第八話 初心者村の行く末
「ありがとうございます。おやすみなさい。」
「あぁ。おやすみ。明日必ず買ってくれよっ!」
笑顔で、筋肉の張った腕を振るマヒトさんが、松明の闇間に消えてゆく。
――「どうするのが正解なんだ……。」
中央広場のベンチに再び『考える人』状態になる。
状況を整理しよう。情報が多すぎてわからないときは自問自答で整理していけばいい。父の名言集、多くないか?
さて、まずこの村の結界についてほぼほぼ確信できたことは何か。それはサフィアが村の結界を維持しているということだ。仮に1人で維持しているのだとすれば、彼女1人で立ち向かったところで、負ける籠城戦をするようなものだ。結界の維持者が複数、或いはもっと強い人がいれば勝てる可能性はある。しかし、今の所の戦力はマヒトおじさんと、サフィア……あ。
「そういえば、あの爺さん。攻撃魔法使ってた気がするな…。」
首元に超軽度の火傷を残した張本人。あの人なら可能性はある。となると、まずすべきはあの爺さんを探すところからだな。
「しまった……マヒトおじさんに聞けばよかった…。」
まぁ、一旦置いておこう。他に整理すること、あぁそうだ、ウィンディヴォルフ……規模がわからないし、仮にあの速の兇人も一緒に来たらこの村はひとたまりもない。そいつがくれば勝ち負けの問題ではなく、生死の問題だ。
「てことは、逃げるのが1番いい手段か……。」
くそっ。相手の規模がわかればどういう対策をすればいいか検討できるってのに…。
またベンチに座り込む。
いっそのこと結界周辺を歩いて索敵でもしてみるか?
「流石にそこまでの危険を犯したところで、早めに死体が1個転がるだけだろう。」
いやまぁ。妄想力しかないわけだから……。全員助けようにも、俺の力ではどうにもできないような気がする。けど、
――少なくともサフィアとマヒトおじさんは助けたい。
「村全体の生存率として考えてみよう。」
まず、この村全体は昼に散策した限りだと15〜20軒ぐらいの家が建っている。1軒あたり2人か3人ぐらいだと仮定して、マックスで60人。小学校のクラス二つ分。それを一夜、可能であれば0時を過ぎる前に隣の村、街、或いは安全な場所に行ければいい。魔物の襲撃タイミングがわからないから、夜中になる前には完全に村を出たい。
移動手段は馬車があった……?
――いや、昼にみた馬車はあれだけだ。全員を乗せられるほどの大きな馬車じゃないし…。あの馬車は、アイラが乗って行ったからもしかすると、馬車はないかもしれない。
そうなると、全員での移動は難しい。仮にマヒトおじさんのような屈強な男性に、足の弱い人をおぶってもらっても、隣村までとなると、疲労が激しい。追撃されれば集団ごとやられかねない。
「どうすればいいんだ……?」
松明の揺らめきとともに火の粉が飛んでゆく……。
ふと思い浮かぶ。結界は動かせるのか?或いは複数存在させることはできるのか?
