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⑲ レオルドルート 交渉(後)


「!?」


 手を引っ込めて指輪を確認するが、魔力の流れは感じられない。

 魔法とは違う、どこか異質な“何か”が、そこに介在した気配だけが残っていた。


(――リカ。あなたは、こんなことも出来るのね)


「ごめんなさいレオ。この指輪は“アーティファクト”と呼ばれるだけあって、扱いが難しいのよね」


 軽く言い訳を挟みつつ、何事もなかったかのように立ち上がる。


「さて、あなたの返事を聞かせてくれるかしら?」


 レオの方へ向き直り、続きを促そうとした、そのとき――


「…………姉上、私は……」


 レオは静かに息を吸い込んだ。


「遠回りでもいい。非効率でもいい。山ほどの失敗をして、皆から嘲笑されてもいい」


 一語一語を噛みしめるように、言葉を紡ぐ。


「その代わり、“自分で独り立ちして、道を選びたい”」


 まっすぐな視線が、真正面からぶつかってくる。


「それは、もう少し先でもいいのではないかしら?

 もっと”あなたの地力”が高まってからでも、遅くはないわ」


「いいえ」


 レオは、即座に首を振った。


「……今ここで、自分の足で立たないと――

 私はきっと、この先ずっと“誰かに支えてもらわないと歩けない人間”になってしまう」


「そういった生き方を、私はしたくない」


「何を根拠に、そう思ったのかしら?」


 問いただすと、レオはほんの一瞬だけ、視線を宙にさまよわせ――


「……私の中で、その思考が“瞬時に”形になりました」


 ゆっくりと、言葉を続ける。


「それにもかかわらず――いえ、“だからこそ”、信頼に足るものだと思っています」


(……直感、というわけね)


 あまりにも感情的すぎるレオの根拠は、理論的に突こうと思えば、いくらでも突ける。

 それはレオも承知していることだろう。

 けれど、今のレオは、それでもなお“そうしたい”と覚悟を決めている。


 その決意が籠った視線を、レオは真正面から私に向けていた。


 ここ最近、この“覚悟を決めた目”を、私は何度か見た。


 そして、その視線を私に向けてきた者たちは、決まって――

 まっすぐに、盲目的に、自分の選んだ方向へ突き進んでいった。


(……今のレオを、理論だけで誘導するのは無理ね)


 そう判断し、私は舌の上まで出かかっていた“説得の言葉”を、静かに飲み込んだ。


 そして、呼吸をひとつ整え――


「あなたの考えと、やりたいことは分かったわ」


 ゆっくりと告げる。


「そして、傷ついたり、笑われてもいいという覚悟があることも分かった。

 そうまでして、一人で歩いて行きたいという意思もね」


 レオは黙ったまま、私の言葉を正面から受け止めている。


 リカと出会う前の私なら――

 ここでレオの気持ちを受け入れ、素直に応援しただろう。


 いや、多少は口を出したかもしれない。


 “少しくらい姉を頼りなさいよ”と、軽口くらいは叩いたかもしれない。

 それでも最終的には、「好きにしなさい」と送り出したはずだ。


 けれど今、私には――

 レオの将来の“失敗”が、ただ笑い飛ばして済ませられる類のものではないと、

 知ってしまっている。


 世界の命運と聖女の覚醒、そしてレオ自身の行く末が、

 ひとつのルート選択を誤るだけで、簡単に歪んでしまう未来を。


 レオが望む「一人で選ぶ道」が、

 そのまま“バッドエンドへの一本道”になっている可能性が高い以上。


(私は――レオ、あなたのその道を塞ぐわ)


 この世界そのもののために。

 そして何より、彼自身のために。


 そう結論づけて、私はあえて冷淡さを滲ませて口を開いた。


「けれども、それを私は許さないわ」


 レオは、はっきりと驚いた表情を浮かべる。

 少し考えるように視線を伏せ、それから問いかけてきた。


「一体、なぜでしょうか?」


 魔王やリカの話はできない。

 だから――私はこの世界の論理で、理由を組み立てる。


「誇り高き我がヴァルデン家のためよ」


 できるだけ静かな声で言い切る。


「あなたは“ひとりで歩きたい”と言ったけれど、

 ヴァルデン家の次期領主として、その背中にはもう既に“家そのもの”が乗ってしまっているの」


「レオ一人が傷つく、笑われるだけなら、別に構わないわ」


 そこで一度だけ視線を鋭くする。


「けれど、“ヴァルデン家の顔”であるあなたが、公の場で傷つき、嘲笑の的になるということは――

 その傷や嘲笑の矛先が、“ヴァルデン家全体”に向けられる、ということでもあるのよ」


 レオは唇を噛み、黙り込んだ。


「……それでも、私は――」

「多少のことなら、家の名を汚さぬ範囲であれば、許されるのではありませんか?

