⑰レオルドルート_名物料理(前)
また、レオの事でリカと口論になった。
『だからさ、言い方をなんとかしてよ。
あの言い方じゃ“上から目線”どころか、もっと悪いよ』
「対等な立場として交渉したつもりよ」
『あれの』『いったい』『どこが!?』
勢いよく、リカがまくし立てる。
『“完璧な既成事実を作っておきました。それに従っていれば全部うまくいくよ。
あ、そうそう、逃げ場なんてもうないから、あとはよろしくね”ってやつだよ?』
『完全に、闇落ちさせる側とかラスボス陣営の交渉術だからね!?』
『なんでそんなにレオ様を“コントロール”したがるの。
いくら心配だからって、あれを実の弟相手にやるのは、さすがに異常だよ』
「“異常”は言い過ぎじゃないかしら」
私が静かに返すと、リカは一瞬だけ黙り、
それから、言葉を慎重に探すようなトーンで続けた。
『……ううん。あれは異常』
『ていうかさ、なんでいちいち話をややこしくするの?
シンプルに“貴方が適任だから、全面的に支援するけど、細かいことは貴方に任せるね”で済んだ話じゃん』
『なんでわざわざ、“あなたはこの椅子に座りさえすればいいですよ。すでに全ての調整は終わってますよ”みたいに仕切ったり、
“座らなかったらみんなが困りますよ”みたいな、逃げ場を潰す方向に話を持っていっちゃうの?』
『もしレオ様のことを本気で心配してやってるなら――それ、ブラコンこじらせすぎ。幼子を相手にしているんじゃないんだから』
リカの文句に対し、私の胸の内側に、熱いものがぶわりとこみ上げる。
けれど、それを必死に押しとどめて、私はゆっくりと言葉を選んだ。
「多分、貴方がいう“心配”とは、私のそれは違うわね」
少しだけ視線を落とし、それから静かに告げる。
「私はレオのことが“可愛くて”あそこまでやっているのではないわ。
“レオの持っている力”を危惧して、コントロールしようとしているのよ」
『……それは、どういう意味?』
「言葉どおりよ」
私は、感情を挟まないよう意識しながら、淡々と続ける。
「あの子は能力は高い。
けれど、引っ込み思案な性格からか、どうしても経験が不足している」
「高い魔力量、優れた技量、真面目さ、責任感――
そういった“素質”だけは、もう十分すぎるほど揃っているわ」
「けれど、そこに“判断力”と“場数”が、圧倒的に足りていない」
「そういった力の使い方がよく分かっていない状態で、“全部を任せて放置する”のは危険よ。
とんでもない暴発をする可能性がある」
リカが、ごく小さく息を呑んだ気配がした――が、
『そうだとしても、ちゃんと対話をしなさ~い!』
と、即座に反論してきた。
そこから先は、延々とした言い合いになった。
最終的に――
・レオ側の意見をきちんと聞くこと。
・“指先の動きまで全部コントロールする”ような細かい指示を出すのではなく、
「向かうべき方向」だけを提示し、具体的なやり方はレオに任せること。
というあたりで、ようやく折り合いをつけた。
……もっぱら、私としては不満なのだったが、
反論した瞬間にリカがあまりにも騒ぎ、
永遠に同じ話を繰り返す羽目になりそうだったので、ここを落としどころにするしかなかった
――というのが、正直なところだった。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、私はしばらくの間、無駄にイライラを抱えたまま日々を過ごしていた。
レオの件でリカに散々ダメ出しを受け、
名物料理プロジェクトは動き出したものの、
悪徳店の取り締まりの後始末、料理人たちから上がってくる「必要な道具や食材」の要望書、
ギルド設立に伴う書類仕事――と、処理すべき案件は減るどころか増える一方だ。
レオにも、偶然を装って会いに行ってはいるが、
むしろ前より少しだけ、距離を取られるようになった気がして、胸の奥がざらつく。
(……何か、いいニュースを聞きたいわね)
と考えながら、執務机に山積みの書類にペンを走らせていたところ――
扉がノックされ、使用人がそっと顔をのぞかせた。
「マティルダ様、あの、客人がお見えです」
「客人?」
「はい。先日、お招きした串焼き職人と、それから……中隊長がおふたりで」
(……何なの、その組み合わせ)
思わず眉をひそめる。
とはいえ、中隊長はまだしも、串焼き職人は名物料理プロジェクトの重要人物だ。
用件も聞かずに追い返すわけにもいかない。
私は軽く頷き、彼らを執務室へ通すよう指示を出した。
通されたふたりのうち、
最初に一歩前へ出たのは、あの串焼き職人だった。
「お嬢。またお邪魔しやす」
以前より少し顔色が良く、どこか「やり切った」ような表情をしている。
「いったい何かしら」
私がそう促すと、職人が胸を張って言った。
「――“焼き鳥のタレ”でこれだというものが、完成しやしたんで、ご報告に」
「あら。仕事が早いこと」
思わず、素直な感想が口をつく。
しかし、職人は後頭部をかきながら、少しだけバツが悪そうに笑った。
「滅茶苦茶頑張って作りましたよ……って言いたいところなんですがね」
「アッシはお嬢のいう“焼き鳥”って料理を極めるほうに集中してやして。
だから、タレを作ったのは、アッシじゃないんっすわ」
(???)
