⑰レオルドルート_名物料理(後Ⅰ)
中隊長が颯爽と部屋を飛び出してから、少し経った頃。
串焼き職人から焼き鳥のタレのレシピを受け取り、材料の配合や火加減について軽く説明を受けたあと、レオたちに焼き鳥を差し入れるため、
私はその職人と使用人たちを引き連れて、訓練場へと足を運んだ。
現在の時間、訓練場では大勢の兵士が訓練の真っ最中であった。
だが、私たちは正面ではなく、裏口から訓練場に忍び込むようにして入る。
正面からだと、これから何かがあると事前にアピールしてしまううえに、
間違いなく大袈裟に歓迎されてしまうからだ。
これは、リカ基準では完全に“アウトな行為”らしい。
あくまで、訓練が終わってから渡すのがいちばん効果的なのだとか。
だからこそ、私たちは焼き鳥用の道具や食材に紛れ、裏口から半ば忍び込むように入場した。
訓練場には、土壁に跳ね返る怒号と、剣が交わる甲高い金属音が響き渡り、
――いつもと変わらぬ騒がしさが、今日も広がっていた。
レオも訓練中のはずだが、どこにいるのかと目で追うと、
彼は大柄な大隊長と組んで模擬戦闘の真っ最中だった。
レオは、その大隊長を圧倒するかのように剣技を振るい、
周囲の兵たちも、その一挙手一投足を固唾をのんで見守っている。
『わあ、レオ様つよーい! さすが炎の貴公子!』
『あのしなやかな体つきからは想像できない、力強い一撃。見てるだけで惚れ惚れしちゃうね』
『もっと近くに寄ってよ、マティルダ!』
リカが脳内でキャッキャと騒いでいるが、
(威力が無駄に高いのと、動きが直線的すぎるわね)
格下相手には効果的な剣術だが、
同格以上の相手を前にすると対処が容易な、少し不器用な剣だ。
火力の高い剣技を相手にただ叩き付けるだけではなく、
相手に合わせた技の種類の変化や、力の流れを利用した受け流し・崩しを織り交ぜる方が良い。
だが、レオにはまだその柔軟さが不足している。
そんなことを分析しているうちに、どうやら決着がついたようで、
訓練場に大きな拍手が沸き起こった。
(まあ、出ていくとしたらこのタイミングかしらね)
そう判断し、私は焼き台の位置を確認しつつ、レオたちの近くへと歩み寄る。
一人の兵が私に気付き、あわてて兵士長へと伝令に走る。
その様子を見て、こちらから先に声をかけることにした。
「皆、よくやっているわ」
そう声をかけると、一同の視線がバッと私に集中する。
みな姿勢を正し、敬礼の動作を取ろうとしたので、それを手で制した。
「敬礼は不要よ。私は、あなたたちをねぎらいに来たのですもの」
少しだけ笑みを見せる。
兵士長が前へと進み出て、敬礼だけを簡潔に済ませてから疑問を口にした。
「マティルダお嬢様、本日はいかなる用件で?」
「何度も言わせないで頂戴。皆をねぎらいに来たのよ」
「訓練を頑張っている我が兵たちに、差し入れを持ってきたの」
「差し入れ、ですか?」
(やはり、いきなり差し入れと言われると、こういう反応になるわよね)
困惑する兵たちに、私はさらに言葉を足す。
「まあ、それだけではないわね。実際に見てもらいながらの方が説明は楽だわ」
「入ってきてちょうだい」
指を鳴らし、端で待機させていた道具や食材、そして串焼き職人たちを、訓練場の中心へと招き入れた。
「あなたたちの中には、味の評価や悪徳店の取り締まりで協力してもらった者もいるはずよね。
分からないことがあれば、詳細を知っている者に尋ねなさい」
一拍置き、皆の視線を集めたまま続ける。
「簡単に説明すると、私は今、この地に新しい種を芽吹かせようとしているの」
「名物料理という、ヴァルデン領を彩る花へとするためにね」
兵士たちがざわめき始める。
そのざわめきにかき消されないよう、私は声を張った。
「色々な人の努力の甲斐があって、その芽は着実に育ってきている」
「そして、私がここに来たのは、その名物料理候補の試食をしてもらいに来たからよ」
「“焼き鳥”という料理のね」
私の後ろに控えていた串焼き職人が、一歩前に出て恭しくお辞儀をする。
「何人かは、すでに彼の料理を試食して、その腕前を知っているはずだわ」
「特別に、訓練を終えた皆にだけ“先行で”味わってもらうつもりよ」
「先行……ということは、いずれ街にも出回るのですか?」
兵士長が代表して問う。
「ええ。そのつもりよ。だからこそ、これを市中に流しても問題が無いかを、あなたたちの舌で確認してもらいたいの」
調理を始めるように合図を送ると、使用人たちが手際よく炭を起こし始める。
ぱちぱちと火の粉が散り、赤くなった炭の表面がじわりと熱を帯びていく。
炭の状態を確認した串焼き職人が、黙々と串を並べ、塩とタレを手早く振り分けていく。
肉が炭火の上でじゅう、と音を立て、煙とともに一層濃い香りが立ちのぼる。
ぱちぱちと炭がはぜ、やがて脂を含んだ香りが、じわりと訓練場に広がっていった。
「な、なんだこの匂い……」
「腹減ってきた……」
先ほどまで剣を振るっていた兵士たちが、匂いにつられるように、焼き鳥を焼いている網の周囲へとじりじり集まってくる。
『うわ、なんか兵士さんたちがぞろぞろとこっちに集まってきた』
『なんか、ゆっくり本能に導かれてこっちに向かってくる感じ、ゾンビみたいで怖いね』
