⑯レオルドルート_ギルドの創設者
私が机に向かい、さらさらと書類を書いていると、
頭の中でリカが、興味をひかれたような声音で話しかけてきた。
『なにそれ、なにかの申請書? そういうのって、こっちの世界にもあるんだね』
「ギルドの申請書よ」
私は手を止めずに答える。
「いくら私とはいえ、正式に“組織”を立てる以上、
ちゃんとした書面を整えておかなくてはならないの」
記入項目を確認しながら、ついでにリカにも概要を説明していく。
「ギルド名、目的、活動内容、所属予定人数、代表者、創設者、所在地……といったところね」
『うわー……そういう“ファンタジーの裏側”って、あんまり聞きたくなかったかも……。
あと私じゃ何が書いてあるかサッパリ分かんない。読めるけど、読む気も書く気も失せるタイプの書類だね、それ』
「大きな動きには、たいてい地味な書類仕事がついて回るものよ」
淡々と書き進めながら、私はふとペン先を止めた。
「創設者は――そうね。レオにでもしておきましょうか」
『え、なんでそこでレオが出てくるの?』
リカが素で驚いたような声をあげる。
『料理人ギルドなんだから、料理人の代表がなるんじゃないの?』
「“ギルド長”はそうね。料理人たちの中から選ぶべきだわ」
私はさらりと否定する。
「でも、“ギルド創設者”となると話は別。
組織と認めさせることと、きちんと機能させるために、有力者や貴族が名を連ねるのが普通よ」
そこで一度ペン先を止め、わざと一拍置いてから続ける。
「そして創設者はね――」
「今回の料理人みたいな連中をまとめ上げて、“枠組み”を作った。たったそれだけで肩書きがついて」
「――それひとつで、たいそうな名声を得るものだわ」
『いや、そのさらっと言ってた“まとめ上げ”が、とんでもなく難しいからこそ、
“すごい名声”がつくんじゃないかな……?』
私はインクを軽く含ませ直しながら、淡々と結論を告げる。
「まあ、なにはともあれ――レオにとっては、ちょうどいい“箔”になるのよ」
そう言って、申請書の「創設者」の欄に、
レオの筆跡をきっちりトレースして『レオルド・ヴァルデン』と書き込む。
さらりと書き入れながら、頭の中で絵を描く。
「名物料理が生まれ、このギルドがうまく機能するようになれば――
“レオがその土台を作った”という形になる」
『……うーん。こんな“おいしいところだけ”を、はいって貰って嬉しいものなのかな?』
リカが、どこか引っかかるような声を出す。
「貴方の話では、レオは領主としての立場の重さにも悩んでいたのでしょう?」
私はペン先を止めずに答える。
「なら、“領主としての立場”という観点で見れば、
この“創設者”の肩書きが持つ意味は、とても大きいわ」
「武器や鉱山だけじゃなく、『ヴァルデンの暮らしを支える仕組み』を作った――
そう語れる土台を持つことになるのだから。レオも喜ぶに決まっているわ」
そこまで考えて、私は迷いなく結論を出した。
(レオには、きちんと“顔”として立ってもらうべきね)
そう思い立ち、レオを執務室に呼び出したのだが――
事は、私が想像していたほど単純には運ばなかった。
◇ ◇ ◇
「というわけで、貴方には料理ギルドの“創設者”になってもらうわ」
開口一番に理由を説明すると、レオはきれいに瞬きをした。
「……私が、でございますか?」
わずかに声が揺れる。
驚き、戸惑い、それからほんの少しの警戒――
そういった感情が、表情には出ていないのに、声音の端に滲んでいた。
「仕方がないじゃない」
私は椅子の背にもたれ、わざと軽い口調を装う。
「私は今回のこの料理の件で、ちょっと派手に暴れすぎてしまったもの」
「ここで私が“創設者”などと名乗ろうものなら、
『全ての黒幕』『事件の元凶』みたいな、また変な噂が増えてしまうわ」
「だからこそ、表に立つ“綺麗な顔”が必要なの」
『いや、噂じゃなく実際、”黒幕”じゃん。料理革命の事件、根っこからたどれば全部マティルダが元凶じゃん』
頭の中でリカが盛大にツッコむが、私は聞こえないふりをして話を続ける。
対してレオは黙ったまま、真っ直ぐにこちらの言葉を聞いていた。
「民衆向けの、“滅茶苦茶になっていた料理店の秩序を正すため、若き次期領主が立ち上がった”というストーリーも、もうできているわ」
私は、唇の端だけで小さく笑う。
「――悪くない物語でしょう?」
「……しかし」
レオは、ほんの少しだけ眉を寄せた。
「民衆はともかく、料理人たちが納得しますか。
実際に全てを取り仕切っているのは、姉上であるはずです」
「それはそうね」
私はあっさりと肯定する。
「だから、彼らには“私が説明しておく”わ」
ペン先を紙の端で軽く弾きながら、続ける。
「だけど、彼らが全て私を慕っているとはいえないわ。」
「中庭にいきなり呼びつけたのもそうだし、
牢に放り込んだ料理人も、少なからずいるもの。
“私の過激なやり方”を快く思っていない者も、当然いるでしょう」
