第十七話 偶然と必然
教授が歩くたびに、コツコツと響かせる。綺麗に仕立てられたのであろう革靴は、館内を仄かに照らすランタンの光に輝いている。
「それで……。どこに行くんですか?」
大学の名誉教授、研究所の所長ともあろう人がこんな人間に興味が湧くとは……というか、忙しいはずなのでは?
くだらない考えを浮かべる。
「私の研究室は割とすぐだからね。」
これはつまり……魔法を研究している人の部屋に入ることができるということかっ?
「そうなんですね……。というか話は短めの方が助かると思います。待たせ過ぎるのも良くないので。」
流石にサフィアのことを放ったまま教授と話に花を咲かせていては、自分という人間性が廃れる。
「そうか。なら少し急ごうか。」
そんなに話したいことがあるのだろうか?そもそも会って数秒の人間にそこまで興味が湧くのが謎ではあるが……。
――30秒後
「ここが、私の研究室だよ。ほら、入って。」
と、なんの変哲もないドアの前に立たされる。本当にここが、研究所の所長の研究室なのかと疑うほどに、普通すぎる。
――それに、呼んでおいて客人に先に研究室に入らせるのはよくわからない。
「なんか、変な魔法とか仕掛けてないですよね?」
フォーアライト教授はニヤリとして、
「君にとっては魔法と思うかもしれないね。」
なんだその言い方は……。
スイキは呆れつつも、ドアノブを右手で掴み、回す。
「お、帰ってきたかな。」
あれ、既視感……。なんで俺が偶然行き当たる場所からはいつも、聞いたことのある声が聞こえるんだ?
「ただいま〜。」
ドアを開けると、俺の後ろでフォーアライト教授はまるで自分の家に帰ってきたかのように言う。
「なんで俺の行く先にいるんだよ……。」
と、スイキの視線の先にいるのは、碧眼をもった金髪の少女。
こちらはわざわざ待たせていないか心配して急いで来たというのに、こいつは呑気に研究室の中央テーブルでケーキなんか食べている。
「これ、どういうこと?」
スイキはよくわからないこの状況を理解するため、空間に問いを投げかける。
「この子が、君の連れで合っているね。」
フォーアライト教授は俺の質問には答えず、サフィアに確認の問いを投げかける。
「うん。合ってるよ。」
なぜこの2人が既に顔合わせしているかはなんとなく検討つく。だかしかし……なぜサフィアが彼の研究室でケーキを食べているのかが気になるのだ。
「なんでサフィアはケーキなんか食べてるんだ。」
そもそも初対面のはずだろう?そんな相手が自分の研究室でケーキを食べているんだ。フォーアライト教授もなんとか……。
「どうだい?そのケーキ。街で1番美味しいケーキ屋さんの人気No.1だぞ?」
あー……。そういう感じね。教授側があげちゃってるんだ。なるほど。そういうことね。
1人で疑問を解消していると、
「すごい美味しい。また今度同じ店の別のケーキ……食べたいな。」
サフィアは教授へケーキをねだっているようだが、流石に……
「いつでも来てくれ。ストックはたくさんあるからね〜。」
この人。本当に教授で所長なの?と思うぐらいにフランクで、人当たりが良くて、俺みたいな"変人"や人当たりのあまり良くはないサフィアに親切にしてくれる。
だからこそ、裏があるような気がして少し怖い。
「それで、どうしてここに俺とサフィアを呼んだんですか?」
教授は頬をかき、何か躊躇っている。
「そうだな……。本題にいきなり入るよりも先に、明らかにしておきたいことがあるんじゃないかな?」
確かに、なんでサフィアがいるのか、なぜサフィアと俺が知り合い同士だと知っているのか、仮にサフィアが俺のことを教えたとして、わざわざ2人を集める必要があったのか。
「なんか、話の主導権はこちらになさそうなので、好きなように話してください。」
と少し距離を置くと、
「そういう言い方をされちゃうと話す側も困るなぁ。」
「スイキもそんな冷たくする必要ないでしょ。」
