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⑳ レオルドルート 兄弟喧嘩_前(レオルド視点)

 

【レオルド視点】


 我が姉――

 マティルダ・ヴァルデンは、「天才」という枠組みからも外れた、もはや規格外の存在だ。


 まずなんといっても、魔法の才。

 もはや「神に愛されている」と言っても過言ではないほど高い。


 “魔法が使える”というだけでも、この世界では相当な才だ。


 魔法によって生み出されるものは、どれも利便性が高く、そして何よりも強力である。

 魔法を使えない者が、魔法を使える者に対して太刀打ちできる手段は非常に限られており、

 その差は、この世界の社会基盤そのものにも直結している。


 一応、「魔道具」と呼ばれる、魔法の使えない者でも使用できる道具もあるにはある。

 だが、それで出来ることはかなり限られており、

「魔法を使える者」の代替と呼ぶには程遠い。


 そして、生まれつき“ひとり一つ”の得意な魔法属性を持ち、

 たとえ魔法の才がある者でも、その得意属性以外はほとんど使えない――

 それが、この世界の“常識”だ。


 姉上の得意属性は“土”である。

 ……はずなのだが。


 姉上は、全系統の魔術を行使できる。


 しかもそれは、「広く浅くかじっている」などという生易しいものではない。


 土属性においては、国一番の魔術師にのみ授けられる序列一位の名誉勲章を所持しているし、

 以前、水属性の序列三位の魔術師と、水属性魔法のみで模擬戦をした際には――

 容易く、そして一方的に“圧倒”していた。


 炎属性の序列一位である母上の師――

 大魔術師イグネイトが魔法を披露してくれたことがあったが、

 姉上の放つ様々な魔法は、その軌跡や制御の滑らかさにおいて、むしろそれを上回って見えた。


 恐らく、敢えて見せびらかしていないだけで――

 土属性以外でも、名誉勲章を与えられて然るべき域に達しているのだろう。


 保有する魔力量――も常識から逸脱している。

 熟練の魔術師の数十倍の魔力量を持つと評価されており、

 それは誇張でも謙遜でもなく、“事実”として語られている数字だ。


 私も、一般的な魔術師の五倍程度の魔力量を持つと言われている。

 それだけで本来なら「魔法の天才」と呼ばれる領域にいるのだが――

 姉上は、そのさらに遥か上をいく。


 だが対峙する上で“手数の多さ”や”物量の多さ”はそれだけで相当の脅威だが、

 それ以上に厄介なのは、その“制御の精度と速さ”だ。


 本来、魔法は火力や規模が大きくなればなるほど、

 詠唱や魔法陣の構築に時間がかかるのが常識だ。


 しかし、姉上は――詠唱をしていないかのような速度で、魔法を繰り出す。


 通常、詠唱を破棄したり、魔法陣の構築を端折れば、

 威力や精度に綻びが出るはずなのだが、姉上の魔法には、それがまるでない。

 

