第二十二話 静夜と騒朝
ドアとにらめっこを続けるスイキは、何か嫌な予感がしてサフィアの様子をもう一度確認して、タオルを変えようとする。
「マジか……。」
冷えていたはずのタオルが瞬く間に温かくなっており、ぬるま湯ぐらいの温度がある。
「風邪とかそういうレベルのものじゃない気がする……。」
再びドアの方を見る……。先ほどの気配はまだあるような気がして声をかけてみる。
「あのぉ。何か御用でしょうか?」
誰なのか、あるいは何なのかわからない以上、慎重である必要がある。しかし、扉の向こう側からは何も反応はない。
「のぞき穴あるし、確認してみるか……?」
いやでも……めちゃくちゃホラー映画みたいな展開になってないか?結構怖いんだが……。
―――トットット……。
「ん?」
先ほどの気配が消えた。一度サフィアの方を振り返る。まだ何かにうなされるようで早く助けてあげたい。
―――のぞき穴から見ようとした瞬間、1階へと階段を降りていく音がする。
「まさかね……。」
静かな201号室には何も起きていない。ただ、サフィアが苦しそうで、こちらまで心が苦しくなる。
「こういうときどうするのがいいんだ……。」
サフィアから目を離すわけにはいかない……。とはいえこのままではサフィアの体調が悪化しかねない……。
「あのおばあさん……。必要なら呼んでと言っていたけど、この状況じゃあな……。」
引き続きサフィアの看病に専念する。
「サフィア。水、飲めるか?」
サフィアは本当にわずかに頭を動かす。
「じゃあ、体起こすよ。」
寝ころんだサフィアの背中を右手で支え、左手でつかんだ水の入ったコップをサフィアの口に当てる。
「んくっ。」
少しずつ。でも飲んでくれている。
―――サフィアは、もういいよと言うかのように目をきつく閉じる。
「ごめん。ゆっくり下すからね。」
サフィアを再びベッドの上に横たわらせる。
「大丈夫だ。明日にはきっとよくなってる。」
―――サフィアの体温は高いままで、何度もタオルを変え、汗ばむ肌を拭き、意識がある時には度々水を飲ませる。時たまサフィアが苦しそうにしているときは、手を握ったりもした……。
「やばい……。眠くなってきた……。」
ここで寝てはサフィアの看病が続けられない……。
―――何度も落ちかける瞼をこするが、静かに、確実に、眠りに落ちる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――――――翌朝4時半ごろ。
「スイキっ!!」
スイキは全く動かない。彼の細い目元も、小さい口元も、何も。
「スイキ!!起きてよ……なんで起きてくれないの……。」
瞼は開くことなく、ただ呼吸しているような音。
「お願い……誰か……。」
「君たち、大丈夫か?」
突如聞こえるのは、どこかで聞いたような、厳しい女性の声。
「え……。何でここに……?」
「いいから、早くここを開けて。私なら彼を助けられる。」
女性の声は真っすぐ。でも、スイキのことを助けてくれると言ってくれてる。本当にドアの前にいる人は助けてくれるのかな……。
―――ガチャッ
「はい。」
今は悩んでいる場合じゃない。とにかくスイキを助けられる可能性があるなら、何でもする。
「ありがとう。」
女性が部屋に入ってくる。すらりとした細身で、折れてしまいそうな腕。私よりも細いかもしれない。
「少し待っていてね。」
そういうと彼女は魔法を唱え始める。
「世界の理よ。彼のものを癒し、救い、その不純なるものを取り除き、あるべき理へ還元させたまえ。―――ハイリンネの名のもとに、」
スイキの頭の上に眩い魔法陣が形成される。
「Weisheit heilen Vernunft !!」
女性の詠唱が終わると魔法陣は糸となってスイキの体に入っていく。
「これで大丈夫……なはず。」
女性は少し疲れた様子で声をかける。
「ありがとう。もうスイキは大丈夫だよね?」
「うん。」
スイキの胸元が少し動いたように見えて、少し安心する。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
―――朝6時ごろ
「ふわぁ~。」
大きなあくびと共に目を覚ますと、左手は誰かの手にやさしく握られている。
「おはようサフィア。朝から手をつなぎたいなんて、積極的になったね。」
俺はいつのまにかベッドの上に寝かせられ、傍らにはサフィアが俺の手を握り、さらにその後ろでは、見たことのある女性が立っている。
「スイキ!」
今度は、上体だけ起こした俺をサフィアが抱きしめてくる。
「おいおい。他の方もいるんだから……。」
とサフィアを落ち着かせるが、
「それどころじゃなかったんだよ。スイキのおかげで私は体調良くなったんだけど、今度はスイキが……。」
サフィアは体を寄せながら涙を流す。
「ごめんな。いや、サフィアの看病ぐらいなら大丈夫だろって張り切ってたら、油断してたわ。」
そう笑ってサフィアに笑いを誘うが、
「スイキまで失いたくなかったの……。」
その一言はサフィアの心臓を伝って、真剣に考えるように俺の鼓動に訴えかけてきた。
「うん。俺もサフィアのことを失いたくなかった。だから看病頑張ったんだ。だから、お互い様だね。」
サフィアの頭を撫で、少し湿った髪を指で解かす。
「お取込み中悪いけど、そろそろ本題に入ってもいいかな。」
女性は呆れ気味に、しかし誠実な声で。
―――俺らは頷いて耳を傾ける。
「君たちは、ある種の毒に侵されてた。」
―――毒?
