第九話 死線まで
「なんであんたが知ってんだよ!」
サフィアが騒ぐ。
「村の人に聞けばわかることだろ。長老の家はどこって聞いたら、サフィアがいただけだよ。」
と本当のことを話すが、
「ぜってぇ嘘だ。このロリコン野郎。」
サフィアは俺の言葉には興味なさそうにののしる。
――一度深呼吸をする。頭に上りかけた血を、鎮め、自律神経を整える。
「サフィア、今はそれどころじゃないだろ?」
俺も、サフィアがなんで長老の爺さんの家にいるのか全く分からない、というわけではないが、気になっている本心を抑え込む。
「そんなのわかってるよ。」
燧輝は長老に向き直る。
「それで?」
長老は顔を出してから一切表情を変えていない。
「この村に危機が迫っていることは、サフィアから聞いてますか?」
長老は何もしゃべらず、ただ頷きつつ、家に入るよう促す。
「速の兇人とウィンディヴォルフ……まぁ。大層なことだ。」
長老は何かを察したように話す。
「この村は、大丈夫なのですか?」
「速の兇人がいるのであれば、何をしても無駄だ。あいつに追われたら最後。一瞬で追いつかれ、瞬時にバラバラよ。」
長い耳たぶを触る長老は、とんでもないことを言い出すが、すべて事実なのだろう。声に芯がある。
「じゃあ……。」
「けど、あいつは今ここにはいないよ。」
サフィアが自信たっぷりで口を動かす。
「なんでそんなこと言えるんだ?」
当然の疑問。サフィアにそんな能力があるのだろうか。
「勘。」
おい。ふざけてる場合じゃないぞ。
「だが、こいつの勘は意外にも当たるぞ。今朝だって、村周辺が騒がしいと聞いて、半信半疑で見に行ったらお前さんがいたんだ。」
おいおい。マジかよ。
「じゃあ、仮に速の兇人なしで、ウィンディヴォルフだけだったとして……勝算はあるんですか?」
長老は一瞬の迷いののちにその首を振ることなく、淡々と述べる。
「勝算はないことはない。しかし、可能性としてはかなり低いと考えた方が無難だろう。」
かなり低い確率にかけるよりも、より確実な手段をとった方が合理的であるのは間違いない。
「てことは、襲撃される前に逃げた方がいいのでは?」
自分としては当然のことを口にしていたつもりだが、サフィアは反論の構えだ。
「私の力ならこの村を守れる。」
その声に不安と心配の心情が含意されているが、燧輝はそれに意を介さず長老に相談する。
「あなたから村の人たちに……今日中なら隣村でも何でもいい。とにかく安全な場所に避難するように勧告できないですか?」
弱い月明りと蝋燭の火に照らされる長老は眉一つ動かさず、音のしない爪弾きを繰り返す。
「儂はあくまで長老。特に何かできるわけでもない。それに、儂が避難するように言ったところで、彼らにとって、今ある生活がすべてじゃ。避難したところでどうする?新しく仕事を見つけろとでもいうのか?それともお前さんが仕事を持ってきてくれるのか?」
その言葉の重みを燧輝は十分に理解していた。だからこそ、俺自身も、サフィアもみんな、選択を迫られている。
サフィアも長老の言葉に頷いてはいるが、どこか納得できていない。
「じゃあ、今ある生活は、自分の命あるいは大切な人の命を投げうってでも、守り抜こうと藻掻く程のものですか?