 最高威力の魔法が一瞬で、的確な所に飛んでくるのだ。

 それを知らずに姉上と対峙した者は、

 確実に“瞬殺”という洗礼を受けることになる。


 本来は“大人数”が大掛かりに行使することが前提であり、

 その名称の由来にもなっている「大魔法」ですら、

 姉上は“一人”で、通常魔法と大差ない速度で発動してみせる。


 そしてそのあとに、平然とこう言うのだ。


『あなたも一人で使って見せなさい』


 ……常軌を逸している、としか思えない。

 だが、あまりにも「あなたもできるはず」という前提で言ってくるので、

 一応挑戦はしているものの――未だに形になったことは一度もない。


 魔法だけを見ても、何百年に一度の存在だろう。

 だが、姉上の異常性はそれだけではない。


 頭の回転も、恐ろしく速い。


 むしろ、“速すぎる”と言っていい。


 状況把握、問題の切り分け、優先順位の決定。

 どれも、常人の数手先を平然と読んでいる。


 軍の編成も、領内の税制も、商人との交渉も――

 姉上が本気を出して関わったものは、必ずと言っていいほど「最適解」に近づいていく。


 名物料理の件もそうだ。


 料理の発案をしただけでなく、その後の流通、価格調整、

 評判の管理や治安との兼ね合いに至るまで、

 まるで“最初から全体図を見ていた”かのように、次々と手が打たれていた。


 私に仕事を振ってきた時点では、

 そういった面倒ごとは、すでにほとんど片付けられている状態であった。


 父は、そんな姉上を――

 もはや“自分以上”だと評し、すでに領地経営の一部を姉上へ委ねてしまっている。


 そんな姉上に比べれば、私は――

 自分でも分かるほど、“中途半端”だ。


 炎属性としての素質は高いと評価されているし、

 剣においても、「S級」と評される程度の実力はある。


 次期領主としての勉強も積んできた。


 トラブル続きとはいえ料理人ギルドや名物料理プロジェクトを、

 まだ十三歳にして「責任者」として取りまとめているだけでも、

 父や使用人たちからは「天才と言っても過言ではない才覚だ」と素直に称賛されている。


(慰め半分で言っているのでしょうけどね)


 ……だが。

 どうしても、“自分では到底出来ないこと”を平然とやってのけてしまう“姉上”と、比較してしまう。


 少し前の騒ぎの時もそうだ。


 名物料理について、とある料理人たちに一般販売を早くするようにと、私は何度も催促した。

 だが、一部の料理人は聞き入れず、「まだ完成ではない」と言い張り、販売を渋り続けていた。


 それが――


 どういう手段を使ったのか、

 姉上が一度現場へ赴いた途端、あっさりと「一般販売」に踏み切ったという。


 しかも、“ただ売り出した”だけではない。


 三日三晩、昼夜問わず店を開けて、

 ひたすら料理を提供し続けたらしい。


 報告書には、こう記されていた。


『食材さえ尽きなければ、彼らはまだ働き続けていただろう』


 さらに、その報告書には続きがある。


 姉上が悪徳店を苛烈に取り締まった結果、

 “心を入れ替えた元悪徳店”には客が入らない、という問題が発生していたのだが――


 それも、「ついでに」解決したようだ、と。


(姉上、いったいどんな手を打ったら、そういう結果になるのですか)


