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⑲ レオルドルート


 溜めていた書類に目を通し、最後の一枚に判を押す。


 少し前までは、捌いても捌いても書類が積み上がっていったのに、

 今は多少溜めてしまっても、あっという間に片付いてしまう。


 それに加え――

 以前は、私が指示を出す書類の多くが「計画を立案するもの」「注文を手配するもの」など、

 何かと頭を使う類のものだったが、今は「成果の報告」に目を通すだけの書類がほとんどになっている。


 修正や問題点があれば頭を使う余地もあるのだが、

 ここ最近は、屋台の営業場所の問題、行列による近隣からの苦情、料理人ギルド内の連絡手段などで少しトラブル発生したが、事前に予測出来ていたため、対象は容易であった。

 名物料理プロジェクトは大きくなっているが、これといった大きな問題は起きていない。


 そう、“暇”になってしまったのである。


 いや、名物料理に関して、次の段階に進めるという選択肢もある。


 焼き鳥、ラーメン、唐揚げ――名物料理の初期段階は大成功といってよく、

 今は「店や料理人を増やす」「食材の需要の把握や物流網の調整」「民衆への宣伝」と、

 足場を固めるフェーズに入っている。


 この状態で、新たに大きな動きをしてしまうのは得策ではない。


 加えて、料理人ギルドというものが発足し、組織として動き始めてしまったことに加え――


(しかも、私が手出しをするとレオは嫌がるのよね)


 一応、名物料理に関するプロジェクトはレオとの“共同”のもののはずなのだが、

 露骨に「私の方へと仕事が回らないように」調整されている節がある。


 レオが潰れてしまうのでは、と危惧して様子を少し探らせたが――

 報告によると、本人はむしろイキイキとして仕事をしているらしい。


 そのため、レオがやっていることには、あまり口や手を出さないようには気を付けている。


「レオの邪魔をしないように気を遣って動くのは、中々に大変ね」


 思わずそう呟くと――


『いや、どこが?』


 即座にリカの声が飛んでくる。


『この前だって、勝手に進めちゃってさ――

「姉上、せめて事前に一言、相談してください」って、レオ様にちゃんと注意されてたじゃん』


「いや、私はちょっとした問題に対処しただけよ? ”屋台があちこちに点在していて行きづらい”や”行列が通行人の邪魔になっている”って報告が多かったから、

 城下の民衆の導線と物流網と地価を考えて、スラムになりかけていた治安の悪い地域を潰して、

 そこに屋台を集結させた名所をつくろうとしただけよ」


『“だけよ”のスケールが一々大きいんだよ!』

『”都市経営シミュレーションゲーム”じゃないんだから、そんな気楽に住宅がある場所を更地にして建物を作るのは、流石にどうかと思うよ』


 リカのツッコミは止まらない。


『いくらスラムとはいえ、そこに住んでる住人もいるんだよ?

 それを強制的に移住させたり、逆らった人をホイホイと牢にぶち込んだり、さすがにやり方が容赦なさすぎるからね?

 牢屋は民衆を入れるストレージボックスじゃないんだから』


「牢に入れたのは、あくまで犯罪歴があって、なおかつ移転を渋った人たちよ。

 “ちゃんと働いている人”には、それなりの補償と転居先も提供しているわ」


『それは分かってるけどさあ……完全に圧政を敷く暴君なんだよね……』


「一部の人が少しの間我慢するだけで、結果的に治安は改善するし、屋台街も整備されて、地価も上がるわ。悪くない判断でしょう?」


『……いや、支配者的には合ってるのかもしれないけどねえ。

 もっと人の心をだね―――』


 と、リカの説教が始まる。


(こうなるとリカの説教は長いのよね)


 リカの元いた世界では、「支配者」と「民衆を支配する」という構造そのものが、かなり廃れているらしい。


 民衆の中から複数のリーダーを選び、そのリーダーが治世を行う。

 さらに、そのリーダーも一定期間が経てば選び直しを行う――

 “民主主義”と呼ばれる仕組みが一般的であり、リカもその治世のもとで育ったという。


 その民主主義という制度では、民衆一人ひとりの立場や権利、財産を保護するための仕組みや法律が多く、

 そこで形成される価値観は、この世界のものとは根本的に違っている。


 リカには、「こっちの世界はこういう構造なの」と説明はしているのだが――

 民衆を少しでも雑に動かそうとすると、すぐに「かわいそう」と言い始める。


 この前も、軽い侮辱罪になった男への処罰として「鞭打ち一万回」と裁定を出したところ、

 “流石にどうかしている”と散々喚き散らされたので、

 最終的には「牢に放り込んで反省させる」方へと変更することになった。


(……侮辱罪でも腕や首を切り落としてしまう領主は大勢いるのだけれどもね。

 あと牢へ放り込んで、そして“反省させる”罰の方が、よほどきつい罰なのよね)