――もちろん、なんでも最初は大変です。けど、命がなくなれば新しく”今ある生活”を始めることすらできませんよ。」
サフィアは一度長老を見て、再び燧輝を見るが、何も言わない。
すると長老は、
「なるほど。お前さんは自分の、この村が滅びるという『妄想』を信じているのだな。
――このままでは議論は平行線じゃ。好きにするといい。」
静かな村の夜に、風が鳴く。
燧輝を見限る長老に、ストップをかける。その動きで、扉を灯す蠟燭が揺らめく。
「待ってください。長老、あなた自身も魔法が使えますよね?」
着ている服は今朝の物とは異なり、こぎれいな物になっている。が同一人物であることはわかる。
「基礎的なものしか使えんし、その原理もわかってない。ただでさえ魔力量が下がっているのに、これ以上老人を酷使するつもりか?」
そういうつもりではないが……。でも魔法が使えるなら結界のことも知っているはずだ。
「いいえ。そうではなく、結界について知りたいんです。この子、サフィアが作った結界について。」
そういうと、長老は背を向ける。
「それを聞いてどうする?お前さんに結界が扱えるとでも?」
正論だ。しかし、結界を知れば何らかの対策が立てられるかもしれないのだ。
「いいえ。そうではなく、ただ助けたいんです。」
長老は背を向けたまま、
「いえることは一つだけじゃ……。結界は代々、シュッツァー家が継承している。それだけだ。あとはどうするか、儂は干渉せん。好きにしろ。」
長老の手の灯が、細々とその影を作りながら、奥の部屋へ消えていく。
――もう一度止めようかとも思ったが、その背中にはサフィアに似た重さがあった。
「もういいでしょ。爺ちゃんはこの村で生きることを決めてんだ。」
サフィアに諭され、下を向く。どうすればいいんだ……。
「サフィアはどうすればいいと思う?どうやってもこの村を救うことはできないのか?」
サフィアは自分の結界に自信があるわけではない。むしろ、不安だからこそ虚勢を張って、意地を張って、自分を勇気づけているのだ。でなけりゃ、自分なら大丈夫と言っているときに自分の手を震わせていない。
「私だってわかんないし。帰って爺ちゃんに相談しても、ただお前がしたいようにしろって言われて……。私のしたいようにしてヘルト村を救えるんだったら、もっと前からやってる。」
その表情は苦心に満ちていて、燧輝としてはこの状況を、何としても打開したかった。
「だよな……。」
だが、一つ分かったことがある。それは、少なくともサフィアがシュッツァー家であり、結界を継承していること。そして、もう一つ、確実にしたいこと……。
「ところで、長老はサフィアの祖父なのか?」
俺の発した問いに答える。
「うん。」
素直なサフィアは、普段と違って目を合わさず、ぼそりと喋る。
――風で窓が揺れる。
となると、長老も結界の継承者になる。
「話を戻そう。サフィアはこの村を救いたいのはあってるよね?」
小さく首を縦に振る。
「じゃあ、サフィアは”村”を守りたいのか、”村の人たち”を守りたいのか。どっち?」
その細かな違いに、サフィアは答える。
「私は……私を信じてくれる人を助けたい。村の人たちはみんな”勇者様”を信じてる。だから、私は”村”も”村の人たち”も守らない。私を信じてくれる人のために、守りたい。」
痛いほどわかるサフィアの気持ち。自分を信じてくれない人たちのことなんか、助けても自分に感謝するわけがない。
「じゃあ、どうするんだ?」
自然に導かれる答え。それは……
「私は……スイキの考えを信じたい。」
俺がサフィアの言葉を信じるように、サフィアが俺の妄想ではなく、俺の考えを信じてくれようとする。
――信じることの代償は、いつも高くつく。それが信用というものだ。
「俺の考えね……。」
思案して出てきた結論。俺は救世主や勇者のような存在にはなれない。そんなことはわかっている。けれど……
「村の人たちで、逃げられる、あるいは逃げる意思のある人だけ連れて、安全な場所に逃げよう。俺は、この村の人たちとかかわりは薄いけど、その人たちを見過ごして……自分の正義に嘘をつきたくない。」
振りかざす正義は、偽善と呼ばれようとかまわない。それが本心なのだから。
「なに?妄想で勇者にでもなったつもり?」
苦笑するサフィアの言葉は、刺さるように痛い。けれど……
「あぁ。妄想だろうと、動き出せば現実だ。」
握りしめた左手を見つめる。
「やってやろうじゃん。」
燧輝の瞳は燃える火のように、輝き始めた。




