第二十六話 定めし道標
「大丈夫だ。」
大丈夫という言葉は、いつも無責任だ。そんなことわかっている。大学受験の時もよく言われた。そのたびに思った。
―――お前は俺じゃないからそうやって言えるだけだ。俺の立場になったら「大丈夫」なんて一言も発せられなくなる。
けれど、人は無責任に、その人を安心させようとして自分勝手な言葉を発する。結局自己満足なのはわかっている。
「少なくとも今は、サフィアは普通の魔法少女だろ?別に世界を揺るがすとか、そういうことは考えなくていいんだって。」
未来のことは思い描いてもいいと思う。それが自分の原動力になるのなら。
「だって、想像しても楽しくないんだったら、今を楽しんだ方が、絶対にいいじゃん。」
これが大学三年生、20歳となった小糸燧輝として出した結論だった。
「そうだけどさ。いきなり世界最高の魔法使いになれる可能性があるとか言われたら、ビックリするでしょ……普通。」
俺の言葉は存外響かなかったのか、呆れ気味なサフィア。そもそもそこまで気にかけていなかったのかもしれない。
「それもそうだな。でも訓練すれば、普通よりは多少、強い魔法使いにはなれるんじゃない?」
サフィアは確かに、まだ人間的で、弱いところもあるけど―――芯が強いからこそ、あの村を一人で守り続けられたんだ。
「さてと……。」
教授は重そうな腰を上げ、魔法陣に軽く触れようとする。
「何してるんですか?」
教授の一挙手一投足が、俺やサフィアに何かしら影響を与える可能性があること。それを考えると、教授の魔法陣であれば、なおさら訊いた方がいい。
「もう質問は終わったかい?であればこの魔法陣は解除することになるが、何か聞いておきたいことはあるかな?」
正直まだまだ聞きたいことは山ほどある。教授の研究について聞けないなら、魔王の話とか勇者の話とか、いろいろ真偽が不確かなことを聞いておくのもありだろう。それ以外にも、なぜ速の兇人がヘルト村に来たのか。そして俺自身のこと。なぜ妄想力がカンストしているのか、なぜこの世界に召喚されたのか。
―――でも、それよりも、
「これから俺とサフィアはどうするのがいいと思いますか?」
この世界での俺の立ち位置がはっきりしていない。この世界で言う勇者ではないらしいし、魔王はいるけど誰も征伐しに行かないらしいし。
「そうだな……。」
触れかけた魔法陣から離す手は、筋張っていながらも、少し傷を負っているようだ。
「君はもしかしたら、もう何もしなくてもいいかもしれないね。」
は?どういうことだ?全くもって意味がわからない。
「それは……どういうことですか?」
俺がこの世界に召喚された理由がわかればこの世界で生きる目的が見つかる。正直、元の世界に戻ろうなんて、諦めてるし。まぁ戻ったところで生きる目的もないんだけど。
「だってそうだろう?君はあくまで妄想力が極限値のただの青年だ。」
教授は俺を正面から見つめ、俺の全身を見渡す。
「それ以上でもそれ以下でもない。君という存在が、必ずしも何かの目的のために生まれたとは限らないからだよ。」
人は誰しもが目的を持たなければどうしていけばいいかわからない。そうして路頭に迷い、果てに待つのは死のみ。
――そんな人生があるのなら、自分から死んでやる。けど、それでも生きるのは、何か自分に与えられた役割や、目的があると信じているからだ。
「じゃあ、僕はどうするべきなんですか。」
大丈夫だ。俺の声は震えていない。目の前の得体の知れない教授に、何も恐れる必要なんてない。
いや、恐れているのは別のものなのかも知れない。
「まぁそうだね。強いて言えば、サフィア君の側にいてあげればいいんじゃないのかな。」
そうして横目でサフィアを見る教授。隣では少し不服そうに座って、それでも前を向いているサフィアがいる。俺なんかがとなりにいたところで何か変わるものなのだろうか。
「まぁいたところであんまり意味はない気がするけどね。」
それだけはサフィアに言わないで欲しかったのだが、事実なのでどうしようもない。
「けど……私はあの兇人を殺すよ。」
その言葉に教授はニヤリとする。
「ほう?あの速の兇人をかい?」
サフィアが強く頷く。生まれ育った村を滅ぼした張本人、速の兇人・ウィンディッヒ。あいつを倒す……。俺でさえも、あいつを倒すなんてことは想像もしていなかった。