 まあ、リカとは前提知識と価値観が違うのだ。

 いちいち価値観をすり合わせていてはきりがないので、そこは黙っておくとする。


 ようやっと長いリカのお話が終わったので、

 私は椅子の背もたれに軽く体重を預け、天井を一度仰ぐ。


「まあ、なににせよ、もう工事は始まってしまっているし、

 事後承認であったとはいえレオからも承認を得られたのだから、今さらぶり返すものではないわ」


 今頃は城下の一角で、作業員たちが古い建物を解体し、

 新しく石畳を敷き、屋台用の簡易設備を組み立てているはずだ。


『……マティルダは判断と行動が早すぎるんだよ』


「それは私の、数ある中の“強み”の一つよ」


 いつぞやの中隊長の真似をして、胸を張りながら、堂々と宣言する。


「多少の失敗くらい、後で何とでも修正は出来るもの」


『さてここでクイズです。その結果、醬油はどうなりましたでしょうか』


 リカのやたら芝居じみた声が頭の中に響く。

(……醬油とは不思議な縁を感じるわね)


 発端は、私が醬油を“高級で貴重な調味料”と勘違いして、

 市場にある分をほとんど買い占める勢いで購入してしまったことだが――

 そこに、各種の偶然と私の追加指示が重なり、

 いまや本当に高級品に成り上がってしまったのだ。


 料理ギルド発足時には、製作に必要なことに加え「期待している」という意思表示も兼ねて、

「参加した料理人に一箱プレゼント」という大規模なバラマキまで行ったが、

 それでもなお、大量の在庫を抱えている。


 本来であれば、価格調整のために、屋敷に山積みになっている在庫を一刻も早く市場に流すべきだ。

 しかし、醬油は名物料理製作の“肝”となる調味料であり、

 白鷺商会側の生産体制も未だ安定していない。


 供給の見通しが立たない状況で、安易に市場へ流せば、

 今度は別の混乱やトラブルを引き起こすのが目に見えている。


 その結果――


 醬油の入った木箱は、雨除けの布を被せられた状態で、

 屋敷の庭の一角に、文字通り“山”となって転がっているのだ。


 私は立ち上がり、窓辺へ歩み寄る。


 カーテンを片手でそっと払うと、

 整えられた芝生と花壇の向こうに、不自然な木箱の山が見えた。


「あんな風に積み上がっているのが、今や高級品だなんて、信じられないわね」


『うん、絵面だけ見たら、完全に“倉庫から溢れた安売り在庫”だよね……』


 商人の立場であれば大成功なのだろうが、

 為政者として見たとき、“今の状態”は――失敗とまでは言えないが、成功とも言い難い。


 名物料理プロジェクトと市場が混乱しないようにと在庫は庭に山積み、という、

 なんとも締まりのない状態だ。


 そう窓の外を眺めていると、視界の端にレオの姿が見えた。


 何やら書類を抱え、複数の使用人を引き連れ、急ぎ足で中庭を横切っている。


『なんかレオ様、忙しそうだね』


(少しは頼ってくれてもいいのだけれども)


 この前勝手に動いたのも、レオが仕事を振らないことに対する意趣返しであったりもする

 そんなことを思いつつ、その姿を目で追う。


 失敗と言えば――レオとの距離も、そうだ。


 リカの言う“攻略情報”通りに、偶然を装って話しかけてはいる。

 一緒に視察に出たり、差し入れをしたり、評価を求めたり――

 行動だけを見れば、問題はないはずだ。


 けれど、一向に距離が縮まっている実感がない。


 この前、好物らしき焼き鳥を差し入れたが――

 私へ向ける好意の感情が増えたかと言われると、


(……なんか減った感じがする)


 そうとしか言いようがない。


 作業に巻き込んだり、差し入れたりといった“イベント”自体は成功しているのだが、

 一向に“結果”がついてこない。


「もう、無理にレオと仲良くなる必要はないんじゃないかしら?」


 思わず、独り言のように呟いていた。


『えっ! なんで急に』


「なんか前よりも距離が遠くなった気がするからよ」


 以前までは、お互いにあまり干渉しないだけで、

 今のような“意図的に避ける”ような行動はなかった。


「あと、貴方の言うバッドエンドを回避するだけなら、

 レオを聖女様とかかわらせない、もしくは関わったときに変なことをしないように誘導することが、私の役目でしょう」


「であれば、私はレオに指示が出来る“今のスタンス”でも問題はないと思うの」


『……うーん、“レオ様を支配する恐怖の姉ポジション”で行くってこと?』


「私がいつ、レオに恐怖を与えているのかしら?