私が眉を上げると、横で中隊長が、こほんと小さく咳払いをして補足した。
話を聞くに、若い料理人がこのタレを作ったそうだ。
連日徹夜して試作を重ね、
料理人ギルドの初回会合の時には、目の下に隈をつくったボロボロの姿で、そのタレを抱えて現れたらしい。
「なんで、その料理人がここに来ていないのかしら」
素朴な疑問を口にすると、職人のほうが「そこなんすよ」と、苦笑いを深くした。
「気ぃ悪くしねえで聞いてくだせえ、お嬢」
「その若ぇの、“この屋敷に行くのが怖い”って言いやして」
「アッシが『一緒について行ってやる』言うても、
“もしお嬢の口に合わなかったら打ち首になる”って噂を、本気で信じとるんで」
「……打ち首? いったい誰がそんなことを言いふらしているのかしら」
「いや、その……この前の悪徳店の取り締まりの噂話とかが、
ちっとばかし誇張されて伝わってるようでして……」
職人は少し縮こまりながら続けた。
「そいつも腕はたしかなんすがねえ。
まあ、肝が小せえと言いますか……用心深えと言いますか……」
『うわぁ、完全に“魔王の居城”扱いされてる……
マティルダ、領民からのイメージちょっと気にしたほうがいいんじゃない』
(“魔王”は言い過ぎでしょうに)
「――まあ、若い職人の気持ちも分からなくはないわ」
私は少しだけ肩の力を抜いて、静かに告げる。
「こう、正式に伝えておきなさい」
「『領内のルール違反をしない限り、私はあなたたちには――口も手も出すつもりはない』と」
「腕を磨き、まっとうな料理を出している限り、
私は“客としての舌”だけを向ける。そう、あなたの口から他の者たちにも言っておきなさい」
職人が、目を丸くしてから、ふっと口元を緩めた。
「へい、ありがてぇお言葉でさぁ。ちゃんと皆にも伝えやす」
「とりあえず、そのタレはここに運ばせなさい。
最初の味見は、私がするわ」
「お嬢がですかい?」
「お、お嬢様が、直々に……?」
職人の目がさらに丸くなり、中隊長も驚きの声をあげる。
「その、ボロボロになるまで徹夜して作ったというものが、どの程度なのか――少し興味が湧いただけよ」
私はわざと何でもないことのように言う。
(レオが口にして太鼓判を押すことになっているのだもの。
味見は必須でしょう)
本来の目的は、彼らには伝えずに――
「すぐに持ってこさせなさい」
と、控えている使用人に指示を出した。
◇ ◇ ◇
ほどなくして、銀盆に載せられた小さなソース皿が運ばれてきた。
表面はとろりと艶があり、茶色がかった濃い琥珀色。
低めの小さな器の縁には、粘性の高い液体が乾いたときにできるような、薄い膜が見える。
「こちらが、例のタレでございます」
使用人が恭しく告げ、一歩下がる。
私はスプーンを取り、タレをほんの少しすくい上げた。
まずは、そっと鼻先へと近づける。
醤油の香りが土台にあり、その上から甘さと、かすかな香草の香りがふわりと乗っている。
だが、この時点では、良いのか悪いのかまでは判別がつかない。
(香りはまとまっているけれど……単体だと、まだ情報が足りないわ)
私はスプーンを口元に運び、ごく少量を舌の上に落とした。
濃い塩味がまず舌を打ち、そのすぐあとを追いかけるように、丸い甘みが広がっていく。
奥の方には、辛さと香ばしさの名残りがあるが、決して前に出すぎてはいない。
(……香りには少し改良の余地がありそうだけれど、味は上出来ね)
「美味しいかどうかは、肉に付けてみてからでないと最終的な評価はできないけれど」
私は、スプーンを皿の縁に戻しながら言う。
「味そのものは、かなり“精錬”されているわ」
尖った風味や濁りは少なく、
甘味・塩味・香りが、それぞれぶつからずにひとつの線を描いている。
『おお……ちゃんと“タレ”になってるんだね。適当に砂糖と醤油ぶっこんで、はい完成! じゃなくて良かった……。
打ち首になっちゃう料理人はいなくて済んだ……』
(……あなたたちの中の私のイメージに対しても、改良が必要ね)
リカの戯言はひとまず無視し、この先の光景を頭の中で組み立てる。
(あとは、実際に肉を焼いて――脂と絡んだとき、火にあぶられたとき、味がどう変化するか、ね)
「このあと時間はあるのかしら?」
私は職人のほうを向き、問いかける。
「今回はちゃんと店を、ほかのもんに任せてきたんで、大丈夫でさぁ」
職人が胸を叩いて答える。
「であれば、今日は野外で――訓練を終えた兵士たちに、このタレを塗った串焼き……いえ、“焼き鳥”を作ってもらうわ」
「了解しやした、お嬢!」
職人は腕まくりをし、やる気に満ちた笑みを浮かべた。
(焼き鳥は、どうやら上手くいきそうね。あとは――)
(これを、どう“自然に”レオのところへ持っていくかしら)
そう考えていると、ふと横に控えていた中隊長の存在を思い出した。




