつつも、なぜか小さく頷いている。


「だから、今日という今日は、許さないわ。そこに正座なさい」


 完全にロックオンされた。

 はあ、仕方ない。ここは腹を括って付き合ってあげるしか――


 そう思っていた矢先。


 予期せぬ方向からの“援軍”が飛び込んできた。


「訓練場の近くまで庭園を“増設”したのは、お母様と聞き及んでおります」


 三人がハッとして、同時にそちらの方を向く。


「今回の件においては、その時点で防御柵などを設置しなかったお母様の落ち度も、少しはあるのでは?」


 レオだった。


 食卓の空気が、一瞬で別の意味で張り詰める。


「確かにそうだな。訓練というのは、失敗することが前提だ」


 父上も、それに続いた。


「大切なものであれば、そもそもそんな場所に置かない。

 もしくは、傷つかないように最低限の策は講じておくべきだな」


「あなたは少し黙っていて頂戴」


 母上の一言で、父上は見事なまでに口をつぐんだ。


 今度は、レオの方へと、じりじりと視線が向く。


「レオ。あなた――」


 母上はそこで言葉を切り、レオの様子を観察するように、じっと見つめた。


「事実を申し上げただけです、お母様」


 臆せず、正面からそう返すあたり――


(……反抗期、恐るべしね)


 と思わず感心してしまった。


 次の瞬間、母上の椅子が音を立てて引かれたかと思うと、

 バッと立ち上がった母上の姿は、ほとんど残像だけを残して、レオの隣へと“瞬間移動”していた。


 両肩をがしっと掴まれたレオが、目を丸くする。


「レオ、あの二人の“変な影響”を受けているのね」


 そう言って、母上はぐい、と私と父上の方を振り返った。


「ああなってはだめよ。人間の心を、しっかりと持ちなさい」


 ――食卓に、妙な沈黙が落ちた。


「いえ、これは私の思ったことを――」


「レオ、それは“バケモノ”の思考パターンよ。人間であるのであれば、相手の受けた痛みを考えてから発言をしなさい。それから――――――――」


 と、母上の得意技である“無限説教”が始まった。


 こうなっては、もう誰にも止められない。


(――レオ、ごめんなさい)


 心の中でそう詫びながらも、私は、もう一人のバケモノと同じく、黙って食事を再開した。

 さすが久しぶりの家族揃っての夕食だけあって、豪勢かつ、明らかに良い食材が使われているのが分かる。


 ふと、サラダをひと口含んだ瞬間――その食材の“質の違い”に思わず驚いた。


 それを見た父上が、自然な流れで解説を始める。


「それは、生育に対して魔法を一切使用していない環境で育てられたものらしい。

 素材の良さは、魔法を使って“作り上げる”ものだとばかり思っていたが――その逆の発想で、うまくいく食材もあるようだな」


 相変わらず無表情ではあるが、どこか誇らしげに言った。


 名物料理だけでなく、メニュー以外の“食材の質”にもこだわる――というのも、案外悪くないかもしれない。


 そういえば、畑を耕すというのは、土魔法を使用する際の技能向上に役立つ、という話を聞いたことがある。


 庭の一角を畑へと改造し、そこで食材の質の研究をしてみるのも一興かもしれない――

 そう思い、後日その案を提案してみたのだが。


 母上から猛反対をくらい、一瞬で却下された。


 仕方ないので――そして、ささやかな腹いせとして。

 母上が育てている“実をつける樹木”に対し、リカから聞いた“品種改良”というものを、勝手に、そして秘密裏に試すことにした。


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