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鳴不村のある夏の日  作者: 雨寝エフィ
3/3

行き止まりの道

  鳴不村に来て、ミケが一番初めに教えてくれたのは、鳴不村の道についてだった。


 曰く、鳴不村の道は基本的に行き止まりの道がない。道路のほとんどは輪っかのように丸く走り、それが数珠つなぎにくっついて途切れることがない。

 だから迷ったらとにかく曲がる方向を左右どちらかに固定すればそのうち元来た場所か、迷い始めの分岐点に戻れるから慌てなくていいよ、と。


 ただ、一つだけ進んではいけない道があるから、そこは気をつけてね、ということだった。


 その道は輪っかにもなってないし、別の道に繋がってもいない、完全な行き止まりになっている。

 行き止まりの道は、ミケが知る限りその一つだけだけど、もし万が一、他にも行き止まりの道に行き当たってしまったらその時は上手に引き返すんだよ。コツを教えるね、と。


「なんで行き止まりは行ったらダメなの?」


 コツとやらを教わりつつ、靖明は首を傾げた。

 行き止まりが少ない村だからって、行ったらいけないということにはならないんじゃないかな。

 靖明が素朴な疑問を投げかけると、ミケは簡単なことのようにこう答えた。


「数少ない行き止まりがもれなく良くない場所なんだもん。だから、この村の行き止まりは良くない。そもそも一つしかないのに、他にもあるとしたらそれは本物じゃない道だよ」


 ミケの言葉はいつも簡潔だけど、時々わかりにくい。

 この時の靖明は、ミケと出会って間もないこともあって、余計に脳が混乱した。混乱はしたが、顔には出さずに「そうなんだね」と物分かり良く頷き、それ以上事情を深く尋ねることはしなかった。


 今思えば、きちんと聞いておくべきだったのだ。

 ミケは、不必要な忠告はしない。


 行き止まりは良くない場所。


 どういう意味で、なぜ良くないのか。

 聞けばミケは詳しく教えてくれたはずだった。そして理由がわかれば靖明ももっと慎重になっただろう。

 ただ、何度も言うがその当時の靖明は、まだミケのことをよく知らなかったのだ。屋根の上に登ったり、勝手に人にあだ名をつけるような、『マイペースな変人』としか認識していなかったのである。



 その日も靖明はミケと遊ぶために家を出た。

 鳴不村の夏は、東京に比べてだいぶマシで、もちろん暑いことは暑いのだけど、東京の九月下旬か十月上旬くらいの感じ。朝晩はエアコンを付けなくても、窓を開けていればそこそこ涼しい。東京が、太陽とコンクリートに挟まれたオーブンの中にいるような暑さなのと違い、緑や畑が多い分、鳴不村の夏はだいぶまろやかな暑さだ。

 蚊も外が暗い時にしか出てこないし、そう、あと、セミ。セミもいない。山が近いし、雑木林もあちこちにあるのに、ちっともセミの声が聞こえてこない。ミケに聞いたら、セミかぁと首を傾げた。

「山のずっと奥の方にはいるかも。カブトムシとかクワガタと同じ。捕まえようと思って探さないと見つけられないタイプの虫だね」

 なんと。ここでは、セミはカブトムシやクワガタと同列の存在らしい。

 東京では、スコール並みの激しさで朝も夕もなく騒音レベルで鳴くし、歩道に転々と落ちてるし、時々窓にガンとぶつかってくるよと教えたら、ミケは「信じられない」という顔で真剣にドン引きしていた。


 あの時のミケを思い出し、靖明は思わず吹き出した。

 だって耳を倒した猫みたいだった。しょぼ、と垂れた尻尾が見えそうなくらい。

「なんでもたくさんいすぎるのは良くないね」

 しょぼんとした顔が珍しくて、その時も靖明は大笑いしたのだった。


 そんなことを思い出しながら靖明はミケの家を目指していた。

 借りている家からミケの家までは、坂を下って一、二分の距離だ。間にミケの祖母の畑と民家(ここはミケの同級生の家だそうだ)、そして小さな畑、それから小さな小さな小川を挟んで、そこにミケの家がある。


