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妄想と演繹 ~私の推論によれば、この村は明日滅びます~  作者: 松下村塾
第一章 妄想の始まり

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第一章 閑話 カルトッフェル・カルトッフェル

<<新たな町にて>>


「そういえばさ。」


 ヘルト村で、アイラという蒼髪の女の子に、差し伸べた右手がなぜ拒絶されたのか、気になっていた。


「なに?」


 サフィアは毅然とした面持ちで歩く。


「村でさ。蒼髪の、アイラっていうめちゃくちゃ可愛い女の子に遭ったんだけどさ。」


 サフィアの声が邪険になる。


「それがどうしたの。」


 スイキはサフィアの態度に構わない。


「いやぁ。それがさ。なんかマンガみたいな出会い方したのにさ、転んだところを右手差し伸べて助けようとしたらさ、」


 サフィアは呆れ顔になる。


「サフィアの殺気だったような顔で拒否されたんだよね。なんで?悲しすぎない?」


 肩を落とし、頭を振る。


「場所によって風習が違うかもしれないから何とも言えないけど………。」


 自信はなさそうではあるが……俺の右手を握るサフィアの左手が強くなる。


「大丈夫、言ってみて。」


「少なくとも、うちの村では、左手は物を要求したり、もらったりするときに使うの。それに対して右手は、誰かに物を渡したり、人に手を貸したりするときに使うものなの。」


 ほうほう。風習にしてはかなりしっかりしている。対面しているとき、右手で渡し、相手はそのまま左手で受け取れる。他にも恋人同士が手をつなぐとき……?これは手をつなぎたいほうが左手で、それを受けるのが右手ってことか?

―――そうすると、サフィアはその風習に則って左手を出したわけか。


「なるほどね。だからサフィアは俺に左手を出して、金を要求してきたわけか。」


「そういうことだよ。」


「ついでに言えば、いま手をつなぐときも左だったよね?」


 サフィアの頬が少し紅潮する。


「別につなぎたいとかじゃなくて、癖というか、風習だし……。」


 まぁ。日ごろからそうしてたら勝手に出るよな。


「日ごろから慣れていることを指摘されても、あんまり実感わかないかもな。」


 俺も、前の世界で普通にしていたこと……例えばラジオ体操とかを指摘されても、困惑する。


「でしょ。だから、あんまりからかわないで。」


 少しの沈黙を終えると、


「これって、男女とかで意味が違ったりするのかな。」


 ドイツ語には、男性詞と女性詞があるほどだ。ポルトガル語では、男性に対してと女性に対してで言葉が少し違う。こういう風習にも男女によって異なる意味があってもおかしくはない。


「さぁ。少なくともうちの村ではそんなことなかったけどね。」


 サフィアの言葉に頷こうと、サフィアの方を見ると……


「お。カルトッフェルだ。」


 そこには村で見たものとは段違いの大量のカルトッフェル。たくさんの木箱に山盛りに置かれている周りには、客が押し寄せている。


「やっぱり主食なんだな……。」


 日本人の感覚では、コメが主食だからジャガイモが主食というのはイメージがあまり湧かない。


「そうだけど……。スイキは何食べてんの?やっぱり野草食べて生きてきたの?」


 随分と前のことを掘り出してくるな……。


「コメだよ。コメ。」


「……?」


 あれ。わかると思ったんだけど。それにドイツでもコメは売ってるって、ドイツ語の先生言ってたと思うんだけど。


「ライスだよライス。」


「あぁ。ライスね。」


 なんなんだ?言語一部バグってるところ、この世界欠陥じゃないか?


