第六話 不穏なる風音
冷たく湿った空気の立ち込める森を進む。
「ここから結界の外になるから、魔物に殺されないように気を付けてね。」
冗談じゃなさそうだ。目の前で一度止まるサフィアが手を空中にかざすと、結界らしきものが見える。
というか、
「俺って防御手段なくない?」
妄想力だけが高いと聞いていたが、他に何のステータスがあるのかわからない。
「防御力は……あぁ…普通の人だね。」
先手必勝!攻撃さえ高ければ!
「攻撃力は?」
「うん。雑魚。カルトッフェル売ってるおじさんの方が高いね。」
おおっと。それはそうだ。彼の筋肉はすごかったからな。
そこで燧輝はカルトッフェルおじさん(名前がわからないので略称)とサフィアが知り合いの可能性に至る。
「え……カルトッフェルおじさんと仲いいの?」
サフィアは、あまり大人との関係が良くなさそうな感じがする。
「たまに焼きカルトッフェルくれるぐらいで、そこまでかな。」
割と仲いいのでは?
「なんだぁ、良い子してるじゃん。」
にんまりとする燧輝にそろそろ見慣れてきたのか、サフィアは受け流す。
「私は元から良い子なんで。」
サフィアはこちらに体ごと振り向く。
「いい?あんたは攻撃手段も、守る手段もない。」
それは俺が一番よくわかってる。
「そうだな。」
「だから……。」
サフィアは躊躇う。
「それだと、俺が姫プしてもらうことになりそうだけど、大丈夫か?」
サフィアはきょとんとした表情で、
「ひめぷって何?」
まぁ、しらないよな。というか知っていてほしくないというのが本心だ。
「なんでもない。つまり、俺は魔物に襲われたら終わりだから、一緒についてこいって解釈でOK?」
「そう……そういうこと。私は正面視るから、あんたは私の背中の方視て。」
「こんな感じ?」
とあえてサフィアの”背中を”見る。
「マジであんたロリコンっぽいから魔物に食われた方がいいかもね。」
「いや、冗談じゃん。こうでしょ。」
と燧輝はサフィアの見る反対方向に視野を取る。
「最初っからそうしてくれればいいのにさ。」
小声でぶつぶつ喋っているつもりなのだろうが、ほぼ背中合わせの状況なのではっきり聞こえる。
「サフィアはツンデレってやつだな。」
「なにそれ。」
日本の伝統文化。至上にして最高の女の子。普段はそっけなかったり、反抗してくるくせに、急にしおらしくなったり、甘えたり、そういうギャップが日本では流行っているのだが、どうやらこの世界ではまだその文化は生まれ、広がっていないらしい。
「まあ、サフィアみたいなかわいいやつってことだよ。」
「きもっ。」
それだけ言って、サフィアと燧輝は結界の外を進む。すると、サフィアが何かを唱え始める。
「世の理よ。我が血筋において、その力を顕現せよ――Richt。」
すると、サフィアの方面が明るくなる。ドイツ語らしき言葉を唱えた瞬間、魔法陣が一瞬出たかと思えばすぐに明るくなったので少し驚いた。
「だんだん日が暮れると、この森は真っ暗になるから気をつけて。」
「御忠告感謝するよ。」
燧輝とサフィアは少しずつ森を歩んでいくと……
「あれ、今朝のところじゃね?」
と見たことのある景色、何かが掘ってできたような大きな水たまり、木、そして綺麗な水……?
