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⑰レオルドルート_名物料理(中)


「そういえば、貴方はタレとは別件で来たのでしょう?」


中隊長のほうへ視線を向けると、彼はビクリと肩を震わせ、慌てて敬礼した。


「はっ! 他の“名物料理候補”の状況を、報告に参りました!」


報告という行為にまだ慣れていないのか、声がわずかに上ずっている。


目で「早く」と合図を送り、軽く促すと、中隊長は用意してきたメモらしき紙束をぎゅっと握りしめ、順番に読み上げ始めた。


「まず、“おでん”と呼ばれる煮込み料理でありますが――

 結論から申し上げますと、現時点では“失敗”といった評価です」


「失敗?」


私は片眉を上げる。


「どう失敗したのかしら。味の問題? 調理の問題?」


「はっ。どちらかと申しますと、“調理体制側”の問題であります」


「当初の計画では、屋台のような出店に大鍋を据え、

 その中で具材を長時間、常に煮込み続け――それをお客に提供するという形式を想定しておりました」


「しかし――」


彼は小さく首を振る。


「味そのものは悪くないようなのですが……屋台や小さな店では、

 “ずっと火を絶やさず煮込み続ける”という調理が難しく……」


「お嬢様が提案されていた“屋台形式での常時提供”は、現状ではかなり難しいようです」


「――なるほどね」


私は小さく頷く。


(リカの言う“おでん屋台”を再現するには、まだこの世界の技術と体制が足りなかった、ということね)


