8 於義伊の成長
8 於義伊の成長
佐吉は徳川と羽柴の共有家臣として順調に立身出世していた。
努力の甲斐あって今では一万石の俸禄を食む程である。
そして、何と言っても徳川家康次男於義伊の傅役と言う栄えある大役がある。
これは誉であり、名誉なことだと思い、佐吉は於義伊の成長ぶりに嘆息した。
何と英明聡明な幼子であろうか。
一を聞いて千を知る恐るべき神童である。
見ていて何も憂いがない。
流石は海千山千の怪物徳川家康次男である。
眉目秀麗にして壮麗な面持ち。
全ての者を傅ける確かな魅力がある。
これは成長すれば大翼を羽ばたかせる鷹となるかもしれない。
いや、この子は天を駆ける竜となる。
それは確定事項だ。
「於義伊様。ご立派になられましたな」
「うむ。私は既に師より学ぶものが少なくなりましたのが残念です」
明るく快活な物言い。
そう、於義伊は剣術も算術も免許皆伝。
佐吉も師として弟子の成長ぶりは嬉しいものがある。
これならば次代の勇将として天下に広く名を馳せる事になるのが必定。
ならば後は後学の為に最後の課題である処世術を教えなければ。
幾ら才覚があってもこれがなければ世の中を渡り歩いていけない。
処世術は主、秀吉の得意とするところがあるが、この御子は余りにも凛とし過ぎている。
静謐……それが似合う程に目を見張る程の神童に相違ない。
しかし、戦国の世を生き抜くためには処世術を身に付けなければいずれ破滅する兆候が、はっきりと見え隠れしていた。
「於義伊様、宜しいですか。幾ら才覚があっても処世術を学ばなければなりません。
才覚が飛びぬけてあるものは出る杭を打たれる運命に御座います。
誰に対してもいつも誠実な態度を見せなければなりません。
そして明るく、包み込むような笑顔を絶やさないで下さい
さすれば自ずと万民は元より、誰からも好かれるでしょう」
佐吉は笑顔を絶やさずに於義伊に慈しむように微笑みかけた。
佐吉もこの処世術に気付いたのは秀吉と会ってからである。
そのおかげで大谷、市松と虎之助と軋轢をせずに仲良くやってきた。
見たところ、於義伊は神懸かりの如く聡明すぎる。
当然ながらそれ故に周囲に疎まれる可能性があった。
「うむ。分かりました。師よ」
於義伊は複雑そうな顔をして言った。
「……そうか。貴方様は自慢の弟子だ」
きっとこの子はこの先苦労するであろうと思い嘆息する。
それが佐吉は不可解であった。
この目の前の御子は世の才人の誰よりも達観しすぎている。
天下一の才人である佐吉の眼をもってして、聡明な於義伊は既に徳川家康を超えている。
それ故に他人を軽んじる気質が芽生えているのか。
佐吉はこの聡明にして英明な御子をどう育てれば良いか思案する。
於義伊に何としてでも処世術を叩きこまなければならない。
そうしなければ於義伊は将来、不幸になるのだから。