⑲ レオルドルート
使用人にレオの女性関係を調べさせたところ――レオは、尋常ではなくモテていた。
モテていること自体は知っていたが、改めて数字と具体例を報告されると、その度合いは想像以上だった。
レオは、容姿・家柄・能力の三拍子が揃っているうえに、
性格も物静かで、常に落ち着いている。
そして何より――炎の魔法に対して非常に高い素養を持っている。
この世界の貴族社会において、魔法の素養とは、身分と同じくらいに重要視される項目だ。
“強い魔法が使える血筋”というのは、それだけで将来性と権威の証明になる。
そのため、「炎の貴公子」ことレオとお近づきになろうと、
手紙や贈り物を送りつけてくる令嬢が、
身分も年齢も様々な階層から、信じられない数に上っているのだとか。
自分では釣り合うと思っていなくても、
「とりあえず縁をつなごう」と考える者は、どこにでもいる。
(確か、私のところにもそういった身の程知らずが前は来たことがあったわね)
その、「レオを紹介して欲しい」と私にお願いしてきた輩に対しては――
“貴方がレオと釣り合うとは到底思わないけれど、それを決めるのは私ではなくレオよ。
言いたいことがあるなら、私ではなく本人に直接言いなさい”
という趣旨の返答を、少し強めの口調で返したことがある。
その結果なのか、それ以降、
「レオ様とお近づきに〜」という類の相談どころか、
“私の前ではレオの話をしてはいけない”という暗黙のルールが出来てしまい、
レオに関しての話題は、私の元へは全く回ってこなくなっていた。
だからだろうか。
(……ここまで私の認識とズレているとはね)
報告書の束の中には、レオが破棄したと思われる“恋文”が紛れていた。
チェックのために、一応目を通してみる。
「……」
冒頭から、やたら装飾過多な甘い言葉が連ねられている。
『うわー、この女子、だいぶ舞い上がってしまっておりますな。
もうレオ様しか見えてませんって感じだけど、こんだけ全力の好意を向けられると若干引くね』
リカの感想に、珍しく私も全面的に同意した。
あまりの内容に、途中で読むのをやめ、指先に力を込める。
紙をビリビリに引き裂いてしまおうとした、その時――
『マティルダ、それは呪物のように見えるかもしれないけど、“思いの籠ったもの”なの。
だからそんな乱暴に扱ってはダメだよ』
リカの、少し真面目な声音に、私は手を止めた。
その恋文は、静かに折りたたんでから、
“チェック済み”の書類の山の端に、ぽい、と放り込むにとどめる。
(どうせレオ本人は、もう内容など覚えていないものでしょうし)
――しかし、だ。
椅子に背中を預けながら、改めて状況を整理する。
ここまでモテているのに、
“一人の女性に執着してしまう”というのは、些か不思議でもある。
令嬢たちからの手紙や贈り物は引きも切らず、
家柄的にも、政略結婚の相手には事欠かない。
よく言ってしまえば、“選びたい放題”だ。
「“上手くいかない一人”に対して変な執着をする」のではなく、
「さっさと次へ乗り換える」
――そういう生き方の方が、お互いにとっても良い選択であろう。
ということは――
「聖女様って、そこまで執着されるくらいに魅力的なのかしら?」
『いやー、“すごいモテる”って感じじゃないよ。
攻略対象以外からも告白されるイベントもあるけど、だいぶレアイベントだし』
「では、性格がレオと相性が良かったり、価値観が合っているとか、そういう話かしら」
『難しいなあ、“常に相性抜群”って感じじゃなくて、“相性抜群になることもできる”って感じかな?
