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妄想と演繹 ~私の推論によれば、この村は明日滅びます~  作者: 松下村塾
第二章 見守りの地・リューベリヒ

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第二十一話 宿る

<<Hotel Schlummer>>


「すみません。戻りました。」


 一言声をかける。しかし、反応はない。


「あれ、いないのかな……。」


 サフィアも不安そうな表情になっている。ここまで来て、泊まれませんとなったら大変困る。大いに困る。そういうのが俺自身の顔にも出ているのがわかる。


「すみませーん。今朝伺った者なんですけどー。」


 全く何も音がしない……。いや……ん?


―――ガタガタ……。


 まさかそんなわけね。このホテルも最近は若い人が来なくなったとはいってもね……。


「部屋の掃除でもしてるのかな……。」


 その可能性を考えていなかった。俺らが泊まるとはいえ、何も準備しないのはあの老婆からしたら……?いやまて。基本的にホテルの客室の準備は、チェックアウト後の清掃と同時にやるはずだ。そうなら、今清掃していると仮定したら、先ほどまでここを使っていた客がいたということになる……。


「s、そうかもね……。」


 ダメだ。あまり気にしすぎるとまた、あの老婆に会った時に勘付かれる。


―――ゴトッゴトッ


 誰かが上の階から降りてくる音がする。

―――その音に不安を感じた俺は、


「サフィア。いったん隠れよう。」


 サフィアの手を取り、軽く引っ張る。

 外に出るという手もあったが、ドアを開ける音で相手に気づかれる可能性が高い。階段から入口、あるいは受付の死角になるような場所は……。


―――階段裏なら可能性はある。ただそれ以上に気づかれるリスクは高い……。


「まだ三階からゆっくり降りてきてる感じだ。行ける。」


「ちょっ、スイキっ。」


 少し強引に階段の裏側に回り込むと同時に、人差し指を口に当て、静かにするようにジェスチャーする。


「なっ。」


 こいつっ。


 スイキは右手で、サフィアの口を強引に覆う。


「んんー!」


 こいつはどうしてこんなに反抗心が高いんだ……。と呆れていると階段のすぐ上から音がする。


「久々に客が入ったものの、あまり収穫はなかったねぇ。」


 ゆっくりと、でも確実にスイキたちの真上に近づいてくる。

―――収穫?何を言っているんだ?あまりお金を落としていかなかったってことか?


「まぁいいだろう。あの子たちもそろそろ戻ってくるだろうし、あの子たちなら相当な量と質を確保できる気がするねぇ。」


 量と質?どういうことだ?お金に質は関係ないはずだ。


―――ギィィ、ダタッ


「しかし、さっき誰かが来ていたような気がするんだが……。気のせいかねぇ。」


―――ギィィィィ。


酷く軋む階段の音に、サフィアが耳をふさいでいる。


「さて。いったん部屋に戻ろうかね……。」


 階段を降り、受付よりもさらに奥の部屋へ遠ざかっていく音がする。


「もういい?」


 ほぼ密着状態のサフィアは恥ずかしそうに頬を赤くし、上目遣いで訊いてくる。


「もうちょっと待って。」


 決して、この状態のままがいいとかじゃなく。老婆が部屋に入る音がするまでは安心できない。


―――ギィィ、バタン……。


「よし。いったん出直そう。」


 そのまま老婆に話しかけでもすれば、いつからいたのか聞かれる可能性が高い。それに、さっきの感じだと、誰かが一度ここに入ったのを勘付いていたようだった。


「うん……。」


 サフィアの頬はまだ赤いままスイキに手をつながれる。


―――。


 静かにドアを開け、外に出る。


「なんかヤバそうな雰囲気だったな……。」


 サフィアに話しかけるも、反応が鈍い。


「大丈夫か?さっきから顔赤いけど……熱でも出た?」


 と額に触れて体温を確かめようと右手をかざしかけると、


「違うの。大丈夫だから。」


 と手をはねのける素振りもしない。


「サフィアが大丈夫というなら大丈夫なんだろうけど……。体調悪くなったらすぐ言ってな。」


 コクリと小さく頷くサフィアは素っ気ないけど、守ってあげたくなる。


「さすがにこの宿の前で立ち往生しているわけにもいかないし、改めて入りますかね。」


―――ガチャッ


「すみません。」


 奥の部屋から物音がする。今回ははっきりと聞こえたらしい。


「はぁ~い。」


 奥から出てきたのは今朝もいた老婆。もしかしたら他にも人がいるのではないかと勘繰っていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「戻りました。部屋は使ってもいいんですよね。」


