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⑱レオルドルート_唐揚げラーメン(後)


 帰りの馬車内では、リカがまた騒いでいた。

 しかも行きとは違い、今度は我儘を言う方向で騒いでいる。


『折角だから、街並みを“直接”見たいな』

『マティルダったら、私が憑依してからずっと屋敷に引きこもってたじゃん。たまには外へ出て歩かないと体が鈍るよ』

『たまの散歩は中々に新鮮で気持ちいいよ。今日はお散歩日和だし』

『この際だから屋台を見て回ろうよ。他の料理人がどうなったかも気になるし』


 もっと市中を見たい、ということなのだろう。


 あまりにもうるさいのと、先ほどの一件で心が逆立っていたので、完全に無視することもできず、

 仕方なく、馬車に同乗している使用人に指示を出すことにした。


「この辺りには、名物料理を試作した屋台や料理屋が複数あるのよね」


 使用人はこくりと頷く。


「せっかくだから、あなた、それを調査してきて下さる? 前の馬車に乗っている兵士と共に」


「しかし、お嬢様、それでは護衛が――」


「これから帰るだけなの。護衛は不要よ。

 それに、さっきの件で少し疲れてしまったから……少し、一人にさせて頂戴」


 使用人は、その表情こそ崩さないものの、

 “本当にお一人でよろしいのですか”とでも言いたげな空気を隠しきれていない。


「……わかったわ。あなた“だけ”は同席を許すわ」


 そう、一人の使用人にだけ声をかける。


「了解しました」


 短くそう答えると、他の使用人たちは素早く行動を始め、

 ほどなくして、一台分の護衛付きの馬車は、街の方へと向かっていった。


 馬車の中には、私と、先ほど名を呼んだ一人の使用人だけが残る。


『えっ! なんで使用人とか兵士たちを行かせるの? マティルダが直で見ればいいじゃん』


 私は残った使用人へ視線を送る。

 彼は小さく頷き、それから私から視線を外し、膝の上で静かに手を組んだ。

 “これからの会話は、自分に向けられたものではない”という、暗黙の了解の印だ。


 この使用人は、リカの存在を知る数少ない人物である。

 だからこそ、同席を許したのだ。


「さっきからうるさいわね。少しは静かにしてくれるかしら?」


『うあ! マティルダが自室でもないのに反応した。珍しい』


 リカの声は私にしか聞こえていないため、人前で反応していては“一人で会話する奇人”になってしまう。

 そのため、リカに応じるときは、周りに人がいないか、あるいは外の喧騒に紛れているときにしか反応しないよう心掛けている。


 だが今日は、さすがに我慢の限界だった。


「それだけ鬱陶しいということよ。分かったら、あと少しの間静かにして頂戴!」


 少しきつい口調で言ったのだが――


『街中見に行ってくれたら黙る』


 と、開き直った要求が返ってきた。


『だってヴァルデン領の街並み、めちゃくちゃ綺麗だもん。馬車から見るだけなんて勿体ない。

 ヨーロッパ風な建築っぽいけど、それだけじゃなくてさ、家の配置とか作りに、職人のこだわりを感じるっていうかさ』

『これだけ素晴らしい街中を、馬車の小さな窓からしか見せないのは、いじわるだよ』


「私は大魔法を使ったから疲れたの。街中なんて歩きたくないわ」


 本当は――あの料理人たちと対峙して、精神的に疲労しただけなのだが、そうは言えないので、魔力のせいにしておく。


『というか、前にあんだけ料理人たちに発破をかけておいて、今どういう状況か気にならないの?』


「報告書を見ればわかるわよ、そんなの」


『ダメだよ。実際に見ないと。

 人の表情とか、行列の空気とか、“肌で感じる”情報って、報告書じゃ絶対に落ちるんだから』


 そこからしばらく、馬車の揺れに合わせて、私とリカの口論は続いた。

 並行線を辿る議論の末――リカが、珍しく“脅し”とも言える手段に出た。


『この世界で流行りそうな料理のレシピ、私いっぱい知ってるけどさ――

 言うことを聞いてくれないと、教えないからね』


 その言葉に、さすがの私も沈黙する。


 リカの持つ“異世界知識のレシピ”のポテンシャルは、既に焼き鳥・ラーメン・唐揚げで証明済みだ。

 完成までの早さ、味の安定性、そして民衆の反応――

 まだ正式販売すら始まっていないのに、既に「早く売れ」と嘆願書が来るほどの状態である。


 その情報の価値は、計り知れない。

 しかし、


(……その脅しは、こんなことで消費していいのかしら)


