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2/15

①出会い

私の名前は、マティルダ=ヴァルデン。


ヴァルデン伯爵家の長女として生まれた私は、物心ついたころにはもう、

自分が「恵まれている側の人間」だってことを、はっきり自覚していた。


ヴァルデン領には、広大な平地とそれを取り囲むように広がる雄大な鉱山がある。


冬でも黒くそびえる切り立った岩山。

山肌にいくつも開いた坑道からは、昼も夜も、鉱夫たちの歌声と、

鉄を打つ、鈍く重い音が響きつづけていた。


地の底から掘り出された鉄鉱石や、貴重な金属鉱石は、

鋳造所や工房へ運ばれ、火と鋼の匂いをまといながら、


武具や精密な機械部品へと姿を変え、領地を支える「力」になっていく。

鉱石が鉄に、鉄が剣や歯車に変わるときに散る火花と、肌を刺すような熱。

そこで鳴り響く鎚の音こそが、この領地の「心臓の鼓動」そのものだった。


朝になれば、鍛冶商会の大きな看板が風にきしむ音がして、

武器を山ほど積んだ行商人の馬車が、石畳を一定のリズムで走り抜けていく。


皮と鉄と油が混ざった、少しむせかえるような匂いが通りを満たし、

工房のある街のにぎわいは市場へ流れこみ、


やがては貨幣と帳簿の数字の波となって、領内と他国を行き来していく。

商人たちの持つお金とコネは大きく、自然と金融も発展した。


石造りの重厚な銀行の本店や支店。

その扉を出入りするのは、上質な布の服を着た行員たち。

腕にかかえた分厚い帳簿と、夜更けまで灯りの消えない商館の窓明かり――


――それらすべてが、ヴァルデン家の影響力と、

長い時間をかけて積み上げてきた信用を、何より雄弁に物語っていた。


伯爵家は代々、鉱山の権利と関税、そして金融収入を土台に、

治水や交易路の整備、軍備や技術開発に、惜しまずお金をつぎこんできた。


山の細い獣道は、荷馬車がすれ違える立派な街道になり、

川には堰や水門が築かれ、鉄と石で組まれた橋が架けられていく。


そうして続けてきた投資は確かな実を結び、その結果として、

ヴァルデン家の経済力は、ただの一領主の個人資産をはるかに超えた。


今では、「ひとつの小国」にも匹敵する――そう評されるほどに。

だから、私の世界では、何もかもが最初から「スケールが大きい」のが当たり前だった。


屋敷には、数えきれないほどの召使いたちが仕えている。

朝夕の身支度を整える侍女、話し相手を務める者、学問の面倒を見る家庭教師。

庭仕事を取りしきる管理人、料理を統括する調理長、家全体をまとめる執事――


――彼らは、私の生活の細部にまで目を配り、


私が望めば、食卓にはいくつもの料理が並ぶのが「日常」だった。


庭先には、母の趣味である広い庭園が広がっている。

毎日のように手入れされて刈り込まれた生け垣と、

季節ごとに植え替えられる花々が、色とりどりに咲きほこる。


図書室の棚には、大陸中から集められた本がぎっしりと詰まっている。

最新の魔法理論の専門書から、遠い国々を旅した紀行文、

古くから語り継がれてきた英雄譚まで、なんでもそろっていた。


屋敷の一角には、武術や魔法の稽古場があり、


離れには、何百頭もの馬を収容できる巨大な厩舎がある。

祝い事や式典のときには、音楽団や劇団を他国から呼び寄せ、


広い舞踏室を開放して、盛大な祝宴を開く――


そんなことが、特別でもなんでもなく、


「ヴァルデン家のいつもの光景」として、当たり前のように繰り返されてきたのだ。


そしてそれが、私――マティルダ・ヴァルデンにとっての、「当たり前の世界」だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そんな私が、十四歳の誕生日を少し前にひかえたころのこと。