すぐさま判断を切り替える。


「屋台での販売にこだわる必要はないわ」


「飲食店の厨房で、昼や夜の“一品料理”として提供する形に、方向性をシフトさせなさい」


「“店で出す煮込み料理”として定着するなら、それはそれで上々。

 屋台は、いずれ体制が整ってから、改めて考えればいいわ」


「はっ!」


中隊長は、少しほっとしたように顔をゆるめ、それから次の紙束へと視線を落とした。


「つづきまして、“唐揚げ”という揚げ物、および“ラーメン”という麺料理についてですが――」


そこで一度区切り、こちらを見て、きっちりと言う。


「どちらも、“大成功”しているとの報告が上がっております」


「大成功?」


思わず、わずかに姿勢が前に傾く。


「ええ。どちらも、すでに“販売できるレベル”のものに仕上がっておりまして」


「兵舎および一部の食堂で試験的に提供されておりますが、

 食べた者たちからの評判は非常に良好――」


中隊長は紙を見ながらではあったが、なぜか感情を込めて感想を読み上げた。


「“うまい、うますぎる!”、“なぜ一皿限定なんだ、おかわりをくれ”、

 “常設メニューにはいつなるんだ”という要望を出す兵や客が、大勢いる、とのことであります」


「……かなり好評のようね」


私は少したじろぎながら言う。


『やっぱこの唐揚げとラーメンって、どの世界でも強いんだね。

 唐揚げ、ラーメン、カレーライスは、私の世界での“ハズレの無い料理”3トップだったもの』


心底楽しそうに語るリカの声を、片耳で聞き流す。


「しかし料理としては全く問題はないのですが――」


中隊長の口元に、わずかに苦笑の色が浮かぶ。


「調理以外のところで、困った問題が発生しておりまして」


「問題?」


「料理人同士で、“どちらが名物料理にふさわしいか”をめぐって、喧嘩になっているそうです」


「あいつらか~……」


思わずといった様子で、横にいた串焼き職人が頭をかかえた。


私は職人へ視線を向ける。


「どういうことかしら。詳しく説明してちょうだい」


職人は、頭をぽりぽりとかきながら、気まずそうに笑った。


「ええとですね、お嬢。

 まず、“唐揚げ”を担当しとるのが、元悪徳店のひとりだった料理人でして」


「で、“ラーメン”のほうを仕切ってるのが、“昔から真面目一本槍”な頑固者でしてね」


「性格からして水と油なんですよ、あの二人」


中隊長も、どこか疲れたような表情で付け足す。


「最初のうちは、“どちらもヴァルデン領のために”と互いを意識しつつも、

 切磋琢磨していたようなのですが……」


「評判が広まるにつれ、“自分の料理こそ名物にふさわしい”という主張が強まりまして」


「おまけに、周囲の料理人も、それぞれ“どっち派”に分かれてしまいましてね……」


職人は、深い溜息を吐いた。


「片方は、“唐揚げは飯にも酒にも合う”“単品でも成立している完璧な料理だ”って肩を持ち、

 もう片方は、“ラーメンは一杯で満足感が段違い”“酒を飲んだあと一杯が格別な、完成された料理だ”って応援してるんですわ」


「下手すると、ギルドが立ち上がる前に、料理人が二派に割れかねねえです」


『うわぁ……どっちが優れてるか論争だ……。

 しかも職人同士だから、たちが悪いタイプのやつだよこれ。

 マティルダはどっちのほうがいいと思う?』


リカが、心底呆れたような、それでいてどこか楽しんでいるような声を出す。


(どちらもなにも、私には唐揚げにしろラーメンにしろ、“どういうものか”のイメージすらついていないんだけども!)


二つの料理に関して、アヤノが持ってきた料理本にはそれに近いものしか載っていなかったため、

私はリカの口頭での説明と、使用人たちの報告からしか把握していない。


一応、何度か「試食してみてはどうか」という話は上がっていた。


けれど、私はそのとき、焼き鳥以外にあまり興味がなかったうえ、

レオのことや悪徳店の件、ギルド絡みの書類仕事で、常にイライラしていた。


それに――


(揚げ物だの、麺料理だの。油や炭水化物メインの料理は、私向けではないでしょうし)


――そう考え、「貴方たちに任せるわ」と、使用人たちに審査を丸投げしていたのだ。


『ここに来て“ゲームには無い選択肢”きた。

 マティルダはどっちを選ぶの? ねえねえ』


正直なところ、(もう、どっちでもいいわよ!)というのが本音だ。


しかし、ここで軽々しく「どちらが上か」を口にしてしまうと、

今後のギルドのバランスや、料理人同士の関係に大きな影響が出かねない。


(どちらが相応しいって話は、“選択した瞬間”から政治性を帯びるのよね……)


そんなことを考え始めたところで、ふと別の疑問が浮かんだ。


「そういえば、なぜ貴方がこの報告をしているのかしら?」


私は中隊長のほうへ目を向ける。

事務報告なら、ハンネスや他に適した使用人はいくらでもいる。


『確かに、中隊長さんの報告は途中途中つかえてて聞きづらかったもんね』

リカのいう通り、報告という意味では、彼はまったく適した人材ではない。


「あー……そうでした」


中隊長は、「あっ、忘れてた」という顔をした。


「ハンネス殿から、“どちらの料理も食べて、お嬢様にどちらの方が優れているかをお伝えするように”とのご下命を受けていたのでした」


続けるように促すと、中隊長は姿勢を正し、改めて口を開いた。


「私としては――」


一度咳払いをしてから、真面目な顔つきで続ける。


「どちらも美味しく、優劣などつけられない、というのが正直なところですな」


部屋の時間が、一瞬止まった。


(ハンネス。なぜこの“木偶の坊”を、報告役と料理の味見役に選んだのかしら)


『うわー、いちばん求めてない答え出してきた……。この中隊長さん、なんかあれだよね……』


日頃、私以外はあまり悪く評さないリカですら、珍しくダメ出ししている。


「あなたねえ、“美味しいのはどっちか”と聞かれているのに、

 “どちらも”なんて選択肢はないの。どちらかで答えなさい」


しかし、中隊長は一歩も引かなかった。


「いえ、優劣などつけられません。どちらも最高でした」


きっぱりと言い切るその顔には、微塵も迷いがない。


思わず、大きなため息がこぼれた。


(そういえば――この男、“勤勉さと真面目さと正直さで中隊長にまでなった”って、兵士長から聞いたわね)


