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③リカの語る未来(前)


「主人公……聖女、か」


静まり返った広間で、父が低くつぶやいた。

即座に否定するでも、盲目的に信じるでもない、慎重な声。


「お父様、リカを信用なさるおつもりですか?」


私は机の上の羊皮紙を見下ろしながら、できるだけ冷静に問いかけた。


「彼女の話、肝心なところが曖昧ですわ。今のところ、信用に足る材料はありません」


父は眉ひとつ動かさず、こちらを見る。


「信用はしていない」


はっきりと言い切ってから、続けた。


「だが、彼女の情報は“聞く価値がある”と判断した。

 ましてや、お前が今“憑かれている”とも言える状態にある。その原因を探る手がかりになるかもしれん」


それは確かに、正論だった。


もしリカの話が本当なら、

この異変は、ただの病気や呪いではない。

世界の成り立ちや、未来そのものにまで関わる、やっかいな何かだ。


そんな存在からの情報を、この場で切り捨てるのは、あまりに危うい。


私は視線を落とし、少し考えてから、もうひとつ疑問を口にする。


「仮にリカが真実を語っているとして――

 “聖女の選択で世界が分かれる”なんて、本当にありえるのでしょうか?」


父は顎に手を当て、少しだけ考え込んでから、短く言った。


「聖女であれば、ありえる」


その言葉には、迷いがなかった。


「聖女は強力な光属性と、神からの加護を受ける。

 光属性は多くの魔法を“打ち消す”性質があり、魔術師として見ても規格外だ」


「前の時代の聖女は、『触れたものを癒す』加護を持っていた。

 病や傷を癒し、衰えた者に活力を戻す――あれは、魔法というより“奇跡”だ」


「だからこそ、聖女は“信仰”と“希望”の象徴になる。

 その言葉ひとつ、行動ひとつで、民も政治も大きく揺れる」


そこで、頭の中のリカが、おずおずと口を挟んできた。


『あ、それちょっと補足していい?