「でも、俺もサフィアもポムスを一緒に口にしたぐらいで……。」
と言いかけたところで、昨日のことを思い出す。
「私、ケーキ食べたよ。」
そうだ、食べるのを拒否したが、いつの間にか全部食べていた、あれ。
「教授からもらったケーキ。」
教授が毒を盛る?そんなことあるのだろうか……。
「うん。可能性としてはあり得るかもね。」
女性は複雑な表情を浮かべ、何かを確信したようにも見えた。
「そういえば、貴女は……。」
ええと……教授の研究室を去る前に会った……ハイリンネさんだっけな?
「ハイリンネです。昨日、あの後つけさせていただきました。」
となると、昨日の晩、ドアの前にいたのはハイリンネさんだったのか……。
「いいえ。あなたのお力もあって助かりました。ありがとうございます。」
サフィアもお礼を一緒に言ってくれる。
「でもどうしてここに?」
素朴な疑問だが、いろいろ状況が状況だ。
「そちらの女の子から、異様な力を感じたのでついていくことにしたんです。」
ハイリンネさんはサフィアの方を見る。
「今はもうありません。効力が切れたのだと思います。」
効力?
「ある種の”毒”の?」
ハイリンネさんは同意を示しながら、
「毒と言っても、死に至らしめるようなものではなく。人の理性を弱め、本能に呼びかけるという質の悪いものです。」
しかし、本能に呼びかけることと、サフィアの熱に関係があるのだろうか……?
「じゃあ、サフィアはなんで熱を出したんだ?」
その問いにサフィアもうなずいている。普通、本能に呼びかけるとなったら獣のようになって見境が無くなるというのが考えられるが。
「サフィアさんは防御力が高いお方です。しかし、その制御についてはまだ未熟で、”毒”に対して過剰に反応しすぎて体力を短時間で相当奪われたからだと考えられます。」
非常に理路整然としていて、納得のいく説明だ。確かに教授はサフィアの防御力が高いことを話していた。だが、それを知っていながらなぜそのような”毒”を?
「なるほどな……。」
「ごめんねスイキ。私が……。」
サフィアが謝るよりも先に、
「サフィアの寝姿かわいかったから、ある意味ラッキーかもな。
―――痛てぇっ」
わき腹をつつかれる。
「いちゃついていないで、これからは用心してください。」
ハイリンネさんは再び厳しい声と目つきで忠告する。
「この町は、研究者が多いですが、時折滅茶苦茶な方法で実験や観察、検証をする人がいます。なので安易に名乗ったり、物を食べたりしないでくださいね。」
かく言うハイリンネさんは俺らに名乗っているが。
「助けてくれてありがとうございます。後ろから尾行されているなんて気づきませんでしたよ。」
「誉め言葉として受け取っておきます。」
彼女は静かに出ていく。
「とにかく、スイキが無事でよかった……。」
その言葉はそのままそっくり返してやりたい。
「サフィアが無事でよかった。」
「もう、マネしないでよ。」
と言って、笑いあう。サフィアの笑顔は、ずっと隣で見ていたい。だからこそ守り続けたい。心から思う。
「でも、俺はどうやってベッドの上に寝かせたの?重かったっしょ?」
「像でも持ち上げてるのかと思った。」
「それは言いすぎだから。」
こういうふざけたやり取りも、サフィアがこの世界で、俺と出会ってくれたからできている。そのことには、この世界に感謝しようかな。
「ケーキ食べたのは私だけだったからまだよかったけど、スイキが食べてたらもっと悲惨だったかもね。」
本能に訴えかけるタイプの毒とは、あまり想像がつかないが俺の本能が解放されたらヤバいことはわかる。
「サフィアのこと襲って食べてたかもね。」
深い意味はない。
「さすがに人肉は食べないでしょ。」
―――グルルゥ~
「おなかすいたな……。」
「そうだね。」
―――とあることを思い出したかのように、二人して時計を見る。
「「6時半!!」」
二人同時に、急いで身支度をする。




