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⑰レオルドルート_名物料理(後Ⅱ)

 

 焼き鳥の試食会は、大成功であった。


 焼き上がった串は、一応の「順番待ち」という規律こそ守られているものの、

 受け取った途端、冷ますことも忘れて豪快に口へと押し込まれていく。


「っつ……あっつ! でも、うまっ……!」

「これは……何という!」


 熱さに顔をしかめながらも、誰一人として手を止めようとはしない。

 串から肉を引きはがす音と、満足そうな呻き声が、あちこちから聞こえてくる。


 複数の料理人が調理を担当しているため、提供スピードは決して遅くはない。

 にもかかわらず、順番待ちの行列は一向に解消する気配を見せなかった。


 特に、串焼き職人の前に出来ている列は、見ていてなかなかに面白い光景である。


 彼は一度に焼ける量も多く、手際も段違いに良いので、列そのものは面白いほど滑らかに進んでいく。

 だが、「あの職人の串が一番うまい」という噂があっという間に広まったせいで、

 行列は進むそばから、その後ろに新たな兵が吸い寄せられるように並び、結果として列の長さは増す一方だった。


『なにこの行列。並びすぎ。てかドンドン長くなっていってない?

 いったい、屋敷に兵士は何人いるのよ』


(たしか、屋敷に常駐しているのは二百人くらいだったかしら?)


 試食会の途中、その噂を耳にした屋敷内巡回中の兵たちが、

 窓越しに訓練場を覗き込みながら、いかにも「食べたそうに」していたので、

 彼らにも“試食後に屋敷を隈なく点検すること”を条件に、試食の許可を出したのだ。


「本当に、よろしいのですか、お嬢様……!」

「その代わり、この後の業務は“いつも以上”に細かくお願いするわ」

「やります! 床の石畳一枚ずつ数える勢いで見回ります!」


 妙に力の入った返答に、周囲の兵がくすりと笑う。


 そんなやり取りをした結果、屋敷内からも兵がどんどん流れてきて、

 今のような有様になった、というわけである。


 生き物のようにうねり、伸び、縮みする行列は、

 遠目に眺めていると、なかなか面白いものであった。


 その盛況ぶりたるや、食材が足りなくなってしまうことを恐れ、

 彼らの昼食分の食材の三倍相当の量を事前に準備しておいたにもかかわらず、

 それすらも尽きかけたため、途中で追加の食材を運ばせたほどだ。


(よく一品だけであんなに食べられるわね)


 一応、リカから「焼き鳥は鳥のいろいろな部位を焼いたもの」という説明は受けていたので、

 再現するにあたり胸肉・もも肉・皮・砂肝・軟骨など、肉の部位を変えたり、

 さらにそれらにひと手間加えた串も用意し、種類だけはある程度揃えた。


 しかし、どれだけ種類を増やしても、根本的には「鶏肉を焼いたもの」という点は変わらない。


(まあ、ここまで喜ばれるのだから……“名物料理候補”としては十分ね)


 行列がようやくひと段落しかけたころ、中隊長が私の元へと報告にやってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 息も絶え絶えで、正に「急いで来ました」といった風情だ。