 そんなことを思いつつも、ここで意地を張っても得はないと判断し、

 私は小さくため息を吐いた。


「仕方がないわね。――ここから屋敷までの道“だけ”よ。その代わり静かにして頂戴」


『わーい! 交渉成立!』


 リカは子供のようにはしゃぐのであった。


 ◇ ◇ ◇


 馬車を降りると、陽光に照らされた城下町の景色が、視界いっぱいに広がっていた。


 久しぶりに見る街中の景色は、中々に見事なものだった。


 石畳はただ敷き詰められているだけではなく、

 通りごとに色味や大きさを微妙に変え、中央には帯のような模様が走っている。

 その上を、荷車や人々が行き交い、光と影がゆっくりと揺れ動いていた。


『うわー! すごい綺麗』

『なにこの地面。全面が石畳なのもすごいけど、なにこれ模様? こんなとこまでこだわってるの』

『うわーどの建物も装飾が洗練されてるよ。無駄な装飾はないのに高級感があるというか。

 ゲームだと一枚絵でごまかしてたのに、ちゃんと“世界”として成立してる……』


 リカは、静かにするという約束をすっかり忘れてはしゃぎ出した。


 そうなることは何となく予想はできていたが、心の中でため息が出る。


 通行人が私に気が付き始め、歩みを止め、私から距離をとり、慌ててお辞儀をし始める。

 その動作は伝染するように連鎖し、気付けば周囲には小さな人だかりができていた。


『なにこの民衆の反応。怖いんだけど。

 “あ、支配者が通ります。道あけてくださーい”って感じだよ?』


 私がここに立ち止まり続ければ、民衆の動きも停滞してしまう。

 仕方なく、私も歩き出すことにした。


 私が歩む方向には、人々が左右に避けていく。

 自然と、前方に一本の“道”のような空間が出来上がる。


 私にとっては見慣れた光景だが、リカからすると――


『うわー。マティルダはどれだけ恐れられてるの。みんなガチガチで緊張してるじゃん。

 これ、無礼があったら打ち首になるとか思われてない?』


 確かに、民衆は慣れない様子で、ぎこちない角度でお辞儀を繰り返している。

 これも、私が普段は馬車か屋敷の中にいて、直接道を歩くことなど滅多にしないせいだろう。


 いつもであれば、複数の使用人や兵士を引き連れているため、

 “行列の先頭にいる一人”という印象で済むのだが――

 今は、一人の使用人を連れて歩いているだけということもあり、余計に目立っていた。


 ふと、母親と思しき女性に抱えられた幼子と目が合う。

 一瞬の静寂のあと――幼子は、びくりと肩を震わせ、泣き出してしまった。


 母親は慌ててその口を手で押さえ、深く頭を下げる。


『…………マティルダさあ……耳が痛いかもしれないけど、もう少しね……』


 リカもそれ以上は口にしなかった。

 いつも似たような感じではあったが、


(……ここまで露骨ではなかったわね)


 そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角を曲がったところで、見覚えのある男と鉢合わせた。


「うおっ! お嬢!?」


 串焼き職人であった。


 彼は目を剥き、手に下げていた荷物を落としそうになりながらもどうにか持ち直し、

 それから慌てて帽子を脱ぎ、頭を下げる。


「こんな所でいったいどうされやしたか?」


「料理屋が今どうなっているかを確認してたのよ。それよりも、人を見てそこまで驚くのは少しどうかと思うわよ」


「いあー、お嬢は滅多に街を出歩かないと聞いてたんで、つい驚いちまいやした」


 職人は頭をかきながら、気まずそうに笑う。


「あと、お嬢がいつもよりも“迫力”がある感じがするんでねえ」


(迫力?)


 その言葉には、さすがに少し引っかかりを覚えたが、

 ここで職人を問い詰めれば、余計な噂に尾ひれがつき、民衆の評判が悪化するのは目に見えている。


 悪口であれば侮辱罪としていくらでも牢に放り込めるが、

 “恐怖”という感情は、罪に問うことも難しければ、伝播する速度だけは妙に早い。


 私は内心でだけ肩をすくめ、職人に向き直る。


「あなたこそ、こんな所で油を売っていていいのかしら。店の方は大丈夫なのかしら?」


 今は食事どきから少し外れているとはいえ、

 彼の店が連日大盛況であるという報告は、すでに書類で目を通している。


 職人は肩をすくめ、気恥ずかしそうに笑った。


「おかげさまで店は繫盛してますがね、若いもんに経験を積ませるために、あえて店から出てるんですわ」


 なんでも、「ある程度は自由にやらせるのも成長に不可欠」だと考えているらしく、

 人の波が一段落したタイミングで、意図的に店を任せているのだとか。


「もちろん、味見と最終チェックだけは欠かさねえようにしてますけどね。

 自分がずっと張りついてたら、いつまで経っても“あいつらの店”にはなりやせんので」


 言いながら、彼は誇らしげに胸を張る。


 報告書にも、名物料理の開発だけではなく、料理人の育成に力を入れていることは記されていたが――

 直接その口から聞くと、少し印象が変わる。


「あと、夜からが書き入れ時なんでねえ。その前に少し休んでるんですわ」


「なるほど。サボっているわけではないのね」


「それも少しありますがね」


 職人は、冗談めかして笑いながら答えた。


『うん、この人は“人間として”マティルダと会話してくれる数少ない人材だね』


(比較対象があまりにも極端なのよ)


