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⑩レオルドルート_串焼き(後)


『はあ〜、なんか料理番組の試食コーナー見てるみたいで、こっちまで緊張した〜』


頭の中で、リカがほっとしたように息をつく。


『でもさ、あんな“ちゃんとしたお皿に乗った鶏料理”が出てきた時点で、

 「あ、屋台側は負けたな……」って思ったんだよね。

 それでも串焼きが勝つんだ……。うぅ、どんな味か一口でいいから食べてみたい……』


(そこは、私も気になったのよね)


私は心の中で同意しながら、さっきの二皿を思い返した。


串焼き職人のほうは、中くらいの質の鶏肉を使っていた。

炭火の強弱を細かく見ながら、短時間で一気に焼き上げる。

味つけは塩と、少量の香草を混ぜたスパイスだけ――とてもシンプル。


一方、料理長の料理は、まさに「高級料理」だった。


肉は最高級。

脂の乗りも肉質も厳選された部位だけ。

下味にもたっぷり時間をかけている。


表面はバターで香ばしく焼き色をつけ、

白ワインと香味野菜で香りを重ね、

仕上げには薬味と複数の調味料でまとめる――


ひと口で、何層もの味が舌に広がるように計算された、濃厚な一皿だ。


(考えれば考えるほど、不思議な結果よね)


私は中隊長のほうへ身体を向け、問いかけた。


「どうして“串焼き”を選んだのか――理由を聞かせてくださる?」


中隊長は瞬きをして、それから驚いたように目を見開いた。


「な、なぜ、私が串焼きを選んだと……?」


紙には名前を書かないよう指示していた。

けれど実際には、全員が“串焼き”と書いていた。


種明かしは簡単だが、今ここで「全員そうだった」と言ってしまえば、

「自分の意見」という意識がぼやけてしまう可能性がある。


(できるだけ素直な感想を引き出したいものね。あえて伏せておきましょう)


「さあ、どうしてかしらね」


私は軽く首をかしげ、中隊長の胸元へ視線を落とす。


「服に飛んだ油に気づきもしないで、夢中で食べていたから――そう思っただけよ」


言われて初めて気づいたのか、中隊長は慌てて胸元を見下ろした。

訓練服の胸のあたりに、小さなシミがいくつも残っている。


「も、申し訳ございません、お嬢様……!」


顔を真っ赤にして頭を下げかけたところで、私は片手を軽く上げて止めた。


「謝らなくていいわ」


「私が聞きたいのは、服の汚れの反省じゃなくて――

 そこまで夢中で食べてしまった“理由”のほうなの」


中隊長は一瞬戸惑い、少し考えるように視線を泳がせた。


「理由……でございますか」


「……そうですな」


彼は、言葉を選びながらゆっくり話し始めた。


「串のほうが、“食欲を刺激してくる味”だったからだと思います」


「食欲を刺激する、ね。どういう意味かしら?」


私が促すと、中隊長は真面目な顔つきで続けた。


「まず、匂いからして素晴らしゅうございました。

 鼻に飛び込んできた時点で、一刻も早く口に入れたくなる香りでして」


「一口食べますと、外はカリッとしているのに、中はじゅわっと肉汁が出てくる。

 中までしっかり火が通っているのに、硬くはなく、ちゃんと柔らかい」


「そこへ真っ直ぐな塩気が乗ってきて……

 腹が減っている身には、その一口目で、一気に“もっと食べたい”気持ちに火がつくと言いますか」


「そこから先は、頭で考えるより先に、手や口が勝手に動いてしまう感覚でございました」


ちらりと他の兵たちを見ると、全員が深く頷いていた。

言い終えたあと、中隊長は少し照れたように頬をかき、


「あと、単に“食べやすかった”というのも大きかったかと」


と、付け足す。


「詳しく説明してくれてありがとう。――いい記録がとれたわ」


『中隊長さんの食レポ、想像以上にレベル高くない? こっちまでお腹すいてきたんだけど……』


リカが、羨ましそうな声でつぶやく。


『あ、そうだ。職人さんにちゃんと“ごめんなさい”しないとね?』


(……………………)


