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妄想と演繹 ~私の推論によれば、この村は明日滅びます~  作者: 松下村塾
第一章 妄想の始まり

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第十話 私の推論によれば、この村は明日滅びます

<<ヘルト村・中央広場>>


「よし。まずはマヒトおじさんのところだな。」


 サフィアも協力して村の人に避難するように言ってくれることになったが……。なぜか、申し訳なく感じつつ。


―――それでもやるべきことは明確だ。広場からほど近い場所に、店を出している以上、近くにマヒトおじさんの家もあるはずだ。


「マヒトおじさん!いますか?!」


 夜ではあるが、叫んでみる。緊急事態なのだから、仕方ない。


――。


 冷たい風が吹きつける。


「いないのか?」


 いや、あるいは畑の近くに家があって、ここは単に売るだけの場所の可能性もある。


「近くの家の人に、避難するように声かけつつ、マヒトおじさんの家を探るか。」


 その方が効率がいい。


――「すみません!どなたかいらっしゃいますか?!」


 レンガ造りの、割と新しい家を訪ねる。


「なんですか?こんな時間に。」


 かなり不機嫌そうな若い女性がランタンらしきものをもって出てくる。。しかし、そんなことを気にしている場合じゃない。


「この村は危険です。今までとは異なるほどに。すぐに南の方へ一緒に逃げましょう。」


 サフィアの結界で一斉に逃げた方が、安全だからこそ、単独で逃げるより、みんなで逃げた方がいい。これにはサフィアも賛成だった。


「何を言っているんですか?あなた……異邦人ですよね、その身なり顔つき。ここの暮らしを知らないのでしょうが、自分の生活が第一なのはあなたもわかるはずです。おかえりください。」


 そういって、扉を閉めかけられる――


「まっっ。マヒトおじさんの家は知ってますか。せめてそれだけでも。」


 ため息をつくと、戸に手をかけたまま、


「ここの二軒左です。用が済んだならいいですか?明日、朝早いので。」


「そうですか……。」


 『明日は早い』という強い今に、俺は言葉が出てこなかった……。


「こんなんで大丈夫か?」


 まぁ。少なくともマヒトおじさんの家はわかったからそれだけでもプラスだ。


――えぇと、二軒左……。ここか。


「すみません!スイキです!マヒトおじさんいますか~!」


 すると隣の家の窓から、老爺が顔を出す。


「うるせえぞクソガキ!」


 やばい奴だ。しかし、構っている余裕はない。


「あなたも早くこの村から避難してください!死にますよ!」


 スイキの言葉を聞いて、老爺は頭のしわを増やす。


「……!貴様のしょうもない弁舌なぞにだまされるか。」


 大きな音を立てて窓を閉める。


「はぁ。」


 しかたない。そういう場合もある。

 そうして自分を納得させてあげるしかなかった。


「というか……マヒトおじさん!マヒトおじさん!」


―――ドアを開けようと試みる。


「開いた……。」


 ここまで来て引くわけにもいかない。


「マヒトおじさん!大丈夫ですか!」


 部屋にずっと置かれていたのであろう何かが、タンスの上で日焼け跡をつけている。


「にしても、照明になりそうなものもないのか……。」


 ここにはいない。少なくとも、この家にいた形跡はある。だが、戻ってきそうな気配はない。


「僕です!スイキです!」


 全く返事もない、音もしない。しいて言うなら、枯れ葉の風に流れていく音ぐらいだ。


「これはまずいな。」


 少なくとも俺が助けたい人が、ここでもう無理なのか……。


「サフィアの方は、うまくいって……なさそうだな。マヒトおじさん曰く、あんまり大人たちはサフィアのことを好きじゃなさそうな感じだったし……。」


 しかし、それは諦める理由にはならない。


「とにかく、俺も可能な限り全員の家を訪ねて、避難するように言わないと。」



――――30分経過



「クソッ。なんで誰も信じてくれないんだよ。」


 どこに行っても、「そんな話があるわけないだろう。明日早いんだよ。」、「この村は勇者様の村だ。お前の妄言に付き合ってる暇なんてない。」、さらには「サフィアからも聞いたよ。ついにあの子は変人まで雇い始めたか。」なんて言い始める老婆もいた。


 なるほど、これが長老の言う、”今の生活”なのか。勇者という存在。400年も前の存在にいつまでもしがみついている、しかしその真実に目を向けることなく、あるいは真実から目を背けて”今”を生きる人々。


