第二十五話 限界
正直、教授に対する信用度は現在高くない。
「それは……どういう意味だい?」
教授はその質問の意味を理解していても、意図までは理解できていないのかもしれない。
「そのままの意味ですよ。昨日、質問には何でも答えるといったのに、先ほど答えられないと言いましたよね。」
俺の言葉を聞いて、教授は弁明をしようと身振り手振りで語る。
「それは確かに本心から言ったさ。けど、まさかそのことについて質問があるとは思わなかった上、ヴィッセからは口外しないように言われているんだ。」
その割には、あの毒を盛るように指示してきたのがヴィッセさんであることは言っていいのだな……。
「なるほど。では、口外しないように言われているのは教授の研究に関してのものですか?それともヴィッセさんの研究に関してですか?」
「私の研究に関してだ。」
淀みなく答える教授の目に嘘はなさそうだ。
「どうして、教授の研究について口外しないことを条件に、ヴィッセさんの試薬を飲ませたんですか。」
今のところ、意味が分からない。普通、ヴィッセさんの研究の試薬を飲ませ、その引き換えに何かしらの利益が教授にあるのなら、ヴィッセさんの研究について口外しないように条件付けられるはずだ。
――しかし、教授の研究に関して口外しないことを条件に、教授はヴィッセさんの試薬をサフィアに飲ませ、その代わりヴィッセさんから何かしら利益を受けているというのは謎である。
「先に一つ言っておこう。」
と、俺の質問を分断する。
「私自身の研究について口外できないように誓約を交わしたのだ。君たちと同じようにね。」
サフィアを見ると、存外驚いた様子はなく、むしろ「だろうね」と言いたそうな顔をしている。
「じゃあ、何についてなら答えられるんですか?」
苛立ち始めたスイキの声の震えを感じ取ったのか、緊張した面持ちになる。
「私の研究以外なら何でも。」
今の状態でそれを言えば、次に「言えない」と言えばこいつは灰になる。
「わかりました。」
ここで一度話を切ろう。情報を整理して、今必要な情報を導き出したい。小声で話しかける。
「サフィアが見ていた感じでは、どうだった?」
教授の喋る様子をずっと見ていたサフィアに、嘘を言っているように見えたか確認してみるが、
「んーん。嘘をついているような動き、足を動かしたり、指先を遊ばせて緊張を取ろうとか。そういうのは全然なかった。というか……。」
「というか?」
サフィアの長い髪が揺れる。
「自分の言っていることが嘘じゃないって信じてるような……そんな感じ。」
どういうことだ?俺からすると、表情の変化からして力が入っているような素振りがあったようにも見えた。
「じゃあ、教授の言ってることは全部本当ってことか?」
サフィアは肩を落とす。
「そうとも言い切れない。だから、半信半疑で聞くしかないと思う。」
瞳は曇っていて自信がないように見える。
「俺はサフィアを信じてる。だから、俺はとにかく情報を整理しながら質問していくよ。」
役割分担は元からできている。
「サフィアは聞いておきたいことある?」
「なんで私に魔法を教えようと思ったのかとか?」
確かに……。教授ならもっと出来の良いというか、優秀な学生や研究生、実習生を持つ機会はあるだろうし、その人たちに教えた方が優れた人材を輩出できるはずだ。
「あとは何かある?」
サフィアは頬杖えをつくが、
「いったんそれ聞いてみて。」
教授に向き直る。
「教授。」
尋問が再開されると、姿勢を再び正す。
「サフィアに魔法を教えようと思ったのはなんでですか?」
待っていたと言わんばかりの勢いで答えてくる。
「それはだね、サフィア君は原理さえ理解出来ればその才能が開花する可能性があるからだよ……。それに、魔法を教えることでサフィア君は守りたいものを守れるようになるし、私は魔法の研究のためのサンプルを取ることができるからね。」
ほう。つまり、サフィアに魔法を教えることと、教授の魔法研究に何かしらの関係があるということだろうか。
「ということは、教授はサフィアを利用しようと?」
鎌をかける。
「利用、というと悪く聞こえるが、あくまでこれは相互利益があるからやるのだよ。別に、サフィア君に教えたからといって彼女に悪影響が出るわけではないしね。」
研究者にとっての”悪影響”という意味が我々の、一般的な悪影響とは異なる可能性がある。サフィア自身に悪影響がないというのも、教授の解釈上では悪影響として”考慮されない”ものでも、普通に考えたら悪影響になるものだってある。