宝石もドレスも、もう十分すぎるほど持っていた。


似たような細工の首飾りや、ちょっと色が違うだけのドレスが増えたところで、

正直、もう胸はときめかない。


だから私は、めずらしく自分から父にわがままを言った。


――今までに見たこともないような、「特別なもの」が欲しい、と。


それを聞いた父は、すぐに商人や鑑定士たちへ命令を出し、

各地の市場やオークション、さらには冒険者ギルドにまで、片っ端から声をかけさせた。


そして、数日後。


「ダンジョンの奥から、冒険者が持ち帰った特別な宝を手に入れた」

との報告とともに、重々しく包装された箱が屋敷に届いた。


私の部屋に運びこまれたその箱は、黒檀のような、つやのある黒い木で作られていて、蓋の合わせ目には、魔力封印と盗難防止の刻印が何重にも刻まれていた。


魔法の触媒としても優秀そうなその刻印を、私は思わず食い入るように見つめてしまう。


「封印の解除は私がいたします」


執事長のハンネスが、鍵と封印を慎重に解き、蓋を静かに押し上げる。

その瞬間、箱の中から、ひやりとした空気が一筋、部屋の中へと流れ出た気がした。


蓋の内側に敷かれた、深い紺色のビロードの上に――それは、静かに置かれていた。

琥珀色の魔石がはめこまれた指輪。


光を受けるたびに、宝石の内側で淡い模様がゆっくりと渦を巻き、

その輝きは、ただの装飾品というより、何かの「目」がこちらをのぞいているような、

不思議な存在感を放っていた。


指輪がそこにある――ただそれだけで、部屋の空気が少し冷たく変わったように感じる。

ふだんは冷静なハンネスですら、わずかに息をのんだ気配が伝わってきた。


そばに控える侍女たちは、こわごわと、それでいて憧れをにじませた視線で指輪を見つめている。


私の胸は、久しぶりに抑えきれないほど高鳴っていた。

こういう“力ある品”を好むのは下品だと誰かに言われようと、欲しいものは欲しい。


これは――私が身につけるべき「運命の品」だと、本能がささやいた。


軽くあごをしゃくると、侍女が白いハンカチで指輪をそっと包み込むように持ち上げ、

両手で大事そうに、私の前へさし出した。


琥珀色の魔石は、近くで見るとさらに深い金色に輝いている。

私はそれを受け取り、手のひらの上にそっと乗せると、片手でかんたんな検査魔法を発動した。


魔力干渉、呪詛刻印、精神支配系の罠――

ごく薄い魔力の膜を指輪の表面に這わせ、怪しい反応がないか確かめていく。


(……よし。“罠”の類は仕込まれていないわね)


確認を終え、私はためらいなく、左手の人さし指にそれをすべりこませようとした――そのとき。


腕の内側を、あたたかい何かが、するりと走り抜けたような感覚がした。

皮膚の上ではなく、もっとずっと奥。


血管の中か、あるいは骨の髄をなでられたような、

これまで一度も味わったことのない、奇妙で不気味な感触。


「……っ」


(……今のは、なにかしら?)


