表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/40

⑰レオルドルート_名物料理(前)


また、レオの事でリカと口論になった。


『だからさ、言い方をなんとかしてよ。

 あの言い方じゃ“上から目線”どころか、もっと悪いよ』


「対等な立場として交渉したつもりよ」


『あれの』『いったい』『どこが!?』


勢いよく、リカがまくし立てる。


『“完璧な既成事実を作っておきました。それに従っていれば全部うまくいくよ。

 あ、そうそう、逃げ場なんてもうないから、あとはよろしくね”ってやつだよ?』


『完全に、闇落ちさせる側とかラスボス陣営の交渉術だからね!?』


『なんでそんなにレオ様を“コントロール”したがるの。

 いくら心配だからって、あれを実の弟相手にやるのは、さすがに異常だよ』


「“異常”は言い過ぎじゃないかしら」


私が静かに返すと、リカは一瞬だけ黙り、

それから、言葉を慎重に探すようなトーンで続けた。


『……ううん。あれは異常』


『ていうかさ、なんでいちいち話をややこしくするの?

 シンプルに“貴方が適任だから、全面的に支援するけど、細かいことは貴方に任せるね”で済んだ話じゃん』


『なんでわざわざ、“あなたはこの椅子に座りさえすればいいですよ。すでに全ての調整は終わってますよ”みたいに仕切ったり、

 “座らなかったらみんなが困りますよ”みたいな、逃げ場を潰す方向に話を持っていっちゃうの?』


『もしレオ様のことを本気で心配してやってるなら――それ、ブラコンこじらせすぎ。幼子を相手にしているんじゃないんだから』


リカの文句に対し、私の胸の内側に、熱いものがぶわりとこみ上げる。

けれど、それを必死に押しとどめて、私はゆっくりと言葉を選んだ。


「多分、貴方がいう“心配”とは、私のそれは違うわね」


少しだけ視線を落とし、それから静かに告げる。


「私はレオのことが“可愛くて”あそこまでやっているのではないわ。

 “レオの持っている力”を危惧して、コントロールしようとしているのよ」


『……それは、どういう意味?』


「言葉どおりよ」


私は、感情を挟まないよう意識しながら、淡々と続ける。


「あの子は能力は高い。

 けれど、引っ込み思案な性格からか、どうしても経験が不足している」


「高い魔力量、優れた技量、真面目さ、責任感――

 そういった“素質”だけは、もう十分すぎるほど揃っているわ」


「けれど、そこに“判断力”と“場数”が、圧倒的に足りていない」


「そういった力の使い方がよく分かっていない状態で、“全部を任せて放置する”のは危険よ。

 とんでもない暴発をする可能性がある」


リカが、ごく小さく息を呑んだ気配がした――が、


『そうだとしても、ちゃんと対話をしなさ~い!』


と、即座に反論してきた。


そこから先は、延々とした言い合いになった。


最終的に――

・レオ側の意見をきちんと聞くこと。

・“指先の動きまで全部コントロールする”ような細かい指示を出すのではなく、

 「向かうべき方向」だけを提示し、具体的なやり方はレオに任せること。


というあたりで、ようやく折り合いをつけた。


……もっぱら、私としては不満なのだったが、

反論した瞬間にリカがあまりにも騒ぎ、

永遠に同じ話を繰り返す羽目になりそうだったので、ここを落としどころにするしかなかった

――というのが、正直なところだった。


◇ ◇ ◇


そんなこんなで、私はしばらくの間、無駄にイライラを抱えたまま日々を過ごしていた。


レオの件でリカに散々ダメ出しを受け、

名物料理プロジェクトは動き出したものの、

悪徳店の取り締まりの後始末、料理人たちから上がってくる「必要な道具や食材」の要望書、

ギルド設立に伴う書類仕事――と、処理すべき案件は減るどころか増える一方だ。


レオにも、偶然を装って会いに行ってはいるが、

むしろ前より少しだけ、距離を取られるようになった気がして、胸の奥がざらつく。


(……何か、いいニュースを聞きたいわね)


と考えながら、執務机に山積みの書類にペンを走らせていたところ――

扉がノックされ、使用人がそっと顔をのぞかせた。


「マティルダ様、あの、客人がお見えです」


「客人?」


「はい。先日、お招きした串焼き職人と、それから……中隊長がおふたりで」


(……何なの、その組み合わせ)


思わず眉をひそめる。


とはいえ、中隊長はまだしも、串焼き職人は名物料理プロジェクトの重要人物だ。

用件も聞かずに追い返すわけにもいかない。


私は軽く頷き、彼らを執務室へ通すよう指示を出した。


通されたふたりのうち、

最初に一歩前へ出たのは、あの串焼き職人だった。


「お嬢。またお邪魔しやす」


以前より少し顔色が良く、どこか「やり切った」ような表情をしている。


「いったい何かしら」


私がそう促すと、職人が胸を張って言った。


「――“焼き鳥のタレ”でこれだというものが、完成しやしたんで、ご報告に」


「あら。仕事が早いこと」


思わず、素直な感想が口をつく。


しかし、職人は後頭部をかきながら、少しだけバツが悪そうに笑った。


「滅茶苦茶頑張って作りましたよ……って言いたいところなんですがね」


「アッシはお嬢のいう“焼き鳥”って料理を極めるほうに集中してやして。

 だから、タレを作ったのは、アッシじゃないんっすわ」


(???)