私は串焼き職人のほうへ視線を向けた。

彼がこちらを見るのを待ってから、口を開く。


「まずは、今日わざわざ屋敷まで来てくれて、腕を披露してくれたことに――感謝を」


私は軽く、しかしはっきりと頭を下げた。

男は目を丸くして固まり、それから慌てて頭を下げ返す。


『いや、そこは“最初に誘拐みたいな連行をかけた件”も一緒に謝ろうよ……』


リカが頭の隅でぶつぶつ言っているが、聞かなかったことにする。


「慣れない場所だったのに、存分に腕を発揮してくれたわ。

 うちの兵たちの舌と胃袋を、しっかり満足させてくれたことにもね」


そう言ってから、ほんの少しだけ目を伏せた。


「それから――さっき、あなたの料理を“つまらない”と言ったことについては、撤回するわ。」


厨房の空気が、ぴたりと静まる。


「想像だけで、安い肉だの、レベルが低いだのと決めつけたのは、たしかに言い過ぎだったわ。 その点については、ヴァルデン家の娘として、きちんと謝罪させてもらうわ」


男は、慌てて両手をぶんぶん振った。


「い、いやいや、とんでもねぇことでさぁ! アッシみたいな庶民の料理人に、そこまで……!」


「いいえ」


私は静かに遮る。


「あなたが自分の腕に誇りを持っていたからこそ、この“勝負”を受けたのでしょう?」


「ならば、その結果には、こちらもきちんと向き合うべきだわ」


私はさっきよりも深く頭を下げ、それから顔を上げて、少しだけ口元を緩めた。


「そして最後に――これは、“お願い”として」


視線を横に流し、物足りなさそうな顔をした兵士たちをちらりと見る。


「この兵士たちが満足するまで、その腕を披露してもらってもいいかしら?」


「へ……?」


男はぽかんとした顔をしたあと、ゆっくりと笑顔を浮かべた。


「へい! アッシは全然かまいやせん! お任せくだせぇ!」


嬉しそうに笑い、再び炭火の前へ向き直る足取りは、先ほどよりもずっと軽い。

私は兵士たちに向き直り


「――そういうことになったわ。皆、存分に味わってちょうだい」


「「「おおっ!!」」」

『串焼きパーティーだ〜! いえーい!』


兵士たちから、素直な歓声が上がる。


使用人たちも、ちらちらと串と皿に視線を向けていたので、

さりげなく「あなたたちも構わないわ」と目で合図を送る。


一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに笑顔を交わしながら、

配膳の手伝いをしつつ、自分たちの分の串もそっと受け取っていった。


厨房は、あっという間に賑やかになる。


炭火のはじける音、肉の焼ける音、笑い声、食器の触れ合う音。

さっきまでの張りつめた空気が嘘のように、やわらかく溶けていく。


私はひとつだけ、最後に注意を加えた。


「ただし――」


ざわめきが、少しだけ静まる。


「だからといって、制服を汚していいという話ではないわ」

「今日、自分の制服を汚した人は――」


わざと、意地悪な笑みを浮かべてみせる。


「そのままの格好で、明日一日、働きなさい」


数人の兵士が、同時に胸元へ視線を落として気まずそうに顔をそらした。


◇ ◇ ◇


やがて、私のところへも一本、ハンネスが恭しく串を運んできた。


「お嬢様も、いかがでございますか」


銀盆の上の串を見下ろし、私はほんの一瞬だけ返答に迷う。

正直なところ、最初は自分で食べるつもりはまったくなかった。


理由は単純だった――“食べ方に困る”からだ。


串のままの肉は大ぶりで、

口へ運ぶとなれば、どうしても「噛みちぎる」動作が必要になる。


そして串の下側の肉は、歯でこそげ取るようにしなければならない。

それは、貴族のテーブルマナーからすれば、明確に“はしたない所作”だ。


けれど、調べた限り、この料理は「串から外さずに食べるのが流儀」のようだった。


(串のまま食べればマナー違反。串から外せば“本来の食べ方”から外れる……)