思わず、眉間にしわが寄る。


「マティルダ様?」


すぐそばの侍女が、不安そうに声をかけてくる。


私は左手を胸元に引き寄せたまま、もう片方の手をひらひらと振って制した。


「大丈夫よ。下がっていいわ」


声だけは、いつも通りの冷静さを装う。


それから視線を横に流し、部屋のすみに控えている使用人たちにも、

少しだけ鋭いまなざしを向けた。


「皆もよ。あとは一人で確かめるわ。……邪魔はしないで」


侍女たちはあわててスカートの裾をつまみ、一礼して退室していく。

執事長ハンネスも、しばし私の顔色をうかがうように見つめたあと、おそるおそる口を開いた。


「まだ日が高うございますゆえ、せめてマティルダ様の専属侍女だけは、傍らに控えさせていただけませんでしょうか」


その申し出に、私は軽くうなずいた。


「――ご配慮、感謝します」

そう、執事長は言い残して深く一礼し、部屋を出ていった。


重い扉が静かに閉まり、音が消えたころ、部屋には私と侍女だけが残った。



――そんなことより。


外見だけはいつも通りに見せていたけれど、その内側では――

見慣れない魔力の渦が、静かに、でもはっきりと回りはじめていた。


最初に気づいたのは、魔力の「質」の変化だ。


いつもの自分の魔力とは、明らかに違う。


とがったところもクセもなく、やわらかくて、ほんのりあたたかい。

それでいて、山の清流みたいに透きとおって、こわいくらい静かだった。


私の魔力は、本来もっと荒くて力強い。

大地を揺らし、岩を砕くような、重くて硬い流れのはずだ。


なのに今、全身をめぐっているものは――

その荒々しさをどこかに置いてきたみたいに、きれいに整えられた、「別物」としか思えない魔力だった。


(……これが、ダンジョンの宝の力?)


「ダンジョンの宝は、持ち主の潜在能力を引き出す」

そんな噂話が、初めて“実感”として腑に落ちた気がした。


体の中の魔力の通り道ひとつひとつが、内側から細い指でなぞられているみたいにくっきりして、ふだんは意識もしない細い経路にまで、ふっと明かりが灯っていく。


――これが、「力の覚醒」というものなのだろうか。


指先の感覚や魔力の流れをひと通り確かめたあと、

外見にも何か変化が出ていないか確認するため、私は鏡台の前へ歩み寄った。


姿見の前に立ち、少し首をかしげて、自分の顔をのぞきこむ。


見慣れた碧眼。

金の髪も、乱れなくきちんと整っている。


外側はいつも通りの、私――マティルダ・ヴァルデンだった。


――その瞬間。


『おっす、マティルダ! 元気!?』


頭の中に、まったく知らない女性の声が、いきなり響いた。


鼓膜は震えていない。

それなのに、「聞こえた」とはっきり分かる。


甲高くて、落ち着きがなくて、息つぎもろくにしないでしゃべり続ける、聞いたことのない調子の声。


『うわー、実物ちょー綺麗。こんな人間いるんだ〜!』


軽いのか本気なのかよく分からない感嘆のあと、すぐに続きが飛んでくる。


『近くで見ると、お肌めっちゃ綺麗だね。

 ああっ! こんな細い腕なのに、なにこの完璧スタイル!』


『ずるい、こんな不公平、断じて許せない!!』


頭の中で、見知らぬ女の子が、勝手に私の体を品定めしながら騒いでいる。


頬の筋肉が、ぴくりと引きつる。


私は、喉の奥で小さく息を鳴らして、自分の声帯の振動を確かめた。

返ってくるのは、いつもと変わらない、よく通る冷たい声。


姿も乱れていない。

表情も所作も崩れていない。

そこに立っているのは、誰が見ても「完璧な」私自身。


けれど――


私の体を、知らない誰かの声が、好き勝手に評価している。


(……“異常事態”ね)


即座に、そう結論づけた。


「ハンネス!」


思わず声が出て、執事長の名を呼ぶ。

部屋の外に控えていた見張りの兵が、すぐさま廊下を走っていく足音が聞こえた。

ほどなくして、重い扉がノックもそこそこに開き、


「マティルダ様、いかがなさいました?」


執事長ハンネスが、数人の使用人を連れて、少し早足で入ってくる。

けれどその間も、私の頭の中では、さっきの声がきゃあきゃあと騒ぎ続けていた。


『うわ! 執事さんも渋くていいね!? この屋敷、美男美女しかいない感じなの。

 めちゃくちゃ眼福なんだけど!』


「ハンネス!」


私はもう一度、今度は少し強めに彼を呼んだ。

室内の視線が、一斉にこちらへ集まる。


サッと近づいてきたハンネスに、声の大きさだけは抑えながら問いかける。


「今、女の甲高い声が聞こえたかしら?」


初老の執事ハンネスは、一瞬だけ目を細め、それから静かに首を振った。

侍女たちや、彼が連れてきた魔術師や役人にも視線で問いかけるが、皆、顔を見合わせたあと、同じように首を横に振る。


(……やはり、私だけ)


