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妄想と演繹 ~私の推論によれば、この村は明日滅びます~  作者: 松下村塾
第二章 見守りの地・リューベリヒ

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第十八話 教授による享受

「まずは教授が聞きたいことからどうぞ。」


 その方が時間的に優位に立てる。ある程度こちらの回答は簡潔にして、相手に聞く情報を最大限に引き出したい。


「そうか。とはいっても、聞きたいことはそこまで多くはないがな。」


 教授は質素な椅子に腰かけ、肘かけに腕を置く。


「まず、サフィア君のことから聞かせてもらおうかな。」


 サフィアは教授に向き直ると、普段とは違う、真面目な表情に変わる。


「はい。」


「まず、君はどうしてあの町から出たんだい?」


 そんなの、魔物の襲撃から逃げるために決まってるだろ……。


「私一人では、あの町を守れないと思ったからです。」


 サフィアの表情は変わらない。しかし、陰りはある気がして。


「それに、あの村には……兇人が来てた……。」


「なるほどな。」


 と教授は少し納得する。が、


「君は自分の防御力が高いことは知っているね?」


 サフィアは頷く。俺自身は全くそんなこと知らなかったため、少し驚いた。


「ということは、君は結界の魔法について、通常の人より魔力消費量を抑えた上で、高度な結界を作成・維持できたはずだ。それなのになぜ、魔物の襲撃ごときで、逃げ出してきたんだい?」


 教授はさも簡単なことのように、魔物の襲撃について語る。

――正直、腹が立つ。けど、今はサフィアに対する質問だし、俺は魔法や、この世界のルールについて、教授よりも詳しくないから、何も言えない。


「いたのは速の兇人とウィンディヴォルフですよ。魔法だって使える可能性があるんです。勝てるわけありません。」


 サフィアは苦し紛れの答えをひねり出す。


「そうか。でも、君ほど結界魔法の適性を有する者であれば、村から離れたらどうなるかわかるはずじゃないのか?」


――……は?どういうことだ?


「教授。それはどういう……」


 サフィアも知らない様子だ。冷汗が肌を伝う。そんなことあってほしくないと願わんばかりだ。


「なるほど……道理であの村は滅ぶことなく。400年も存在し続け、そして昨日……滅んだわけだ。」


 教授だけが状況のすべてを把握している。


「それは、話してはくれないんですか……。」


 スイキがサフィアの代わりに問う。


「まだ聞きたいことはあるからね。」


 教授はスイキを横目に、再びサフィアに質問を投げかける。


「君は、魔法を習いたいとは思わないかい。」


 すると、サフィアはうつむいていた顔を上げる。


「誰に習うんですか。」


 教授はサフィアから目を離さず、


――「この私だ。」


 教授が、サフィアに魔法を教える……?