 チャイムも鳴らさず、玄関を開けて中に入る。

「お邪魔しまーす、朔夜いますか?」

 そして玄関でそう声をかける。

 これも鳴不村ルールだ。

 どの家も起床後すぐに家の鍵を開け、それから20時くらいまでは鍵をかけない。家族全員が留守にする時はさすがに施錠するが、誰か一人でも家人が家に残っているなら、鍵はかけない。基本、日中は開けっぱなし。

 チャイムを鳴らすのは村の外から来た人と相場が決まっていて、村人は玄関口で声を上げて家人を呼ぶのが通例なんだそうだ。

 個人的にめちゃくちゃ抵抗があるが、そうしないと「変な人を見る顔で見られるし、場合によってはなんで鳴らすのって軽く怒られる」とミケが言うので、努めて村ルールに従っている。


 靖明はチラリと玄関に並ぶ靴に目をやった。ミケの靴がない。あるのは、黒いランニングシューズだけ。これはたぶんミケのお兄さんのものだ。

 キイ、と二階で扉が開く音がして、階段の吹き抜けから

「いねぇ。畑さ行った」

と、ぶっきらぼうな声が降ってきた。


「ありがとうございます、お邪魔しました」

 誰も見ていないのに、ぺこりと会釈した靖明の上に

「おぅ」

とまたぶっきらぼうな声が降る。次いで、扉が閉まる音。

 靖明もドアノブを引き下げ、家の外に出た。


 もう十日は経つのに、一度も見たことないんだよな、ミケのお兄さん。

 知らない人には塩対応、愛想ゼロ、悪い人じゃないけどミリも外交的じゃないからそっとしとくのが一番あの人にとって好印象だよ、とミケは言っていたが…。


 (謎すぎる)


「見た目は?ミケに似てる?」

「似てるとは言われるけど、佐一、前髪長いから顔、あんまり見えないと思う」


 聞けば聞くほど謎が深まる…。


 とりあえずミケは留守らしいし、お兄さんの姿は今日も見られないまま。

 靖明は気を取り直し、畑に向かうことにした。


 ミケの祖母は三ヶ所に畑を持っている。

 一つはミケの家のすぐ横にある小さな畑。もう一つは靖明と父が借りている家の隣にある大きな畑。これらは今歩いてきた途中にある畑なので、すれ違わなかったということは残るもう一つの畑の方に行ったのだろう。

 三つ目の畑は、借りている家の、道路を挟んで反対側に渡ったところにある。ここが一番大きな畑だ。この畑も今降りてきた坂の道に面しているが、入り口はこちら側の道路にはない。畑をぐるりと囲むように背の高い生垣が…もはや薮のように生い茂っており、入り口はミケの家の手前にあるY字路を左に入った方にしかない。ちなみにY字路の右方向が今靖明が降りてきた道だ。

 この三つめの畑に繋がる左の道はコンクリートで舗装されてない上に、雑木林が野放図に生い茂っているため、日中でも薄暗い。民家もあるけど、微妙に高低差があって普通に道を歩いてると雑木に隠れて見えないような位置にある。確か、畑は左の道に入って、右手側にある一つ目の曲がり角を曲がり、それから左手側、二番目の道を行けばいい…はず。


 血管のように入り組んだ道が鳴不村には張り巡らされている。ミケ曰く、「輪っかが数珠つなぎになっているだけだから慣れれば簡単」らしい。


 …慣れる前に夏が終わりそうな気がするけども。


 ともかく、道を間違わないようにしなければ。雑草の勢いが強すぎて、曲がらなければならない道をそれらが覆い隠していることもある。とにかく鬱蒼と薄暗いので、気をつけて行かねば。