 思わずため息が漏れた。


 使用人や兵士を指揮する手腕も、相当のものだ。


 一度命令を出せば、誰もがそれに従わざるを得ないほどの“説得力”と“実績”――

 いや、それ以上に、“威圧感”がある。


 しかし、力で押さえつけているわけでも、

 露骨に恐怖で縛っているわけでもない。


 それでもなお、誰もが有無を言わずに動いているのだ。


 ――そんな姉と比べてしまうのは、愚かだと分かっている。

 比較することに意味はない――そう頭では分かっている。


 けれど、比べてしまう。


 姉上は、将来ヴァルデン家の家督を継ぐつもりはないと、はっきり公言しているし、

 領民からの評価も、私とはまるで性質が違う。


 姉上は、一部の熱狂的な支持者を除けば、

 多くの者にとっては“畏怖”や“恐怖”の対象だ。


 徹底的な合理主義で、邪魔立てする者は容赦なく排除する――

 その姿勢は確かに領地を前へ進めてきたが、同時に大きな反発も生んでいる。


 姉上への侮辱罪で捕らえられた者の数は、

 他所に話せばすでに“作り話を疑われる”レベルだ。


 あまりにも多かったため、刑罰を鞭打ちや投獄ではなく、

 罰金刑へと減刑し、それでも態度を改めない者のみ鞭打ち、という運用に切り替えられた。


 だが、その罰金だけで――

 領の財政に、無視できない規模の金額が流れ込むようになってしまっている。


 もっとも、当の姉上は、そういう侮辱に対して特に気にした様子もない。


『罰を与えたのであれば、それで話は終わりよ』


 と、一蹴している。


 むしろ――


『これを財源に孤児院や保育所を複数建てられるわね。

 そこで、将来そんなことを言わないような教育を進めるべきだわ。

 だから、もっと罰金を取るために取り締まりを強化しましょうか』


 などと、平然と言ってのけるのだから、周囲としては頭を抱えるしかない。


 ……だからこそ、なのだろう。


 “民衆からの人気”という一点だけを見れば、

 表向きには穏やかに振る舞っている私の方が、はるかに高い。


 そうなのだ。


 姉上は、私というか――

 “人間同士の争いや競争、評価”といった場に、そもそも同じ土俵には降りてきていないのだ。


 その圧倒的な才覚と行動力は、比べること自体が間違いだと、理屈では分かっている。

 それと自分を並べて、勝手に劣等感を抱くのは馬鹿らしい――と、きっと誰かに言われるだろう。


 それでも、私は。


 私は――何としてでも。


(姉上。何としても、私は貴方に認めてもらいます)


 そう心の中で固く誓い、

 模擬戦闘用の服に袖を通す。


 立ち上がり、深く息を吸い込み、

 ブーツの靴ひもをきつく、そして硬く締め上げる。


 足元から、少しずつ覚悟がせり上がってくるのを感じながら――

 私は、姉上との“証明の場”へと向かう準備を整えていった。


 ◇ ◇ ◇


 屋外の方の訓練場に向かうと、姉上はすでにそこにいた。

 ――いや、そこにある闘技場の上で、待ち構えていた。


 服装は、先ほど執務室にいたときのまま。

 着替えるどころか、これから社交界に出ていくようなドレス姿のままだ。


 靴も、動きづらいはずのハイヒール。

 とても戦闘には適さない格好だ。


 だが、その凛と立つ姿はむしろ――

「この程度の勝負なら、この服装で十分」と、無言で告げているようにも見えた。


 それに対して、何も感じないと言えば嘘になる。


 だが、姉上の実力をよく知る私にとっては、

 それを「侮辱」とは思わない。


 姉上も、こちらに気がついたようだ。

 何も言わず、目線だけで「闘技場に上がりなさい」と指示を送ってくる。


 訓練場には、最小限の兵と使用人しか配置されていなかった。


 本来なら、闘技場のある屋外訓練場は、

 屋敷の窓からもその様子が見えるようになっているのだが――

 そちらからの視線は、まったく感じない。


 姉上が、人払いをしたのだろう。


 異様な静寂に包まれた道を、私は姉上から目を逸らさぬように歩く。

 一歩近づくごとに、胸の奥で、心臓の鼓動が少しずつ速くなっていくのが自分でも分かった。


 姉上は佇まいこそ平然としているが、

 その身から溢れる魔力の圧だけで、「すでに戦闘準備は完了している」と理解できた。


 並の使い手であれば、この威圧感だけで白旗を上げるだろう。

 “達人”と呼ばれる熟練者であっても、対等な対戦相手としてではなく、

「ご指導お願いします」と、挑戦者――いや、弟子のように頭を下げることがあるのだ。


 それだけ、圧倒的で、かつ洗練されている。


(私は将来、どこまでその領域に近づけるのだろうか)


 そう思うと、自然と身震いがした。

 それでも歩みを止めず、姉上と言葉を交わせる距離まで近づく。


「待ち合わせで女性を待たせるのは、良くないことよ」

「男性側が先に着いていて、エスコートしてあげないと」


 闘技場の舞台上で、姉上がいつも通りの落ち着いた声でそう言ってきた。


「待たせてしまった、その点においては申し訳ありません。

 私は女性とお付き合いした経験がないもので」


 姉上の中では、私を打ち負かして、令嬢とのデートに送り出す――

 というのが、すでに既定路線として出来上がっているのだろう。


(これはその時のアドバイスなのでしょうね)


 だが、その未来は――今の私には、どうしても受け入れがたい。


「私なりに考えて、相手に“よく見せよう”と支度に時間がかかりましたのでね」


 あえて軽口を交えて返すと、姉上は小さく溜息をついた。


「であれば、前にも言ったけれど――その髪型は良くないわね」


 いつも通りの、遠慮のないダメ出しだった。


「いいえ。この後の“デートプラン”的には、この動きやすい髪型が最適です」


 わざと皮肉めいた言い回しで返す。


「姉上こそ、その恰好で本当によろしいのでしょうか?」


 視線を、姉上のドレスとハイヒールへと一度だけ落とす。


「男性とのデートで、戦闘服を着る女性はいないわ」


 即答だった。


「それに、この後“動く”といっても、せいぜい軽いストレッチ程度のものでしょう?

