第十二話 燃え尽きて、泣き止んで
もう間に合わない。行ってもどうしようもない。そんなことはわかっている。だけど、それをサフィアには言えなかった。
「私、爺ちゃん助けてくる。」
折った膝から何とか立ち上がり、涙を腕で拭き、村を見る。
「嬢ちゃん。やめな。」
隊商が俺の代わりに言葉にする。
「今行ったところで何も残っちゃいない。あるのは悲劇だけだ。」
その言葉は冷たく、どこか他人事で。いや……。所詮他人事なのだ。もっと言えば、俺にとっても他人事だ。しかし、
―――サフィアはもう他人事とは言い難い。
「サフィア。」
俺が声をかけると、村に向おうとしたその足を止める。
「あんたはついてこなくていいよ。ありがとう。」
燧輝は誰かを失いたくなかった。奪われたくなかった。ただそれだけの気持ちだった。
「俺は、サフィアがいてくれたからこうして今生きてられるんだ。だから……。」
言葉を紡ごうと、何をどういえばいいか、はっきりとはしてないけど、それでもいえること。
「サフィアにも生きていてほしいんだ。」
サフィアはこちらに振り返り、涙ぐみながら怒る。
「なんであんたが、私に生きていてほしいなんて思うんだよ!!」
少し反抗気味に、サフィアが燧輝と距離を取る。
「なんでって…………。」
――それに合わせるように一歩ずつ近づき、サフィアの目の前に立つ。
「サフィア。お爺ちゃんを助けたいのはわかる。でも、もうこれ以上、自分を信じてくれない人たちのために戦わなくていいんだ。」
自分を信じても、称えてもくれない人のためにこんなに犠牲になっていい人なんて、この世にいてはいけない。
「だってさ、サフィア……。ずっとこの村を守り続けてきたってことだよね。それって、あたりまえにできることじゃないし、褒められる、というか、感謝されないといけないことだと思う。」
感謝してくれる人がいたのに、頑張らなかった俺の正反対で、この子は感謝されなきゃいけない。そう思った。
「だからこそ、ありがとう。」
燧輝が感謝する。それに困惑するサフィア。
「なんで……なんでお前に感謝されないといけないんだよ………!」
その声と表情は、困惑と、安堵と、不安が入り混じった、複雑なものだった。
―――サフィアは顔を隠す。
「なんで……なんで今なんだよ……。もっと早く……。もっと、早く来てくれれば……。」
「サフィア。別に俺は、この村と関係が深くはない。それに変人扱いされて、あまりいい気分じゃなかったよ。けど、なんだかんだよくわからない俺にさ、」
サフィアは目にいっぱいの涙を浮かべる。
「この世界のことを初めて教えてくれた、優しい人だから……生きていてほしいって思うのは、そんなに不自然かな。」
燧輝がサフィアの髪を撫でる。
「ここで村に行かなかったら……私の16年はなんだったの……?」
あふれ出た涙がひとつ、またひとつ頬から落ちてゆく。
「俺は、サフィアの16年を見てきたわけじゃない。むしろ、アンファーゲ爺の方がずっと見てきたと思う。でも……少なくとも俺は、サフィアに助けられてる。」
実際にそうだ。だから真摯にサフィアに言える。
「サフィアがいなかったら、俺はもう死んでたかもしれない。その意味で、サフィアは俺の命の恩人なんだ。」
サフィアは目元を覆い、声をあげて泣く。
「私は……信じてくれる人だけ助けられれば良かった……。けど…………できれば本当はみんなを助けたかった。目の前に……危ないってわかってるのに!何もできなかった……。」
悲痛すぎる少女の叫びは、朝の太陽を雲に隠す。
「何もできなかったわけじゃない。何とかしようと頑張った。けど、俺らにはどうしようもなかった。」
だからこそ、
「二度と、同じような悲劇が起きないように……。誰も悲しまないようにするために。自分を犠牲にして何かを守ろうとする人が褒められるために。俺ら自身が強くなるしかないんだ。」
サフィアはうつむいたまま、
「じゃあ、これからどうしろっていうの?村の外に出たことのない娘と、わけわかんない変人二人で、なにができるっていうの……。」
何もできないわけじゃない。何かを始めて、何かができるようになるまでやれば、何かはできるはずだ。
「まずは俺の場合、ステータスについてもっと知識が必要だ。あと、サフィアは特に、攻撃魔法やら、基礎的なことを学ぶしかない。」
「それで爺ちゃんたちはどうするの。」
まだ前を向き切れていないサフィア。