「いや、違うよ。ほら……。」
とサフィアは横に倒れている木を指さす。
「これはまずいかも……。」
「具体的には何がまずいんだ?」
と、何も考えずに聞いてみる。こういう時は相手の方が情報量が多いから、聞くのがいいと父が言っていた。
「倒木に爪痕あるのわかる?」
「どれどれ~。」
期待してみてみるが、小さな爪痕が複数あるだけだ。
「なんだ、子猫ぐらいの爪痕じゃん。」
「違うよ。ていうか、何で知らないの?この爪痕は……」
と言いかけるサフィアはすぐさま振り向く。
「誰だ!」
俺も拍子にサフィアの見た方向を見てしまう。
――?「よそ見させれば、私の勝ち。」
不意に耳元で聞こえたのは、大人ともいえるがどこか幼さの残る女性の声。
「スイキ!!」
サフィアがこちらを見る。
――?「君もダメだね。」
「――Polarlicht!!!」
サフィアが何かを唱えると、太陽がごとく眩しい光があたり一面を照らす。
――?「やるじゃん……でも、私じゃなかったら君たち死んでるよ~。それじゃあね~。」
謎の人物が遠くに逃げていくのがわかる。
「スイキ!大丈夫か?」
サフィアが燧輝に駆け寄る。
「あぁ。何もされていない。しいて言うなら、耳元でささやかれてゾワッてしたぐらい。」
「冗談言ってる場合じゃないよ!」
事態の深刻さをわからせようとサフィアが必死に説明しようとするが…………
「だって、あいつ……。ていうか、あいつがいるってことは、魔物が……。もう、なんでこんな時なんだよ!」
「サフィア!」
いったん大きな声を出してこちらに注目させる。
「深呼吸だ。いいか、大きく吸って――大きく吐く。ほら一緒に……スゥーーー、ハァーーー。」
サフィアも自分が焦っていることに気づき、一緒になって深呼吸する。
「どう?少しは落ち着いた?」
サフィアは改めて真面目な顔をして、俺に向き直る。
「うん。ありがとう。でも、ほんとにまずいの。説明するよりも先に、結界の中に戻るよ。」
とサフィアに腕を持たれ、森から引き返す。その後ろ姿は、小さくもこの世界で唯一、頼れる人だった。
<<結界内>>
「ここまでくれば多少は大丈夫だけど…………。」
とため息交じりに喋る。
「呼吸が落ち着いたらでいいからさ、どういうことなのか教えてくれない?俺でよかったらなんか手伝うぜ。」
なんてカッコつけた台詞を言うが、自分のできることが限られていることはわかっている。
「ありがとう。」
なんだかんだサフィアに感謝されるのは、さっきが初めてだった。だが今はそれどころじゃない。
「まず、俺の耳元で囁いてきたやつ。あいつは?」
聞き手の鉄則。相手が焦燥しているときは、一つずつ対象を絞って質問する。
「あいつはたぶん、私が本で知っているだけの話だけど……。」
「それでも大丈夫。可能性を知ることは重要だから。」
サフィアの目を見て言う。
「うん。あいつは、『速の兇人・ウィンディッヒ』。」
きょうじん?狂人?
「”そく”って速いって意味か?」
「そう。風のようにね。」
つまり、速い狂人?
「そいつがいると、何が起きるんだ?」
サフィアは引き続き困った顔をしているが、さらに厄介そうな顔をしている。
「あいつが原因かどうかはわからないけど……。」
「いいよ。サフィアの言ってることから可能性を絞り出してみよう。」
こういう時は子供の言うことを信じてあげてね。そう母は言っていた。
「あの兇人はとんでもなく移動速度が速いの。だから、通った後にとんでもない風が吹く。その風だけで、村が消えたこともあるらしい。」
燧輝は何度もうなずいて、サフィアの言葉を促す。
「それにもしかしたら、ウィンディヴォルフが近くに来てる可能性があるの。」
言葉の響き的にウィンディは風、ヴォルフは狼っぽいな。となると、あの狂人みたいな速さの狼が来てるってことか。それに、あの掘られたような水たまり……おそらく、その狼が雨水やら、地下水の湧き出るところを探してできた可能性がある。そうすると……
「ひとまず、速の兇人の風の影響は、今はなさそうだな……。ところでそのウィンディヴォルフは……どのぐらい危ないんだ?」
そこまでの被害が出せるのに、さっきの場所でなぜしなかったのか、疑問に残るが、被害がない以上はいったん置いておいてよさそうだ。
サフィアは引きつった顔で、かろうじて言葉にする。
「人を丸まる食べるよ。それに個体によっては魔法も使える。」
「は?嘘だろ?俺より知力高い狼いんのかよ。」
ふと出てしまったツッコみ癖。咳払いで気を取り直す。
「ゴホンッ。失礼。とにかく、そいつらはどうやって倒すんだ?」
楽観的な燧輝に、ため息をつくサフィア。
「無理。一体でも魔法を使える個体がいたら勝ち目はない。そいつさえ倒せれば、問題ないんだけど、私、攻撃魔法は知らないし………。」
「結界じゃどうにもならないのか?」
「修復には体力がすごく必要なの、1か所元に戻すだけでも、1日動けないぐらいだよ?」
それは……この子は一体どれだけの時間を結界の修復に費やしてきたのだろう。
「戦う手段はなしってことか。」
そう言うと、サフィアの目が曇る。
「まあまあ。村の人たちはまだ元気だし、半日もあればこの村から出られるでしょ。」
その言葉は軽いようで、重く、二人にのしかかる。