「一応私は大学教員だし、教えることぐらいはできるよ。基礎から応用。そして……、」


 教授は一瞬だけ怪しい笑みを浮かべるが、その刹那は誰にも気づかれない。


「何より、研究中の魔法だって、現実に扱えるようになるかもしれないからね!」


 嬉しそうに、希望に満ちたその声は研究室内の器具に反射する。


「どんな魔法なんですか……?」


 サフィアは恐る恐る尋ねる。


「話を聞いた限り、まだ基礎も出来ていないようだし、今言ったところであまり理解はできないだろうけど……。」


 もったいぶるが、思いついたように。


「まぁ、あえて言うなら。この世界を180度変えてしまうことができる代物かもしれないね。」


 その言葉の真意はつかめない。しかし、あまりいい印象ではないとスイキは感じた。


「さて。サフィア君にはこれぐらいかな。それで、教えさせてくれるかい?」


 サフィアは許しを得ようとするかのようにこちらを見る。


「サフィアが決めるんだ……。」


 とはいえ、サフィアがこちらを見たのにも、俺のことを信じたいからだろう。


「それでも俺の意見が聞きたいっていうなら……。」


 こちらを見つめ続けている。


「俺の意見は、教授に教えてもらうのがいいと思う。きっと、これから先、守りたいものを守ることができるようになると思うから。」


「君は随分と達観しているようだね。」


 教授は感心しながらスイキの語りを聞く。


「わかった。教授。お願いします。」


 丁寧な言葉で、サフィアが頭を下げる。


「こちらこそ。よろしく。」


 とあいさつを交わすと、へそがこちらに向く。かけていたひじは、テーブルにのり、まるで要人と対談するかのようだ。


「それじゃあ、スイキ君。君には3つだけ問いたい。」


 固唾をのむ。その一瞬がひどく長く感じられた。


「君は……。妄想の兇人ではないね。」


 何のことかわからない。


「妄想の兇人の定義を教えてください。」


 前提が共有出来ていない以上、答えられない。


「ふむ。学者として気を付けるべきことを忘れていたよ。すまない。」


 一息置くと、


「君は、能力値が極限に達した妄想力を制御することができず、暴走状態に陥った(わる)い人間ではないね?」


 これなら答えられる。


「妄想力は確かにカンストしているらしいですが、暴走状態ではないですし、悪いこともしていないので、違いますね。」


 この世界では兇人という存在は、ひどく恐れられているのだろう。サフィアはこの話題から意識をそらそうと、ホワイトボードに絵を描いている。


「では、君は自分の妄想力がどうして極限になっているかわかるか?」


 すこし焦っているかのように、教授の言葉が早口になる。


「いいえ。しかし、この世界で生を賜った瞬間からそうだと思います。」


 なぜなら、


「最初に遭ったおじいさんにそう言われましたから。」


 教授は今度は鼻の頭を隠す。


「わかった。じゃあ最後の質問だ………。」


 空気が重くなる。なにか大事なことを問われるような気がして……。

――ゴクッ。


「君は……。この世界の人間か?」


 まさかそう来るとは思わなかった。けれど、この答えはすでに出ている。


「―――そ―――。」



―――「教授!急いでください!」


 ドアの外から研究員かだれかわからないが、教授を借り出そうとしている。


「今は無理だ。大事な用がある。」


 するとドアの者が、


「それどころじゃありません!!市長と、蒼閃の威光がすでにお集まりです。教授が遅れては意味がないじゃないですか!!」


 ドアはいつの間にかロックがかかっていた。どおりで外の者が入ってこれないわけだ。


「仕方ない……。君たち。」


 とフォーアライト教授は白衣をただし、ネクタイを着ける。


「明日、再び図書館に来てくれないだろうか。君たちの質問にたっぷり答えて上げよう。」


 と急いでドアノブに手をかける教授は、一度立ち止まる。


「サフィア君に教えるのは、明日からでもいいかい?」


―――ゴンゴンッ―――「いい加減にしてください!」―――まるで、教授だけの声が聞こえているように訴える。


「わかりました。また明日お願いします。」


 サフィアの言葉を耳にして、ドアを開ける。研究員で在ろう者の怒りが研究室内に、その一瞬の隙間から流れて入ってくる。


「これで、少なくとも明日。また聞く機会ができたな。」


「ていうか。私、あのおじさんに魔法教わんないといけないの?」


 サフィアは少し嫌そうだ。


「なんで?あのおじさんいい人そうだけど。」


 正直裏がありそうな感じはある。しかし、現段階において、こちらに危害を加える様子はない。


「あの人、苦手。」


 その割にはケーキなんてもらっていたが。


「あのケーキは何だったの?」


 と問うと、


「わからない。最初は要らない。って言ったんだけど。一口食べさせられたらなんか全部食べちゃって……。」


「なんか、怪しい感じが出てきたな……。」


 サフィアは俺の言葉に首肯する。


「絶対裏あるよ。私があの人に魔法教えてもらう時、スイキも絶対そばにいてね。」


 と俺の右手を、その華奢な左手でつかむ。


「あぁ。もちろんだ。明日、教授と話すときは、俺の横で話を聞いててくれよ。」


 サフィアはコクリと頷く。


「あと、絶対に買ったもの以外食べるなよ。毒でも入れられていたら大変だ。」


 その一言は、疑うことによって得ることのできる、安心を体現したものだった。

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