 そういったやり取りをしていると――


「マティルダ様!!!」


 通りに響く大声が、会話を断ち切った。


 そちらへ視線を向けると、少し離れた所に、

 何処かで見たことのある男が、勢いよく地面に膝をつき、そのまま土下座をしていた。


『また土下座。今日何回これを見れば良いの?』


(……私は“しろ”とは一言も言っていないのだけどもね)


 職人が「あっ」という顔をしたので、


「どなた?」と問いかけると、

 彼は小声で説明してくれた。


「この前の悪徳店取り締まり騒動の時に、牢に入ることになった料理人の一人でさぁ。

 今は心を入れ替えて、真っ当にやってるって料理ギルドにも属して頑張ってるんですが……

 なんであんな風にひっくり返ってるのかまでは、さすがに分かりやせんね」


 視線の先では、問題の男が、通行人の視線も憚らず、

 石畳に額を擦りつけるような勢いで頭を下げ続けている。


「顔を上げて頂戴。伏せたままだと、誰か分からないわ」


 できるだけ平坦な声で、私はそう告げた。


 男はゆっくりと顔を上げ――そのまま、ほとんど叫ぶような声で言った。


「この度は、マティルダ様だけではなく、このヴァルデン領に対してご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした!!!」


 あまりの大声に、近くを歩いていた人々が一斉にこちらを振り向く。

 いつもであれば、兵たちが程よく人混みを散らしてくれるのだが、今は近くにいない。


(仕方がないわね)


 そう思いつつも、対応することにした。


「謝罪は、言葉ではなく“行動”で示せと言っているでしょう。

 そして、少なくとも私の耳に入っている情報だと、貴方は罪を償おうと必死に努力している」


 私は冷静に言葉を重ねる。


「であれば、私にそういった謝罪は不要よ。体を起こしなさい」


 土下座をやめるよう、はっきりと指示した――が、男はその姿勢をやめない。

 むしろ、額を床に押し付ける力が増したように見える。


「あと、マティルダ様には、こんな私の再起に期待して頂き、あんな高価な調味料を大量に頂いてしまって……!」


 そう言って、また一度、彼は地面に額を強く打ち付けた。


(???)


 思わず「何の話?」という顔をしていると、隣の串焼き職人が、その答えを口にした。


「お嬢、醤油のことですわ。アッシも、あんなに貰っておどろきましたわ」


(……醤油が高価?)


 そう、少し前までは、醤油は比較的安価な調味料であった。

 しかし――


 誰かさんが、独占に近いレベルの大量の買い占めを行ってしまったせいで、とんでもない品薄になり、

 結果として価格が恐ろしいほど高騰してしまった。


 そしてその“誰かさん”は、買い占めた醤油が屋敷の倉庫どころか庭を圧迫していたため――

 目障りだからといって、料理ギルド所属の、多少腕が立ちそうな職人たちへ、瓶ではなく“箱”単位でばら撒いたのである。


(とはいえ、まだ購入した三分の二以上は屋敷に残っているのだけどもね)


 当然、彼もその一人だったわけだ。


『全部マティルダのマッチポンプじゃん』

『自分で市場を破壊しておいて、それをこのためだけに放置していたんだね』


 リカが、遠慮なくツッコミを入れてくるが、

 これは全く計画していなかった。


 多少の高騰は予期していたが、まさかここまでとは。

 醬油は「知る人ぞ知る」調味料で、もともと一定の需要があったことに加え――

 後で知ることになるが、製造販売をしている白鷺商会も、“私がもっと生産しろ”と指示を出したせいで製造現場は大混乱となり、

 現場の疲弊により一時的に供給が停止してしまったことも相まって、

 今この場では、見事に高級品の仲間入りを果たしてしまっていたのだ。


 しかし、そんな経緯など、目の前の男は知る由もない。


 謎の調味料を箱で渡され、試しに使ってみたら、風味も良く、

 しかも市場で調べてみたら“高級品”だと分かった――そういう流れなのだろう。


 その結果――


「身に余るほどのものを頂いたとき、“まだ自分に期待して下さっているんだ”と……!