 と、靖明が左の道に入ろうとしたその時。


「あ、サクの友だち」


 背後の少し遠いところから声をかけられ、靖明は「おや」と振り返った。

 ミケの家は道路の角に面している。言葉で説明するとややこしいが、Y字路の下の棒の部分とT字路の右側の線が繋がっていて、ミケの家はT字路とY字路がくっついてる角の部分にある。


 声をかけてきた男の子は、T字路の下の棒の部分、坂の一本道に立っていた。


 えぇと、彼は確か。…あ、そうだ、ユウマくん。

 苗字は上山。この辺、上山さんだらけなんだよな…。朔夜もそうだし。この子もそう。下の名前の上二つの音をあだ名にする子が多いとミケが言っていたので、この子は「ユウ」と呼べばいいのだろうか。


「ヒマしてらんだべ、わぁど遊ぶべ」

「えぇと、」


 ミケ以外の村の子はちょっとばかり方言が強い。向こうは靖明の言っていることは当然わかるだろうが、靖明には向こうの言葉はわからない。

 なんとなく遊びに誘われてる気はするのだが、気乗りしない。全然しない。

 言ってることがよくわからないし、あんまり面白くない。ミケと同じくらい面白い子ならいいけど、たぶんこの子はそうじゃないだろう。

 

「ごめんね、俺、サクと遊ぶ約束してるから」


 ほんとはしてないけど。

 まぁミケなら適当に話を合わせてくれるだろう。


「サクだばこっちさ来でらぃ。んがもこいじゃ」


 どうしよう、ほとんどわからない。ミケはユウマのいる方にいるってことだろうか。

 あべ、あべ、と手招きしている。あべってなんだ。


 ちょっとなんて言ってるか分からないです、とは言い難くて、靖明は渋々Uターンしてユウマが立っている坂の方へ向かった。


 ユウマは背の低い痩せぎすの男の子だ。ミケや靖明と同い年で、彼が今いる坂道の途中に家がある。T字路の入り口、坂道の下から数えて2番目、右側、奥の家。

 なぜそんなに詳しく知っているかというと、「べーちゃんがこの道を行く用事ができるとしたら、ユウの家に遊びに行く時くらいだと思う。ユウの家までならいいいけど、できたらそれ以上、上に行っちゃダメだよ」とミケにきつく言われていたからだ。


 そう。ユウマの家があるその坂道は、この村で唯一の行き止まりの道なのである。

 ミケが「良くないから行くな」といった唯一の道がそこなのだった。


 全く気乗りしない様子の靖明に構わず、ユウマはめちゃくちゃ楽しいです!という表情を隠しもせず、坂道を登り始めた。

 この子、こんなに明るい子だったっけ?一度会った時は、他の子の後ろにいて一言も喋らなかった…どちらかというと内気な子かと思っていたのだが。違和感を覚えながらも気のせいかな、と靖明も後に続く。


「上さ土器出るどこあるすけ、いぐべ」

「土器?」

「んだ、縄文土器!学校さも展示されでらんで」

「サクもいるの?」

「来でらよ」


 …だから、その、キデラヨって何?今、その場にいるってこと?来たがってるってこと?それともこれから来るって意味?はたまた全く違う意味の単語なのだろうか。


 困って閉口する靖明に、とにかく早く早くとユウマは靖明の周りをうろちょろと歩く。

 もうこの時点でだいぶ行きたくなくなっていたが、靖明ははたと別のことに気がついた。


「あれ、ねぇ、今、ユウ…んち、通り過ぎた?」


 あだ名呼びは慣れない。ほとんど話したこともない相手なら尚更だ。だが、それ以上に気になることがあった。


 ユウマの家はこの道に入って右手側、2番目。


「ユウの家を通り過ぎたら後は左右に四、五軒、お年寄りが住む民家があるだけ。その後はコンクリートの舗装が終わって、二股の獣道になってる。その先はどちらも行き止まり。行き止まりは良くない場所だから、行かない方がいい」と。ミケが、言っていた。


