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⑰レオルドルート_名物料理(後Ⅲ)

 

 後日、私の元へと分厚い紙束が複数届いた。


 内容の確認を任せていた使用人が、少し困ったような顔でそれを机の上に置く。


「お嬢様。兵たちから、“焼き鳥の市中での早期販売”に関する要望書が多数届いております」


 ざっ、と紙束の端を指で払うと、同じような書式の文面が何枚も目に入る。


 ・焼き鳥の市中販売を要望します

 ・訓練の励みとなるため、早期の屋台展開を強く希望いたします

 ・家族にも食べさせたいので、一般販売を――


(これはもう、私が処理すべきものではないわね)


 名物料理としてここまで評価をされていることは嬉しいが、

 料理ギルドというものが立ち上がった以上、こういった需要の調整は本来そちらの仕事だ。


「この申請書はレオに渡しておいて」


「かしこまりました。……ただ、お嬢様」


 使用人は、紙束の中から一枚だけ、別の書類を取り出した。


「こちらの一枚は、申請書とは少々形式が異なるようでして」


「異なる?」


「はい。表題が『焼き鳥という料理について』となっておりまして、差出人は……」


 使用人は、そこで言葉を濁した。


「差出人不明、ね」


 私はその一枚を受け取り、目を通す。


 そこには、焼き鳥を食べた際の感想が、異様な熱量で綴られていた。


 ・調理の際に立ちのぼる香ばしい匂いがたまらない。火の熱で拡散されるそれは、近づくほどに鼻腔を 刺激し、串が目の前に現れた瞬間には、焼けた姿とじゅうじゅうと鳴る音も相まって、もはや順番など待っていられない心境となる。

 ・その焦燥に応えるかのように、焼き鳥の串は調理時の持ち手と、食べる際の持ち手の両方を兼ねており、焼き上がりと同時に“焼きたて”がそのまま提供される構造となっている。

 ・焼き上がり、火からおろされたばかりの熱でタレがふつふつと音を立てている。冷ますために息を吹きかけようと顔を近づけると、湯気とともに立ちのぼる香りが一層濃くなり、さらなる食欲を刺激する。

 ・待ちきれずに口に入れると、香ばしい匂いと甘いソースの味が口いっぱいに広がる。その後、肉の繊維を噛むたびにソースの印象が変化していく。肉そのものも、ソースに負けないほど旨味が引き出されており、素材が“生きている”と感じられる。脂が舌の上で良い具合に広がっていき――

 油やソースはしつこくなく、口の中でさらりと引いていくのに、旨味だけはしっかりと残る。後味まで一つの作品として完成されているようだ。

 総評すると、表面は香ばしく、中は柔らかい。脂も重たくなくて、口に残った旨味のせいで、なおもう一本、さらにもう一本と“食べたくなる”最高の串焼き料理であった。


(……なるほどね)


 書いた人物は、“評価することにやたら慣れている”気配がする。


「これを書いたのは中隊長ね」


 そう呟くと、使用人は「やはりお分かりになりますか」と言いたげに、黙って頷いた。


「よくもまあ、ここまでつらつらとひとつの料理に対して感想が思い浮かぶものだわ」


『中隊長のグルメレポート長すぎて、若干引くんだけど。どんだけ食欲旺盛なの』


 リカが、呆れとも感心ともつかない声でぼやく。


(あなたがゲームのことに関して語る時も、私は似たような感想を抱いているのだけれど)

 という心の声を、言葉にしないようにぐっと飲み込む。


 紙から視線を外し、少し考えたあとで口を開いた。


「これもレオに回しておいて。あとそうね――内容を書き写したものを、串焼き職人へ渡して頂戴」


「書き写したものを、でございますか?」


「ええ。料理人の中では、こういった細かい評価というのが気に入られているみたいだから」


「それには、差出人に中隊長の名前を入れておいて頂戴。

 万が一にでも、私やレオがこんなことを言っていると誤解を招くのは避けるべきだわ」


「承知いたしました。対応いたします」


 そう言って書類を受け取り、使用人は部屋から退出する。


 それと入れ替わるように、別の使用人が慌ただしく部屋へと飛び込んで来る。


「お嬢様、報告です!」


 少し息を弾ませた様子に、私は視線だけで続きを促した。


「お嬢様が考案され、現在市中で“試作品”として提供されている名物料理なのですが、一般販売を早くして欲しいとの要請が強まり、

 民衆の中には、そういった“早く販売を許可せよ”という運動が、一部で見られています」


 まだ、試食が開始されてから日が浅いというのに、もうそれほどの人気らしい。


(たしか、唐揚げとラーメンだったわね)


