サメ退治(前編)
6月某日。その日は快晴だった。
向かった港には小さな船が一隻。でかでかと例の会社の名前が書いてあった。
「おーい、先生。待っていましたよ。今日はよろしくお願いします。」
社長はあの人は打って変わって、恵比須顔で挨拶してきた。
「お願いします。」
「あの日は失礼を致しました。・・・その分、お礼は弾みますので。」
「そ、そうですか・・・。」
つい、笑顔になってしまう自分が恥ずかしい。
「それで、今回の巨大殺人魚を駆除するメンバーを紹介しますね。私、先生、そして・・・船長。」
「いやいや、社長。船長だなんて勘弁っすよ。」
振り返ると、20そこらの男がさわやかな笑顔でこちらに向かってきた。
「話には聞いていました。大学の先生っすよね・・・初めまして、船長見習いです。」
「まあ、ご覧のように謙虚でいいやつなんです。まあ、ここは三人で仲よく・・・ね。」
私たちは互いに握手を交わすと、早々に船に乗り込んだ。
「では、出航しましょう。船長・・・例のを。」
「はい、出航するっす、全速前身!ヨーソロー!」
某テーマパークのアトラクションを彷彿させるような始まりだった。
「どうです、先生。ワクワクするでしょう?」
「ええ、まあ。」
「確かに今回の目的は殺人魚の駆除ですが、それだけ考えていたって面白くない。見てくださいよ、周りの景色を。絶景でしょ。」
「たしかに・・・自然豊かな場所ですね。これほどまでに手つかずの自然が残っている場所が21世紀に残っているなんて、驚きです。」
「そうでしょ?これほどの場所を使って誰一人商売をしていない事実がおかしいのですよ。私が一番乗り・・・ぐふふ!」
社長はまるで悪役のような笑い方をしていた。
『ピッ・ピッ・ピッ・ピッ』
背後にある操縦室の方から、甲高い機械音が聞こえてきた。
「社長、魚群探知機に反応があるっす。」
「おお、そうか。早速駆除といこう。」
観光気分が一転して、急に船内がドタバタしだした。
私があっけに囚われていると、船長が私をよんでくれた。
「先生、ちょっとこちらの方へ。ちょっと狭いっすけど・・・。それは、これにお金をかけたからです。」
船長が指さしたのはモニターだった。緑色のポインターが、画面上に20個くらい映し出されていた。
「魚群探知機・・・ですよね?」
「そうっす。でも、この魚群探知機がすごいのは、対象の生き物の大きさがある程度分かるところにあるんです。今のところ、画面上には緑しか映っていませんが、これは約2メートル以下の生き物が反応しているからです。それ以上の大きさになると、赤い点で表示されます。」
「ほう・・・それは高性能ですね。今回の駆除のために用意されたんですか?」
「ははっ、まさか。うちのけち臭い社長がそんなことするわけがないっすよ。」
ドンドン、と床下から物音がした。
「誰がけち臭いって?」
「ああああ、すいません。・・・へへ、聞こえちゃってた。」
船長は、気まずそうに頭を掻いた。
「そうだ、話を戻しますがね、そもそもこの船は観光使用のものなんです。この魚群探知機も、クジラとかイルカとか、そういった生き物を区別して探知できるようになっています。それが、偶然にも今回の討伐作戦に役立ったというわけで・・・。」
「なるほど、どれくらいの範囲を探知できるのですか?」
「半径25メートルです。今回みたいに、良く分からない生き物を探すにはちょっと適していないかもしれませんが。」
「いや、しかし。これなら犯人捜索に役立ちますよ。別に幅広く探さなくても、こちらからおびき寄せればいいのですから。私にも作戦がありまして・・・。」
ドンドン、とまた下から物音がした。
「さっきから二人で何こそこそ話しているんだよ、俺も混ぜてくれよ・・・。」
操舵室の下には部屋があるようで、運転席の後方からハシゴが伸びている。社長は先に降りてお酒を飲んでいたらしく、少し酔っぱらっていた。
俺と船長も下の部屋に集まって、作戦会議をすることになった。
――――――
小さな空間に集まる大人三人。しかしそれはまるで、秘密基地で遊ぶ小学生のようだった。
「私はサメのような肉食大型魚類をおびき寄せる餌を用意しました。」
魚は視覚よりも、嗅覚が優れている。特に、サメなどの肉食魚類は血の臭いに敏感に寄ってくるものである。
「・・・というわけで、腐った牛肉です。ここにさらに、イワシの缶詰と、イカの燻製と・・・。」
「先生、先生。分かりましたから、後は甲板に出て支度しましょう。」
私はこういった臭いには慣れていたから分からなかったが、船長と社長の渋い顔からして、相当不快な臭いを放っていたとみえる。
「僕は武器を持ってきました。バンスティックというものです。」