 あと、仮にそうだったとしても、その“恐怖の姉”があれやこれやと口出しするのは、良い状態とは言えないわね」


『……どうなんだろう。ゲームではあまり語られなかったからな、マティルダとレオ様の関係って。

 レオ様が姉に劣等感を持っている、って情報だけで。

 ゲーム上のマティルダは、レオ様が聖女様とラブラブしてても「当人たちの勝手でしょう?」って感じで、水差してこなかったし。

 自分の婚約者の時はあれだけ妨害してくるのに、もう』


(………………ふーん)


 別の思考が頭をめぐるが、口では本筋の話を続ける。


「ゲームの物語の“私”が何を考えていたのかは分からないけれど、

 レオのことに関して“あまり口出ししないようにしていた”んじゃないかしら?」


『……それはつまり、聖女様が“レオ様ルート”を選んだ際は、レオ様の選択を尊重してた、ってこと?』


「時期当主であるレオの結婚相手は、ヴァルデン領にとって重要な選択ではあるけど、

 少なくとも、“私がそこに介入すべきではない”と判断した、という可能性はあるわね」


『確かに、今のマティルダだったら、主人公に対して異常な束縛をしてくるレオ様になんか、容赦ないダメ出ししそうだもんね』


「前に言ってたバッドエンドルートのレオね。

 たしか“束縛エンド”とかいう、覚醒前の聖女様の行動を全てコントロールするようになるのだったかしら?」


『そうそう。もう主人公ちゃんも完全にマインドコントロールされてる状態になっちゃって、

 レオ様を愛する以外の選択肢が選べないようになっちゃうの。

 結果的に主人公ちゃんもレオ様に対してヤンデレみたいな執着をするみたいなエンドで、

 なんかぞわっとする感じの終わり方になるの』


『このエンドの怖い所はね、発動条件が“レオ様側の感情値”に依存してるってこと。

 隠しパラメータの嫉妬ゲージが一定以上になっちゃうと発動フラグが立って、

 イベントランク[高]のヤンデレイベントが三回発生しちゃうと、もう待ったなしでバッドエンド行き。

 防ぐ方法は、

 “聖女として覚醒する”か“ちゃんとレオ様と恋人になる”かの二つしかなくてさ。

 だから、中盤で起きちゃうと実質詰みなんだよね』


「今のレオが、そんなことをしでかすとは思えないんだけれどもね」


 ――が。

 思考を誘導して、感情の逃げ場を少しずつ塞いで、

 最終的に“完璧に言うことを聞く人形”に仕立て上げる、という構図は――


(存外、画期的で、“あり”な選択ではないかしら)


『……マティルダ、なんかヤバいこと企んでいない? 恋人を操り人形にしよう、みたいな』


「そんな物騒なことは考えていないわ。その束縛エンドを辿ってしまった主人公を聖女様へと覚醒させられないの?」


『多分無理なんじゃないかな?

 聖女として覚醒は“清い心と強い身体”が必須だから、ヤンデレ拗らせちゃった主人公ちゃんに清い心はないんじゃないかな?』


「”束縛エンド”だと聖女様の覚醒が起きなくて、世界がマズイのね」


『そう。そしてこのルートは、主人公ちゃん側から防ぐ手段がほぼ無いから、

 むしろマティルダに動いてもらいたいところでもある』


「束縛させないために、まずは嫉妬をさせない、となるとねえ」


 ペン先で机をとん、と叩きながら、わざと軽い調子で独り言を続ける。


「レオに複数の女性を同時に相手させる、っていうのはどうかしら」


『うわ、何という冒涜。乙女ゲームの世界でギャルゲーをはじめにいった!』


「聖女様“だけ”に執着させるから、嫉妬と束縛が肥大するのでしょう?

 であれば、視線を分散させておけば、特定の誰かに偏った依存は起きにくいわ」


『それ、さらっと言ってるけど、要約すると“レオ様に複数同時攻略を強いる”ってことだからね?』


「聖女様がレオの正式な婚約者になる未来があるということは、レオは学園に入学するまで決まった相手は見つけられていないのでしょう?」

「身軽な状態の時に“婚約候補としての複数の異性と交流”を持たせるのは、何もおかしい話ではないわ」


 貴族としては、ごく当たり前の発想だ。


(そうと決まれば――レオの現在の女性関係をまず把握しないとね)


 私は手元の小さなベルを指で弾き、使用人を呼ぶ。


 澄んだ音が執務室に響く。


『もうちょっと計画を練った方がいいんじゃないかな……?』


 リカの制止めいた声を、都合よく聞こえないふりをしながら、

 私は次の一手へと、静かに動き始めた。 

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