さっきから全身をめぐっている、いつもと違う、柔らかく温かな魔力の感触だけが、今起きていることが勘違いではなく、現実であり、しかも“異常”だと告げていた。


危険の可能性があるなら、まずは隔離。

異常事態への初動としては、それが基本。


私はためらわず、左手から指輪を引き抜き、そのまま床へ投げた。


カラン、と硬い音が、広い部屋に乾いて響く。

数人の侍女が、小さく息を呑んだ。


私はすぐに魔力を立ち上げ、防御魔法の詠唱に入ろうとする。

精神防御と対呪詛の複合結界――

その術式を頭の中で組み上げかけた、その刹那。


『ちょっとまったーーー!! いきなり何するのよ、こんな展開聞いてないんだけど!』


甲高い声が、私の思考のど真ん中に飛びこんできた。


私の急な行動に、部屋の空気は一気にざわつく。

侍女たちの手元にも、わずかな乱れが出はじめる。


けれど――頭の中の声だけは、その緊迫した空気とはまるで無関係に、無邪気に続いていた。


『私は怪しいものでもないし、危険でもないから、とりあえず話を聞いてよ〜』


『“成仏”しちゃうかもよ? ねえお願い、聞いてってば!』


(“成仏”……?)


聞き覚えのない単語。でも、なぜか胸の奥がざわつく。

警告か、脅しの一種か。


床に転がる指輪をにらみつけながら、私は改めて状況を整理した。


指輪が罠である可能性は、まだ消えない。


けれど、ヴァルデン家に届く品はすべて、屋敷に運びこまれる前に、何度も鑑定と検査を受けている。


もし誰かが悪意を仕込んだうえで、「声を発する仕掛け」まで後から埋め込んだのだとしたら――

かかる手間も、途中で見つかる危険も、あまりに大きい。


(干渉系、あるいは精神系の魔術付与の“起点”として、指輪が利用された。

 ……幻覚や幻聴を誘発する類いの可能性もあるわね)


まずは防御結界を優先して展開し、外部からの干渉を遮断すべき――

そう判断しかけたとき、ハンネスが一歩前へ出て、低い声で私を制した。


「お嬢様。差し出がましいようで恐れながら、いきなり魔法を行使なさるのは危険かと。

 もし罠付きの品であれば、破壊や封印、それから魔力の発動そのものが“起動条件”であることもございます。

 どうか、まずはご冷静に」


(……なるほど。私が魔術を使おうとしたのを見て、「攻撃か封印系だ」と判断したのね)


私はふだんから、外に向けて魔法を使うときは、わざと詠唱や動きをあいまいにしている。

どの属性・系統を使ったのか、簡単には読ませないためだ。


そのせいで、今のハンネスには「何か強力な魔法を使おうとしている」としか見えなかったのだろう。

彼の言葉に、「まず落ち着いてほしい」という空気が、部屋全体に広がる。


私はひとつ、深く息を吸いこんだ。

胸の奥に渦巻く不快感と、逆立った魔力を、呼吸と一緒に押し流し、無理やり理性を前に引き出す。


(……そうね。まだ、指輪から明確な害意や敵意は感じない。ここは一度、冷静になるべきかしら)


感情より、状況整理を優先する。


体内の魔力への未知の干渉と、その発生源と思われる指輪。

それから、私にだけ聞こえる謎の女の声。


『……ねえ、私はほんとに危険じゃないって。むしろ“助けに来た側”なんだけどなあ。

 それに、壊したりしたら呪っちゃうんだから』


相変わらず調子は軽いけれど、中身は冗談ですまない。


その言葉に、背筋をひやりと冷たいものが走る。


さっきからこの声は、こちらの行動と考えを、きちんと理解したうえで返事をしている。


今のところ、意識を乗っ取られている感覚はない。

けれど、「他人の知覚」が内側に入りこんでいることだけは確かだ。


――私の思考を読んでいる可能性も、十分ある。


試しに、心の中だけで問いかけてみる。


(あなたは誰?)


