第二十話 働かざる者食うべからず
「ついたぁぁー!!!」
ここが仮に元の世界でいうドイツなのだとすれば、その西の隣国はきっとフランスだろう。
「バゲットやな。」
数本余っているバゲット。店の名前はわからない。
――さっきの前提が正しいならばフランス語で書いてあるはずだが、先入観でモノを見ると、もはやそれにしか見えなくなる。思考の檻に閉じ込められる。
「あんまり食べたことない。」
まぁ16年も村から出たことがないとなると、そうなのだろう。
「まだやってるっぽいね。」
「お店の人いるかな。」
木枠にガラス製のおしゃれなドアの前で立ち尽くすスイキを見た店主が、近づいてくる。
「やべっ。」
オシャレなお店とか行ったことないからめちゃくちゃ躊躇してた。しかもそれが店主にバレるとか1番気まずいんだけど……。
「お兄さん、どうしたんだ。」
中から出てくる、"まさにパン職人"という雰囲気を全く感じさせない、茶髪で翠の眼をした朗らかな女性。歳は……30代ぐらい?
「あ、ええと……。」
おいおい。ここで人見知り発動してどうすんだよ。サフィアも働くって言ってくれてるんだからしっかりしろっつーの……。
「ここで、働かせていただけないでしょうかっ。」
なんとか喉から言葉を絞り出す。異世界召喚って普通寝食は困らないパターンで、イベント系に主人公が右往左往するんじゃないのか……?
「ずいぶんと急なお願いね。」
そう思われるのも当然だ。だが、後ろにいたはずのサフィアも俺の横に並んで、
「お願いします。」
一緒にお願いするなんていつ以来だろう。
「うぅん……。」
女性は横髪をくるくると回しながら、悩んでいる。
「ダメですか……。」
隣で哀しげな声でお願いするサフィアを横目で見ると、その目を少し麗せている。
「仕方ないわね。」
「やった。」
サフィアがフライング気味で喜ぶ。しかし、
「と言うとでも思った?あたしはここで5年近くバゲットを売ってるけど、売れ行きはあんまり良くないからね。」
これは……つまり……?
「だから、賃金ははずめないよ。」
いや、それでもっ。
「大丈夫です。食べるものさえあれば……。」
「まぁそうね。確かに売れ残ったバゲットやパンは大抵食べきれなくて捨てちゃうし。」
よし。いい流れだ。それに、サフィアがここを選んだ理由もよくわかった。俺のいた時代はジャガイモよりもパンの方が食べられているようだったが、この世界の時代感を考えたら、パンよりもジャガイモが主流であることは想定できる。
―――そうすると、ドイツ国内でバゲットを売ったところで即完売とまではいかない。となると、あまったバゲットをもらえる可能性がある。
「サフィア……。そこまで考えてたのか……。」
存外、知力500以上というのも間違っていないのかもしれない。
「ん?」
サフィアは首を傾げ、不思議そうな顔をしている。
「本当にいいのかい?」
パン屋の店主は困惑と心配の声音で俺らに確認する。
「こちらこそいいんですか?こんな急に働かせてほしいって言われて……。」
普通に考えてみよう。いきなり知らない未成年らしき男女が店の前に突っ立っていて、話しかけたら「働かせてください。」といわれる。
――あり得るかと言われれば、今まさにその状況が生じている。しかし、もっとあり得るか謎なのはここで店主が断らない点だ。
「そうね……。でも最近辞めた子がいたからちょうどいいのよ。ありがとうね。」
誰かの助けになれる日が来るとは思っていなかった。大学生の時は惰性で、金のためにバイトをしていたけれど。こんな風に感謝されると、お金とか損得勘定は置いておいて。ただ助けたいと思うのはあまりにも都合が良すぎるだろうか。
「はい。よろしくお願いします。」
サフィアが先にあいさつする。
「よろしくお願いします。」