 もう既にそこを通り過ぎている。


 ミケが行くなといったその先に向かっている。


 靖明が躊躇していると、ユウマは不思議そうに一度瞬きをして、それから靖明の質問など無かったかのように「あっちあっち。もっと先」と道の奥を指差し、弾むような足取りで先導する。


 え、なんだろう。


 なんだか嫌な予感がする。


 道路の両側にはまだ民家が立ち並んでいる。ユウマの家は通り過ぎたが、それでもまだ人の気配は途切れていない。

 なのに、なんだか、すごく怖い。


 道の先はまだ見えない。鳴不村の道は円状になってることが多いから、自然カーブも多くてちょっと先が見えないなんてことはしょっちゅうだ。だけど、この道はまっすぐだ。上り坂になってるから見えにくいのかな。でもそんな急勾配というわけでもないのに。

 なんでだろう、奥にある杉山の鬱蒼とした黒い影しか見えない。


 あれ、ちょっと待って。なんかヤバいんじゃないか。

 ミケ、ミケはなんて言ってたっけ。


「舗装の先、二股の獣道。どうしてもその先に行かなきゃいけない状況だとしたら、せめて左に行くんだよ」


 えー、やだな!その「どうしても」の状況に陥るの嫌すぎるな!

 う、うわ、待って、や、薮だ!え、うわ、舗装終わり…!?け、獣道って、これ、どこ、道?道ある?

 ほんのり痛むお腹に、今それどころじゃないから、と靖明は藪に目を凝らした。

 あ、一本かろうじて見える。あれ、え、でも一本しか見えない。あれ、あれ?もう一本あるはず、あるはずなのに。

 どこだ?いや、待て、待て待て待て、違う。なんでその先に進もうなんて考えてるんだ、俺。

 ミケが言ったそれは最終手段で、その前にもう一つ打てる手があったはずだ。思い出せ、思い出せ。

 靖明はギュッと目を瞑って、三毛猫カラーの友人の助言を必死に思い出そうとした。

 そう、あの時、ミケは何かくれたはずだ…えーと、えーと。


「あ…!」

 思い出した。



「コレあげる」


 ミケが手渡してきたのは赤いツヤツヤの木の実だった。


「何コレ?」

「つるばあがくれた魔除けの木の実。私、五つもらってるから、一個べーちゃんにあげるね」

「え、もらっても…、コレ、どうしたらいいの?ポケットとかに入れてたら、潰れない?」

「潰れない。硬いから。でも無くすといざって時に使えないもんね…」


 そう言ってミケは本当に小さな巾着袋にそれを入れて靖明に渡した。


「できるだけさり気なく、コレを落として。どうせ坂道なんだもの。坂を転がるのを追いかけるフリで下りてくるといいよ」


 確かそう言って…。




 そうだ!木の実!

 小さいとはいえ巾着袋をポケットに入れるの面倒、と思っていたけど、テーブルに出しておくと何故だかすぐ父に見つかって

「お友だちがくれたお守りなんだから大切にしないと」とねじ込まれてしまうアレ!


 靖明は慌てて左ポケットに手を突っ込み、そして巾着の小さな口に指をねじ込んだ。


 あぁあ、小さすぎて上手く指が動かせない。

 入り口まで持ってこれるのに、そこを通り抜ける前にまた巾着の底に転がり落ちてしまう。それを何度か繰り返しているうちに、先を歩くユウマが舗装の終わりで足を止めた。

 先の道は一つしか見えないまま。これが左の道であればいいが、確証は無い。だってここは二股の分かれ道であるはずなのに、靖明の目には一つしか見えないんだから。これが右か左かもわからない。


「あべ」


 ユウマが手招きする。



 うわあぁあ。


 靖明のパニックは頂点に達した。

 もうユウマが何かを言ったり、したりするのを一つも聞きたくないし見たくもなかなった。

 ここまで来る前に踵を返して「ごめん、やっぱり今日は家に帰る!」と言えば良かったのかもしれない。だけど、何故だかそうしてはならない気がした。そもそもなんでだか足が止まらなかったし。

