⑩レオルドルート_串焼き(中)
それから数刻後。
必要な器具と材料、そして“味見役”たちが、一通りそろった。
「お嬢様。我々は、なぜ厨房に呼ばれたのでしょうか。
また、いつまでここにいればよろしいので?」
訓練服のまま集められた兵士たちと、執事服の使用人たちが、
厨房の隅で少し落ち着かない様子でまとまって立っている。
代表して口を開いたのは、真面目さが取り柄の中隊長だ。
私は調理台から振り返り、彼らに向かって穏やかに微笑んだ。
「今日は“味見係”として来てもらっただけよ。それ以外は何もしなくていいわ」
「味見……でございますか。了解しました」
兵士たちは顔を見合わせて目を丸くする。
料理人や使用人たちも、どうしていいか分からない様子で視線を交わしていた。
その背後では、例の串焼き職人が炭の様子を真剣な表情で見つめている。
さっきまで設備に文句ばかり言っていた男とは思えないほど、今は黙々と手元の作業に集中していた。
炭が落ち着いた色になり、鶏肉を刺した串が「ジュウ」と静かな音を立てはじめる。
香ばしい匂いが、少しずつ厨房中に広がっていった。
頃合いを見計らって、私は兵士たちのほうに向き直る。
「今から、この方が“串焼き”という料理を作るわ。
それを食べて、率直な感想を教えてほしいの」
「我々が、でございますか。……あまり、お役に立てるとは思いませんが」
「なるべく“公平な立場”の人に意見を聞きたいの。だから、あなたたちに来てもらったのよ」
机の上には、あらかじめ紙とペンを用意させてある。
「ただ、一人の意見に引っぱられると困るから――
食べ終わったら、それぞれ紙に感想を書いて。名前は要らないわ」
兵士たちの表情に、少しだけ安心した色が浮かぶ。
私はその様子を横目に見ながら、再び職人の手元へ視線を戻した。
炭火の上で、肉が小さく跳ねる。
職人は串をくるりと返し、焦げ目のつき具合をじっと確かめていた。
「かなりの手際でございますな。動きが洗練されております」
中隊長が、思わずといった様子で感嘆の声を漏らす。
やがて頃合いと判断したのか、男は一本の串を持ち上げた。
「お嬢。――そろそろ“最初の一本”が焼き上がりやした」
こんがりときつね色に焼けた鶏肉。
表面には脂がにじみ、ほどよく光っている。
炙られた香りと塩の匂いが、鼻先をくすぐった。
男はそれを一度目の高さに掲げ、それからそっと執事長ハンネスへ差し出す。
私は少しだけ眉を上げ、淡く笑みを浮かべた。
「せっかくだから、これは中隊長に食べてもらいましょう」
「えっ、私がでございますか!?」
さきほど代表して発言していた、中隊長が目を見開く。
「この場で、私以外に一番“よく動く舌”を持っているのがあなたでしょう?」
私は冗談めかして続ける。
「よく回る舌は、味見係には向いていると思うわ」
中隊長は一瞬きょとんとし、それから「あ」と何かに気づいたように慌てて姿勢を正し、深く一礼した。
「……謹んでお引き受けいたします」
『それ、褒めてるのか皮肉なのか、どっちなのか分かりづらい言い方だからね……』
リカが、頭の中で小さくぼやく。
中隊長はハンネスから丁重に串を受け取り、
ひと呼吸おいてから、意を決して一口かじりついた。
ぱり、と皮が歯に当たる小さな音。
数回噛んで飲み込んだあと、彼の目がぱっと明るくなる。
「お、おいしゅうございます、お嬢様。
外は香ばしく、中は柔らかく……塩加減も、訓練のあとの身体にはたまりません……!」
中隊長は、まるで新兵のような素直な調子で、そう言った。
(本当に、よく動く舌だこと……)
ここまであっさり「おいしい」と言い切られると、
ほかの者が「口に合わない」とは、なかなか書きづらくなる。
(この評価は少し“甘め”ね)
空腹の兵士の舌は、基本的に何でも美味しく感じる。
ましてや訓練のあとなら、なおさらだ。
ふと、別の案が浮かぶ。
「……まあ、これで“料理として十分おいしい”ことは確認できたわね」
私は一歩前へ出て、料理長へ顔を向ける。
「料理長。鶏肉を使った料理を、ひと皿作ってちょうだい」
「一品だけでございますか?」
「ええ。“軽食”として出せるものがいいわ。
一口大のソテーか、香草焼きあたりが妥当かしら」
「かしこまりました、お嬢様」
料理長は礼をして、すぐさま厨房全体へ指示を飛ばす。
使用人たちがてきぱきと動き、別の調理台で新たな料理の準備が始まった。
私は再度、兵士たちに向き直る。
「あなたたちにしてほしいのは――
“串焼き”と“料理長の料理”、どちらがより美味しいかを比べて、その理由を書いてもらうこと」
「それと、さっきみたいに大声で感想を言うのは、今回はナシよ。
ほかの人の評価がぶれてしまうでしょう」
私は中隊長のほうをちらりと見る。
彼は、さっき自分が思いきり感想を口にしてしまったことを思いだしたのか、
気まずそうに目を逸らしながら、かすかに顔を赤くした。
「……申し訳ございません、お嬢様。以後、気をつけます」
「別に責めてはいないわ。素直な感想は大事よ。
皆も、さっきの彼のように、正直に書いてちょうだい」
場の空気が、少しだけ和らぐ。
「それじゃ――」
私は視線を調理台に戻し、軽く顎を引いた。
「調理、お願いするわ」