そりゃ冷たくするだろ。いつもは誰にでもいがみ合うようなサフィアが、こんな50代ぐらいの研究所のおじさんと仲がいいんだ。意味がわからない。というか、俺とも仲良くしてくれ。
「はいはい。それで、サフィアと教授はどうやって知り合ったんですか……。」
ため息混じりの質問に、フォーアライト教授は
「君と似たような感じだよ。この16歳の女の子が、魔法についての本を探していたんで、喋りかけてみたのだよ。」
俺のいた書架から少し離れていたところとはいえ、気づかなかったのは落ち度だろう。
「そうなのか?」
とケーキを頬張るサフィアに振り向く。
「そぉだよ。」
もはや語る口のないサフィアは、研究室内の器具をじっくりと見ている。
「教授はロリコンなんですか?」
と少しイヤミを効かせる。
「はっはっは。」
教授は乾いた笑いをしてリズムを整える。
「私はどちらかというと熟女趣味だね。」
「あ、いや……そこまで聞いてないです。」
俺が真顔で答えると教授は、
「逆に君はどうなんだい……?」
またしても意味深な表情を浮かべる。
――サフィアのいる前でストレートなことは言えない。それに、教授の問いが……サフィアのことを好きなのかどうか、というのを言外に含んでいるような気がして、慎重になる。
「それを教授に教えてどうするんですか?」
「なるほど……じゃあ、仮にそれを手伝おうと言ったら?」
「それ」の意味が明確じゃない……。安易に答えれば相手の罠にハマりかねない。さらに、交換条件は必須だろう。そうなると、なおさらだ。
「いいえ。それよりもまず。2人を集めた理由を聞きたいですね。」
教授は顎の髭を指先で撫でる。
一方でサフィアはさっきの会話に対して、ゴミムシを見るような目で2人を見ている。
「ふむ……。まぁいいだろう。」
教授は立ち上がると、研究室にあったホワイトボードを持ってくる。
「君たちはここの人間じゃない。というか、この町の北方にある村の人だろう?」
まぁ正確には俺は違うんだけど、ややこしいのでそういうことにしておこう。
「昨日。その村が襲撃されたとの報告があってね。それで兵を派遣すべきかどうかを検討する会議があったのだよ。」
サフィアの眉が下がるが、すぐに元に戻る。
あの村はすでに滅ぼされたのだ……。
「とある、妄想力が極限値である者が、村から逃げるように呼びかけていたと……。」
それ、俺じゃん。
「はい。」
と挙手する。
「わかっているよ。君に話しかけたのは、君のステータスを確認した上でだ。」
―――教授の腕にはあのバングルではなく、1カラットほどの大きさの美しい宝石が埋め込まれた腕時計で、青く光り輝いている。
――視線を移すと……ホワイトボードに書かれる日本語……。本のときは考えもしなかったが、実際に人が書いているところを見ると、ドイツなのに文字は日本なのか……と思う。でも、一部名残があるところはあったよな……。
「君たちを呼んだのは、その妄想力を操る青年と、魔法を使える少女について詳しく聞きたかったからだ。」
村全体に呼びかけていたしな……。どこかでそれが広がってもおかしくはないのか。
「そこで……せっかくなら私から探しに行こうと思っていたんだがね。」
そういうのは警察的な機関がやるものだと思っていたんだが……。
「警察はいないんですか?」
「いや、今回については私個人が気になるから聞いているだけだよ。」
個人で……。
「もちろん。喋りたくないことは喋らなくても大丈夫だ。」
おそらく、これが教授の条件なのだろう。
「じゃあ、俺らが話すのに対して、教授は何をしてくれるんですか?」
教授は悩むことなく、その茶色の目を開いて、
「君たちが知りたいことを何でも教えてあげよう。」
「いくつでも?」
すぐさま反問するスイキ。すると、教授は笑いながら、
「はははっ。好奇心の強い熱心な大学生を扱っているようで、楽しいな。
――いいぞ。いくつでも聞いてやろう。」
その言葉には、どこか裏を隠している気がした。




