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妄想と演繹 ~私の推論によれば、この村は明日滅びます~  作者: 松下村塾
第一章 妄想の始まり

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第九話 死線まで

「なんであんたが知ってんだよ!」


 サフィアが騒ぐ。


「村の人に聞けばわかることだろ。長老の家はどこって聞いたら、サフィアがいただけだよ。」


 と本当のことを話すが、


「ぜってぇ嘘だ。このロリコン野郎。」


 サフィアは俺の言葉には興味なさそうにののしる。

――一度深呼吸をする。頭に上りかけた血を、鎮め、自律神経を整える。


「サフィア、今はそれどころじゃないだろ?」


 俺も、サフィアがなんで長老の爺さんの家にいるのか全く分からない、というわけではないが、気になっている本心を抑え込む。


「そんなのわかってるよ。」


 燧輝は長老に向き直る。


「それで?」


 長老は顔を出してから一切表情を変えていない。


「この村に危機が迫っていることは、サフィアから聞いてますか?」


 長老は何もしゃべらず、ただ頷きつつ、家に入るよう促す。


「速の兇人とウィンディヴォルフ……まぁ。大層なことだ。」


 長老は何かを察したように話す。


「この村は、大丈夫なのですか?」


「速の兇人がいるのであれば、何をしても無駄だ。あいつに追われたら最後。一瞬で追いつかれ、瞬時にバラバラよ。」


 長い耳たぶを触る長老は、とんでもないことを言い出すが、すべて事実なのだろう。声に芯がある。


「じゃあ……。」


「けど、あいつは今ここにはいないよ。」


 サフィアが自信たっぷりで口を動かす。


「なんでそんなこと言えるんだ?」


 当然の疑問。サフィアにそんな能力があるのだろうか。


「勘。」


 おい。ふざけてる場合じゃないぞ。


「だが、こいつの勘は意外にも当たるぞ。今朝だって、村周辺が騒がしいと聞いて、半信半疑で見に行ったらお前さんがいたんだ。」


 おいおい。マジかよ。


「じゃあ、仮に速の兇人なしで、ウィンディヴォルフだけだったとして……勝算はあるんですか?」


 長老は一瞬の迷いののちにその首を振ることなく、淡々と述べる。


「勝算はないことはない。しかし、可能性としてはかなり低いと考えた方が無難だろう。」


 かなり低い確率にかけるよりも、より確実な手段をとった方が合理的であるのは間違いない。


「てことは、襲撃される前に逃げた方がいいのでは?」


 自分としては当然のことを口にしていたつもりだが、サフィアは反論の構えだ。


「私の力ならこの村を守れる。」


 その声に不安と心配の心情が含意されているが、燧輝はそれに意を介さず長老に相談する。


「あなたから村の人たちに……今日中なら隣村でも何でもいい。とにかく安全な場所に避難するように勧告できないですか?」


 弱い月明りと蝋燭の火に照らされる長老は眉一つ動かさず、音のしない爪弾きを繰り返す。


「儂はあくまで長老。特に何かできるわけでもない。それに、儂が避難するように言ったところで、彼らにとって、今ある生活がすべてじゃ。避難したところでどうする?新しく仕事を見つけろとでもいうのか?それともお前さんが仕事を持ってきてくれるのか?」


 その言葉の重みを燧輝は十分に理解していた。だからこそ、俺自身も、サフィアもみんな、選択を迫られている。

 サフィアも長老の言葉に頷いてはいるが、どこか納得できていない。


「じゃあ、今ある生活は、自分の命あるいは大切な人の命を投げうってでも、守り抜こうと藻掻く程のものですか?