 この木の実を落として、それを追いかけるフリで引き返さなければ。その方法以外では「失敗する」、と何の根拠もなくそう思った。


 慌てた靖明は、いっそのこと!とポケットから巾着を引っ張り出し、底の方をギュッと袋の上から押し上げた。

 コロ、と赤い木の実が飛び出す。


「あ!」


 思ったより勢いがついてしまって、靖明は素で驚いた声を上げ木の実を追いかけて道路を数歩引き返した。


「え」


 しめた、このまま下まで戻ろうと思っていた靖明は、コロコロと転がっていた木の実が、坂道の途中でピタ、と不自然に止まったのを見てギクリと体を強張らせた。コンクリートのわずかな凹凸に引っかかって止まった、とか、そういう止まり方じゃなかった。


 え、なんで。


 そこには何もない。無いはずなのに、まるで透明な壁か何かでもあるみたいに。


 ジャリ、と後ろでアスファルトを擦る足音がした。

 ユウマだ。


「なにしてらっけ。いいすけ、な、わぁどあべ」


 いや、だから、何だよ、それ、どういう意味?俺、方言とか全然わかんないから。

 しゃがんで木の実を拾いながら、それでも後ろを振り向けずにいると。


「おーい、何してるんだい」


 聞き覚えのある声…父の声に、ハッと靖明は顔を上げた。

 顔を上げると父は、T字路の突き当たり…坂の下に立っていて、そこから靖明を呼んでいた。


「どうした?何かある?」


 道端でしゃがみ込んでいる息子を不思議に思ったのだろう。

 なんでもないって言わなきゃ。大丈夫、なんでもないよって。

 パッと靖明は立ち上がった。

 勢いよく立ち上がったので、その拍子に手から転がり落ちていた赤い実が、またコロコロと坂道を下り始めた。


「あ」


 なんとなく膝に上手く力が入らない。でも追いかけなきゃ。あれはミケからもらったお守りなんだから。

 よたよたと覚束ない足取りで靖明は実を追って坂を下りはじめた。


 と、耳元で


「か、あべ」


と、幼い女の子の声がした。


 あまりに突然、耳のすぐそばでした声に反射的に「え?」と振り返りかけたその時。


「べーちゃーん!!みっけたー!」


 靖明の家に続く方の道からミケがぶんぶん手を振りながら走ってくるのが見えた。

 靖明はぎょっとした。


「あ、危ないよ!ちゃんと前見て!」


 ミケってすごく変で、細い塀の上を走るのはすごく上手いのに、綺麗な道路を真っ直ぐ走るのがすごく下手なんだ。考え事をしながら走るのが良くないんだと思うけど、けっこう転ぶ。それも思い切りよく。厚手のズボンを履いてるから助かってるとこあるけど、そうでなかったらもう何度も流血する怪我をしてたと思う。