 “物語”の中の聖女様ってね、マティルダと同じタイミングで学園に入るんだけど、最初は全然完璧じゃないんだよ。むしろ入学直後は“落ちこぼれ”扱いに近いステータス』


父に目で合図し、私はその内容を書き取る。


リカの声は、さっきまでより少しだけ慎重だった。


『入学してから、いろんな出会いや経験、訓練を経て、聖女としての力に目覚めていくの。

 でも問題は、いい意味でも悪い意味でも“周りに影響されやすくて、影響を与えやすい”タイプってとこ』


『それが悪い方向に振れると、“バッドエンド”っていうか、ほんと最悪の未来になっちゃう』


『だからこそ、“悪い方向に進みやすい芽”だけでも、先に摘んでほしいの。

 具体的には、バッドエンド候補の登場人物たちのルート――そういう未来を潰したい、って感じ』


『聖女様が、そういう人たちとヘンな関わり方をしちゃったとき、

 マティルダに、その人たちを“安全側”に誘導してほしいの』


「その“バッドエンド”というのは、魔王との大戦争になる、という意味でいいのかしら?」


『全部が全部、魔王大戦争に直結するわけじゃないけどね。

 少なくとも、“聖女様や人類側にとって悪い結末”になるのは確か』


「……あなたの話を前提にするなら、聖女様に危険な人間を近づけないのが、一番簡単な対処ではなくて?」


私はあえて、少し冷たい口調で続けた。


「なぜ、そんなに回りくどいやり方をしたいのかしら」


リカは小さく詰まり、それからゆっくりと言葉を選んだ。


『それができたら、ほんと一番楽なんだけどね……』


『でも、その“危険な人たち”も、本来は“魔王戦の要”だったり、“聖女様を支えるはずの人”だったりするの』


『完全に遠ざけちゃうと、“バッドエンド”は防げても、“魔王に勝てない未来”になる可能性が高いんだよ。

 魔王って、ステータスも高いし、特性もかなり厄介だから』


私はそのまま書き写しながら、こっそり父を見る。

父は腕を組み、細めた目で紙面を追っていた。


『それにね…………』


リカが、言いにくそうに続ける。


『正直に言うと、“物語の中のマティルダ”も、その危険因子の一人なんだ』


そこで、私のペン先が止まった。


インクのしずくが、小さな染みをつくる。

その一瞬の間を、部屋の全員が敏感に感じ取ったらしい。


父も、ハンネスも、魔術師も、揃って紙面へと視線を落とす。


書く手を止めるわけにはいかない。

ここでごまかすくらいなら、最初から話し合いなどしないほうがいい。


私は息を整え、リカの言葉を一字一句、そのまま紙に落とした。


書き終えた瞬間、空気がざわりと揺れる。


「……っ」


誰かが小さく息を飲み、足音がわずかに動いた気配。

それを、一声で断ち切ったのは父だった。


「狼狽えるな」


鋭い声が、広間の空気を一気に静める。


父は紙面を一度見てから、空中の一点を睨むように問いかけた。


「マティルダが、どう“危険因子”になる。具体的に言え」


いつもよりわずかに強い口調に、リカが気まずそうに息を吸う。


『……それは、今ここでは言えない』


それでも、続ける。


『言える範囲だけいうと、“聖女様として覚醒する前の主人公ちゃん”と、マティルダがトラブルを起こすの』


『そこからいろいろ拗れて、最悪だと、聖女様が学園を追放されちゃう。

 ただ、この件については――かなりの割合で聖女様側に非があるから……

 マティルダだけが悪いわけじゃないんだけどね』


「トラブルの原因だけでも言え。それが協力の最低条件だ」


父が容赦なく詰める。


『これ、言っていいのかな……でも……』


リカがもごもごと迷ったあと、勢いで叫んだ。


『い……色恋沙汰!!!』


「…………は?」


喉まで出かかった間抜けな声を、なんとか飲み込む。

代わりに、手の中の羽根ペンがするりと滑り落ち、机の上で小さく音を立てた。


少し遅れて、全員の視線がペンと紙へ集まる。


私は無理やり平静を装い、淡々と書き記した。


“トラブルの原因は、色恋沙汰”


書き終えた瞬間、また小さなどよめき。


「……マティルダが、色恋沙汰、だと」


普段、ほとんど表情を変えない父の顔に、はっきりと動揺が走った。

目がわずかに見開かれ、口元が強張る。


(……父様でも、ここまで驚くのね)


頭の中で、リカがさらに追い打ちをかける。


『あーでも、マティルダ側は名誉を傷つけられて、その報復……いや意趣返し?

 結果的に、聖女様をボコボコにしちゃう感じ』


『あ、男側にもちゃんと賠償させるから、“両方成敗”なんだけどね』


(……はあ?)


あまりにも雑な説明だが、今は私の主観を挟む方が危険だ。


私は感情を押し殺しながら、必要な部分だけを書き起こす。


“結果として、聖女様を徹底的に追い詰める。

 相手の男性にも賠償をさせ、“両者を成敗する”形になる”


と。


再び、小さなざわめき。

けれど先ほどより、皆の動揺は抑えられている。


「……色恋沙汰を理由に、覚醒前の聖女を追い詰める、か」


父が低くつぶやいた。


「マティルダが色恋沙汰を起こすことも、

 たかだか平民ごときがマティルダの不興を買う真似をすることも、想像がつかん。

 ましてや、その程度で“仕返し”が済んでいるともな。もっと”狡猾”で”容赦”のない仕方しをしそうなものだ」


(……………………)

図星すぎて、反論のしようがない。


『このイベントは、まだ温情がある方なんだよ。本気でキレたマティルダは本当に怖いから』


――その一言だけは、あえて紙に書かないことにした。


私は、話題を変えるように、聖女について質問を投げる。


「聖女様は、いつ頃覚醒するのかしら。

 庶民として学園に入るの? 可能なら、その出自も教えてほしいのだけれど」


少し間をおいて、リカが答えた。


『覚醒するのは、学園生活の終盤くらい。

 期末試験とか、卒業イベントが見え始める頃かな』


『でも、出自については――正直、今の時点では分からない』


言いよどみながらも、続ける。


『えーっとね、“ネームドキャラ”ええっと、“名のある貴族ではない”ってこと。

 貴族なら男爵以下、平民なら冒険者じゃない、ってくらい』


『アバターの選択肢が多い、いや、キャラクリエイト要素が豊富

 ……うーん、説明が難しいな』


『誰が聖女になるか、“中身”は決まってるんだけど、

 外側の設定はプレイヤーがある程度いじれる、って感じかな。

 だから、“どのパターン”が選択されているか分からないんだ』


(また、よく分からない単語……)