 訓練場の様子をざっと見渡し、まだ試食会が続いているのを確認すると、

 肩で息をしながらも、私の前に駆け寄ってきて報告を行った。


「マティルダ様! ラーメンと唐揚げの料理人へ、指示を伝えて参りました!」

「両名とも、無事に納得してくれたようです! 協力も取り付けました!」


「そう。それはよかったわ」

「詳細は後で忘れずに、ハンネスに報告しておきなさいね」


 これで、名物料理の“料理そのもの”については、

 ひとまず「形になった」と言っても過言ではないだろう。


 私は「下がっていいわ」と軽くジェスチャーで告げた。


 中隊長が「では私も、ひと串――」と言わんばかりに、

 その足で自然と行列の方へと向かおうとした、その瞬間。


「中隊長!」


 鋭い声が飛び、中隊長の足がぴたりと止まる。


「我々、隊長格の人間は最後だ」

「現在の任務は、兵士たちが羽目を外しすぎないかを確認することだろう?」


 そう告げたのは、先ほどまでその采配を振るっていた兵士長であった。


「わ、私は……その、様子を近くで――」

「“様子を見る”のと、“列に並ぶ”のは別物だ」


 兵士長は、じろりと中隊長に視線を向ける。


「分かったら、行動に移せ。

 隊長格が率先して並んでどうする。背中で示せ」


「……はっ」


 中隊長は、力なくもきちんとした敬礼をし、

 未練がましく焼き鳥の匂いが漂う方角を切なそうに見つめながら、

 兵たちの間を巡回し始めた。


「走って息が上がっている時よりも、辛そうな顔をしているわね」


 思わず小さく呟くと、リカがくすくすと笑う。


『中隊長さんあんなに楽しみにしていたのに可哀想。』

『こういう、“偉い人は最後に食べる”ってやつ。この世界にもあるんだね。』


「兵士たちのような、身分は同じだけど役職において厳格な上下関係のあるところだけよ」


 小声でリカにそう返答する。


『へー。でも格好いいよね。上の者が最後に食べるのって。

 マティルダもそれが理由で食べていないの?』


「私が食べないのは、レオがお墨付きを与えたという印象を薄れさせないためだわ」


 そう呟きつつ、

 私が食べていないのにはそれ以外の明確な理由があるのをはぐらかす。


 食べない理由、それは、焼き鳥という料理の“食べにくさ”にある。


 前回の串焼きからすると、肉のサイズは一口サイズになり、

 種類によっては野菜が肉との間に挟まっているものもあり、肉を焼いただけという料理では無くなっている。


 串も、以前のような鉄製から、繊維が細かい木材のような植物で出来ている使い捨ての串へと変更されており、見た目や衛生面においても、大分改善はされている。


 だがそれでも、串の下側に残った肉は、どうしても歯でこそげ取るようにしなければならないという食べにくさは残ったままである。そして、串から肉を外してしまうのは、焼き鳥も串焼き同様で“らしい食べ方”としては推奨されないようだ。


 この場で、皿に載せてナイフとフォークで食してしまうことも不可能ではないが、

 せっかくの「焼き鳥」という料理のお披露目の場で、

 そんな水を差すような真似をするのは、少し興醒めだ。


 そのため、私は炭火の煙、肉の焼ける音、兵たちの笑い声が混じり合った訓練場を、

 少し離れた場所から眺めるに留めていた。


 やがて、人の流れがひと段落し、隊長格も食べ終わり、

 そろそろこの場を〆る必要が出てきた。


 私はレオに視線を向ける。


「レオ、この場は貴方がしめてくれるかしら」


 一瞬だけ躊躇したあと、レオはわずかに眉根を寄せた。


「いえ、この場は姉上が仕切るべきです。

 料理の開発から、会場の手配まで、私は何一つ行っていないので」


 とレオは答える。


 この場で貴方が発言すれば、レオの功績としての印象が強くなるからやりなさい――

 という言葉が喉まで出かかり、それをぐっと押しとどめる。


「その準備やら調整やらで頑張ったせいで、私はもう疲れてしまったわ。だから後は貴方がやって頂戴」


「…………いえ、そう言った功績ばかりを譲られるわけにはいきません」


 いつもであれば渋々了承するのに、珍しく意見をしてきた。


 少しだけ考え、私はわざとらしく肩をすくめてみせる。


「功績を譲っているつもりはないわよ。

 私は“料理を用意した側”、レオは“それを受け取った兵たちの側”。

 私が用意した焼き鳥というものを貴方がどう受け取ったか、今後料理ギルドの創設者としてどうして行くのかとかに言及しながら締めくくるのが一番きれいな流れでしょう?」


「……しかし」


 これは“お願い”じゃなくて“命令”よ――

 その言葉を必死で飲み込み、代わりにそっとレオへと近づき、耳元でささやく。


「それに……、私と”焼き鳥”とをあまり強く結び付けた印象にはして欲しくないの。

 名物料理としては認めるけれども、料理としては女性向け、ましてや令嬢向けのものとは言えないでしょう?」


 そう言ってから、私はレオの蒼い瞳を真正面から見据えた。


 しばし、無言で視線を交わす。


「……承知しました。そこまで仰られるのであれば」


 観念したようにそう答え、レオは皆の前へと出る。


 その表情は、 いつもの無表情寄りではあるものの、どこか柔らかかった。


「皆。訓練に加えて、この試食にも付き合ってくれて、感謝する」


 訓練場のざわめきが、すっと静まる。


「今日、ここに並んだ“焼き鳥”という料理は、ヴァルデン領の新しい名物となるものだ」


 そこまでレオが発言したことを確認し、私は静かに踵を返した。


『えっ? なんで途中で帰っちゃうの。レオ様、今から頑張って演説しますよーっ てとこなのに』

『てか、マティルダがやれって言ったんじゃん。最後まで付き合いなよ〜』


「あの場に私は不要だからよ」

「あと、あの男と油の匂いが充満した訓練場に、あまり長居はしたくなかったというのもあるわね」


 そうとだけ呟き、私は自身の執務室へと歩みを早めた。



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