みんなの目が集まっている場で、

どちらのルールを優先するべきか決めかねていた――それが本音だった。


でも、今のこの空気なら。

兵士たちが豪快にかぶりつき、使用人たちも肩の力を抜いて笑いながら食べている。

そんな中であれば、串から外してナイフとフォークで食べても、誰も気にしないだろう。


そう判断して、私は串を手に取り、皿の上で肉を一本ずつ外そうとした――そのとき。


『ぴっぴー!! 反則です!ルール違反!! 串から外さないでください!!』


頭の中で、リカの抗議が炸裂したのだった。


◇ ◇ ◇


皆が十分に満足したのを確認したのち、私はその場をお開きとした。


兵士たちは名残惜しそうにしながら持ち場へ戻り、

使用人たちは片付けと通常の仕事へと散っていく。


職人にも「今日はここまででいい」と告げて、町までの馬車を用意しようとした。

けれど彼は、頑なに首を振った。


「いえいえ、お嬢。後片付けが終わるまでは帰らないのが、アッシの流儀でして」


こちらでやると言っても聞かず、

炭の始末から串の洗浄、道具の手入れに至るまで、黙々と自分の手で片づけていく。


「アッシが散らかしたもんは、自分で片づけねえと、寝つきが悪いんでさあ」


そう言いながら、せっせと動き続けていた。

その様子が少し気になって、解散からしばらくしてから、私は再び厨房へ足を向けた。


すでにほとんど片づき、使用人の姿も数人だけ。


その中で、ただ一人――

彼だけが、串を一本ずつ手に取り、丁寧に布で拭き上げていた。


鉄串の表面で反射した光が、私の姿を映したのか。

男ははっとして振り向き、慌てて立ち上がる。


「おや、お嬢……まだいらしたんで?」


「あら、仕事中だったかしら?」


「いえ、もうほとんど終わりでさぁ。もう少しでおいとましやす」


「そう。今日は来てもらってよかったわ。ありがとう」


素直にそう言うと、彼は一瞬ぽかんとした顔をし、すぐに深く頭を下げた。


「いやいや、こちらこそ……ええ経験をさせていただきやした」


(それは、こちらも同じことね)


厨房での一件は、想像以上に「収穫」が多かった。


「慣れていない環境でやるのは、大変だったでしょうに」


「そりゃあ、最初は手ぇ震えましたけどね」


彼は、少し照れながら笑った。


「でも、アッシの串を兵隊さん方があんな顔して食べてくれたのは、本当に嬉しかったですわ。

 ああまで真剣に味を見てくれる人も、そうそうおりやせんから」


「またお願いすると思うわ。そのときは――もっと“味にうるさい人”も呼ぶことにしましょう」


「うへぇ……あんまりきついのは勘弁してくだせぇ。アッシ、こう見えて打たれ弱いんでさぁ」


苦笑しつつも、どこか楽しげな声音だった。


「それと、次は馬車じゃなくて、自分の足で向かいたいですわ。

 店を抜け出すにも、いろいろと段取りってもんがありやして」


「それは……そうね。次からは、きちんと日程を決めて呼ぶことにするわ。

 兵たちにも、“囲んで連れてくるな”と伝えておく」


軽く笑い合ったあと、男がふと真面目な顔つきになる。


「お嬢……ひとつ、お聞きしても?」


「あら、なにかしら」


「なんで串焼きなんてもんに興味を持たれたんで?

 自分で言うのも変ですが、華やかさのない“男の料理”みてぇなもんで」


私は少しだけ視線を落とし、迷った末に正直に答えることにした。


「そうね……これは、他言しないでほしいのだけれど」


「へい、口は堅いほうでさぁ」


「――笑顔にさせたい人が、いるの」


一拍の沈黙。


男の目がぱちりと瞬き、そのあとゆっくりと笑みが灯る。


「へえ。……お嬢にも、そういうお人がいらっしゃるんで」


「勘違いしないでちょうだい。今、あなたが想像したような相手ではないわ。身内よ」


「へえへえ。まあ、深く聞きゃしませんよ」


「ただ、お嬢の気持ちを聞かされたからには――

 次は、なおさら気合い入れて焼かねえと、いけませんな」


「そう。……期待しているわ」


そう告げてから、私は踵を返し、厨房をあとにした。


(まさか、串焼き屋に頭を下げることになるなんてね)


人通りの少ない、薄暗い廊下を歩きながら、心の中でそう呟く。

それでも――胸の奥には、不思議と不快感はなかった。


屈辱でも、自己卑下でもない。

ひとつ「使える駒」を手に入れた、そんな確かな手応えだけが残っている。


(焼き鳥そのものの作り込みは、彼に任せればいいわね)


炭の扱い、肉の目利き、焼き加減。

そこは、完全にあの男の“領分”だ。素人が口を出してもいいことはない。


問題は、こちら側が担うべき部分。


(次は、“タレ”づくりね)


塩だけの串焼きは、兵士たちには十分すぎるほど好評だった。

このまま差し入れにしても、何も問題はない。


けれど――

もし本当に「焼き鳥」がレオの好物であり、今回の試みが彼への差し入れの“正解”に近いのだとしたら。


それがすべて“職人の手柄”だけで終わるのは、正直少しおもしろくない。


(ここから先は、完全に私のエゴね)


分かってはいても、もう一段階、自分なりの工夫を足したい。


(リカにも、もっと詳しく聞かないとね)


醤油、みりん――

聞き慣れない単語ばかりだったけれど、

あれをこの世界の調味料でどう置き換えるのかを詰める必要がある。


私はそう思いながら、少しだけ歩調を早めた。

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