――もちろん、なんでも最初は大変です。けど、命がなくなれば新しく”今ある生活”を始めることすらできませんよ。」


 サフィアは一度長老を見て、再び燧輝を見るが、何も言わない。

 すると長老は、


「なるほど。お前さんは自分の、この村が滅びるという『妄想』を信じているのだな。

――このままでは議論は平行線じゃ。好きにするといい。」


 静かな村の夜に、風が鳴く。

 燧輝を見限る長老に、ストップをかける。その動きで、扉を灯す蠟燭が揺らめく。


「待ってください。長老、あなた自身も魔法が使えますよね?」


 着ている服は今朝の物とは異なり、こぎれいな物になっている。が同一人物であることはわかる。


「基礎的なものしか使えんし、その原理もわかってない。ただでさえ魔力量が下がっているのに、これ以上老人を酷使するつもりか?」


 そういうつもりではないが……。でも魔法が使えるなら結界のことも知っているはずだ。


「いいえ。そうではなく、結界について知りたいんです。この子、サフィアが作った結界について。」


 そういうと、長老は背を向ける。


「それを聞いてどうする?お前さんに結界が扱えるとでも?」


 正論だ。しかし、結界を知れば何らかの対策が立てられるかもしれないのだ。


「いいえ。そうではなく、ただ助けたいんです。」


 長老は背を向けたまま、


「いえることは一つだけじゃ……。結界は代々、シュッツァー家が継承している。それだけだ。あとはどうするか、儂は干渉せん。好きにしろ。」


 長老の手の灯が、細々とその影を作りながら、奥の部屋へ消えていく。

――もう一度止めようかとも思ったが、その背中にはサフィアに似た重さがあった。


「もういいでしょ。爺ちゃんはこの村で生きることを決めてんだ。」


 サフィアに諭され、下を向く。どうすればいいんだ……。


「サフィアはどうすればいいと思う?どうやってもこの村を救うことはできないのか?」


 サフィアは自分の結界に自信があるわけではない。むしろ、不安だからこそ虚勢を張って、意地を張って、自分を勇気づけているのだ。でなけりゃ、自分なら大丈夫と言っているときに自分の手を震わせていない。


「私だってわかんないし。帰って爺ちゃんに相談しても、ただお前がしたいようにしろって言われて……。私のしたいようにしてヘルト村を救えるんだったら、もっと前からやってる。」


 その表情は苦心に満ちていて、燧輝としてはこの状況を、何としても打開したかった。


「だよな……。」


 だが、一つ分かったことがある。それは、少なくともサフィアがシュッツァー家であり、結界を継承していること。そして、もう一つ、確実にしたいこと……。


「ところで、長老はサフィアの祖父なのか?」


 俺の発した問いに答える。


「うん。」


 素直なサフィアは、普段と違って目を合わさず、ぼそりと喋る。

――風で窓が揺れる。


 となると、長老も結界の継承者になる。


「話を戻そう。サフィアはこの村を救いたいのはあってるよね?」


 小さく首を縦に振る。


「じゃあ、サフィアは”村”を守りたいのか、”村の人たち”を守りたいのか。どっち?」


 その細かな違いに、サフィアは答える。


「私は……私を信じてくれる人を助けたい。村の人たちはみんな”勇者様”を信じてる。だから、私は”村”も”村の人たち”も守らない。私を信じてくれる人のために、守りたい。」


 痛いほどわかるサフィアの気持ち。自分を信じてくれない人たちのことなんか、助けても自分に感謝するわけがない。


「じゃあ、どうするんだ?」


 自然に導かれる答え。それは……


「私は……スイキの考えを信じたい。」


 俺がサフィアの言葉を信じるように、サフィアが俺の妄想ではなく、俺の考えを信じてくれようとする。

――信じることの代償は、いつも高くつく。それが信用というものだ。


「俺の考えね……。」


 思案して出てきた結論。俺は救世主や勇者のような存在にはなれない。そんなことはわかっている。けれど……


「村の人たちで、逃げられる、あるいは逃げる意思のある人だけ連れて、安全な場所に逃げよう。俺は、この村の人たちとかかわりは薄いけど、その人たちを見過ごして……自分の正義に嘘をつきたくない。」


 振りかざす正義は、偽善と呼ばれようとかまわない。それが本心なのだから。


「なに?妄想で勇者にでもなったつもり?」


 苦笑するサフィアの言葉は、刺さるように痛い。けれど……


「あぁ。妄想だろうと、動き出せば現実だ。」


 握りしめた左手を見つめる。


「やってやろうじゃん。」


 燧輝の瞳は燃える火のように、輝き始めた。

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