『“少なからず”じゃなくて、五十人くらいは牢にぶち込んでたでしょ……』
リカが、小声で突っ込んでくる。
「そんな彼らに、“レオルド・ヴァルデン”という穏健派がまとめ役として立つと示せば――」
「彼らにとっても、私よりはよほど“受け入れやすい顔”になるわ」
「なにより――組織の顔として取りまとめるのであれば、私よりも貴方のほうが、はるかに適任だと思うわ」
レオは、一瞬だけ目を伏せた。
「……自分は、そんな立派なものでは」
その控えめな否定に、喉まで出かかった“自信を持ちなさい”というダメ出しを、
私はリカの助言を思い出して、ぐっと飲み込む。
「それはやってみてからではないと判断できないわ」
私は椅子に少し身を乗り出し、机に肘をつき、指先で軽く顎を支えながら続ける。
「といっても、“創設者”としてやることの草案は、もう私の方で立てておいたから」
「貴方としては――一番、“自分の駒として扱いやすい”と思う人間をギルド長に指名して」
「――あとは、それがきちんと運営されているか、時々目を配っておくだけでいいようになっているわ」
レオは、沈黙したまま私の目を見ていた。
その表情はいつも通り落ち着いているのに、
目の奥では、なにかが小さく揺れている。
私はそこに、ほんの少しだけ言葉を足した。
「まあ、貴方がどう判断しようと――もう、レオの名前で申請しちゃったんだけどね」
「……はい?」
レオの瞳が、はっきりと見開かれた。
「私は、サインした記憶はありませんが」
「ああ、それね」
私はなんでもないことのように手をひらひらさせる。
「貴方の筆跡を真似して出したのよ。完璧だったから、誰にも気づかれずに――
今ごろは登録のための処理をしている頃なんじゃないかしら」
『えっ!? そんなこと出来るの?っていうか、なにしでかしてるの!!』
頭の中でリカが、椅子から転げ落ちたみたいな声を上げる。
レオは、一瞬言葉をなくし、私と机上の書類とを、交互に見た。
「……姉上。それは、つまり――」
「“書類上”では、もう貴方が創設者だということよ」
私はさらりと答える。
「これを、今さら取り下げるのは大変よ。
お役所仕事って、どこの世界でも面倒でしょう?」
軽く肩をすくめてから、続ける。
「もちろん、嫌なら“形だけ”にしておいても構わないけれど――
私は創設者の仕事をするつもりはないわ」
そう言って、私は机の脇に置いていた少し分厚い紙の束を取り上げ、そのままレオへ差し出した。
レオは戸惑いながら、それを両手で受け取る。
「姉上、これは?」
「料理ギルドに所属したいと言っている料理人たちの名簿よ」
レオの指先が、束の端をめくる。
中には見慣れない名もあれば、屋敷付きの料理長が高く評価していた者、
先日の中庭で顔を合わせた何人かの名も混じっている。
「そこに名前が載っている彼らも――」
私は静かに言葉を重ねる。
「貴方が“創設者としての役目”を放棄すると、困ることになるでしょうね」
「自分たちの代表となるはずの人間が、いきなり『やりたくない』なんて言ったら。
彼らのやる気も、行き場をなくしてしまうでしょう?」
レオの指先が、紙の上でぴたりと止まった。
「それに――」
私は、あえて軽い調子を装いながらも、目だけは外さずに告げる。
「利用できるものは、利用したほうがいいわ」
「“創設者”という肩書きも。
“料理人たちの信頼”も。
“ヴァルデンの暮らしを支える仕組みを作った”という物語も」
「全部、あなたの将来のために、使えるものよ」
レオは、しばらく黙り込んだ。
その沈黙のあいだ、執務室の空気が、ほんのわずかに重く沈む。
『……だからその“言い方”! 完全に悪役のそれじゃん……』
『“内容だけ”はいい提案だと思うけどさ、その選択肢を実質潰して追い込んでる感じ、ちょっと悪いことの片棒担がせてる雰囲気あるよ?』
『最近は正論と良いことばっか言ってたからさ、
マティルダが“悪役令嬢”だって設定、すっかり忘れてたよ……』
(“悪役令嬢”? ……私はゲーム上の“悪役”ということかしら)
内心でだけ首をかしげていると、やがてレオは小さく息を吐き出し、
ゆっくりと口を開いた。
「……そういうことを、勝手に決められるのは、本来ならば抗議すべきことなのでしょうけれど」
そこで一度だけ目を閉じ、またしっかりと私を見据える。
「――今回に限っては、その“提案”に乗ることにいたします」
その声には、いつもよりはっきりとした熱が混じっていた。
(……珍しく、最初から“やる気”になっているわね)
「期待しているわ」
私は、ほんの少しだけ口元を柔らかくして告げる。
「何かあれば、すぐ私に連絡しなさいね。
困ることがあったら、そのときは――私が全て片づけてあげるから」
レオは、きゅっと背筋を伸ばし、静かに一礼した。
「……はい。姉上」
短く、それだけ告げると、彼は紙束をしっかりと胸に抱えたまま踵を返し、
静かな足音を残して執務室を後にしていった。