 雑草の生えた道にねじ込んだ足を戻す。


「サフィアといったん合流するか。」


 連絡手段がない。だから、歩きながらメモしていた。


――サフィアは3分ほど前、中央広場から西の数軒を回っていたらしい。

―――サフィアはほんの数十秒前、中央広場に来ていたらしい。


 となると、サフィア自身もこの広場から各方面に向かっているのだから、ここで待っていればいずれ合流できるはずだ。


―――と考えて数秒後……。


「スイキ。」


 とこちらに来るサフィア。


「どうしたんだ。」


 とさすがの俺も困惑する。サフィアは息を切らし、心が混じる吐息が漏れる。


「私、もう無理。誰もあたしの言うこと信じてくれない。だからもういいよ。」


 その目は助けられる命を前にし、本当は諦めたくない感情が滲んでいる。


「ありがとな。一緒に伝えてくれて。本当は嫌だったはずなのに。」


 サフィアはその碧眼を閉じて、


「あたしはやれることをしたよ。」


 うん。やっぱりそういうことなのだろう。みんな勇者ばかりを信じている。


「俺もやれることはやった。俺の言っていることに説得力がないだけだったんだ。」


 俺の言葉に、サフィアは語り掛ける。


「私はあなたのこと……信じるよ。これが正しい選択だったって、そう思いたい。」


 サフィアの言葉は揺らぐことなく、まっ直ぐで、透明なまま、心に染み入る。


「じゃあ……最後は……。」


 と、村の中央広場だからこそ、最後にできること。円形状に立ち並んだ19軒48人の家に届くように。



「私は今朝、この村に来たオイトスイキと言います。夜分遅くに失礼いたしますが、どうぞお聴きください。


―――私の推論によれば、この村は明日滅びます。


 先ほどまで、皆々様のお宅に御忠告させていただきました通り、この村は明朝までの間にウィンディヴォルフに襲われる危険性が高いです。」


 燧輝は昼に見た、北の結界の魔法陣の方角をみる。何も見えないが、何かがいる気がして鼓動がやまない。


「その根拠もいくつか挙げさせていただきました。速の兇人の存在。村周辺に残る不自然な穴と大きな水たまり。そして結界の一部破損。これが導く答えは、ウィンディヴォルフによる夜襲です。」


 そして、勇者像に目をうつす。


「それが、仮にも事実であれば、この村は持ちません。そもそも、勇者の作り出した結界など、すでになく。今までずっとシュッツァー家が結界の継承に携わってきました。その継承者、サフィアでさえも、この夜襲での勝算を半分もないとしているのです。だからこそ、今一度皆にお伝えしたいのです。」


 まぎれもない本心。


「この村は明日滅びます。けど、村の人たちには明日を生きてほしい。だからお願いだ。」


 理知的でも、理論的でもない。ただの妄想かもしれない。けれど……助けたい!!


「一緒に避難してくれ!」


 

―――長い演説。その末に拍手も、喝采もなく。村に響いたはずの燧輝の声を風が流していく。



「うん。私はスイキのこと……信じるよ。」


 サフィアだけが唯一の観衆であり、避難者であり、仲間だ。


「つまり……それは……。」


 一瞬の沈黙を残して、


「うん。この村の人たちは、きっと何を言っても聞いてくれないと思う。勇者の像が守ってくれるって、信じてるから。」


 サフィアの瞳に映る勇者像は、月明りを反射している。


「じゃあ、サフィアは俺についてきてくれるということで、いいんだね?」


 最終確認。これが済めばこの村を後にする。


「だからそういってるでしょ。」


 その顔は嘘も虚勢もない、純粋な少女だった。

―――燧輝とサフィアは村の南へ足を向ける。


「絶対に俺は、サフィアは間違ってなんかいないのにな。」


 その一言だけが、自分の心を縛って、窮屈にする。助けられたはずの命。目の前にした”今の生活”。それを天秤にかけても、どちらに傾くかは、その人の生き方、育ち方、考え方による。


 それを十分に理解していたのに……この村の人たちの”勇者信仰”は生活の一部だとわかっていたのに、諦められなかった。だから、最後のあがきをするしか心の靄を晴らす方法がなかった。はずなのに……。


「それでもこの靄は晴れないのか……。」


 そうしていつの間にか、村の南。


―――華奢な少女は、小さな足取りで青年にぴたりとくっつく。


「少し急ごうか。」


 先を急ぐ二つの足跡は、村の南に向って行く。

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