「へい、お嬢様。炭の具合は、もうバッチリでさぁ」
「こちらも、すぐに仕上げてみせましょう」
炭火にあぶられた鶏肉の香ばしい匂いと、
香草とバターの濃厚な香り――二種類の「鶏の匂い」が、少しずつ空気を満たしていく。
料理ができあがるあいだに、兵士たちには簡易のテーブルに座ってもらった。
彼らは、期待と緊張が入り混じったような表情で、そわそわと周りを見回している。
私は調理台のそばに立ち、串焼き職人の動きをじっと見ていた。
炭の火加減を見ながら、串の位置を少しずつずらし、
脂の落ち具合や、立ちのぼる煙の色で焼き加減を判断していく。
一見地味な動作なのに、そこには迷いがなく、無駄がない。
やがて、串焼きが先に仕上がる。
香ばしく焼けた串が、次々と木の皿に盛られ、兵士たちの前へと運ばれていった。
「いただきます」の声もそこそこに、彼らは串を持ち上げ、
豪快に、歯で肉を引きはがすようにしてかぶりつく。
「……っ!」
「うお……」
抑えきれない感嘆の息が、あちらこちらから漏れた。
どの顔にも、はっきりとした満足の色が浮かんでいる。
(兵士たちへの差し入れとしては、申し分ないわね)
――ただし。
私は、兵士たちの食べ方を見て、心の中でそっと眉をひそめた。
串ごと口へ持っていき、歯で力いっぱい肉を引きはがしている。
見慣れていなければ、少し迫力がありすぎる光景だ。
(行為として間違いではないけれど……
テーブルマナーという意味では、あまり上品とは言えないわね)
『うわぁ、でもあのワイルドな食べ方、ちょっと憧れるなぁ。
私もああやって食べてみたいかも』
『ねえ、マティルダ。私のぶんの試食は? 一本くらい、味わわせてよ〜』
リカが、のんきな声でつぶやく。
(このままの形で差し入れするなら、少し工夫が必要ね)
少し遅れて、料理長の鶏のソテーも完成した。
白い大皿に、美しく盛りつけられたひと皿。
一口大に切られた鶏肉には、艶のあるソースがとろりとかかり、
周りは香草と薄く切られた柑橘、温野菜で彩られている。
それぞれの席の前に、小さめの取り皿とナイフ・フォークが並べられた瞬間――
兵士たちの表情には、今度は戸惑いの色が浮かんだ。
「お、お嬢様……これは、どう……」
「好きなように食べていいわ。ここでテーブルマナーを説くほど、私は狭量じゃないから」
そう言われて、真っ先にナイフとフォークに手を伸ばしたのは、やはり中隊長だった。
慣れていないのだろう。
刃先が皿をきぃきぃと鳴らす。
それでも彼は、教本で習った記憶をなんとか手繰り寄せて、
ぎこちないながらも肉を切り分けていく。
皿の中央に美しく引かれたソースと絡めることなく、そのまま切り離した肉を口へ運ぶ。
(……皿とソースと盛りつけが、泣いているわね)
私は心の中でだけ、そっとため息をつく。
数口食べるうちに、中隊長の表情はゆるみ、
続いて周りの兵士たちも、ナイフとフォークを手に取り始めた。
持ち方も刃の向きも、決して教科書通りとは言えない。
それでも、ひと口、ふた口と食べ進めるにつれて、顔には確かな満足の色が浮かんでいく。
『大きい武器ばっかり振り回してる人たちが、
ちっちゃなナイフで一生懸命お肉切ってるの、なんか可愛いね……』
リカが、どこか嬉しそうな声でささやく。
私はその感想に苦笑しつつも、否定はしなかった。
たしかに、
(普段は大剣や大槍を自分の体のように振るっているのに、あんなに小さいナイフは上手く扱えないのね)
そう思うと少し微笑ましい光景だったからだ。
◇ ◇ ◇
一通り食べ終わったタイミングを見計らって、私は声をかけた。
「では――どちらが美味しかったか、紙に書いてちょうだい」
机の上には、先ほど配った紙とペンが並んでいる。
「何と書いても、罰することはないわ。
“どちらも口に合わなかった”でも構わないわ」
兵士たちの表情が、わずかに引き締まる。
次の瞬間には、全員が一斉に紙へ目を落とし、ペンを走らせ始めた。
さらさらと、ペン先が紙を滑る音が厨房に広がる。
(……試食中の反応から、ある程度は予想していたけれど)
まさか、ここまであっさりと結論が揃うとは思わなかった。
全員分が書き終わったのを確認すると、使用人に回収させる。
私はざっと目を通し、内容を確かめたのち、皆に向かって告げた。
「――皆から“より美味しい”と評価されたのは」
一拍、わざと間を空ける。
「串焼き、よ」
小さなどよめきが、厨房全体に広がった。
視線が、一斉に職人の男へ向かう。
男は目を丸くし、すぐに深く頭を下げた。
「こりゃ……光栄でさあ」
その言葉に、料理長がすっと歩み寄り、
何のためらいもなく右手を差し出した。
「お見事です。――ぜひ、一度握手を」
兵士たちの拍手と、料理長の真っ直ぐな声音に押され、
串焼き職人はおずおずとその手を握り返す。
使い込まれた“手”と“手”が、
屋敷の厨房の真ん中で、しっかりと結ばれた。
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(´・ω・`)
本当にすまないと思っています。
文章が長くなってきたので前、中、後の3つに分けます。
頭に文章の要約機能が欲しくなった今日この頃。
どこかで発売しないかな