「思うんだけど、部分的に言葉が通じないの何なの?」


「いや、それ私のセリフね。いきなり何喋ってんのって感じだから。」


 サフィアからしたらそういう風に聞こえるのか……。


「あ!!ポムスあるじゃん!」


 ポムスって確か……。


「フライドポテトのことか。」


 そこには油でカリっと揚げられたポテトが、網で油をゆっくりと落としている。


「おいしそぉ~。」


 サフィアの頬は緩み、釣り目の普段とは違って少したれ目になっていて……可愛い。


「言っておくけど、俺は金持ってないからな。」


「そんなのわかってるから別にいいよ。少しはお金あるし。自分で買うから。」


 といって、彼女はポケットを探る。


「おじさん!ポムス1個頂戴!」


「はいはい。0,5€ね。」


 めちゃくちゃヨーロッパじゃん。通貨ユーロじゃん。なのにめっちゃ日本語じゃん。

――この世界の設定ちょっと、いやかなり雑だな。


「毎度あり!」


 売店のおじさんは、眦に笑いじわを作り、サフィアに揚げたてのフライドポテトを渡す。


「あちちっ。」


 うまそうだ。というか、この世界に来て、まともなものを2日ぐらい食べていない。というか、いろいろありすぎて、食べることを忘れていた。


「サフィア様……。」


 ここでサフィアに縋るのは少し、大人の男としてどうかと思うが……。流石に何も食べていない状態に気づいた以上、空腹は避けられない。


「なに。」


 とポテトを俺から遠ざけてこちらをにらむ。


「1本でいいので。恵んでいただけないでしょうか……!」


 まるで乞食だ。


「えぇ〜。」


 周りからはかなりおかしな目で見られているだろう。年下の少女にポテトをねだる年上の成人男性。

――普通に考えてヤバい。


「マジで、ここに来て2日間も口にしてないんだ。お願い!」


 と必死に頼み込んで頭を下げる。するとサフィアは――



「ん。」



 頭を下げたまま、顔だけサフィアの方を見上げる。

――サフィアはポテトを一本だけ右手でつまみ、差し出してくる。


「サフィア様!ありがとうございます!」


 心の底からの感謝を叫び、左手で受け取る。


「別に、私は一本もあげないなんて一言も言ってないし。」


 サフィアは綺麗な左手で、美しい金の糸を耳にかける。


「でも、ありがとう。」


「そんな畏まらなくていいから。」


 困っている誰かのために、差し伸べられる右手は、何よりも美しいと思った。きっと村での右手を差し出す意味として「与える」というのは、誰かのために自分自身を差し出すという意味なのかもしれない。

――にも関わらず拒絶された俺の右手は……なぜなのだろうか……。


「いただきますっ。」


 長いフライドポテトを一口食べる。ジュワッと広がる油と絶妙な塩加減。そして、揚げたてというカリッとした完璧な食感を、口全体……そして体全体に染み渡らせる。


「これ、無限に行けるな……。」


 この言葉が聞こえたのか、サフィアはポテトの入った皿をこちらに向けてくる。


「食べたけりゃ食べてもいいよ。」


 サフィアらしくないと言えば、サフィアには悪い。けれど、普段とは違う優しさがそこにあって、別人のように感じたことも間違いなかった。


「ありがとう。」


 サフィアの心が慈愛に満ちているかはわからない。けれど少なくとも、俺はサフィアの行動から、その心にある優しさを感じられた。


「喉乾くね。」


 まぁ、フライドポテトだからね。塩加減は丁度いいんだけど、結局喉は乾くものよ。


「水って買わないといけない感じ?」


「ドブ水でもいいならいいんじゃない?」


 それは勘弁してくれ。


「じゃあ、今はとにかく宿を探してそこでお水貰えないかも聞いてみるか。」


「どうだろうね。」


 サフィアも村以外のことはあまり知らないだろうし。


――「ごちそうさまでした。」


 フライドポテトを食べ終わる。あの後流石に遠慮してあまり食べなかったが、サフィアも食べろみたいな目で見てきたため、ありがたくいただいた。


「よし、食べ終わったし、行こうか。」


「そっちの手じゃなくて逆がいい。」


 ポテトの油を気にしているのだろうが、近くにあった紙で拭いたので大丈夫なはずだが……。


「はいはい。」


 そうして再び、町を歩き出す。

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