「おお、これが海外でよく使われるやつ・・・本物を見るのは初めてです。」
「へえ・・・俺にはただの杖にしか見えないけど。」
「物干し竿・・・まあ、確かに似てるっすね。でも、先端が全く違うんですよ。ほら、ココ。ここに弾丸を入れ込んで、獲物の横腹に突き刺します。すると、火薬がさく裂して、弾丸が体内に打ち込まれる仕組みなんです。今回退治するサメのような大型魚に持ってこいの武器ですよ。」
さすが船長といったところだ。若いのに、その知識からするに、ただ者ではないに違いない。
「俺も似たようなものを持ってきたよ。ほら、これ。・・・普通の銛だけど。」
「社長、これは水中で使うやつじゃないですか。どうやって船の上でこれを使うんですか?」
「いや、だって、これしか頭に浮かばなかったんだよ・・・。」
船長は失笑していたが、意外にもこういう武器が役立つ時が来るかもしれない。なにせ、相手は自然なのだから。何が起こるかなんて、分からないのである。
『ビ・ビ・ビ・ビ』
魚群探知機が、海中にいる巨大魚の存在を示すようになり、船長は碇を下ろし始めた。いよいよ作戦開始のようである。
「ここら辺で始めますか。まずは、先生が用意した餌を。」
私は甲板から餌を海へと投げ込んだ。綺麗なコバルトブルーがみるみる褐色に濁っていった。
「あとは、血の臭いが潮の流れに乗って漂うのを待つだけですね。」
「そうっすね。今日は流れが良いから、ものの十数分で結果は出ると思いますよ。」
「やつらが現れたら、この銛で一刺しに・・・。」
「いや、社長。僕のバンスティックを使ってください。人数分は用意してあるので。その銛は、サメに対して使うのは危ないんすよ。」
「・・・どうして?」
「先に返しが付いているっすよね。もしそれがサメの体に刺さったら、返しのせいで抜けなくて・・・サメが暴れた瞬間、そのまま海中に引き込まれちゃいますよ。」
「ああ・・・なるほど。それは確かに嫌だな。」
『ビビ・ビビ・ビビ・ビビ』
今までに聞いたことないような、いかにも危険を感じさせる音がした。
「いよいよ、お目当ての相手が集まってきたっぽいっすよ。」
気のせいか、波が少し大きくなってきたような気がした。ザパン、ザパンと波が船にあたり、跳ね返った潮の雫が頬をかすめる。
「もう少し入れてみますね。」
数十分が経過し、さらに餌を投げ込もうと船から上半身を出す。その時、血で濁った海中から白い何かが翻った。また、同時に別方向から黒い影が近づいてきた。
「先生、危ない!」
慌てて体を起こす。
海面からザポッという音とともに、大きな口が飛び出してきた。間違いない、イタチザメだ。
「危なかったな、先生。あと一瞬遅れていたら、今頃先生が餌になっていたところですよ。」
「そ、そうですね。まさか、油断していましたよ。」
「はい、お二人さん。バンスティック。この先端に弾丸をセットして、思いっきり奴らに打ち込んでください!」
いよいよ戦闘開始だ。船長から武器を受け取り、私たちは船べりへと向かった。サメは複数いるようで、同時にその大きな口が海面へと上がり、餌を喰らっている。
モグラたたきのように、サメが顔を出すタイミングを見計らってその一撃を与えようとするが、船の揺れもあり、なかなか難しい。
私が空振りを繰り返していると、それを見かねた船長が私にアドバイスをしに来てくれた。
「いいっすか、先生。海面に出たサメを狙うのではなく、バンスティックの前にサメをおびき寄せるんですよ。・・・こうやって。」
船長は餌を少し船べりから海中へ落とした。その場所へバンスティックを構える。海の底から黒い影が近づき、海面へと現れた。
その瞬間目にも止まらぬ速さで、船長はサメの頭に突いた。
『バン!』
まるで銃を発射したかのような音がした。一撃をくらったサメは体を痙攣させながらその大きな体を浮かばせた。
「今度は先生の番ですよ。」
「分かりました。やってみます。」
しかし、見ているのと実際にやってみるのとでは全然違う。サメが現れても打ちどころが良くないと仕留められないし、打ち方というか、力の入れ具合も大切なようである。私はセンスがないらしく、失敗を繰り返しているうちに、他の二人は多くのサメを退治していた。
しかし、群がっていたイタチザメは、一時間も経たないうちに、いなくなってしまった。エサを追加で撒いても、小さい魚しか寄ってこなくなった。
「見えないっすね。」
「・・・確かに。もう・・・いないのかな?」
「これだけ退治すれば、建前的にはよろしい。これで、営業開始よ!」
海中の、この静けさが嵐の前触れであるなんて、この時の私たちは誰一人として思っていなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。