第十九話 禁書庫の戸閉
―――教授が去ってから1分。研究室を後にすると……
「お二人は教授の教え子で?」
背後から聞こえ、くっつくサフィアを背に回し、謎の女性に対峙する。
「いいえ。」
可能な限り口数は少なくし、こちらが情報を漏らさないように気を付けねば。
「じゃあ、どうして教授の研究室から出てきたのですか?」
詰問官のように、きつく、厳しく律するような声。その黒髪は法を束ねるように、綺麗に後ろでまとめられている。
「教授に招待されたので。」
意外な答えだったのか、彼女は眉をひそめるがすぐに取り直す。
「そうですか。」
「では……。」
女性は間髪入れず、
「帰すと思いますか?」
ううん。黒髪のポニーテールはすごく好みなんだけど、そこまでしつこいとなるとな……。と心で一瞬思いながらも。
「いや……。けど、あんまりしつこいと好きな男性に好かれませんよ。」
知らない男性からこういう言葉を受けるのは、相当のストレスがかかるはずだ。
「別にいいです。好意を持っている男性はいませんから。」
人の心に直接響かせるような声は、図書館の静謐さを保ちながらも淡々と耳に届く。
「言っておくけど。こいつは本当に、教授に研究室に呼ばれただけの一般変人だから。これ以上関わっても不快になるだけだよ。」
おいおいサフィア。それはフォローなのか?たしかに不快に感じるようなことは言ったけども……。
「というわけで、さようなら綺麗なお嬢さん。」
見た目は俺と大して変わらなさそうではあるが、一応。
「いいえ。あなたには私の質問に答えてもらう必要があります。」
はぁ。正直、今日はもう少し調べものして、情報を整理したいから、これ以上の面倒ごとに巻き込まれるのは御免被りたい。
「端的にお願いします。」
最低限の礼儀をもって対応するが、言葉に嫌だと書いてあるのは発話者である俺が一番よくわかる。
「教授はどんな方でしたか。」
は?どういうことだ?この人は教授のことを知っているわけじゃないのか?
「どんなって言われてもな……。」
サフィアが俺を見つめて答えられないのを勘づくと、代わりに答える。
「私に毒を盛る危ない人かな。」
本当かどうかは危ういが、サフィアさえもあいつのことを警戒しているのだ。
「そうですか。」
その一言にはどこか落胆と安堵が混じったような、謎の吐息だった。
「それじゃあ、俺らはいくよ。」
「あ、待ってください。」
女性はここにきて再び俺らを引き留める。
「なんですか……いい加減帰りたいのですが。」
少し呆れ気味に反応すると、女性はかしこまり、右手で左手を隠す。
「私はハイリンネ・クレマン。またどこかでお会いしたら。」
見た目こそ美しいが、その雰囲気に息を詰まらせ、窒息死してしまいそうになる。再会するのはたまにぐらいでいいかもしれない。
「僕はオイト・スイキです。ではまたお会いしたときに。」
サフィアのことはあまり表に出さない方が得策なような気がする。魔法を使えるわけだし、ここまで可愛い少女となると……話が広がれば、悪い奴が寄ってくる可能性も十分にある。
「オイト……。」
彼女は俺の名字をつぶやくと、何かを懐かしむような口元を一瞬見せる。
「サフィア。」
いずれ会うにしろ、今はもう用事はない。
―――そろそろ撤収だな。
「うん。」
<<図書館中央棟>>
「俺、もう少し調べたいことあるんだけど。いい?」
「いいよ。きっと調べたいことおんなじだと思うから。」
そんなことがあるだろうかと思いながら、再び蔵書目録を見る。
「あれ……。」
「ないね。」
ん?本当にサフィアと調べようとしていることが同じなのか?