 今も、こちらを見ながら思いっきりよそ見をしながら走っているので、靖明は慌ててミケの方へ駆け寄った。


 耳元で聞こえた女の子の声のことも、赤い実のこともユウマのことも全部、頭からすっぽ抜けていた。

 ドジな友人の無茶な走り方だけが心配で、頭の中はミケでいっぱいになった。


「っわ!」

 案の定、側溝の蓋の隙間につま先を引っ掛けたミケを、すんでのところでなんとか支える。


「あぶな…走る時は、もっと足元も気をつけた方がいいよ」


 気持ちハグの体勢になった二人は「気をつけなよ」「うん」とゆるゆる笑いながら体を離した。


「あ、で、父さんどうしたの?」

 村で遊んでる時に呼びにくるなんて珍しい、そう思って、勢い通り過ぎた父を振り返り尋ねると、妙にキラキラした顔で靖明と朔夜を見つめ、

「うんうん、何でもないよー。朔夜さんと一緒じゃないからどうしたのかなぁと思って」

 どうやら気になって呼び留めただけらしい。


「べーちゃんこそ、なんで上の道に行ってたの?」


 上の道、例の行き止まりの坂道のことをミケはこう呼ぶ。

 その問いかけで、アッと靖明は先程までの出来事を思い出しパッとそちらを見上げた。

 ミケの家の屋根や、他の家の塀に邪魔されて奥の方までは見えないが、そこにはすでに誰の姿もなかった。


 あれ、でもさっき下りてくる時はすごく見通し良かったような気が…。

 それこそY字路近くにいたミケの姿まで見えていたのに。


「???……えーと、ユウマ、くんに誘われて」


 坂の上からだと見通しが良いのだろうか。そうなのかもしれないと自分を納得させながら、覚束ない口調で答えると、ミケはチラリと上の道に目をやった。


「ふぅん」

 気のない返事が一つだけ。

 靖明は、「一旦家に戻ろう」という父の言葉に従い、朔夜と三人、家に続く坂道を行きながら先ほどの出来事をポツポツと話し始めた。


「確かに行き止まりの左側の方には、縄文土器が出るちっちゃい空き地がある……し、ユウは土器拾うの好きなんだけど」

「あ、そうなんだ」


 では、あれはなんだか訳のわからない心霊現象とかそういうことではなく、本当に土器発掘に誘われていただけなのか。

 ちょっと恥ずかしいかも。

 一人、パニくって慌てて。


「あ、そうだ、ユウマくんに何の説明もしないでこっち来ちゃった。待ってたら悪いな…」


 その言葉にミケは、パチリと一度瞬きをして、「大丈夫」と断言した。


「一緒に下りて来なかったんだから、もう違う遊びしてると思う」

「鳴不村ルール?」

「どっちかっていうと上の道ルール」

「こ、怖い言い方するじゃん」

「そう?」


 ミケはこてんと首を傾げた。


「たぶん、覚えてないか、全然気にしてないかのどっちかだと思う。今まで皆そうだったし」

「え、なに、どういうこと?怖い話?」

「怖いかな?よくわかんないけど…さっき言った通り行き止まりの左の方は土器や貝が出る空き地で、たぶん貝塚なんだろうね。つまり、大昔に『捨てる場所』として使われてた場所ってこと。で、右の方は古い洋風のお家がある」


 いや、ロケーションが既に怖すぎるんだが。

 口には出さず、黙って話の続きを待つ。


「私、小1から去年まで、平日の夜と、あと週末は一日中そこで過ごすっていう生活してたんだけど」

「「え」」

 靖明と靖明の父の声が重なった。


「うち、シングルマザーで出戻りなの。村に戻ってからは本家…じいさんちで暮らしてたんだけど、私が小学校に上がった頃からたぶん手狭になって、上の、あの家で寝泊まりするようになったんだよね」


 行くなってミケが言ってた右の道にある洋館で、他ならぬミケが寝泊まりしてた???


「良くなかったんだよね。あそこ、たぶんお化け屋敷。家の中に入っちゃいけない部屋が沢山あって、扉に板とか打ちつけてあるし、まぁ他にも色々。その中の一つに、私の友達が遊びにくるともれなく私の具合が悪くなって遊べなくなるっていうエピソードがあって。それもあってどんどん友だち少なくなっていったんだけど…遊びに来た子たち、皆、初めは私を心配してくれるんだけど、そのうち忘れたように庭を走り回って遊び始めるの。それから少しすると、笑顔でバイバイって手を振って、楽しそうに帰ってくの。後から、あの時は遊べなくてごめんねって言うと、え?何が?って。全然覚えてないか、言われるまで忘れてたか。どっちかなんだけど、思い出せたとして、ほとんど覚えてない様子なんだよね。で、その後はもう二度とあそこには来なくなるっていう」

