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⑩レオルドルート_串焼き(前)



「いったい、どうしてアッシはここに連れてこられたんで?」


震えた声でそう言った男は、服こそ粗末だが、ほつれは丁寧に繕われ、全体として清潔に整えられていた。

城下の屋台の店主にしては、きちんとした身なりの中年男――そんな印象だ。


彼は、領の城下町で「串焼きなら一番」と評判の料理人。

こちらから正式に依頼し、屋敷まで来てもらった人物だ。


リカの言う“焼き鳥”をできるだけ正確に再現するには、

実際に毎日それを焼いている人間の「手」と「感覚」を見る必要がある――そう判断して、私は彼を屋敷の厨房へ呼んだ。


……が。


目の前の男は、あからさまに緊張していた。


怯えた獣みたいに視線を落ち着きなくさまよわせ、

高い天井、磨かれた調理台、並べられた銅鍋や銀の器具を見回しては、肩をびくびく震わせている。


『いやいや、ほぼ誘拐みたいな連れてこられ方だったからね?』


リカが、頭の中で呆れたようにぼやく。


『何人もの兵士で屋台を囲んで、半ば担ぎ上げるようにしてここまで連れてきたら、そりゃビビるって……』


私は「急ぎ連れてきなさい」とだけ指示したつもりだった。

まさか私兵たちが、予定通り営業している屋台をそのまま撤収させる勢いでやるとは思わなかった。


「お屋敷の厨房へご招待」のつもりが――

彼から見れば「なにかの罪で連行された」ようにしか見えなかったに違いない。


(……少し、指示が足りなかったわね)


その結果、私は男を落ち着かせるために、何度も同じ説明を繰り返す羽目になった。


「ここで求めているのは、あなたの料理だけであること」

「味が気に入らなかったからといって、罰を与えるつもりは一切ないこと」


時間をかけてなだめすかし、ようやく彼はおそるおそる準備に取りかかってくれた。

けれど――今度は別の問題が出てきた。


「こんな調理道具、アッシは使ったことないでっせ……」


そこからだった。


「この焼き台、火力が強すぎますわ。これじゃあ中まで火が通る前に、外だけ真っ黒になっちまいやす」

「この網も目が細かすぎて、“炙る”って感じじゃありやせん。もっとこう、炎をちゃんと感じられる網が欲しいんで」


次は、素材への不満。


「それに、この肉はなんでこんなにピカピカしてるんで? 艶とか脂の乗りとか、アッシらが普段扱う肉とは別物でさあ。いや、いい肉なんでしょうけどね?」


さらに、備品への過剰な恐れ。


「この包丁、ちょっとでも刃こぼれさせたら、給金が一年分飛びそうですぜ……」

「こう見えても、家には女房とガキどもがおるんですわ。これ壊したところで、アッシから払えるもんなんて、なんもありやせん」


――とにかく文句だけはよく出てくるのに、肝心の「焼く」気配がなかなか見えない。


私がじわじわ苛立ち始めたのを感じ取ったのか、リカが珍しく職人の肩を持った。


『いや、職人さんの感覚としては、これ正しいからね?』


『道具も素材も、自分の“慣れた環境”じゃないと、持ってる技術をフルに発揮できないの。

 むしろ、そこで変に見栄張って、半端なものを出されるよりも、「この環境じゃダメです」って正直に言ってくれるほうが信頼できるって』


『腕に自信があるからこそ、「こうじゃないと納得できない」って言ってるんだよ』


理屈としては理解できる。

けれど――


(仮にも“職人”を名乗る以上、もう少し応用が利いてもいいのではなくて?)


わざわざ「城下で一番」と評判の人物を調べて呼んだ結果がこれだ。


あれは嫌、これは怖い、と言うばかりで、

自分から何か試してみる気配すら見せない。


そんな男が「一番の串焼き職人」と呼ばれている――

そう思うと、正直拍子抜けにも程がある。


(……なんだか、興ざめね)


所詮、屋台料理の“一番”など、この程度なのだろう。

そう思った瞬間、胸の内側に冷たいものが広がっていく。


(もういいわ。これ以上は、時間の無駄)


私は彼を適当に帰らせるつもりで、ため息まじりに、あえて突き放す言葉を選んだ。


「串焼きというものに興味があったけれど――残念だわ」


男がびくりと肩を震わせ、こちらを見る。


「あなたの話からして、所詮は“安い肉”を、“レベルの低い道具”で焼くだけの、つまらないものなのでしょう?」


声は淡々と。それでいて、わざと刺のある表現を選んだ。


『ちょ、マティルダ!? ストップ! ストーーップ!!!』


リカの悲鳴じみた声が頭の中で響くが、私はあえて無視する。


「それが分かっただけでも、私は十分満足よ」


――つまり、「もう用はない」という宣告。


男の顔から、見る見る血の気が引いていく。


「そ、そいつぁ……」


「手間を取らせたわね。――帰っていいわ」


私はそう言い放ち、あからさまに「見下ろす」視線を向けた。

男は、唇をぎゅっと噛み、拳を震わせながら、それでも必死に頭を下げようとしている。


「お、お嬢様の仰ることは、まこと……ごもっともで……」


拙い言葉。

けれど、その奥には、はっきりとした「悔しさ」があった。


私は指先で軽く音を鳴らし、扉の向こうの執事を呼ぶ。

すぐに姿を現した執事に、さらりと言い渡す。


「一応、報酬は支払ってあげて。急に呼びつけたうえに、彼のプライドも傷つけたみたいだから――」


「彼の一年分の給金くらいは、渡してあげて頂戴」


「きっと彼にとって、この場所は“二度と来たくない場所”になるでしょうから。

 せめて“嫌な思い出”だけで終わらないようにね」


『ちょっと待って!?』


リカが慌てた声で割り込んでくる。


『“お金あげるからこれで文句ないでしょ?”のムーブ、それ完全に悪役だからね!?』


(でも、一番手っ取り早くて、後に響かないのは金銭での解決よ)