 そんな恩を受けておきながら、まだ結果を出せていない自分が、情けなくて……!!」


 どうやら、“期待を込めた投資”と受け取られてしまったらしい。


(……たかが調味料に、ここまで振り回されるとはね)


 周囲のざわめきが一段大きくなるが、その内容は先ほどまでの緊張とは違い、

 どこか明るく、好意的な色を帯び始めているのがわかる。


「悪徳店だったのに、ちゃんとやり直してるのか」

「マティルダ様、そういうことまでなさってたんだな……」

「“期待してる”って、今おっしゃったよな……?」


 ここまで騒ぎが大きくなってしまった以上、

 この場を“良い方向”で収束させる必要がある。


 私は、あえて皆に聞こえるように、少し声を張った。


「感謝も、謝罪同様――言葉ではなく、“行動”で示しなさい」


 男だけでなく、周囲の視線も一斉にこちらへ向く。


「私は、貴方たち料理人に期待していると、前にも言ったわよね」


 一拍置き、間を取る。


「それは、“私への感謝を述べること”ではなく――」


 私は、男ではなく、あえて周囲の民衆を見渡しながら続ける。


「“民たちの腹を、美味しいもので満たすこと”!」


 ざわめきが、少し熱を帯びる。


「それを期待してのことよ」


 視線を再び、土下座していた男へと戻す。


「その期待に応えるには、その体勢はおかしいのではなくて?」


「……!」


「然るべき場所で、その腕を振るってこそ、“感謝を返した”ことになるわ!」


 男の肩が、大きく震える。


 私は、あえて少し静かな口調で、最後に言葉を落とした。


「敢えて言うわ」


「貴方には“期待している”」


「――だから、早く起き上がって、支度をしなさい」


 しばしの沈黙のあと、土下座をしていた男は、ぎゅっと拳を握りしめ、

 ぐらつく膝に力を込めて立ち上がる。


 再度、今度はきちんとした角度で腰を曲げ、お辞儀をした。


 その目には涙が浮かび、頬にはそれが伝った跡がはっきり残っている。

 だが、その目の奥には、さっきまでなかった“覚悟の炎”が灯っていた。


「準備はできたのかしら?」


 あえて淡々と問う。


「はい! 今すぐにでも、これからでもその期待に応えられる所存です!」


 その言葉に迷いはなかった。


 私は男の顔から視線を外し、周囲の民衆へと向ける。


「彼は、こう言っているわ」


 ざわめきが、すっと静まる。


「さて、この場にいる皆にお願いがあるのだけれども――今日、この後、彼の店で“それ”を確認してきて頂戴」


 一拍置いて、続ける。


「もちろん、そこのお代は私が払うわ」


 通りのあちこちから、どよめきと歓声が上がる。


「本当なのか……」「タダ飯てことか?」「いや、“確認”だからな!?」「でもご褒美じゃねえか!」


 あまりにも盛り上がってしまったので、私は少しだけ声を引き締めた。


「ただし――もし貴方たちも、今のこの状況に感謝するのであれば」


 視線をゆっくりと一巡させる。


「“ヴァルデン領のために働くこと”で、その感謝を示しなさい」


 少しだけ、口元を緩めて付け足す。


「だから――」


「酒代までは、私は出さないわよ」


 一瞬の沈黙のあと、民衆から笑いがこぼれた。


 ◇ ◇ ◇


 使用人に後の事は任せ、串焼き職人と別れ、私は一人、屋敷へと歩く。


 しかし――行きとは違い、少しだけ心は晴れやかであった。


『さっきの土下座してた人も、顔つき完全に変わったじゃん。

 こういうのは報告書じゃ絶対わからないんだよね〜』


(……認めるのは癪だけれど、まったくの無駄足ではなかったようね)


 そう思いながら歩いているうちに、屋敷の門が見えてくる。


 そして、その門の前――。


 今日は一日で何度も見た、すっかり見慣れた姿で、私のことを“出迎え”している人物がいた。


 中隊長であった。


 門の外、きっちりと膝をつき、背筋を伸ばしたのち、

 見事な角度で上体を倒し込んだ、教本の挿絵のように美しい土下座姿で、彼はじっと動かずに待っていた。


『……うわ、今日一番きれいな土下座きた』

『中隊長さんだけ“土下座スキルLv.MAX”って感じだね……もはや芸術だよ、これ』


(今日は“下に視線を落として”話す一日だったわね)


 そんなことを思いながら、私は一つ深く息を吐き、中隊長の正面へと歩みを進め、

 私にしてはかなり甘い罰を、彼に与えることにしたのだった。


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