⑫ ルーム・ デム・ ヴァルデラント!
昼を過ぎ、陽が少し傾きはじめたある午後のこと。
庭の植物が影を伸ばし、葉先がやわらかく垂れる時間。
私は、屋敷の広場に料理人たちを集めた。
料理人以外にもにも、即席の長机と試作用の竈が並び、銅鍋や包丁が陽光にきらりと光っている。
風が通るたび、刻んだ香草の清々しい香りや、すりつぶした香辛料のぴりりとした香り、炭のほのかな煙が混ざり合って鼻をくすぐる。
集まったのは三十人ほどの料理人たち。
先日の串焼き勝負で顔を合わせた職人もいる。少し緊張した様子だが、視線は真っ直ぐこちらに向けていた。
半分は彼が推薦した者たちで、残りは評判の良い店から選んだ料理人たちだ。
遅刻や欠席も覚悟していたが、全員がきちんと揃っている。
屋敷側からは料理長や副料理長、執事のハンネス、見張りの兵士たちが控えめに見守っていた。
みんなの視線が集中するのを感じ、私は威厳を見せつけるように堂々とあるき、皆の前に置かれた演説用の台に上る。
そこで手で薙ぎ払うジェスチャーをしながら
「――静粛に」
と告げる。
ざわりとしたざわめきが収まり、庭は静けさを取り戻した。
私は中庭を見渡し、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あなたたちに、今日こうして集まってもらったのは――
何よりもまず、“あなたたちの腕”を信じているからよ」
ざわ、と空気の密度が変わる。
背筋を伸ばす者、腕を組み直す者、帽子をぎゅっとかぶり直す者。
自分の胸元を、無意識に一度握りしめた料理人もいた。
「私は、今、一つ。大きな悩みを抱えているわ」
そこまで言って、わざと少し間を置く。
「それはね、あなたたちにも――
そして、この領に住まうすべての人々にも、深く関係のあること」
私は前方を真っ直ぐに見据え、そのまま告げた。
「――我がヴァルデン領には、“名物料理”がない」
ピンと張り詰めたような沈黙が、中庭を包み込む。
「たしかに……」「言われてみれば……」と、小さく呟いた男の声が、かすかに混じった。
『いや、本当に悩んでるのはあの“醤油の山”の方なんじゃ……』
頭の中でリカがぼやく。だが、私は表情ひとつ動かさない。
「――私は、悔しいの」
今度は、言い切るようにはっきりと告げる。
「誇り高きこの地に、“名物料理が無い”と、他領の者たちに笑われることが」
「遠方から来た商人たちに、“味気のない街だ”と肩をすくめられることが」
「“腹は膨れたけれど、心に残る味はなかった”と――
旅人たちに言いふらされることが」
言葉を紡ぐたびに、胸の奥からじわじわと熱が湧き上がってくる。
その熱を、私は意識的に声へと乗せた。
「私は、それが我慢ならない」
「『懐は満たせても、心は満たされない街だ』なんて評されることが」
「この土地を離れた者たちから、『故郷の味がない』と嘆かれることが」
一瞬だけ、そこで言葉を切り、集まった視線を正面から受け止める。
「そして――なにより」
結論を、強く、はっきりと口にした。
「ヴァルデン領に、『うまいものがない』と言われることが」
その一言が落ちた瞬間、中庭の空気がわずかに震えた。
少し年配の料理人が、ゆっくりと視線を落とす。
長年火の前に立ってきたであろう手が、袖の中でぎゅっと握られる。
隣に立つ若い料理人は、ぐっと奥歯を噛みしめた。
気さくそうな顔立ちの男が、思わずといったふうに苦笑いを浮かべる。
彼らにも、この言葉の「悔しさ」は十分に伝わっている。
それを確認してから、私は一度だけ言葉を区切り、
少しだけトーンを落として、静かに続けた。
「この領には、豊かな大地があるわ」
「さまざまな穀物、果樹、野菜。川も森もあり、山の恵みもある。
狩りに適した獣も、漁に適した魚も、きちんとそろっている」
「この領には、確かな技術があるわ」
「鍛冶や工業技術は、他のどの領とも比べものにならないほど発展している。
この国の“ものづくり”を支える誇りが、ここにはあるの」
それに、と続けて、私はひとりひとりの顔を順に見ていく。
一人ひとりの顔を見ていく。真剣な目、慎重にこちらを伺う目。誰一人耳を閉ざしてはいない。
「そして何より
――この領には、“あなたたち”がいる」
私は、今までの低いトーンをガラリと変え、しっかりと言い切る。
「毎日、火の前に立ち、仕事帰りの者のために温かい皿を出す者」
「市場で立ち食いできる一皿を工夫し、屋台で汗を流す者」
「早朝から夜更けまで鍋を振るい続ける者、
熱い火の前でもジッと堪え腕を振るい続ける者――」
「そういった者たちが、このヴァルデン領を“支えている”」
串焼き職人と、目が合う。
彼は一瞬たじろぎ、それからゆっくりと背筋を伸ばして、こちらをまっすぐに見返してきた。
「今まで、この領の外食は、“外から来た商人を相手にする”ことが多かったわ」