心の中でため息をつきかけたとき、ふと、別の違和感に気づく。


(リカは、“聖女の正体を言えない”のではなく、“本当に分からない”と言っている。

 しかも、条件もかなり大ざっぱ)


それ自体はまだいい。けれど――


(父様は、“聖女は平民の出”だと、はっきり言い切っていた)


リカの“幅のある情報”と、父の“断定”。

そこには明らかなズレがある。


もし、どちらも嘘をついていないのだとしたら――


(父様は、覚醒前の聖女について、何かしら心当たりがある?)


侯爵家当主として、王家や教会から極秘情報を共有されていてもおかしくない。

聖女候補に関する何らかの情報を、既に持っている可能性も高い。


だからこそ、父のように疑り深い人間が、ここまで冷静にリカの話を受け止めているのだろう。


(リカの話を全部信用するのは危険。でも――

 完全に作り話と切り捨てるわけにもいかない)


少なくとも、“ひとつの情報源”としては、十分だ。


「つまり――聖女様を見つけるには、“入学時は落ちこぼれ”で、

 そこから急成長する”平民または男爵家以下”の女の子を探せばいいのかしらね」


何気ない雑談のような調子を装いながら、私は父の横顔を盗み見と、

父は、ほんの少しだけ目を細めた。


そのタイミングを見計らったように、リカが補足を入れる。


『うん、そんな感じ。あ、あとね――

 聖女様は入学してから最初の期末テストまでは、絶対に“最低ランクのクラス”にいるはず』


『どれだけ頑張っても、最初の期末まではランクアップに必要な成績に届いたこと、なかったから』


『初期設定だと、栗毛で赤目の女の子なんだけどね。

 でも、顔の形だけでも十五パターンあるし、目は三十種類。髪型なんて無課金状態でも八十種類あるからね……“運営”も変なところばかりに気合が入ってるのよね。私服のパターンなんて………………』


またしても、理解が追いつかない単語のオンパレード。

私は、そこでいったんペン先をインクに浸し直し、意識的に話を整理する。


「ここまでの話を、私なりにまとめると――」


「まず、私と同学年に“聖女様”がいて、一年後に私と同じ学園に入学する」


「その聖女様は、“魔王”との戦いに大きな影響を与え、その在り方次第で世界の未来が変わる。

 貴女は、その未来のパターンをいくつか知っている」


「そして、“悪い未来”――魔王との大戦争や、それに近い結末にならないようにするには、

 聖女様に“正しい方向”へ成長してもらう必要がある」


「ただし、入学時点の聖女様は“落ちこぼれ”に近く、最低ランクのクラスに所属。

 “覚醒”は、学園生活の終盤」


「その入学から覚醒までの間に、彼女の成長が悪い方向へ傾かないよう、

 貴女の言う“危険な人物たち”を、事前に潰すか、安全側に誘導する必要がある。

 そのために、私に協力してほしい」


そこで一度ペンを止め、父を見る。


「……そういうことで、合っているかしら?」


リカが頭の中で、ぱちぱちと拍手するような気配を送ってくる。


『うん、完璧。その通り。

 ただ、“潰す”のは“ルート”だからね。“人”を潰しちゃダメだからね?』


(父様にしろリカにしろ、どうして私をそんな物騒な人間扱いするのかしら……)


内心でため息をつきつつも、私は次の質問へとペンを走らせた。

総文字数が13,000文字を超えてしまったので、分けて投稿しようと思います。


リカはすぐ話を脱線させるし、マティルダはそれを広げるしで、

文章がまとまらなくて困っています(´・ω・`)

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