私が眉を上げると、横で中隊長が、こほんと小さく咳払いをして補足した。


話を聞くに、若い料理人がこのタレを作ったそうだ。

連日徹夜して試作を重ね、

料理人ギルドの初回会合の時には、目の下に隈をつくったボロボロの姿で、そのタレを抱えて現れたらしい。


「なんで、その料理人がここに来ていないのかしら」


素朴な疑問を口にすると、職人のほうが「そこなんすよ」と、苦笑いを深くした。


「気ぃ悪くしねえで聞いてくだせえ、お嬢」


「その若ぇの、“この屋敷に行くのが怖い”って言いやして」


「アッシが『一緒について行ってやる』言うても、

 “もしお嬢の口に合わなかったら打ち首になる”って噂を、本気で信じとるんで」


「……打ち首? いったい誰がそんなことを言いふらしているのかしら」


「いや、その……この前の悪徳店の取り締まりの噂話とかが、

 ちっとばかし誇張されて伝わってるようでして……」


職人は少し縮こまりながら続けた。


「そいつも腕はたしかなんすがねえ。

 まあ、肝が小せえと言いますか……用心深えと言いますか……」


『うわぁ、完全に“魔王の居城”扱いされてる……

 マティルダ、領民からのイメージちょっと気にしたほうがいいんじゃない』


(“魔王”は言い過ぎでしょうに)


「――まあ、若い職人の気持ちも分からなくはないわ」


私は少しだけ肩の力を抜いて、静かに告げる。


「こう、正式に伝えておきなさい」


「『領内のルール違反をしない限り、私はあなたたちには――口も手も出すつもりはない』と」


「腕を磨き、まっとうな料理を出している限り、

 私は“客としての舌”だけを向ける。そう、あなたの口から他の者たちにも言っておきなさい」


職人が、目を丸くしてから、ふっと口元を緩めた。


「へい、ありがてぇお言葉でさぁ。ちゃんと皆にも伝えやす」


「とりあえず、そのタレはここに運ばせなさい。

 最初の味見は、私がするわ」


「お嬢がですかい?」

「お、お嬢様が、直々に……?」


職人の目がさらに丸くなり、中隊長も驚きの声をあげる。


「その、ボロボロになるまで徹夜して作ったというものが、どの程度なのか――少し興味が湧いただけよ」


私はわざと何でもないことのように言う。


(レオが口にして太鼓判を押すことになっているのだもの。

 味見は必須でしょう)


本来の目的は、彼らには伝えずに――


「すぐに持ってこさせなさい」


と、控えている使用人に指示を出した。


◇ ◇ ◇


ほどなくして、銀盆に載せられた小さなソース皿が運ばれてきた。


表面はとろりと艶があり、茶色がかった濃い琥珀色。

低めの小さな器の縁には、粘性の高い液体が乾いたときにできるような、薄い膜が見える。


「こちらが、例のタレでございます」


使用人が恭しく告げ、一歩下がる。


私はスプーンを取り、タレをほんの少しすくい上げた。


まずは、そっと鼻先へと近づける。


醤油の香りが土台にあり、その上から甘さと、かすかな香草の香りがふわりと乗っている。

だが、この時点では、良いのか悪いのかまでは判別がつかない。


(香りはまとまっているけれど……単体だと、まだ情報が足りないわ)


私はスプーンを口元に運び、ごく少量を舌の上に落とした。


濃い塩味がまず舌を打ち、そのすぐあとを追いかけるように、丸い甘みが広がっていく。

奥の方には、辛さと香ばしさの名残りがあるが、決して前に出すぎてはいない。


(……香りには少し改良の余地がありそうだけれど、味は上出来ね)


「美味しいかどうかは、肉に付けてみてからでないと最終的な評価はできないけれど」


私は、スプーンを皿の縁に戻しながら言う。


「味そのものは、かなり“精錬”されているわ」


尖った風味や濁りは少なく、

甘味・塩味・香りが、それぞれぶつからずにひとつの線を描いている。


『おお……ちゃんと“タレ”になってるんだね。適当に砂糖と醤油ぶっこんで、はい完成! じゃなくて良かった……。

 打ち首になっちゃう料理人はいなくて済んだ……』


(……あなたたちの中の私のイメージに対しても、改良が必要ね)


リカの戯言はひとまず無視し、この先の光景を頭の中で組み立てる。


(あとは、実際に肉を焼いて――脂と絡んだとき、火にあぶられたとき、味がどう変化するか、ね)


「このあと時間はあるのかしら?」


私は職人のほうを向き、問いかける。


「今回はちゃんと店を、ほかのもんに任せてきたんで、大丈夫でさぁ」


職人が胸を叩いて答える。


「であれば、今日は野外で――訓練を終えた兵士たちに、このタレを塗った串焼き……いえ、“焼き鳥”を作ってもらうわ」


「了解しやした、お嬢!」


職人は腕まくりをし、やる気に満ちた笑みを浮かべた。


(焼き鳥は、どうやら上手くいきそうね。あとは――)


(これを、どう“自然に”レオのところへ持っていくかしら)


そう考えていると、ふと横に控えていた中隊長の存在を思い出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