 “全てを最初から完璧にこなせる人間”なんて、存在しません」


 絞り出すような低い声、だが必死に意見を述べている。


「いいえ、“最初からある程度できてしまう人間”はいるわ」


 私は即座に切り返す。


「領地経営の部分であれば、私たちの父様がそうね」


 そして、ほんの一拍おいて――


「そして、あなたの姉である私も、“ある程度はできてしまう”わね」


「それは――」


 レオの喉が、かすかに鳴る。


「そして、父様にしろ私にしろ、レオ――あなたの“比較対象”となる存在よ」


 リカから聞いた、「レオは()に強い劣等感を抱いている」という情報を、

 ここであえて使う。


 劣等感を刺激して、諦めさせる点に重きをおけば有効な手――


 しかし。


(もはや、“好感度を上げる”とかいう話ではなくなってしまったわね)


 自嘲とも溜息ともつかない感情が、胸の内をかすめる。


 それでも、私は言葉を止めない。


「あなたが“平凡な貴族の嫡男”なら、いくらでも失敗して笑われなさいと言えたわ。

 でもあなたは、“ヴァルデン家の次期当主”よ。

 あなた一人の人生で完結してくれない立場にいるの」


 レオは視線を落としたまま、拳を握りしめる。


「……姉上は、やはり私に父と同じような“完璧さ”や“冷徹さ”を求めているのですか?」


「いいえ。父様と同じくなれとは言わないわ」

「でも、“ある程度のライン”は保てと言っているの」


「それは、私には…………」


 レオは“出来ない”と言いかけて――その言葉を、必死に喉の奥で押しとどめたようだった。


「難しいわよね?」


 私は、ほんの少しだけ声を柔らかくする。


「大変よね?」


 レオの肩に片手をそっと置き、言葉を重ねた。


「苦しいわよね?」


 レオは何も言わない。けれど、その沈黙が、十分な答えになっていた。


「私は、あなたを支配したいわけではないの」


 ゆっくりと、はっきりと告げる。


「あなたのことが“心配”だから」

「あなたのことが“可愛い”から」

「“良い未来”を歩んでもらいたいから――

 危ないことをしようとしているあなたを、引き留めているだけよ」


 その言葉には噓はない。


「私は別に、あなたの行動すべてを指示するつもりはないわ」


「ちょっと“方向を示す”だけ。

 危ない道に行こうとしたら、引き留めるだけ。

 少し良い方向にいくように、“助言をしてあげる”だけ」


 肩に置いた手に、ほんの少しだけ力を込める。


「それさえ守っていれば――“全部、上手くいく”わ」


 そう、甘く囁くように言い切った。


 レオはしばし考え込み、

 彼の肩に乗せていた私の手へ、そっと自分の手を重ねる。

 指先で軽く触れ、そのまま優しく握り込んだ。


 そして、私の目をまっすぐに見てくる。

 少し長い間触れていたからか、彼の手からの熱を感じる。


「………………姉上は、覚えていますか?」


「何をかしら?」


「昔、私が姉上に――

 『どうしてそんなに失敗を恐れずに前に進めるのですか』と尋ねた時のことを」


「そんな小さいころのことを、一々覚えているわけないじゃない」


 口ではそう返しつつも、記憶の底を探れば、思い当たる場面はあった。


 私が七歳の頃。

 実験と称してレオの前で禁術を行使し、制御が効かずに暴発させ、庭の一角を見事な焦土に変えてしまったことがある。

 その際、せっせと“証拠隠滅”をしていた私に、レオが震える声でそう聞いてきたのだ。


(たしか、あの時は――)


「“レオは思い違いをしているわ。”」

「”まず、失敗したかどうか決めるのは、他人じゃなく自分よ”」


「“そして、誰がなにを言おうとも、自分が『前に進めた』と思えたり、

 『学ぶことができた』と思えるなら、それは失敗ではない”」


「“だから、私はそもそも今回、失敗をしていないわ”――と」


「…………そう。幼い頃の私はそんなことを言ったのかもしれない…わね」


 さらりと受け流したつもりだったが、

 一言一句違わず覚えていたレオに、ほんのわずかに動揺したのが、

 自分でもわかるほど言葉の端に乗ってしまった。


「姉上、私は――前に進み出したい」


 レオは、私の手をそのまま握り直し、静かに続ける。


「そして、願わくば、その“応援”をしてもらいたい」


 掴まれた手を、彼は自分の前へと引き寄せた。

 まるで握手を交わすような体勢になる。


 レオの目には、先ほどよりも強い炎が宿っていた。


(……これ以上、言葉を重ねるのは逆効果ね)


 私は、心の中の迷いを一度だけ飲み込み――


「そんな、昔のことを引き合いに出して、我儘を言うんじゃないわ」


 そう言って、レオの手を振りほどいた。


「口で言っても分からないようだから――

 あなたの実力がどの程度か、“証明”してあげる」


「それは、どういう――?」


 レオの問いかけを無視し、私は使用人の方へと顔を向ける。


「今すぐに、模擬戦の準備を」


 唐突な指示に、使用人は目を見開いて硬直した。


「聞こえなかったのかしら? レオと“魔法の模擬戦”をするから、その準備をしなさいと言っているの」


 視線だけで圧を乗せる。


「今すぐに」


「は、はいっ!」


 使用人は慌てて一礼し、音を立てて部屋から駆け出していった。


 扉が閉まる音を背に、私は再びレオへと向き直る。


「レオ。“自分の足で前に進みたい”と言うのなら――

 まずは、“自立するだけの力があるか”を証明しなさい」


「……姉上が、私の力を“試す”ということですか?」


「ええ。私が、“この目で確認してあげる”」


 レオの喉が、かすかに鳴る。


「そして、私が“その力が足りない”と判断したら――」


 私は、はっきりと言い切った。


「あなたには、今後は私の言うことを聞いてもらうわ」


「……分かりました。証明してみせましょう」

「“一人で歩ける”と」


 静かな宣言だったが、そこには揺るぎない闘志の炎が宿っていた。


(……さてと、どう“心を折り”ましょうかね)


 人の心を折るのは、嫌いではない。

 むしろ、有効な場面では嬉々として使ってきた手段だ。


 けれど、この時ばかりは――

 胸の奥に、わずかな重さが残っているのを、否定できなかった。


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