第二十四話 嘘と真
<<図書館中央棟ロビー>>
「やあ。待っていたよ。」
想像にもしなかった教授によるお出迎え。また偶然を装って実は待ってたみたいなスタイルかと思っていたのだが。
「お待たせしてすみません。」
社交辞令を交わすと教授は首を横に振る。
「いいや。そこまで待っていないし。何より時間を言っていなかったのは私のミスだしね。」
サフィアは教授を一瞬睨むと、スイキの後ろにぴたりとくっつく。
「ふむ。何か言いたげな顔だね……だがもちろん、きっと君たちが聞きたい新たな質問にも、ちゃんと答えるから安心してくれ。」
教授はすぐさま腕時計を見て案内する。
「ちなみに何時から待っていたんですか?」
一応聞いておきたい。
「10時だよ。」
は?2時間以上も待っていたのか?
「それは……なんか申し訳ないです……。」
「だから、言ったように私が時間を伝え忘れていたのが問題だったからね。それが自分に還ってきたと思っているだけだよ。」
教授は図書館の廊下を、昨日と同じように磨かれた革靴で、音を響かせて歩いていく。
「ふむ……。」
教授は腕を組みながらこちらに顔を向ける。
「そんなに睨まれると私も困ってしまうな。」
ん?俺は睨んでいないが……。
―――振り返ると……
「あいつ怪しいとかじゃなくて、もう危ないでしょ。」
サフィアは小声で俺の耳元に囁く。
「大丈夫だ。ちゃんと尋問してやるし。サフィアが教授に魔法を教わるときも、教授とサフィアの間に俺が入るから。」
サフィアは少し機嫌が悪そうだ。
「そこまでしなくても大丈夫……いざとなったら結界魔法であいつ弾いてやる。」
目は本気だ……。だが相手は魔法研究の最前線に立つような人間だ。正直、サフィアのレベルで太刀打ちできるとは思えない。
「まぁ。最悪そうするしかないね。」
と二人でこそこそ話していると。
「君たち。人の前でこそこそと悪口はよくないぞ?」
一言も言ってはいないのだが、教授からしたら悪口に聞こえたのかもしれない。
「教授は悪口言われ慣れてるんですか?」
苦笑いしながら、
「残念なことにね。同僚からもたくさん悪口を言われてきたが、結局、結果で黙らせるのが私の主義なのでね。そういう人たちはみな私の視界から勝手に消えていくんだよ。」
学会や教授の関係というのは意外にも殺伐としているのかもしれないが、それはこの人の性格や、この人の実績に嫉妬するものがいるからだろう。
「さて。私の研究室に行く前に、1冊本をもっていきたいのだが……付き合ってくれるかい?」
何の本かどうかはあとで訊けばいい。今はとにかく、はやく落ち着いた場所で教授を尋問したい。
「まぁ。一冊だけなら。」
「ありがとう。」
そういってサッサと書架を進んでいく。それに二人は歩を合わせて行く。書架と書架に挟まれ、本のにおいが体全体を包む。
『応用原理学』
この人も原理学を研究しているのだろうか……?
「教授は何を専攻されているのですか?」
すると教授は、
「私はね。高次魔法学だよ。」
まず、高次魔法学が気になるところではあるが、だとしたらなぜ応用原理学の本を一冊とる必要があるのだろうか。
――俺の本に対する怪訝な視線を見て、教授は教えてくれる。
「君たちは魔法の原理すら知らないと思ってね。そこから知ってもらった方が、話もしやすいだろうから。」
確かにこの世界の原理はよくわかっていない。そのあたりの解説者になってくれるのは助かる。
「御親切にありがとうございます。」
それが皮肉っぽく聞こえたのか、教授は普段の抜けた声ではなく、落ち込んだような声音になる。
「すまないね。」
ようやく教授が止まる。俺も止まり、後ろにつくサフィアがぶつかりそうになる。
「ごめん。」
「大丈夫。」
サフィアが先ほどからあまり元気がない。午前中パン屋で働いていた時は元気だったのだが……。もしやこれが男性に対する拒絶反応的なものなのだろうか。
―――それ以上に、男に毒を盛られたら不信感を抱くのは当然か……。
「サフィア。」
「なに?」
顔を上げるサフィアはむくれている。
「大丈夫だ。俺がついてる……何もできないけど。」
俺にできることは理論的に導き出すことぐらいで、何か特別な力が使えるわけじゃない。けれど、サフィアの足りないところを俺なら補えるかもしれない。
「最後の一言で台無しじゃん。」
そういって笑ってくれるサフィアだが、その目は笑っていないような気もして。
「もしあれなら、一人で図書館の中回っていてもいいよ。」
サフィアはそっぽを向いて、
「やだ。」
それもそれでいいだろう。
「じゃあ、離れるなよ。」
俺の一言に頷くと、再びくっついて歩き始める。
「うん。これだな。」
教授が取り上げる本を見てみると、
『基礎原理学と魔法学の発展 ~著者 ヴィッセ=ミア・ゾルタン~』
「君たちにはこの本が1番わかりやすいだろう。」
昨日俺が見た、勇者に関しての本よりもだいぶ薄い。というより、高校の時の数学の教科書ぐらい薄い。
―――著者……。ヴィッセ……?どこかで聞いた気がする……。
「サフィア君は粗削りな魔法の使い方だ。知っているようだがよくわからずに使っている、と言った方がしっくりくるかな?」
その通りだ。以前、原理を聞いた時はわからないと言っていた。
「そうですね。」
サフィアの代わりに相槌を打つと、再び教授は歩き始める。
「サフィア君に魔法を教えるのは君たちの質問に答えてからでも良いかな?」
