第五話 結界
<<ヘルト村の北部外周>>
触れるべきなのかわからぬまま、ただ無言でサフィアの少し後ろを歩く。
「黙ったまんまだと、何も情報聞き出せないけど。いいの?」
と俺の心を撫でるように、前を向きながら話すサフィア。
「だって、何か聞くたびにサフィアのいうこと聞いてあげないといけないじゃん。」
するとサフィアは足を止め、睨む左目だけ見せ、
「なんで上から目線なんだよ。あんたは私の使いだって言ったでしょ。”聞かせていただく”じゃないの?」
随分と細かい設定だな。
「そうでした。申し訳ありませんサフィア様。情報をご教示いただくたびに、サフィア様のおっしゃることを"聞かせていただく"必要があるので、簡単にお尋ねするわけにはいきません。」
久々に敬語をしっかり使ったので、変な気分だ。
サフィアは家の畳の隙間からムカデでも出てきたような目をする。
「ごきょうじ、とかよくわかんないけど、とにかくきもいのだけは伝わってきた……。」
と少し呆れ気味。
「それはともかく、どの辺に”結界”とやらがあるんだ?」
燧輝の事前知識によれば、結界は魔物が通ろうとすると魔物が死んだり、魔物の攻撃が一切通らないみたいなはずだ。
「もうすぐ着くよ。」
――――見えてきたのは、えげつないものだった。
「なんじゃこりゃ~!!」
某イッテOの宮河太輔も顎が外れるレベルだ。
「そんなに驚くものじゃないよ。」
サフィアは平然としているように見えるが、自分の魔法陣で驚いてくれる人がいてうれしいのか、耳をピクピクさせている。
――そこには何重にも折り重なる立体の、まるで蜘蛛の巣が無数に織りなす現代アート。
魔法陣の放つ光は、それほど明るくなく、むしろ隠れるようにしている。魔法陣自体が結界の弱点になるからだろうか。
「これって、魔法陣?」
この世界に来て早々にじじいに殺されかけた(超軽傷)とき、魔法陣が出てきていた。あの時は1個の小さなものだったが、今回はいくつもの魔法陣が網のように広がっていて壮観である。
「そうだよ。”私”が作った魔法陣。」
自分が作ったことを強調してくるサフィア。燧輝はそのことに疑義を挟む。
「サフィアがつくったの?」
「そうだって言ってんじゃん。」
「原理は?」
作った張本人なら仕組みがわかるのだろうと思って聞く。知恵の輪だってそうだ。製作者が解けない知恵の輪はただのリングだ。
「……わかんない。」
「は……?」
瞬時の沈黙も許さず、
「だから、わかんないって言ってんじゃん!」
なるほど。今目の前にしている数多の魔法陣は、ただのリングらしい。
「つまり……この魔法陣はサフィアが作ったけど、もしかしたら急に壊れるかもしれない?偶然の産物ってとこか?」
サフィアは俺の言葉に半分頷く。
「ちゃんと作ろうと思ってやったんだから、偶然とは言わないし、”私”が作ったんだから壊れるわけないでしょ。」
しかし、なぜこんな野暮ったい少女が魔法陣という、精密そうなものを作れるのかが不思議だ。
「作り方はまあ、いったん置いておくとして。なんでサフィアが作れるんだ?いかにも魔法とは無縁そうだけど。」
サフィアは振り向いて、またもバングルを見せてくる。
「この青い宝石、光ってるっしょ?」
これは……。アパタイトとは違う……というか、爺さんのと同じやつ?