「やだな!!それ、めちゃくちゃ怖いじゃん!」

「あ、ほんと?良かったー」

「良くないよ!怖い!!」

「だって怖いっていう人、周りにいなかったからなんか嬉しいなーって」


「いやいや、怖いでしょ」

 父も苦笑して、ミケと靖明の意見にコクコクと頷いた。


「お祓いとかした方がいいんじゃないの?」

「ん〜?毎朝毎晩読経してるけど」

「え、ミ、朔夜が?」

「主に私だけど、お母さんもたまに。なんかね、あの家にいる時に、お母さんと私に読経ブームが到来したの。なんかの伝手でお坊さんの知り合いができて。数珠とお経をくれて。お経面白いんだよ。音が!私たくさん暗唱できる!」


 ぱぁぁ、とミケの顔が輝いた。声も弾んでる。なんかよくわからないけど、ミケの好奇心に大ヒットしたんだな、お経。


「一番得意なのは陀羅尼でね、音が最高に気持ちいいんだよ!陀羅尼も一つだけじゃなくて」

「わかった、わかった、最早ラッパーな感じなんでしょ」

「あはは、そうなの!べーちゃん、なんでわかったの?」

「そういう顔してた」

「どんな顔???」

「ふふふ」


 目をまん丸にして首を傾げるミケがあんまりミケらしいので、思わず靖明は吹き出してしまった。

 さっきまで感じてた怖さなんて、もうどこにもない。

 横で父もふふ、と笑っていた。


「うーん、ちょっとまた一つ朔夜さんを見直しちゃったな。強い、強い。梅ジュースをいれてあげるね」

「なんで梅ジュース?」

 きょとりと瞬くミケに、父は「梅はいいよ、梅は」とそればかり。


「甘い飲み物、ちょっと苦手なんだけど、水じゃダメ?」


 どうやら父に言っても聞いてもらえる気配が無いためか、ミケは父ではなく靖明にそう訴えてきた。


「ねぇ、氷たっぷりの水とか、麦茶でいいんじゃない?」

「うーん、お茶は………………だから、………の方が……でいいから、梅ジュースだね、やっぱり」


 あ、まただ。聞き取れない。

 どうしよう、ミケになんて言おう。


 ツキンとお腹が痛くなってそっとそこを押さえる。と。

 ツンツン、と反対の腕の袖をミケが軽く引っ張って、ちょっと背伸び。内緒話がしたいのかな、と靖明も少し屈んであげる。


「梅ジュースの後に、べーちゃんがこの前淹れてくれた変なお茶ちょうだい。薄緑のすごーくスゥスゥするやつ」

「ハハッ」


 友人は口直しにミントティーを所望のようだ。

 確かにアレを飲んだら、梅ジュースの余韻はすっきりさっぱり掻き消えるだろうけど。



「あ、そういえばさ」

 借家に戻り、梅ジュース作成に夢中になった父を放って、靖明は靖明でミケの口直し用のミントティを淹れるためお湯を沸かしながら、そういえばと気になることを聞いてみた。

 この借家はそもそもミケの叔父さんの家なので、ミケは勝手知ったる様子でダイニングチェアに腰掛け、足をプラプラ揺らしリラックスした様子だ。


「あべってどういう意味?」

「ん、方言?苗字?」

 頬杖をついたミケが不思議そうに聞き返す。うん、方言あるあるなんだけど、後からミケに意味を聞こうとしても音を上手く再現できなくて、お互いに首を捻りあうという…。


「方言。さっき、ユウマくんが……」


 そこまで言って、ハッと思い出す。

 確かにユウマは散々「あべ、あべ」と言っていたが、一番最後。ミケが現れる直前、耳元で小さな女の子の声がして。その声も。


「『か、あべ』…だっけ?」



 あぁ、とミケは頷いた。


「それなら、『一緒に行こう』、だね」


 スッと背筋に冷たいものが走った。




「うわー!やめてよ、朔夜!!」

「え?なにを?」

「うーん、靖明も梅ジュースかな」


 唐突に戻ってきた恐怖に逆ギレする靖明と、きょとん顔の朔夜は、二人揃ってこの後、靖明父の激マズ特濃梅ジュース(原液が多すぎた)を罰ゲームのように飲み下すことになるのだった。





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