 念のための確認。


「あぁ。この鍵を使いな。」


 と渡されるのは鍵の束。


「ええと……。どれですか?」


 と困惑していると、


「好きな部屋を使っておくれ。私は一度部屋に戻るから、何かあったら声をかけてくれ。それじゃあ。」


 とまたも奥の部屋に消えてゆく……。


「さすがにサフィアは別の部屋がいいだろ?」


 当然でしょ。と言われることを想定した質問だったのだが、サフィアは答えない。


「まぁ。部屋の広さを確認してからでもいいか。広くてベッドが二つあれば、一つの部屋に固まったほうが安全だし。」


 と言葉にするものの、実際このタイプのホテルであれば、ダブルベッドである可能性が高い。そして、割かしでっかいソファもあることが多い。


「うん。」


 先ほどからサフィアがこの調子だと、俺まで意識してしまって感覚がバグるぜ。



―――コツッ、ギィィ



 予想通りの床音。歩くたび、階段を上るたびにきしむ音がする。


「二階でいいか……。」


 三階だと何かあったときに窓から飛び出して避難するのが、各段に難しくなる。


「……。」


 サフィアが後ろからついてきていることを一度確認して、二階のフロアに出る。


「ええと。この鍵は……201……。ていうか、二階の鍵、201しかないじゃん。」


 まさかとは思うが、二階の客室はこの部屋一室なのか……?


「早く入ろうよぉ。」


 サフィアは吐息交じりに喋り、俺の腕にしがみつく。クソ……彼女だったら撫でまわしてたのに……。


「おう。」


 鍵穴に差し込み、右……。じゃなく左へ回す。


「開いた。」


 こういう時って、いちいち声に出ちゃうよね。と独り言を心にとどめ、足を踏み入れる。


「おぉっ。どうした。」


 部屋に入った途端、サフィアが背後から抱き着いてくる。流石にこの状況はまずい。本人の意思じゃない、と何かの直感。こういう時は大抵、第六感というのだろうが、それが警鐘を鳴らしている。


「サフィアっ。大丈夫かっ。」


 だいぶ意識が朦朧としている。それも……何かにとりつかれたように。


「いったんベッドに運んでやるか。」


 後ろから抱き着くサフィアの腕をゆっくりと引きはがし、意識が混濁しているサフィアの膝裏に右腕を、背中に左腕を回す。足に力を籠め、スクッと立ち上がる。


「軽っ。」


 え?町で足を踏まれたとき、めちゃくちゃ痛かったのに、本当に全体重なのか……?

―――思ったよりも容易に持ち上げることができ、想定通りのダブルベッドにゆっくりと下す。


「触れるよ。」


 額に手を添える。今度は拒否も何もなく。


「熱っ。」


 こいつ風邪ひいてるのか?それにしてはこのホテルに着くまでの間、そんな様子ではなかったはずなのに……。


「待ってろ、今お水とタオル持ってくる。」


 流石にこの手のホテルならタオルぐらいあるはずだ。


―――浴室へ向かうと


「あった……。でかすぎんだろ。」


 バスタオルではあまり意味がない気がするが、フェイスタオルぐらいのもの……。


「よし。あとは氷があればいいんだけど……。」


 と思ったが、日が完全に沈んで外が寒いことを考えれば、水道の温度も下がってるだろう。


「冷たっ。」


 こちらは想定よりも冷たい。けれど、このぐらい冷たければむしろ熱も下げやすい。


「お待たせ。」


 サフィアの額に冷えた水を少し含んだタオルをのせる。サフィアの表情は一瞬和らいだ。それを見て、念のため防犯上、部屋の鍵を閉めに行こうと歩く。


「手……。」


 サフィアの声が微かに聞こえ、振り向くとサフィアが左手をこちらに差し出している。俺は鍵を閉め、ベッドのそばに駆け寄り、左手を右手でとり、そして両手で包む。


「大丈夫だ。すぐ治る。」


 そうして安心させていると……。


―――「ん?」


 階下から音がする。


「そういや部屋の鍵、俺が全部持ってるから、あのばあさんどこの部屋にも行けないじゃん。」


 そう思った矢先、部屋の扉の前に誰かがいる気配がする。


 え……?あの老婆、足速すぎないか?普通の足腰でない限り、一階で物音がして今の一瞬で、201の部屋の前に来るのは難しい。


「これは……。大丈夫な奴なのか……?」


 振り返る。サフィアは寝ている。その顔を見られるだけで少し安心する自分がいる。けれど……。


―――眼前の扉の向こうは未だ、動かない。 

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