『よろよろと、ゆっくり取り囲むように、とりつかれたみたいで、すっごい不気味』
大人数の兵が、ふらふらと足を引き寄せられるように近づいてくる。
(意識して足を運んでいるというより、匂いに引っ張られている……それが不気味さを醸し出しているのね)
私は軽く手を振って少し距離を取るようジェスチャーし、
調理の邪魔をしないよう注意を促したうえで、焼き鳥について説明を始める。
「この料理は“焼き鳥”と言われる料理で、串焼き料理の一種だわ」
「鳥肉と香草野菜を串に刺して、塩で下味を整え、特製のソースを塗って味を引き締めながら焼いていく」
「一見、ただ串に刺して焼くだけの簡単なものに見えるけれど、
不要な油や水分だけを抜くように焼き加減を調整し、肉の中にしっかり味が染みわたるように焼き上げていく。
中々に奥の深い料理だわ」
そう焼き鳥について説明すると、多数の兵士の喉から、ごくり、と一斉に音がした。
(いい反応ね。それに、匂いだけで、もう半分は成功だわ)
醤油という調味料は焼くと香ばしい匂いが立つのだが、
それにいくつかの香料や薬味を加えることで、この独特の香りを生み出しているそうだ。
そこに鳥の油が混じり、さらに食欲をそそる匂いへと変化したものが、炭の火力で上空へと巻き上げられ、
訓練場全体へと広がっている。
屋台料理としては、文句のない出来であろう。
「レオ様、どうぞこちらへ」
兵士長がレオを、私の前へと案内するように連れてくる。
まだ興奮の残る蒼い瞳が、私と、その後ろに控える串焼き職人を順にとらえる。
「姉上、これは……」
「前に少し説明した、名物料理の候補よ」
そう言って、私はレオの視線を焼き台の方へと誘導した。
炭の上では、先ほどよりもさらに色づいた串が、表面にこんがりとした焼き色をまとい始めていた。
脂がぽたり、ぽたりと炭に落ちるたび、煙が立ちのぼり、香りが一段と濃くなる。
『うわぁ、色ついてきた! あの照り、絶対おいしいやつだよマティルダ!』
『ほら見て、表面カリッとしてそうなのに、中はまだぷっくりしてるよ!』
私は一歩前に出て、串焼き職人へ声をかける。
「最初のひと串は、レオにお願いできるかしら」
「畏まりましたぜ、お嬢!」
職人が真剣な表情で、炭の向こうから一本の串を慎重に取り上げる。
「最高の出来でっせ! どうぞ冷めないうちに食べてくだせー!」
職人が差し出した串を、使用人が恭しく受け取り、それをレオへと差し出した。
周囲の兵たちはごくりと唾を飲み込み、その様子を固唾をのんで見守る。
「レオ。率直に評価を頼むわね」
「いくら私が用意させたものとはいえ、遠慮は無用よ」
「………………」
レオは黙って頷き、一つ息を整えると、串を顔の前に持ち上げ、
香りを確かめるようにほんの少し目を細めた。
蒼い瞳の奥に、好奇と期待の色が宿る。
そして、迷いを断ち切るように、大きめに一口かぶりついた。
周囲の兵士たちが、ごくり、またごくりと喉を鳴らす。
「ど、どうなんだ……?」
「うまいのか……?」
一瞬、訓練場に、先ほどまでの怒号とはまったく違う種類の静寂が満ちる。
レオは口の中のものをしっかりと飲み込み、
今度は少しゆっくりと噛みしめるように、二口目を口に運んだ。
そして――
「これは……美味しい、ですね」
ぽつりと、しかしはっきりとした声が落ちた。
『やったー! きたー! レオ様の“微笑”いただきましたー!』
『ほらよく見てマティルダ、レオ様のあのほんのちょっとだけ緩んだ口元! 最高でしょ!!!』
『ただ焼き鳥を食べてもらうために、なんかとんでもない回り道をした気がするけど、これが見れただけで私は幸せだよ!』
リカがテンションを跳ね上げる。
あまりにも大音量で頭の中に炸裂する声に、思わず片耳を手で押さえる仕草が出てしまい、
自分で自分に苦笑しそうになる。
(……リカの言う通り、予想以上の反応ね。レオが焼き鳥を好む、という情報は正確だったのかしら)
三口目へ食べ進めるレオを横目で確認しながら、ふと兵士たちへと視線をやると、
全員が「もう待ちきれない」と言わんばかりの顔になっていた。
私は、少し肩をすくめるような仕草で兵士長へと視線を移す。
「この後の試食の進め方は、あなたに任せるわ」
「食材は十分に用意してあるし、念のため屋敷の料理人も手配しているから、
ある程度のペースで行き渡るはずよ」
そう兵士長に軽く指示を出し、兵士全員に向けて声を張る。
「レオからもお墨付きはもらったわ」
「みな、この料理を食べて、率直な感想を教えて頂戴」
「あと、これはただの試食だけではなく――
日々努力を重ね、ヴァルデン領を支えてくれているあなたたちへの、私からの感謝を込めた差し入れでもあるわ」
「食材は十分にあるから、みんな遠慮しないで食べて頂戴」
「「「うぉーーーっ!!」」」
兵士たちから大歓声が上がる。
それを、兵士長が大声で諫めた。
「一同、静粛に!!!」
「マティルダ様の御前であるぞ、各位、規律を重んじよ!」
号令に従い、兵士たちが直立した姿勢になる。
そんな彼らを見渡しながら、私は少し笑みを浮かべながら
「今日は少しくらい羽目を外しても、多めに見るわよ」
「ただ、兵士長の言うように、節度をもって楽しんでもらえると私は嬉しいわ」
そう告げて、あとの細かな采配は兵士長に一任することにした。