「そのサンプルはどうやって回収するんですか?」
昨日と同じホワイトボードを持ってくる。
「私が彼女に魔法を教える。彼女が発現した魔法陣の組成を解析する。そのためには魔法の詠唱を続けてもらう必要があるから、多少は彼女に負担がかかるかもしれないが……それも魔法の勉強の内だ。」
『サフィアの魔法陣 ⇒ 組成解析(詠唱継続=サフィアの詠唱体力の強化) ⇒ 私の研究につながる』
ホワイトボードに書かれていくフローチャート。
「あ、ちなみに実技だけじゃなく、座学もやるからね。じゃないと正確な魔法陣の形成はできないから。」
教授はフローチャートを書き終えると、
「まずは魔法の原理について。それが終わったら基礎魔法の訓練をするのが一般的だ。」
一つ一つ指をさしながら、
「基礎魔法の訓練ではステータスに沿った魔法の訓練をする。」
おそらく教授の話しぶりを聞く限りでは、知力500以上+高ステータスでそのステータスの魔法、つまり攻撃力が高ければ攻撃魔法、防御力が高ければ結界魔法ということなのだろう。
「サフィア君はそうだね……魔力の細かな数値をはかったほうがいいかもしれないね。」
知力と魔力は根本的に異なるのか、それとも関数的なものなのだろうか。
「そういえば測定器が棚にあったような……。」
教授は立ち上がり、戸棚を開ける。
「お、あったあった。」
といって少しほこりをかぶった、青い宝石の埋め込まれた腕輪を取り出してくる。
「今から測るのは魔力量だ。人によって許容量が異なるし、限界値が存在する。」
そうしてなぜか俺を見る教授。きっと俺の「妄想力」が限界値に達した状態、極限値、カンスト状態なのだろう。
「だからこそ、極限値は珍しいのだよ。」
教授はそれだけ言うと俺に測定器を渡してくる。
「君がつけてあげてくれ。私じゃ難しそうだし。」
サフィアの方を見ると、片眉を上げている。
「これはどこに巻き付ければいいんですか?」
「二の腕の方だな。心臓に近いほうが測定しやすい。」
サフィアの白い、綺麗な腕に巻き付ける。
「サフィア君は普通に呼吸していてくれ。そして、私と同じ魔法を詠唱してくれ。」
サフィアは怪しみながらもコクリと頷く。
「世の理よ。原により作られし我が身体に、巡り巡る理よ。」
教授は早速詠唱を始める。サフィアも続く。
「発現し、行使する力をここに示せ―――。」
腕に巻かれた”測定器”から光の筋が生まれ、魔法陣を編んでゆく。
「Zauberkraft―――。」
研究室が光に包まれたかと思うと、魔法陣は消えてなくなり、”測定器”は腕から外れている。
―――教授の顔が微笑していたように見えた。
「そうか……。」
教授は少し困ったような表情をしている。
「どういうことですか?」
測定器に問題があったのか、それともサフィアの魔力量の方か?
「これは……いうなれば測定不能、というやつだ。」
「それはつまり?」
測定不能というのはカンスト、すなわち極限値とは異なるのか?
「文字通りの意味だよ。魔力量を測定できないんだ。」
「サフィアの魔力量が、測定できないほどに膨大だということですか?」
だとしたらヘルト村の時に一日でへばることもないはずだ。
「ある意味ではそういうことだ。だが少し違う。」
教授は測定器を拾い上げ、サフィアの方を見て、
「彼女の魔力量は普通の魔法使い程度だ。だが……、
―――限界値がないんだ……。」
ステータスに限界値がないこと。それはどういうことを指すのか俺にはわからない。だが、教授は今まで見たことがないような顔をしていた。
「限界値がないというのは……?」
俺の推論が正しいかどうか。
「つまり、成長によってはカンスト値を持つ兇人、さらには魔王さえも凌ぐ魔力量をもちうるということだよ。」
教授はホワイトボードで図を使って説明する。
『限界値 ⇒ 許容することのできる魔力量 ⇔ 生まれた時点で確定(例:100を限界とする)
極限値 ⇒ 人間の許容限界値よりもさらに高い限界値を持つ(兇人の場合は通常の人間の能力の限界値の30倍 ⇒ 例では3000 + その上で能力値が最大』
俺の想定が見事に当てはまった。つまり、俺は人間が成長させることができる「妄想力」を超えているが、限界値そのものはある。
―――しかし、サフィアの場合はそうではなく「限界値」そのものがない。すなわち青天井。
「つまり、サフィア君は唯一無二で世界最高の魔法使いになれる可能性があるということだ。」
その一言に震撼する俺の横でサフィアは一人、不安そうな眼差しで、震える右腕を見つめていた。




