第十八話 教授による享受
「まずは教授が聞きたいことからどうぞ。」
その方が時間的に優位に立てる。ある程度こちらの回答は簡潔にして、相手に聞く情報を最大限に引き出したい。
「そうか。とはいっても、聞きたいことはそこまで多くはないがな。」
教授は質素な椅子に腰かけ、肘かけに腕を置く。
「まず、サフィア君のことから聞かせてもらおうかな。」
サフィアは教授に向き直ると、普段とは違う、真面目な表情に変わる。
「はい。」
「まず、君はどうしてあの町から出たんだい?」
そんなの、魔物の襲撃から逃げるために決まってるだろ……。
「私一人では、あの町を守れないと思ったからです。」
サフィアの表情は変わらない。しかし、陰りはある気がして。
「それに、あの村には……兇人が来てた……。」
「なるほどな。」
と教授は少し納得する。が、
「君は自分の防御力が高いことは知っているね?」
サフィアは頷く。俺自身は全くそんなこと知らなかったため、少し驚いた。
「ということは、君は結界の魔法について、通常の人より魔力消費量を抑えた上で、高度な結界を作成・維持できたはずだ。それなのになぜ、魔物の襲撃ごときで、逃げ出してきたんだい?」
教授はさも簡単なことのように、魔物の襲撃について語る。
――正直、腹が立つ。けど、今はサフィアに対する質問だし、俺は魔法や、この世界のルールについて、教授よりも詳しくないから、何も言えない。
「いたのは速の兇人とウィンディヴォルフですよ。魔法だって使える可能性があるんです。勝てるわけありません。」
サフィアは苦し紛れの答えをひねり出す。
「そうか。でも、君ほど結界魔法の適性を有する者であれば、村から離れたらどうなるかわかるはずじゃないのか?」
――……は?どういうことだ?
「教授。それはどういう……」
サフィアも知らない様子だ。冷汗が肌を伝う。そんなことあってほしくないと願わんばかりだ。
「なるほど……道理であの村は滅ぶことなく。400年も存在し続け、そして昨日……滅んだわけだ。」
教授だけが状況のすべてを把握している。
「それは、話してはくれないんですか……。」
スイキがサフィアの代わりに問う。
「まだ聞きたいことはあるからね。」
教授はスイキを横目に、再びサフィアに質問を投げかける。
「君は、魔法を習いたいとは思わないかい。」
すると、サフィアはうつむいていた顔を上げる。
「誰に習うんですか。」
教授はサフィアから目を離さず、
――「この私だ。」
教授が、サフィアに魔法を教える……?
「一応私は大学教員だし、教えることぐらいはできるよ。基礎から応用。そして……、」
教授は一瞬だけ怪しい笑みを浮かべるが、その刹那は誰にも気づかれない。
「何より、研究中の魔法だって、現実に扱えるようになるかもしれないからね!」
嬉しそうに、希望に満ちたその声は研究室内の器具に反射する。
「どんな魔法なんですか……?」
サフィアは恐る恐る尋ねる。
「話を聞いた限り、まだ基礎も出来ていないようだし、今言ったところであまり理解はできないだろうけど……。」
もったいぶるが、思いついたように。
「まぁ、あえて言うなら。この世界を180度変えてしまうことができる代物かもしれないね。」
その言葉の真意はつかめない。しかし、あまりいい印象ではないとスイキは感じた。
「さて。サフィア君にはこれぐらいかな。それで、教えさせてくれるかい?」
サフィアは許しを得ようとするかのようにこちらを見る。
「サフィアが決めるんだ……。」
とはいえ、サフィアがこちらを見たのにも、俺のことを信じたいからだろう。
「それでも俺の意見が聞きたいっていうなら……。」
こちらを見つめ続けている。
「俺の意見は、教授に教えてもらうのがいいと思う。きっと、これから先、守りたいものを守ることができるようになると思うから。」
「君は随分と達観しているようだね。」