「これはサファイア。私は知力が高いの。あのじじいなんかよりもずぅぅっとね。」
サファイア……お、おれの誕生石……。しかも知力だと……。
「なんで俺ほど知性溢れる、9月生まれの男の知力が低いんだよ!」
とこの世界に転移させた奴に怒りの咆哮。
「いや、あんたから知性なんか微塵も感じないけど。」
言ってくれるな。
「それは俺のセリフな。」
「うっせぇ。」
さて、こんな茶番をしている場合じゃない。
「んで。なんで俺に結界を見せてくれるんだ?」
「見てあれ。」
と魔法陣のその先を指さす。
「ほぅ。」
大海に臨む地にいたことをここで初めて知る。そしてその先にある大地。
「あそこがノルデン・エルケーニッヒ。」
何を言っているのか全く分からないが、ノルデンで北の方なんだな、というのは分かった。
「…………。」
わからないというと話が進まないので沈黙を保つ。
「つまり、一番危ない村でもあるの。なのに400年もこの村がある理由……わかるでしょ?」
一番危ないけど、この村の存在している理由。
「結界のおかげってことか。」
サフィアは鼻を高々にすることなく、
「定期的にここにきて、結界を修復するの。魔物に削られちゃうから。」
みると完璧な正八面体だったのであろう魔法陣は、一部が削られて形を崩している。
「俺には修復できないのか?」
「あんたみたいなのができるわけないでしょ?あんた、知力40だよ?」
サフィアは燧輝に照準を合わせるように見てくる。
40がどれぐらいなのかわからない。
「平均はどのぐらいなの?」
恐る恐る聞いてみる。
「50だよ。」
「あっ。」
(察し)という字幕表示がピッタリなくらいだ。
「あんたみたいなやつは珍しいけど、まぁ動物園のお猿ぐらいはあるんじゃない?」
とサフィアは笑いながら喋る。
その様子を見る限りは冗談のようだ。というか、冗談であってくれ。頼む。
「ちなみに、私みたいに魔法が使えるようになるにはせいぜい500は必要。」
「は?」
そう考えると、こいつ相当頭がいいことにならないか?
「頭よさそうには見えないけど。」
「あんた失礼過ぎない?あと、地頭のよさと知力は関係ないから……たぶん。」
自信なさそうにしているサフィアがすこしかわいくて、口角が上がってしまった。
「きもいからその顔やめて。」
「いや、これ普通なんですけど。」
なんかキラーパス出されたような気がする。
「じゃあ、元からきもいから、やめて。」
「どないしてやめんねん。」
不意に出る関西弁。別に関西生まれでも、育ちでもないけど。
「なんであんたがリベルテの方言喋れるのかよくわからないけど、魔法陣の修復は時間がかかるし、体力持っていかれるから。村周辺に魔物がいたらまずいから、探すの手伝って。」
「了解です。」
――「そっちの方がマシ。」
「なんて?」
あえて聞こえていないふりをする。
「なんでもない。早くいくよ。」
道中――魔法陣と結界。少女と勇者。魔王とヘルト村。いろいろな情報から、推論を組み立ててみる。
魔法陣は、知力が高くないと作れない。恐らくこの世界では、魔法は先天性が必要なのかもしれない。平均が50なのに、魔法を操れる人間が500以上となると、この世界の魔法使いは絶対数が少ないことになる。となると、この子はかなり優秀な子だ。性格は別にして。
結界。今のところ複数の魔法陣が必要であることしかわからない。しかも、何かしら立体の形を取る必要がありそうだ。もしかしたら、あの八面体は、各面で魔物の侵入を防いでいるのかもしれない。例えば、一番欠損の激しかった上部の一面。あれは村北部のものかもしれない。
勇者……。今のところわかっているのは、あのばあさんが言っていた銅像の、不気味なぐらい綺麗なこと。当時、バングルの宝石がすべて光っていたこと。仲間がいたことぐらいしかわかっていない……?待てよ……。銅像に仲間なんていたか?複数いれば、もっと銅像の台座は大きい。けれどあの村の中央広場では、勇者らしき人物があの場を支配しているようだった。
「まぁ、このぐらいかな。」
一人思考に耽るが、どれも憶測にすぎない。
「一人でぶつぶつ言ってないで、ちゃんと喋ったらどう?」
そう言われるが、サフィアに言ったところで信じてはくれないだろう。
「いや。何でもない。こっちの話だ。」
暗い森の中に運ぶ足は、小さい歩幅と、普通の歩幅が、微妙な距離感を保ったままだ。