 揚げ物と炭水化物――民衆の舌には、実に受け入れやすかったのだろう。


「報告感謝するわ」


 そこでいったん区切りをつけ、


「だけども、そういった“デモ”のようにも見える活動、もし法を破ってそういったことをしているなら、

 問答無用で牢に放り込んで良いと兵士たちへ指示しておきなさい」


 使用人が一瞬、目を瞬かせるが気にせずに続ける


「……暴動や違法な集会に発展していないかは、事前に確認するように。

 しかし、この前の“やり過ぎた”反省も踏まえて、“酒場での愚痴”程度なら、わざわざ捕らえる必要はないわ」


「は、はい。承知しました」


「あと、レオに状況を説明して“早く販売するように”伝えなさい。

 もし手が足りていないなら、必要な人手の手配くらいは私も協力すると」


「いえ、レオ様からは、すでに“至急、一般販売するように”という指示は出ています」


「……そうなの?」


「ですが、料理人たちから――

 “唐揚げラーメンの考案者であるマティルダ様に『お出し出来るまでのもの』にならないと完成ではない”と、頑なに主張しておりまして」


「はあ?」


 思わず、声が一段階低くなる。


「“唐揚げ”にしろ“ラーメン”にしろ、私が教えたのは完成状態の“イメージ”と簡単な道案内だけよ。

 自分が開発したと胸を張るよう伝えなさい」


「は、はい……」


「それと、協力するとは言ったけれど、私をそう易々“評価者”として利用するような真似は許可しないと、

 強く言っておきなさい」


 つい語気が強くなる。


 使用人は少し身をすくめ、それでも、決意を固めたように口を開いた。


「主の御意に反する無礼を承知の上で、申し上げます」


 私はそれに無言で頷き、続きを促す。


「“唐揚げとラーメンを合わせた料理”にしろと指示したのはマティルダ様と聞き及んでおり、

 彼らはそれに対する、正式な評価を欲している状態でございます」


(…………ん? そういえば、最初“唐揚げラーメン”と、

 二つを合わせた料理のように言っていたわね)


『マティルダ、もしかしてだけど――』

『“合わせた料理”ってことは……』

『“ラーメンに唐揚げをぶち込んだ料理”のことを言っているんじゃない?』


 嫌な予感が、背筋を冷たく撫でていく。


 その後、状況を詳しく確認したところ、状況は中々に滅茶苦茶になっており、その全ては中隊長が原因であった。


 先日、どちらが名物料理に相応しいかと喧嘩している料理人たちの仲裁に行かせた際、

 どういう説明をしたかは不明だが――


「“喧嘩をやめること”に加え、“二つを合わせた料理にするように”と伝えたそうです」


 使用人の報告は淡々としているが、その内容は十分に衝撃的だった。


『マティルダが、唐揚げとラーメンの2つを名物料理にするって指示した話が説明してる途中でごちゃ混ぜになっちゃったのかもね』


(食べた内容に対して、あそこまでしっかりとした説明が出来るのに、どうしてこんな簡単な伝言が出来ないのかしら)

 思わずため息がでる。


「料理人たちは最初こそ困惑や反発の感情があったそうなのですが、

 “マティルダ様のご意向によるもの”と説明されたことと、

 彼らの中で信頼のあった中隊長からの”どうしても”というお願いということもあって、

 とりあえず言われた通り“合わせたもの”を共同で作ることになったそうです」


『あー……あの中隊長なら、やりかねないよね……』


 私は額に手を当て、もう一度深く息を吐く。


「それで?」


「そしたら、なんとも“素晴らしい出来に仕上がった”そうでして。その自身の料理の腕からでは創造出来ないような、”あまりにも最高なの出来栄え”に

 料理人としての人生で“これほどのもの”を生み出せたのは、()()()()()()()()()()()()()()()……」

「……………………その、崇拝のような、感謝と敬意をしておりまして」


「…………………」


「彼らはその一品に、自身の“マティルダ様への感謝と敬意”を込め、

 より精錬したものにすべく、すでに“販売できる代物”のラインは大幅に超えているにもかかわらず、

 一般販売を強く求める声を横目に、未だ改良を重ねているのだとか」


「………つまり、“もう今すぐにでも売れるレベル”なのに、

 彼らの中の偶像としての“私”のために、今なお改良を重ね続け、販売を引き延ばしている、と?」


「その通りでございます」

「ですので、料理人たちに“もう販売して良い”と、

 マティルダ様から直接お言葉を頂きたい、というのが、先ほどの報告の真意でございます」


 今すぐその料理人をここに呼び出しなさい――

 言いかけたところで、それを見越していたかのように、脳内にリカの声が飛び込んでくる。


『マティルダ。いまそんな“大人気の状態”の店から人をさらってくるのは、さすがに良くないよ』

『どうせ今は色々と一段落したんだし、こっちから会いに行ってあげたら?』


 確かに、数日前までは書類仕事に追われていたが、

 名物料理はほぼ形になり、料理ギルドの件もレオに丸投げできるようになったため、

 手が空いていたのは事実だった。



「急ぎ、馬車の準備を。すぐにその料理人のところへ向かうわ」


 椅子から立ち上がりながら告げると、使用人が目を見開く。


「お嬢様ご自身が、でございますか?」


「ええ。ここまで話を大きくしてくれた“当人たち”に、直接会っておきたいのと、

 これ以上話がややこしくなるのは看過できないわ」


 そこで言葉を切り、もう一つ指示を重ねる。


「それと――中隊長を今すぐに私の元へ連れてきなさい」


「中隊長を、でございますか?」


「“今すぐ”よ。

 騒動の発端に、きちんと話を聞いておく必要があるでしょう?」


 少しだけ笑みを浮かべつつも、声には有無を言わせぬ圧を込める。


「はっ。直ちに手配いたします!」


 使用人は慌ただしく一礼し、足音も高く部屋を飛び出していった。



『マティルダ、お手柔らかにね』

 リカの心配する声とは対照的に、私の胸の内では、


 ――さて、どう“料理”してやろうかしら――


 という熱いものが、じわりとたぎっていた。

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