「旅人や商人が多く、それを“カモ”にするような商売――
腹さえ膨れればいい、とりあえず酒さえ飲めればいい、という店も、少なくなかった」
私はそこで、はっきりと言い放つ。
「でも、今後はそれは“許さない”」
きっぱりとした声音に、全員の視線が再び集まる。
「見つけ次第、徹底的に潰すわ」
ざわっ、と小さな驚きの波が広がる。
「ヴァルデン領では、もう二度と――
目先の利益のためだけに、“騙し”や“ごまかし”で金を取る商売を許さない」
「これからは、“きちんとした味”で勝負してもらう」
声に、さらに力を込める。
「食べた者が、“ああ、また来たい”と思えるような皿で――
胸を張って、『これがヴァルデンの味だ』と言えるような店を、増やしていく」
「そのためには、あなたたちの協力が――どうしても必要なの」
前列にいた、まだ若い料理人が、ぐっと拳を握りしめた。
年上の料理人が、その横顔を見て、ゆっくりと頷く。
「私は、魔法を扱うことはできても、鍋を振るうことはできない」
「“悪い店”を見つけて叩き潰すことができたとしても、“旨い一皿”を生み出すことはできない」
「――それを作れるのは、あなたたちだけよ!」
静かだった中庭に、その言葉だけが強く響いた。
「だからこそ、あなたたちに“頼みたい”の」
私は、皆の前で、ぎゅっと力こぶしに力を込める。
「ヴァルデン領に、“料理で革命”を起こしましょう」
『ええ…………、“革命”って……なんで?』
リカが困惑の声をあげる。
だが私は、そのまま一気に畳みかけた。
「私は、全部をあなたたち任せにするつもりはないわ」
「食材のことは調べた。保存や加工の技術についても、記録を読み漁った」
「この領で育つ小麦や野菜、家禽や家畜、魚や香草――
どれがどれだけ使えるかも、大体見えてきた」
「“足りないところ”は、私が埋める」
「設備が足りないなら、用意するわ。
新しい調味料が必要なら、どこからでも引っぱってくる」
「知識が必要なら、学者でも料理人でも――この領の外からだって呼ぶ」
私は一歩、前へ出る。
「あなたたちが“分からない”“足りない”と思っていることに関して――
私は、可能な限り支援を惜しまない」
「だから、その代わりに――」
そこで、はっきりと言葉を区切る。
「そんな私の期待を、あなたたちに“背負って”もらいたい」
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「私は、ヴァルデンの名にかけて、ここに約束する」
ひとつひとつ、言葉を噛みしめるように。
「この場から、“ヴァルデン領の名物料理”を生み出した者には――」
「それにふさわしい“栄誉”を与える」
「堂々と領内外に名を広められる、看板を」
「領主家お墨付きとしての“保証”を」
「そして、料理を出すための“場”を」
「店がなければ、店を用意する。場が狭ければ、場所を与える」
「その料理を、この領の“誇り”として――」
私はぐっと背を伸ばし、中庭全体を見渡す。
「全力で、支える!!!」
そこまで言ってから、静かに頭を下げた。
「どうか、力を貸してちょうだい」
一瞬、静寂。
そして――
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
中庭全体が揺れるような歓声が、どっと湧き上がった。
「面白ぇじゃねえか……」「やってやろうじゃねえか!」
「一丁、腕の見せどころってわけだな」「悪くねぇ話だ」
あちこちから、そんな声がこぼれ始める。
帽子を掲げる者。包丁を腰の鞘ごと持ち上げる者。
鍋を持ったままカン、と軽く叩いて声援代わりに鳴らす者もいる。
興奮で顔を赤くした若者もいれば、
静かに目を細め、「やっと報われた気分じゃ」と呟く年配の料理人もいた。
私は、一拍だけ彼らの熱を受け止め、それから右手を高く掲げた。
「――ヴァルデンに栄光あれ!」
「ルーム・ デム・ ヴァルデラント!」
私が高らかに叫ぶと――
「「「ヴァルデンに栄光あれ! ルーム ・デム・ ヴァルデラント!!」」」
料理人も警備のための兵士も使用人も、一斉に声をそろえてそれを返した。
「「「ルーム ・デム・ ヴァルデラント!!」」」
響き渡るその叫びは天高くまで突き抜けていった。
『……なんかみんな、ちゃんとやる気に“火”がついてる。あれ? けどこれ、あの量の醤油をどう使うかって話だったよね』
リカの言う通り、最初は醬油をどうするかと言った話だった。
しかし、色々な事があって演説をすることになったのだ。
(つづく)
ルーム ・デム・ ヴァルデンラントは私の完全なる造語です
ドイツ語の
Ruhm…「栄光・名誉」
dem…定冠詞
とヴァルデン領を組み合わせてます。
こういうの好きなんですよね
さあ皆さんも一緒に
「ジーク・〇オン!」
「オール・ハイル・ブリ〇ニア!」