ベンチに嵌った思考の渦から抜け出す。
――ずっと考えていたが、結界について情報が少な過ぎる。サフィアはなんて言ってたっけ……
「知力が500以上あれば魔法が使えるようになる。結界の魔法陣は8つはあった。ということは、魔法陣自体は複数存在させることはできることになる…。」
問題は、1人が作成できる結界ひいては魔法陣の数に限界があるかどうかだ。
「この村を出るタイミングで、サフィアに新しく60人を守れる大きさの結界を使ってもらって、特にケツは硬くしてもらう必要があるだろう。」
逃げるのであれば南からだろう。北は結界の損耗を見るに、魔物でいっぱいの可能性が高い。しかし、入念に準備されているのであれば、南ですら魔物がいる可能性も考えた方がいい。
「しかし、なぜ今になってこの村を襲う必要があるんだ?400年間ずっとこんな定期的な襲撃があったのか?」
サフィアは少なくとも生きている間で、何度か似たような襲撃を経験しているはずだ。だが、サフィアのあの慌て様、おそらく速の兇人の存在の影響だろうが、あれは死の淵を見たような感じだった……。そうなると、今回はサフィアでも対処できない、あるいは村全体ですら不可能とわかっているのかもしれない。
「でも、あの爺さんも知力が500を超えてるってことだよな?」
サフィアの知力がどれほどかはわからない。しかし、少なくともあの爺さんは魔法が使える。結界を作れるかはわからないが、これだけ小さい村なら、お互いのことは知っているはずだ。
「ただでさえ貴重な魔法を使える人間が2人もいるのに、勝てないのか?」
ひとまず今取るべき行動は、あの爺さんを探すことだろう。
「よしっ。」
足に力を込めて、立ち上がる。
「近くの人に聞いてみよう。」
―――「こんばんは。」
まずは、家の前で松明の灯を何本かのろうそくに移している30代ぐらいの若い男性だ。
「こんばんは。見ない顔だね。それにその服装は……どこの国のものだい?」
好奇心旺盛な男性は燧輝の見た目について尋ねる。
「そうですね……。」
こういう時は何と答えるのが正解なのだろう。んー。ここは今のところ、ドイツだと思ってるんだけど……そうなると、ずっと東の方と言えばいいのだろうか?
「東の国ですよ。」
そう言うと彼は邪険な表情をする。
「お前は、共産主義者なのか?」
おおっと?これはまずい。俺は圧倒的、現代資本主義生まれの人間だぞ?なにを考えているんだ?
「違いますよ~。共産主義なんてくそったれですよ。あんなのさぼったもの勝ちじゃないですか。」
ということは……この国の東側には共産主義の国……が存在することになるのか。
「もっと東ですよ、共産主義の影響を受けずに済んだ島国です!」
まぁ、これで俺の故郷、日本の存在がわかるだろう。
「あぁ。あの国か。でもその国は滅んだって、町にいたころの歴史の授業で習ったような気がするが……お前、生き残りなのか?」
Oh……マジか。それは悲しい。というか、今はそれどころじゃない。
「まぁ、そうかもしれないですけど、そうじゃなくて!この村の中で、魔法を使えるお爺さんってどこにいますか?」
見た目はかなりのご老体だったから、このぐらい暗ければ家にいるはずだ。
「魔法を使える……あぁ、長老のことか。たしか、この広場から北の、あの高い煙突がある家だ。」
と指をさす彼。そもそも長老だったのか、あの爺さん。
「ありがとうございます。ちょっと用がありまして。」
「今はもう寝てるかもしれないが、運が良ければ起きてるんじゃないかな。たまに部屋の灯りがついてるときもあるし。」
この位置からでは窓は見えないが、なんとなく、まだあの爺さんが起きている気がした。
「そういえば、君はなんていうんだ?」
「僕は小糸燧輝といいます。」
珍奇なものを視る目をした後、彼も名乗る。
「珍しい名だな。俺はノイギア。また明日会えたらその時!」
そういってろうそくを片手に、手を振る。
場所は分かった。あとは解決策を爺さんと練るだけだ。
<<長老宅前>>
ノックの手の形の状態で、一度止まる。こういう時って妙に緊張するんだよな。一刻も早く対策をしないといけないのだが……。
「こんばんは。すみません。」
コンコンとノックをするが反応はない。窓から光が漏れているので起きてはいるのだろうが……。
「お。」
中から小刻みに足音がする。
「爺ちゃん出なくていいって!」
中から声が聞こえる。おや?この声はもしかして……。
――ガチャ
「君か……。」
「もう……。」
少女のため息が聞こえる。
「あの……長老さんはあなたですか?」
「そうじゃが。なんだ。」
腕にはあのバングルを付けたまま。寝る前もつけてるのか?
「この村の行く末について話があります。」
しわを寄せた顔に埋め込まれた瞳は、揺らぐことなく燧輝の顔を見つめている。