「まずは、他の町や村に、救出してもらえないか聞いてみよう。それが無理だったら……。」
こんなの無理が前提だ。
「強くなってから、あの村に還ってくるんだ。そして、ちゃんと村の人のこと、爺ちゃんのこと、弔ってあげよう。そのために、いろんなことを知っていこう。」
人は立ち直るため、前を向くためには少なくとも目標が必要だ。だから、困ったときは目標を明確にしなさい。そうすれば、目標のための道筋を考えているうちに、悩んでいたことは過去のことになる。
―――父はあきらめの悪い大人だった。
「……。」
ある程度落ち着いたのか、サフィアは着ていた外套を脱ぎ、セーターのように編まれた服になる。
―――近くにくべてあった焚き木に外套を投げ、手を合わせる。隊商は目を閉じている。
「おいっ。何やってんだ。」
するとサフィアはこちらに振り向くことなく、ただ祈り続けている。
―――パチパチッ―――焚火がはねる。
「お爺ちゃんにもらったもの。ひとつ燃やすの。」
そういって自らの服をつまむ。
「亡くなった人からもらったものは、作ってくれた人の魂が宿るの。だから、ちゃんと天国に行けるように。」
そうして、外套は燃えていく。
「しばらくこうさせて……。」
サフィアはセーターの端を握りしめ、目を閉じ、涙が火で煌めく。その痛ましい姿を忘れてはいけないと思った。
―――数十分後……外套は燃え尽きる。
前を向く。それは難しいことだし、困難の方が多い。それでも、泣き止み、前を見て、立てるのなら。
「行こうか。」
隊商に別れを告げ、歩く。隊商はサフィアを止めてはくれたが、それ以上深入りしなかった。それがなぜか、前の世界の”大人”と似ていて、いやな気分だった。
―――雲間から漏れる陽光は二人の通った後を照らし、追っていく。
――――歩き始めて二時間程。
<<道中>>
「いったん休憩するか。」
木が何かによって倒されている。あたりは森を抜け、一時的な草原ができているが、ところどころ倒木があり、そこから草花が生え、木々と地面を覆っている。
「うん……。」
サフィアはまだ完全には立ち直れていない。それもそうだ。幼少期につらい経験をし、それを背負って守り続けてきた村と、おじいさんを、守り切れなかったのだから……。
あの時、サフィアを残すべきだったのだろうか。サフィアだけであの村を守り切れただろうか。俺には何ができたのだろうか……。自問自答しようとしても、答えが見つからない。様々な情報も調べる余裕がなかった。
―――たとえ知れていても、守れただろうか……。
「スイキ……?」
知らぬ間に、サフィアが倒木に腰を掛け、隣にいる。
「ごめん。」
それしか言えなかった。でも、こんな謝罪が、ただの自己満足、ただ謝りたいだけという自己中心的な考えが、謝罪となって口から出る。
「スイキが謝ることじゃないし……。それに、もう戻ってこないだろうから。」
その目は後悔と懺悔と、辛苦に満ちている。
「……。」
なんといえばいいのだろう。俺は身の回りの人間が亡くなったことがなかった。だからこそ、その痛みが……わかりづらいというか、現実味がない。こういうときにどういう言葉をかければいいのかも、わからない。
風が吹き抜けていく。
―――「爺ちゃん……。」
その声と視線の先は、北に燃えるヘルト村。
「マヒトおじさん……。」
その声は次第に震える。
「なんで……なんで、私が残るの……。一人は……やだ。」
サフィアはずっと一人だったのかもしれない……。それがどこか、自分にも似ている気がして。
「サフィア。」
優しく、それでも強く。前を向けるなら。
「俺も一人だった。けど、サフィアがいれば一人じゃなくなる。サフィアのつらいことを俺にも背負わせてくれ。」
空の雲は流れ去り、太陽が少しづつ顔を出す。
「俺はサフィアの隣にいるから。」
その言葉を聞くと、俺の頬を人差し指で思い切り突き、サフィアの顔が見えなくなる。
「馬鹿じゃないの?ずっとあんたが隣にいるとか勘弁してほしいんだけど。」
涙をかむような声だけど、普段のようで。
「それは凹むわー。」
としょげて見せる。
「別に……。私はスイキの隣に”仕方なく”いてあげてるだけだし。」
と強がるサフィアもかわいくて、むしろこっちの方が安心感がある。
「へぇ~。結構世話焼きなんだな~。」
「うっさいっ。ほら。さっさと次の町目指すぞ。」
そうして立ち上がるサフィアは、背負うものは変わっていない。けれど、背負うサフィア自身は変わったような気がした。