「……度を越した正直さというもの、考えものだわ」


「はっ! それだけが私の取り柄でございます!」


胸を張って言い切る中隊長に、思わず頭を抱える。


『マティルダを困らせるなんて、この中隊長、中々にやるね』


「しかし、お嬢、この兵隊さんの“舌”と評価内容はたしかですぜ」


横で様子を見ていた串焼き職人が、慌ててフォローに入った。


「アッシの店にも、“試作品”を食べに何度か来てくれたんすがね。

 その時の感想は、結構参考になりやしたぜ」


職人がそう言うので、私は思わず中隊長をじっと見た。


中隊長は――信じがたいことに――

料理の感想を求められると、驚くほど「的確なこと」を言うらしい。


単に「うまい」「まずい」ではなく、


・何が、どうして旨いのか。

・食感がどう変化していくのか。

・香りがどのタイミングで舌と鼻をくすぐるか。

・噛んだ瞬間、飲み込む直前、飲み込んだあと――それぞれの段階で、口の中と五感にどう届くのか。


そういったことを、正確に言葉にしてくれるのだという。


その一方で、“こうした方がいい”だの、“こっちの方が好みだ”といった

「味への介入」は一切しないらしい。


ただ事実と、自分の感じたことだけを、淡々と伝える。


その距離感が、逆に料理人からかなり評価されていて――

今では「中隊長の舌」に評価してもらうべく、

わざわざ招くようなことをする料理人もいるそうだ。


今回の――

唐揚げの料理人の店にも、

ラーメンの料理人の店にも。


試作の初期段階から気に入られ、現在に至るまで、

その評価役として足を運び続けていたらしい。


『……中隊長は“グルメ隊長”だったんだ』


リカが妙に感心したように、謎めいた評価を下す。


中隊長は背筋を伸ばし、真面目な顔のまま続けた。


「念のため、今朝、評価を依頼されてから――

 串焼き職人殿をお迎えに行く前に、両方の店に立ち寄り、“現時点での味”をもう一度確認して参りました」


「そして、どちらも最高だという結論に至りました」


と、彼は一切の迷いもなく真顔で報告した。


そのなんとも清々しい佇まいを見ていると――


(……なんだか、真面目に悩むのが馬鹿らしくなってきたわね)


「そうね。別に、“名物料理”はひとつに絞らなくてもいいわね。」


私は、はっきりと口にした。


「二つあっても、三つあっても構わない。

 ヴァルデン領に来たら“あれもこれも食べたい”と思わせるなら、それはむしろ歓迎すべきことよ」


唐揚げだけ。ラーメンだけ。

どちらかひとつに決めてしまえば、確かに話は分かりやすい。


けれど、どちらも人々に愛される可能性を大いに秘めているのなら――

無理に“片方を切り捨てる”理由はない。


「名物料理の発表は――そうね。“同時”に行いましょう」


優劣を付けるわけにはいかない。

あくまで同じく評価されていることが重要だ。

発表のタイミングは、合わせる必要がある。


私は中隊長に告げる。


「そういうことになったから、中隊長。

 両方の料理人に“どちらも合わせて名物料理にする”と、急ぎ伝えて頂戴」


「了解しました、ですが…………」


「まだ他にあるのかしら」


「いえ、この後、“焼き鳥”の試食があるという話であったので。

 ………可能であれば――」


中隊長は、少し遠慮がちに、しかし、ものすごく“食べたそうに”している。


「さっさと行ってくれば、間に合うわよ!」


「了解しました!」


そう言って、彼は颯爽と執務室から出ていった。

一応、外に出る際の礼儀はしっかりとしていたが――なんとも慌ただしい足取りだった。


『……あの勢いだと、帰ってきたときに試作用の焼き鳥を何十本もペロりだね』


(まあ、“料理人たちから認められている舌”で確認できるのは、悪いことではないわね)


――しかし、この時の中隊長へ出した指示が、とんでもない暴発を招くことになるとは。

このときの私は、知る由もないのであった。


思えば、“簡単な報告”だというのに、

ハンネスがわざわざ報告内容を全て紙に書き起こしたものを中隊長に渡していた時点で――

私は警戒するべきだったのかもしれない。



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