教授は感心しながらスイキの語りを聞く。
「わかった。教授。お願いします。」
丁寧な言葉で、サフィアが頭を下げる。
「こちらこそ。よろしく。」
とあいさつを交わすと、へそがこちらに向く。かけていたひじは、テーブルにのり、まるで要人と対談するかのようだ。
「それじゃあ、スイキ君。君には3つだけ問いたい。」
固唾をのむ。その一瞬がひどく長く感じられた。
「君は……。妄想の兇人ではないね。」
何のことかわからない。
「妄想の兇人の定義を教えてください。」
前提が共有出来ていない以上、答えられない。
「ふむ。学者として気を付けるべきことを忘れていたよ。すまない。」
一息置くと、
「君は、能力値が極限に達した妄想力を制御することができず、暴走状態に陥った兇い人間ではないね?」
これなら答えられる。
「妄想力は確かにカンストしているらしいですが、暴走状態ではないですし、悪いこともしていないので、違いますね。」
この世界では兇人という存在は、ひどく恐れられているのだろう。サフィアはこの話題から意識をそらそうと、ホワイトボードに絵を描いている。
「では、君は自分の妄想力がどうして極限になっているかわかるか?」
すこし焦っているかのように、教授の言葉が早口になる。
「いいえ。しかし、この世界で生を賜った瞬間からそうだと思います。」
なぜなら、
「最初に遭ったおじいさんにそう言われましたから。」
教授は今度は鼻の頭を隠す。
「わかった。じゃあ最後の質問だ………。」
空気が重くなる。なにか大事なことを問われるような気がして……。
――ゴクッ。
「君は……。この世界の人間か?」
まさかそう来るとは思わなかった。けれど、この答えはすでに出ている。
「―――そ―――。」
―――「教授!急いでください!」
ドアの外から研究員かだれかわからないが、教授を借り出そうとしている。
「今は無理だ。大事な用がある。」
するとドアの者が、
「それどころじゃありません!!市長と、蒼閃の威光がすでにお集まりです。教授が遅れては意味がないじゃないですか!!」
ドアはいつの間にかロックがかかっていた。どおりで外の者が入ってこれないわけだ。
「仕方ない……。君たち。」
とフォーアライト教授は白衣をただし、ネクタイを着ける。
「明日、再び図書館に来てくれないだろうか。君たちの質問にたっぷり答えて上げよう。」
と急いでドアノブに手をかける教授は、一度立ち止まる。
「サフィア君に教えるのは、明日からでもいいかい?」
―――ゴンゴンッ―――「いい加減にしてください!」―――まるで、教授だけの声が聞こえているように訴える。
「わかりました。また明日お願いします。」
サフィアの言葉を耳にして、ドアを開ける。研究員で在ろう者の怒りが研究室内に、その一瞬の隙間から流れて入ってくる。
「これで、少なくとも明日。また聞く機会ができたな。」
「ていうか。私、あのおじさんに魔法教わんないといけないの?」
サフィアは少し嫌そうだ。
「なんで?あのおじさんいい人そうだけど。」
正直裏がありそうな感じはある。しかし、現段階において、こちらに危害を加える様子はない。
「あの人、苦手。」
その割にはケーキなんてもらっていたが。
「あのケーキは何だったの?」
と問うと、
「わからない。最初は要らない。って言ったんだけど。一口食べさせられたらなんか全部食べちゃって……。」
「なんか、怪しい感じが出てきたな……。」
サフィアは俺の言葉に首肯する。
「絶対裏あるよ。私があの人に魔法教えてもらう時、スイキも絶対そばにいてね。」
と俺の右手を、その華奢な左手でつかむ。
「あぁ。もちろんだ。明日、教授と話すときは、俺の横で話を聞いててくれよ。」
サフィアはコクリと頷く。
「あと、絶対に買ったもの以外食べるなよ。毒でも入れられていたら大変だ。」
その一言は、疑うことによって得ることのできる、安心を体現したものだった。