 この恰好でも、まったく問題はないわ。

 ――まあ、退屈だけはさせないで頂戴ね」


 その声音には、わずかに挑発の色が混じっていた。

 ――が、私はあえて、その挑発には乗らないことにした。


「色々と頭でシミュレーションして、今できる最大限のことを計画しました」

「楽しんで頂けるかと」


「ふーん。計画は大事ね」

「でも、それで“私を満足させられる”かしら?」


 姉上の目が、こちらを値踏みするように細められる。


 私は姉上をじっと見返し、「目で見た方が早いですよ」と視線だけで意思を伝えた。


「せっかちな男は、女性受けが良くないわよ」

「まあ、“行動力がない男”よりは、いくぶんマシだとは思うけれどね」


 軽く笑いながら、姉上は続ける。


「一応、ルールは決めておきましょうか」


「……ルール、ですか」


「ええ。あなたの勝利条件は――

 “私に床へ膝や手などを付けさせること”」


 一瞬、その言葉の意味を測る。

 だが姉上は、すぐに肩をすくめて言い直した。


「――――なんてことは、あなたが生涯かけても出来ないと思うから」


 さらりと言い切ってから、微笑を深める。


「“私をこの場から一歩でも動かす”。それだけでいいわ」


「っ……」


 反論が喉元まで込み上げるが、

(自分から勝利条件をきつくすることはない)

 と、必死に言い聞かせ、飲み込む。


「では、姉上の勝利条件は?」


「そうねえ。別に私は、あなたに“勝ちたい”わけではないのだけれども……」


 少しだけ考える素振りをしてから、楽しげに言う。


「時間制限を設けましょうか。――一時間」


「一時間……」


「その間に、“私をここから動かして見せなさい”」

「それをもって、あなたの実力を認めたこととするわ」


「了解しました」


 提示された条件に、不備や極端な不利はなかった。

 むしろ、こちら側にとってはかなり有利な条件だと言っていい。


 条件面については交渉する必要はない。


 私は自分の待機位置を示す印まで歩みを進め、

 腰の剣の柄に手をかけた。


 ――いつでも始められます。


 そういう意思表示だ。


 最初から待機位置に、まるで彫像のように佇んでいた姉上は、

 ふと何かを思い出したように、小さく声を上げた。


「そうね。この指輪は邪魔になるわね」


 そう言って、ここ最近ずっと身に着けていた、

 金とも黄ともつかない色合いの宝石をあしらった――

 “アーティファクト”と呼んでいた指輪を外し

 すっと近づいてきた使用人に、それを手渡した。


「これは、装備者の魔法技術を高める効果があるのだけどもね」


 私相手には“不要”ということだろうか。


「時折、干渉してくるのよね」


(……無機物である指輪が“干渉”?)

 疑問符が頭の中に浮かぶが、

 今は目の前の戦闘に集中すべきだと判断し、その思考を切り離す。


 姉上は再び、自身の待機位置を示す印の上へと戻り、

 開始の合図を出すよう、側に控える使用人へ声をかけた。


 使用人が掲げた旗の柄を握る手に、力が籠もるのが見えたのを確認し、

 私は視線を姉上へと一点に集中させる。


 全身に力を込める。

 体内に流れる魔力を制御し、いつでも解き放てるように巡らせる。


 ――初手が重要だ。

 ここで出遅れた瞬間、その時点で勝負は決まる。


 私は呼吸を静かに整え、

 姉上との戦いに備えて、全神経を研ぎ澄ませた。


「……手合わせ開始!」


 使用人の声がわずかに震えながらも宣言された、その“て”の音が発せられた瞬間――

 私の軸足は、すでに地面を強く蹴っていた。



(つづく)

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