……だが、返事はない。


(通じていないのか、わざと無視しているのか……今はまだ判断できないわね)


ならば、確実にできる対策から進めるしかない。


頭の中の声は、さっきの騒ぎから少し落ち着いたのか、明るいトーンで続けた。


『ようやっと落ち着いた〜。いやー驚かせてごめんね!』


(……何をのんきなことを言っているのかしら)


心の中でだけ冷たくつぶやきながら、顔には出さず、

部屋の中に向かって、はっきりとした声で言う。


「――皆、落ち着いて聞きなさい」


ざわめきが、すっと引いていく。

視線が再び私に集中し、空気がひとところへ集まるのを、肌で感じた。


ひと呼吸おいて、状況と命令を、短く告げる。


「今、私の身に“異常な魔術的干渉”が発生している可能性が高いわ」


「干渉者は、私の“視覚”と“聴覚”を通じて情報を集めていると考えられる。

 各自、軽はずみな発言は慎みなさい」


静かに、それでいて一語一語を区切って告げる。


私はハンネスへ向き直り、続けた。


「ハンネス、緘口令を敷きなさい。

 ここにいる者は――この件が外に漏れた場合、屋敷全員の責任とする。

 漏洩が分かった時点で、違反者には相応の処分を行うわ」


侍女たちは表情を変えまいとしているが、膝の角度や、トレイを支える指先に、わずかなこわばりが浮かぶ。

張りつめた緊張が、所作の端々ににじみ出ていた。


ハンネスは深くうなずき、低い声で命令をなぞる。


「畏まりました。――この場にいる使用人全員に命ずる。本件に関する一切を口外無用とする。違反は、ヴァルデン家への反逆と見なす」


廊下に控えていた見張りが、扉をさらにしっかり閉める音がする。

そのタイミングで、頭の中の声が、少し言い訳がましい調子でつぶやいた。


『だからね、私はそんなヤバい存在じゃないってば〜!』


『とりあえずさ、私の話を聞いてみてよ? きっと“面白い話”、してあげるから!』


その軽さに、胸の奥を苛立ちがかすめる。

けれど、感情より先に、計算が動いた。


(その無邪気さが本心か、演技かは分からない。けれど――まずは“謎の声”について情報を集めるのが先決ね)


今は、相手のペースに乗せられるわけにはいかない。


侍女の一人に指輪をはめさせて反応を見る方法もある。

でも、正体不明の存在が相手なら、巻き込む人数は最小限に抑えるべきだ。


情報が広がることは、そのまま「敵」になるかもしれない。


優先すべきは、正確な現状把握。

そして同時に――すでに私自身の思考が“誘導”されている可能性も、頭に入れておく。


深く息を吐き、表面だけは冷静さを保ったまま、さらに命じた。


「ハンネス。お父様に現状を伝えて、すぐにここへ来ていただいて。

 それから、医師と魔術師も手配しなさい。私の状態を、専門家に診させるわ」


「人払いもする。関係のない者は直ちに退室を。とくに侍女は、この部屋に近づけさせないこと」


「そして――指輪と箱には、誰も触れてはだめ。厳重に保管する準備を整えなさい」


「畏まりました。直ちに」


私の一言ごとに、屋敷全体の緊張がじわじわと高まっていくのが分かる。

侍女たちは一礼して下がり、必要最低限の者だけを残して、静かに部屋を出ていった。


足音が遠ざかり、扉が閉まる音がいくつか重なったあと――

室内には、私と数人の護衛、それから記録係だけが残った。


私はその様子を見ながら、胸の内側で、何かがぽろりと崩れ落ちるのを感じていた。


ほんのさっきまで、十四歳の誕生日祝いの「特別な贈り物」だったはずの指輪が――

あっという間に、屋敷全体を巻きこむ「危険物」へと変わってしまった。


胸のどこかが、きしり、と小さく鳴る。


その、かすかな痛みを知ってか知らずか――

頭の中の声が、小さくつぶやいた。


『大事になってきちゃったな……どうしよ……』


さっきまでの軽さとは少し違う、弱気な声。

叱られる前の子どもみたいな、不安と後ろめたさが、そこには滲んでいた。

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