というより、プレイヤーが感情移入できるように、主人公ちゃん周りの性格なんかはガチガチに固定されてないからね』
『選択肢次第でキャラが固まっていくタイプでさ。
箱入り娘みたいに、なよなよした感じにもできるし、
魔物を倒して「宴だ〜!」みたいな、脳筋気味な聖女様にもなるし。
たぶん、“優しい”と“物怖じしない”ってことくらいしか、土台の設定はない感じなのかな?』
「あなたの説明は、人間に対しての説明をしているとは、とても思えないわね」
『まあそう聞こえちゃうよね。
いやー、あくまで“物語の都合上”、プレイヤーには読み解けないようになってるだけで、
恐らくこの世界では、ある程度ちゃんとした人格は固まってるはず……だと思う。たぶん』
『私たちの世界だと、文字と絵だけで表現できていた“空想上の存在”だったのに、
こっちの世界では、生物として実体を持って“生きてる”わけだしなー』
『もしかしたら、私が想像しているのとは全然違うタイプの聖女様の可能性も、十分考えられるわけで』
「あなたにしては、ずいぶんと心許ない推測ね」
「でも、攻略対象と呼ばれる、恋仲になる可能性のある“運命の相手候補”は複数いるのよね?」
『うーん、攻略対象たちは“運命の相手”っていうよりは、文字通り“攻略が必須な対象”って感じでね。
仲良くなるにしても、好きな食べ物、この時間どこにいるか、好きなデートスポットとかをちゃんと把握しておく必要があるし。
恋仲になるには、数ある選択肢の“正解”を選び続けないといけないし。
主人公ちゃんを動かしてるプレイヤーが、何度もやり直して情報を集積したうえで、やっと辿り着ける、みたいな』
「あなたの世界では、そんな行為が本当に“娯楽”だったの? 中々の苦行に聞こえるのだけれど」
『まあ、説明だけ聞くとそうだよね……
でも、こっちとしては“情報を集めて、正しい手順を踏んで、狙い通りのエンディングに辿り着く”っていう、
パズルみたいな楽しさもあったの』
『それに、何度もやり直して、やっとキャラが心を開いてくれたり、
普段見せない一面をイベントで見せてくれるとね――
「ああ、ここまでやってきて良かった」っていう達成感があるんだよ』
『例えば――――』
そこから、リカによる「各攻略対象を落としたときの思い出話」が延々と始まったが、
私には直接関係がなさそうだったので、適度に相槌だけ打って聞き流していた。
「……なるほどね。詳しい説明、感謝するわ」
リカの世界とこの世界の繋がりの原理は、まだ詳しくは分からない。
だが一つだけはっきりしているのは――
“聖女”と呼ばれる存在は、私たちとは少し違う特異な立場にあり、
今の状態では、こちらからどうこうできる存在ではない、ということだ。
であれば、バッドエンドを潰すには、レオ側を調整するしかなさそうだった。
「となると、レオに“女性への耐性”を付けることから始めた方がいいのかしらね」
ぽつりと、思考をそのまま口に出す。
「興味がある女性とデートにでも行かせて、異性という刺激に慣れれば、多少はましになると思うわ」
執着をしてしまう以上、何かしらの強い刺激が聖女との間にあったのだろう。
それが何なのかは不明だが――
同じくらいの刺激なら、聖女様以外からでも“代用”は可能なはずだ。
『ええ! なんかレオ様とモブ令嬢がくっつくのは解釈違いだよ』
リカが、悲鳴混じりに叫ぶ。
『それにレオ様にも、恋仲までとはいかないまでも、
最後の魔王討伐戦には参加してもらえるくらいには、
主人公ちゃんと仲良くなって欲しいというか……』
「こんな量の恋文を貰っているレオが、簡単に恋愛方面になびくとは考えられないわ」
報告書に記載されていた恋文の数だけでも相当なものだ。
口頭や伝聞で想いを伝えるケースも考えると、実際にはもっとモテていると思われる。
「恐らく、“聖女様だからこそ”の何かがあったのよ。
だから、仲の良い令嬢がいたところで、きっかけさえあれば、どうせ聖女様へと興味が行くと思うわ」
「そのときに変な執着をしてしまう前に、今のうちにガールフレンドの一人や二人くらい、作っておくべきだわ」
『いやー、なんかなあ。
レオ様が主人公ちゃん以外と仲良くしているのは、なんかなあ。脳が破壊されるというかなあ』
(“脳が破壊される”? とんでもない精神的ダメージを受けることの比喩表現かしら?)
「まあ、聖女様との縁が薄れて問題になった際に、そこで私が介入すればいい話だわ」
私はさらりと言葉を重ねる。
「バッドエンドを食い止めるために、常にレオの女性関係を見張っているよりは――
“聖女様っぽい誰か”が現れた際に、距離が縮まるようにフォローする方が、よほど楽だし、
管理する相手のリストも最小限で済むわ」
『確かに、そうなんだけどもね。うーん……』
本音を言うのであれば――レオと聖女様を近づけたくない。
魔王討伐にしろバッドエンドにしろ、
レオからすると“ろくでもない未来”であることに変わりはないのだ。
だが、リカの手前、それをそのまま口にするわけにもいかないので、
合理的な理屈を並べて誤魔化しておく。
(まあ、魔王討伐は、他の攻略対象さんたちと聖女様に頑張ってもらうとしましょう)
心の中だけで、そう結論づけた。
「そうと決まれば、レオに説明しないとね」
『展開早すぎだって! もうちょっと練ろうよ、計画!』
リカの制止めいた声を、聞こえなかったことにして――
私は意気揚々と、レオを私の執務室に呼び出すのであった。