「なんでわかるんだよ。」
「さっき言ったじゃん。同じだと思うって。」
そういうことじゃないんだが……。
「せーので言ってみる?」
「ここ図書館なんだけど……。」
サフィアに注意されるとは思わなかったが……。
「でも、司書さんに聞くときにわかっちゃうじゃん。」
サフィアはため息をつくと、
「じゃあ、小声でね。」
お互い頷きあい、二人の近い距離だけで聞こえるように、
「「せーのっ」」
―――お互い同じことだったため、その資料がどこにあるのか司書さんに聞いたところ。
「それは禁書に該当しておりまして……。当館の蔵書ではあるのですが、国からの開示許可決定またはそれに代わる権限を有する方の閲覧申請委任状がない限り、お見せすることはできません。」
マジか……。一番調べたいことが調べられないとなると、かなり限定的な情報整理になるな……。
「わかりました。ありがとうございます。」
踵を返そうとするとサフィアが、
「フォーアライト教授ならできますか?」
「それはお答えできません。」
きっと、開示権限のあるものに贈賄すれば情報を得られるという、政治等にありがちな事態を、図書館側が防ぐためであろう。図書館司書はマニュアル対応のように無機質だ。
「えぇ~。」
サフィアの肩を落とす姿に、もう少し聞いてみようと思わせられる。
「蒼閃の威光。」
「え……?」
図書館司書は戸惑う。
――そいつがいったい誰なのか、俺はわからないが、市長や教授が口にしていた人物だ。それなら確実。
「蒼閃の威光。その人なら、閲覧可能ですよね。というか、もはや閲覧せずとも全部把握してますよね。禁書の内容なんて。」
図書館司書は震えを抑えようと左手を抑えている。
「ええ。あの御仁であれば閲覧権限をお持ちです。」
周知の事実なのかもしれない、というかきっと誰でもわかる、当然の理だから隠す必要がないと判断したのだろう。
「そうですか。とはいえ、市長は流石にできないですもんね……。」
「これ以上私は、あなたがたのご質問にお答えすることはできません。」
そう来ると思ったからこそ。
「まぁ、質問してないんですけどね。」
図書館司書は無言のまま、先ほどまで続けていた作業に戻る素振りをしているが、額に汗ばんでいるのがわかる。
「では、また。」
あの反応の感じ、教授や市長に閲覧権限はありそうな感じだな。そうなると……肝心の教授から情報を引き出せなかったのは痛すぎる。
「そろそろ宿もどる?」
サフィアは珍しく上目遣いでものを訊ねる。
「いや、その前にサフィアが見つけてくれた働けそうなところに、行ってみようと思う。」
少なくとも生活する必要があるのだから、それぐらいはやらなければ。
<<市街道中>>
「私も一緒に働くから……。」
健気な子だ。きっと同い年だったら好きになってたかもしれない。けど、流石に相手は未成年。個人的な道義上、許されない。
「無理はしなくてもいいからな。」
「別に無理してるわけじゃないし。」
強がっているように見えるが、強くなりたい心の表れなのだと感じさせる表情で、過行く人並を見ていた。
「あれ。この十字路の角地だったっけ?」
サフィアが見つけてくれたパン屋さんを探す。
「違うよ。次のT字路の角地。」
「そうだった。」
日が沈み始め、街灯が少しずつ街道をともしていく。
「パン屋ってこの時間、もうやってないんじゃないの?」
パン屋の朝は早く、完売すれば閉まるところも多い。それゆえに、売り場が閉まっていたら働こうと交渉しようにもできない。
「ううん。夕方までやってるって書いてあった気がするよ。」
すごい。そこまで確認しているとは……。
「じゃあ、少し急ごう。間に合わなかったら面倒だしね。」
駆け足の影は、町の雑踏を素早く二人を追ってゆく。
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<<図書館・禁書庫>>
「そうなんですね。」
「あぁ。だからこそ。急いで会議を切り上げてきたのだよ。」
ほこりをかぶった、久しく開かれる禁書は日の目を久しく浴びていない。
『魔王と十三兇人』
「速の兇人……か。」