遅れながらもサフィアに次ぐ。
「うん。でも今日はもう店を閉めるし……。そうだ。」
女性は店の中に一度戻って。
「このバゲットは持って行って。だから、明日から。よろしくお願いね。」
そういって、笑顔で両手で渡してくれる。
「「ありがとうございます。」」
サフィアと俺は感謝を言葉にして。
「明日は何時に来ればいいですか?」
きっと始業は早いだろう。そんな覚悟を決めて。
「朝4時に私は来るけど……君たちは6時で大丈夫だよ。お店は7時からだから、遅れないようにね。」
はや……。
「わかりました!」
サフィアが元気に返事をしている姿を見ると、俺も頑張ろうと思える。
「それでは、また明日。」
「ええ。よい夜を。」
女性は朗らかで、すっきりとした笑顔で俺らを見送ってくれる。
「よし。そろそろ宿に行きますか。」
<<道中>>
―――「サフィア。やっぱり頭いいんだな。」
「どうしたの。急に。」
ここまでストレートにサフィアをほめるのは俺も少し気恥しいところはある。けれどそれよりも今はサフィアに感謝をしたい。
「ありがとうね。働いて、なおかつ食べ物ももらえるかもしれない場所を選んでくれて。」
サフィアは突然笑いだす。可愛い八重歯の左右にあるのが、笑った瞬間に見えた。
「なんで感謝されてるのっ、ていうか。私があそこのバゲット食べてみたいなって思っただけだしっ。ふふっ。」
前言撤回だ。サフィアはそこまで深く考えていなかったようだ。
「まあ、確かに。もしかしたら、もらえたりしないかなって思いはしたけど。まさか本当にもらえるなんてねっ。」
正直、今日はいろいろありすぎて、とにかくいったん情報を整理して、明日に備えたい。けれど、そんな悩みも、サフィアの楽しい笑い声と笑顔で、軽くなった気がした。
「ある意味、サフィアは運がいいのかもしれないね。」
というと、サフィアの笑顔に影が差したように見えた。頬の筋肉の、一瞬の収縮がそんな風に見えた。
「そんなことないよ。だってほら。」
そういってあのバングルを久々に見せられる。
「ジルコンが全然光ってないでしょ?」
ジルコン―――そういえば、二重屈折という面白い特徴をもっている宝石のはずだ。しかし、今目の前にしているジルコンは、全くその気配がない。
「たしかに……。」
ん……?まてよ。このバングルにジルコンがあって、さらに運がないよって話の流れからジルコンが光っていないのを見せられてるわけだから……。
「ていうか、運もステータスのうちのひとつなのね。」
一言ぼそりといったのがサフィアにも聞こえたのか、
「まだ知らなかったんだぁ。てっきりもう図書館で調べ終わってるのかと思ってたんだけどなぁ。」
これ……。煽られてる?16歳の少女に?
「あのなぁ。いろいろ調べようとしてたら教授につかまったんだよ。」
それに。俺はこの世界について知らないことが多すぎて、あの小一時間程度ではわかるはずもない。
「ていうかあんた文字読めるんだ。」
カチンッ。きっとキレる時ってこういう感じなのかと、思ったが、別に本気で怒るつもりはない。というか怒れない。
「なめすぎじゃないか?俺のこと。」
現代人として当然…………。なのか?そもそもここはドイツのはずなのに、なんで日本語が話されていて、文字として使われているのか知らない。それに俺はここの生まれでも育ちでもないことは、見た目で十分わかる……。
「そうだね。それは言い過ぎた。ごめん。」
そこまで素直に謝られたら許す以外にないだろ……。ずるいぞこいつ……。
「いいけどさ。あんまりこういうことは他人にするなよ?じゃないと友達出来ないからなっ。」
サフィアは前を向いたまま、
「別に。こんなこと言うのはスイキだからだし。」
心地よい夕風がサフィアの言葉を運んできてくれたような気がした。




