第七話 直感のままに
<<ヘルト村への帰り道>>
「戦うって手段はないことはないと思うよ。」
サフィアの目には、ハイライトが薄く、少女らしさが失われていた。
「例えば?」
「私が結界を使って、この村をウィンディヴォルフから守るの。」
とは言っているが、その顔は不安がにじみ出ている。
「それで勝算はあるのか?」
だからこそ、現実を見せる必要がある。
「そんなの、私が作る結界なんだから……大丈夫に決まってんじゃん。」
その手は強く握りしめられている。
――燧輝は論点を絞る。
「原理がわからなければ応用させることはできない。」
これは俺が大学で数学を学んでいるときに注意していることだし、高校の時からずっと意識していたことだ。
「だから何だっていうんだよ。」
「意味が分からないか?つまり、その結界をうまく応用させない限り、サフィアはウィンディヴォルフの物量か、技術量で負けるってことだ。」
サフィアは下を向く。しかし、負けじとこちらにとがった八重歯をむき出しにする。
「じゃあ、あんたは勝手にすればいいんじゃない。私は一人でこの村守るから。せいぜい村の人たち避難させられるように努力してね。」
本当にこいつは一人で守る気なのか……?
「サフィア。」
「さっさと逃げなよ。”臆病な妄想狂”。」
俺に背を向けた言葉に怒ることなく。ただ、サフィアの本心を問う。
「じゃあ、サフィア自身は最後まで生きて、この村と一緒に生きられるのか?」
サフィアの目は曇る。
燧輝はこれを読んでいたかのように、
「結界を一ヶ所修復するのに、1日分の体力使うんだろ?それでサフィアは大丈夫なのか?」
サフィアは絶対に強がるだろう。確証はないけれど、勇者の庇護のおかげとされてきたこの結界は、ずっとサフィアによって維持されてきたのだ。それを全部1人で背負ってきたんだ。俺の直感が、サフィアの言葉を信じている。
村の人、俺、そして何より、サフィアの命がかかっている。
「大丈夫でしょ。だって、いつも修復はまとめてやってるから、それで体力ついてるだろうし……。」
その強がりに潜む影を、燧輝は見逃さなかった。
「じゃあ、なんであの時、結界をすぐに修復しなかったんだ?」
「だから言ったじゃん!あとでやるって!」
いや、本人もわかっているはずだ。速の兇人とやらがきて、すぐに危険を察知したのだから、あの後すぐに結界の修復に向かわなかったのは、勝算がないとサフィアも直感でわかっているからだ。
「でも、もう村に戻ってきてる。それに日も沈み始めてる。今から行くには危険だし、仮に行ったとして……体力が尽きて、明日を迎えられない可能性だってある。」
そんなことわかってると言わんばかりの顔だ。
「もういいよ、一旦私は帰る。スイキは好きなようにして。」
そう言われて、止めようと足を動かしたが、
「引き留めなくていいから。私は、私のやりたいようにする。」
その背中は、どこか後悔を背負っているようで、それなのに小さい背中で、こんな子に村の運命がかかっているなんて、思いたくもなかった。
<<ヘルト村・中央広場>>
夕日がもう沈み、あたり一面は、松明でかろうじて照らされているぐらいで、三軒先まで見えるほど明るくはない。
「さて。どうしたものか……。」
胸騒ぎなんて、生きている限りしてこなかった。何かが起きる予感なんて、大して当てにならないし、基本的にそういうのはちゃんと証拠を集めれば、0か1かはわかるのだ。しかし……
「あそこまでサフィアに反対されるとは思わなかったな……。」
正直サフィアは好んでこの村にいるわけじゃないような気がするのだ。確証はないが……。
「お前、今朝の変人じゃないか?」
と、顔を上げると今朝のカルトッフェルおじさんに出会う。
「おお!カルトッフェルおじさんじゃないですか!」
口から自然と出てしまった……。
「俺はカルトッフェルおじさんじゃねえよ。マヒトだ。」
親切にも名前を教えてくれた。
「どうも。そういえば自己紹介してなかったですね。僕は小糸燧輝、スイキと呼んでください。」
「おう、スイキ。サフィアの話が聞こえたんだが、あいつがなんかやらかしたか?」
まるで我が子のような口ぶりだが、マヒトは黒髪、目は茶色で、サフィアとは似ても似つかない。
「あぁ。というより、嫌われちゃいまして……。」
「まぁ、あいつはそういう性分だから、むしろ気に入られてると思ってもいいかもしれん。」
気に入られてる…ね……。
「あの性格は昔からずっとなんですか?」
マヒトおじさんは首を横にふる。
「小さい時はそりゃぁみんな可愛がってた。けど…」
けど?
「何かあったんですね。」
今度は首を縦に振る。
マヒトおじさんを照らす松明の火が揺れる。
「あぁ。俺の口から全部を語るのは、よくない気がするから、多くは語れないが、まぁ、幼少期に経験するにはきつすぎたことだ。」
あまり詳しく話さないところは、人としての正しさや正義感のあることによるものだろう、俺に情報を出したくないわけではなさそうだし……。
「サフィア自身は、そのことをずっと一人で抱えてるんですか?」
昼の時のマヒトさんとは異なり、商売を終えてフランクになっているようだ。
「あいつは自分で全部何とかしないといけないって、思い込んでるというか……。周りに頼ることをあまりしないんだ。だから、あいつが頼みごとをするとしたら、相当そいつを信用しているか、自分より強い奴なんだろう。」
そうか……。しかし、サフィア自身はこの村に自分より強い人間がいるとは思っていない――?
俺はあいつに雑魚雑魚言われながら、あいつに頼まれて一緒に結界を見に行った。村周辺の調査もした……。
「なんだよ。あいつ……。」
「あいつに嫌われたって言ってたが、その前は何かあったのか?」
「まぁ、ちょっとした喧嘩のようなもんですよ。」
喧嘩のようで、すれ違いのようで。
「そうか。お前らはまだ若いからな。そういう、人との衝突も大事に今日を、明日を生きていけよ。」
今の状況に相応しいかどうかはわからない。けれど、その言葉が俺の心に大事なことを刻み付けてくれたことは確かだった。
「ありがとうございます……いろんな情報までくれて。」
「まぁ、明日ちゃんと買ってもらうつもりだし、それにあの時は商売中だからな。商売の時間は、自分が食っていけるかがかかってるから、そうなるんだ。この村はそんなに強い村じゃないからな。」
村で一番強そうなマヒトおじさんですら、この村は”強くない”と言っている。
「勇者様の庇護があって400年も続いている村なのに?」
そういうと、俺の耳元で
「いつ、その庇護が終わってしまうかなんて誰にも分らないだろ?」
村の中央広場は、昼間より人がまばらではあるが、明日の準備をする人がちらほらいる。
「結界が勇者の作ったものだって、みんな信じてるんですか?」
マヒトおじさんは、周りを気にしながら、
「あぁ。おれは半分半分だがな。サフィア自身は、自分が作ったと言い張っているけど、みんなそんなの信じちゃいない。俺もあいつの言っていることは信じていないが、勇者様が作った結界が400年もずっともつなんて思うか?」
マヒトおじさんの言うことに一理ある。たった1人が作り出した結界が400年も魔物の侵攻に耐えられるのなら、極端な話、全ての村や国に、結界を張り巡らせればいい話だ。
「ということは?」
マヒトおじさんの考えを知りたくて、俺よりはこの村を知ってる人の考えを聞きたくて、
「誰かが結界を維持してくれてるってことだ。」
その一言が、俺の直感を確信に変えた。