後ろからついてきているか都度確認しているが、教授の視界に入らないように歩いている。
――またも、サフィアの代わりに答える。
「はい。時間的にはどれぐらいを想定してますか?」
教授は頭をかきながら、
「そうだな……君たちの質問がどれぐらい続くかによるが……。1時間ぐらいを考えてるよ。」
思ったよりも長くなくて助かる。長過ぎるとサフィアの集中力がもたなそうだし、何よりサフィアが教授を毛嫌いしているから、まともな時間にならない可能性を考えていた。
――余計なことを考えているうちに、再び教授の研究室に着く。
「それじゃあ。なんでも聞いてくれ。」
質素な椅子に腰をかける教授は、肘を膝の上に置き、前屈みの姿勢で俺らの質問にどっと構える。
「サフィアが先に質問する?」
サフィアは首を横に振り、小声でまた囁かれる。
「私はあの人の仕草とか全部見てるから、スイキは質問頑張って。」
ここでもしっかり役割分担を促すサフィアは、やはり賢いのだと俺は思う。
―――サフィアの目線が、教授の全身をとらえるように広くなる。
「それじゃあまず。」
「待ってくれ。」
教授が急に止める。
「いくら私が喋っても、真実性が欠けると言われては困るから、魔法陣を一つ作っておこう。」
と言って唱え始める。
「世の理よ。我が名、フォーアライト・シュミットにおいて無垢なる真言をここに誓い、誓約を破らばこの身を業火で灰とし、理に還元せんことをここに約す。」
発現した魔法陣は光を放たず、まだ陣形のみ。
「――Verpflichtung von Aufrichtigkeit.」
燧輝には理解できない言葉を耳で捉えた瞬間、魔法陣は光を放ち始める。
「我が言の真正を担保し、我が命を預かる理よ。我が『原』を代償とし、魔法を発現せよ。」
黄色と緑の魔法陣が電飾のように美しく研究室を支配したかと思いきや、教授の体内から青白い異光が出現し、眩い魔法陣に吸い込まれる。
「これで、私は、君たちに嘘をつけば灰になる。」
教授は唾を大きく飲み込む。この人は俺たちの尋問に本気で答えるつもりだ。
「じゃあ、試しに嘘ついてみてくださいよ。」
「流石にそれは勘弁してくれ。そうしたら君たちの質問にも答えられなくなってしまうぞ?」
今の言葉に嘘がないのかはわからない。仮に魔法陣が嘘であれば、今の言葉が嘘だった場合には教授は灰にならない。
――とにかく、真実かどうかはおいておいて、聞ける情報は絞り出してもらおう。
「じゃあ、一つ目です。昨日のケーキに何を入れましたか?」
教授は元の前傾姿勢に戻り、思い返すように考える。
「記憶に違いがなければ研究中の試薬だ。私の研究ではないがね。」
研究中の試薬。ただし、教授の分野ではない?ということは誰かに頼まれた。或いは自分の研究に協力してもらう代わりに試薬を服用させるように言われた。いずれにせよ、第三者が関与している可能性が高い。
―――それか、自分の研究の問題を第三者に濡れ衣を着させるか。
「どうしてサフィアに毒を盛ったんですか?」
すると教授は少し困惑する。
「毒?なにかまずいことでも起きたのか……?」
うむ……本当に知らないのかは定かではないが、教授の反応で嘘かどうか見てもらうのはサフィアに任せよう。
「昨日。サフィアが熱を出し、体調を崩しました。」
聞くなり教授は頭を抱える。
「そうか……それは申し訳ないことをした。サフィア君は大丈夫なのかい?」
教授はサフィアの方を見るが、当の本人は微動だにせず、敵の様子を伺う猫のようだ。
「今は大丈夫ですが、本当に問題ないのかまではわかりません。」
ハイリンネさんに治療してもらったのは俺だから、サフィアが盛られた毒の治療がされたわけではない。
「私もあの試薬が何なのかまでは知らされていないのだよ。」
だとすればその人は誰なのか……。
「ちなみにそれを渡してきたのは誰なんですか?あるいは……、」
教授を凝視して委縮させる。
「何と引き換えに、その試薬をサフィアに盛るように言われたのですか……?」
何でも答える。嘘偽りなく。そういっていた。だが……。
「すまない。何と引き換えかどうかは私からは語れない。しかし……、」
すべて答えると言っていたのは嘘だったのか?だが……?!
「計ったな……。」
そう。教授は魔法で自らの発言に嘘をつけなくなってからは、「何でも教えてあげる」などとは一言も発していない。昨日の約束の時に、あくまで口約束で、何でもと言っただけだ。自らの言葉の真正を保証していたわけではない。
「しかし、あの試薬はこの本の著者であるヴィッセから渡されたのだよ。」
ふむ。この著者がこの町にいるということか。確かに、ヴィッセという名はどこかで耳にしたような気がする……。
「そのヴィッセさんはどこにいるんですか?」
教授は悩み草を抱えているようで、
「それが私にもわからない。彼女は不意に現れてはいきなり消え。また現れるのだ……。本当に生きているのか疑うよ……。」
教授はため息交じりにヴィッセさんについて語る。
「じゃあ、二つ目です。」
教授は先ほどの話題から頭を切り替えようと、姿勢を正す。
「今さっき思いついた質問ですが……。」
これはある意味この人を信用できるかどうかの、教授の人間性に関する問いだ。
「なぜ、昨日嘘をついたのですか……?」
教授は目を見開く一方、スイキは教授の瞳の奥に隠れた本性を見抜こうと、目を細めている。




