9 鬼となる
9 鬼となる
佐吉は三河国浜松城の屋敷にてそれなりの暮らしをしていた。
今では一万石の禄を食み、徳川家康次男於義伊の傅役として躍進を続けていた。
禄高が高いとはいえ、佐吉は決して贅沢をせず、私服も肥やさないので家臣から好かれていた。
質実剛健。それが佐吉の身上である。
佐吉は修行僧のように食べない。
スラリとした細身で静と動の構えが備わっている。
徹底管理し、自分を律して全身の感覚を常に研ぎ澄ませているのである。
「空想しよう! 天地の法!」
佐吉は余暇の時間を瞑想し、感覚が鋭敏になる呪文を唱え続けて研ぎ澄ましている。
周りの者たちは三成様は何と言う凄まじい御方だと驚嘆し、半ば呆れている。
少しでも食事を召し上がってくださいと言われても断っているのだ。
全ては主、秀吉に天下を、日の本を統一させるために佐吉は精神を限界ぎりぎりまで追い込んでいた。
屋敷の離れの殺風景の部屋で念仏のように唱えている、そんな時だった。
「三成様、お生まれになりました」
「生まれたか」
佐吉の元に舞い込んだの自身の子が生まれたとの知らせだった。
佐吉は呪文を唱えるのをやめて、静かに目を閉じる。
遂にその時が来たか、と自然と気分が次第に高揚していく。
小窓から覗かせる外は夕闇に染まり、滝のような雨が降りつけていた。
雷が落ちたと同時にカッと目を光らせてその場から立ち上がり、自らの子と緊張の面持ちで対面した。
その子は何と女子だった。
思わず見入ってしまう程に際立った容貌の子だった。
成程、と佐吉は顎に手をやり思案した。
敢えて自らの子を男子として育てると一瞬で何の疑問も持たずに決めた。
「この子は男子として育てる。名は三吉とする」
周りの者は堰を切ったように大反対したが、佐吉は周囲の反対を押し切り強行した。
当主である強権を行使して佐吉は三吉を於義伊に仕えさせるのだと決め、究極の才人に育て上げると誓った。
盟友である虎之助、市松、大谷からはお前は地獄より這い出た鬼かと罵詈雑言を吐かれた。
特に大谷からは厳しい叱責の後、
「その子は儂も見てやる。
神懸かりと言われている天下一の才人のお前には何かしらの思惑があるのだろうからな」
佐吉の信望は一気に急落したが、それでも佐吉の人徳からは何かしらの意図があると察して皆でみてやると言われた。
そこで佐吉は自分は地獄の鬼になると決めた。
秀吉の天下取りを応援するために自らの子でさえも……と思いかけて佐吉は大粒の涙を落とした。三日三晩泣いた。