そう思いながらも、口には出さない。


男の顔から、一切の血の気が消え――

かわりに、じわじわと別の熱が浮かんでくるのが見えた。


「一年分、で?」


掠れた声がぽつりと漏れる。


それに私は首を傾げるような仕草で応じた。


「足りないというのなら、二年分でもいいわ」

「こちらの期待値と、あなたの腕を取り違えたのは、私の落ち度だもの」


その瞬間、男は奥歯をぎり、と噛みしめた。


握られた拳の震えはもう、“恐怖”ではない。

そこにあるのは、はっきりとした「怒り」と「悔しさ」。

短い沈黙のあと、男は深く息を吸い込み、私から視線を逸らさぬまま口を開いた。


「…………安い肉だろうが、粗末な道具だろうが――」


震える声。けれど、その芯はまっすぐだった。


「アッシらは、それで“うまいもん”をみんなに食わせるために、

 毎日、熱い炭の前に立っとるんですぜ」


「一本一本、丹精込めて串を打って。

 焦げ一つで味が落ちるから、ずっと気ぃ張りっぱなしで焼いて」


「その苦労も知らねぇお人に、“安物”だの“レベルが低い”だの言われるのは――」


ぎり、と小さな歯ぎしりの音が聞こえた気がした。


「……困りますぜ」


男は、ぴんと背筋を伸ばし、きちんと胸を張る。


「金なんざ、要りません」

「――その代わり、串を一本食って、“つまらねぇもん”かどうか、ちゃんと判断してもらいやしょう」


『こっちはこっちで、変なスイッチ入った……。え、なにこの勝負展開、誰が得するの……?』


リカが半ば呆れ、半ば混乱したようにぼそりと呟く。


(……そう。これが、“本来の顔”ね)


私は男の顔をまっすぐ見つめ、静かに頷く。


「いいわ。せっかくだから、きちんと確かめてあげる」


そして、執事へ向けて命じた。


「――すぐに、この人が“いつものやり方”で作れる道具と材料を、可能な限りそろえなさい」


「“今すぐに”よ」


執事は一瞬だけ目を見開き、すぐに深く一礼して、急ぎ持ち場へと戻っていく。

その背を横目で確認しながら、私はふっと唇をゆるめ、男を見据えた。


「ただ、私一人の舌で評価するのは不公平よね」


「だから――評価するのは、私だけじゃない」


厨房の隅に控えていた下働きの少年へ顎で合図を送る。


「執事長ハンネスを呼んできて。それから、訓練中の兵を何人か、ここへ連れてくるように伝えなさい」


ぽかんとした顔をしていたので、補足する。


「彼らは“試食係”よ。私の名を出して、“試してほしい料理がある”とだけ伝えればいいわ」


「……は、はいっ!」


少年は慌てて頭を下げ、慌ただしい足音とともに厨房を飛び出していった。

私は再び男へ視線を戻す。


「さっきまでの、あなたの“啖呵”に免じて――場はきちんと整えてあげる」

「こちらは、道具と素材と環境を、できる限り“あなたの日常”に近づける。

 そのうえで、もし“つまらないもの”を出してきたら――」


一拍置き、男の瞳をまっすぐ射抜く。


「そのときは、我が領から出ていってもらうわ」


私はあえて、完璧に整えた笑みを浮かべてみせる。


「さて。それでも、まだ“やる”と言うかしら?」


「今なら、さっきの言葉はなかったことにしてあげる。

 来てもらった礼として、三年――いいえ、五年分の給金を払うわ」


厨房の空気が、音を立てて張りつめた。


『えええ!? プレッシャーかけすぎじゃない!?』

『奥さんも子どももいるって言ってたでしょ、この人!? もうちょっと情けを……!』


リカが半泣きで叫ぶが、私は心の中だけで返事をする。


(もちろん、“私に噛みついた分の覚悟”を見せさせる意味はあるけれど)


決して、脅しだけが目的ではない。


――料理の話になった瞬間から。

この男の中を巡る魔力の流れが、まったく別物に変わっていた。


(さっきまでの、あの濁った流れはどこに行ったのかしら)


少し前までの彼の魔力は、怯えと戸惑いでところどころ途切れ、

素人同然の頼りない巡り方をしていた。


けれど今は――


芯の通った一本の線が、全身を静かに走っている。


必要な場所に、必要なだけ。

余計なところへは流さない。達人のそれ。


(少なくとも、“口だけ”ではないわね)


この男は、自分から「勝負」と言い出した以上、

中途半端なものを出すことはないだろう。


「へ……へへ。そいつぁ、面白ぇ」


男は固く握りしめていた拳を一度開き、軽く手首を回す。


さっきまでの怯えは跡形もなく、

そこに残っているのは、職人らしい挑戦的な笑みだけだ。


「ぜひ、その勝負――受けさせてもらいやすぜ、お嬢!」


ニヤリと笑ったその瞳には、

もはや恐怖の色は一切なく、炭火のような、じりじりと燃え上がる熱だけが宿っていた


文字数が10000字を超えてしまったので前後編に分けようと思います。


まさかの串焼きで前後編。

焼き鳥は個人的に思い入れのあるものなので、どうしても語りたい事が多くて、その結果長文になってしまって申し訳ないです。

(m´・ω・`)m

これでもカットしてる部分あるんです(´・ω・`)。

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