「あいつを殺すために、これから魔法の勉強と訓練頑張る。それであいつを叩き潰して、死の恐怖を味わわせてやる。」
サフィアの綺麗な碧眼は曇りがかり、その瞳には愁と憎しみと勇気、そしてほんの少しの恐怖が織り混ざっている。
「らしいが……スイキ君も一緒に戦うのかい?」
どうやって戦えと?何もない人間だぞ?だとしたら俺も鍛えた方がいいということか……。
「稽古につけてもらえそうな人っているんですか?」
教授は顎髭に手を添えて考え込むと、
「そうだな……確か軍を退任して、それ以降は軍の育成顧問を務めているものがいたはずだが……。どこにいたかまでは覚えていないが……まだこの街にはいたはずだ。」
退役軍人。相当屈強な人なのだろう。想像する限りでは筋肉全開の190cm超えの人だろう。
「名前はなんというんですか?」
名前だけでも聞ければ必ずどこかで見つかるはずだ。
「焔黝剣、アンムート・ラフィニールト。」
えんようけん?二つ名らしきそれはおいておこう。
「ありがとうございます。」
「とはいっても必ずしも稽古につけてもらえるかはわからないがな。」
そうすると、次の俺の目標はアンムートさんに稽古をつけてもらえるようにすること。サフィアは魔法の勉強と訓練。二人の大きな目標はとにかくあの速の狂人をぶち倒すこと。そのための小目標はとにかく鍛えること。
「他に質問はないかな?一応、私は夕方から学術会議がある故、サフィア君の魔法講義をしたら、数分ほどでここを出るが。」
他の質問……。いろいろありすぎて出てこない……。と悩んでいるうちに、サフィアが口を開く。
「こういう質問の機会は今後も作ってもらえますか?」
なるほど。流石サフィアだ。俺の欲しい言葉を先に言ってくれる。
「そうだね。時間が許せばいくつかの質問に答えることはできるだろう。ただ、君たちが一定期間内にそれ相応の成長を見せない限りは、君たちに割ける時間は相応に少なくなっていくがね。」
つまり、俺たちの成長ぶりと引き換えに、教授の時間をもらうということなのだろう。
「わかりました。じゃあ、質問はとりあえず以上です。時間がないのなら、早めに魔法の講義を始めましょう。」
全くもって俺に魔法に適性がないのかはわからないが、少なくとも魔法の原理とかを知っておけばいざ戦いになったときに何かの役に立つかもしれない。
「わかった。それじゃ、少し待っていてくれ。」
教授は魔法陣に軽く触れ、
「―――Aufhebung.」
たった一言を発すると、魔法陣は、ほつれた一本の糸から崩れていく布のように、バラバラになっていき、そこから出てきた青白い光が教授の体内に入っていく。
「教授に入っていったさっきの光は何なんですか?」
純粋な疑問を口にすると、予想だにしない答えが返ってきた。
「あれは私そのものだよ。」
教授そのもの?じゃあ、質問に答えていた教授は誰だ?
「それは……。つまり?」
消えた魔法陣を再度確認し、元の椅子に戻る。
「つまり、あの時に質問に答えていたのは、私自身を介したこの世の”理”なのだよ。」
ちらりとサフィアの方を見る。どこか納得したような表情だ。
「したがって、あの時に答えていたのは、私を知るこの世の理であって私自身でもある。」
こんがらがってきた。ええと……まとめると、
「あの時、教授のすべてを知る”理”が真実を話していて、その理は実質的に教授と変わらないから、教授は嘘をつけなかったということですか?」
「まぁ70点ぐらいのまとめ方ではあるが、大方あっている。」
逆にこの世界の性質を知らないでこの答えが出来る俺、すごくないか?もっと褒めてほしいんだけど。
―――またサフィアの方を見る。
「さっきから何?」
邪険に扱われるのが少し久々な気がした。
「いやぁ。俺の理解力褒めて欲しいなぁって思って。」
あまり褒められることがない人生だったから、そういうのを少し欲していたのがつい言葉に出てしまっていた。
「年下に褒められて嬉しがるとか……結構やばい趣味してるよね、スイキって。」
「やば。めっちゃ傷ついたんだけどっ。」
慰みなんて実は要らないのかもしれない。
「だって事実なんだから仕方ないでしょ。」
こうして素直にしゃべることが出来るのが、単純に嬉しいだけなのかもしれない。




