6 風林火山
6 風林火山
1575年――。長篠。
長篠の地にて、遂に戦国最強と誉れ高い武田騎馬軍団と織田方が、雌雄を決しようとした。
速きこと風の如く。静かなること林の如く。侵略すること火の如く。動かざること山の如し。
最強武将の揃い踏みである武田二十四将と共に風林火山の旗印が乱立し、万を超す騎馬武者の群れが沸いた。
騎馬の馬蹄が響き、今にも織田徳川連合軍にぶつかりそうな勢いがあった。
織田徳川連合軍三万強、対して武田騎馬軍団は騎兵だが、一万五千しかない。
しかし、武田騎馬軍団にはその差を埋める力があると誰もが信じて疑わなかった。
「亡き武田信玄公のいない武田騎馬軍団など、張子の虎に等しい。
儂が買い揃えた鉄砲三千丁が火を噴けば、武田騎馬軍団は全滅必死」
六尺には欠けるが、それなりに長身で美麗の織田信長が、息巻いて床几で扇子を開く。
鉄砲の三段撃ちとは玉込めして点火し、銃撃をローテーションで行う画期的な手法であった。
佐吉はその才覚に織田信長に目を付けられ、傍らに近習の如く座す。
――どうして徳川様と殿の家臣である儂が、上様の近習になっておるのだ。
佐吉はこの状況に疑問を呈していた。
「上様の申す通りにございます。
騎兵の弱点は鉄砲に在り。上様が考案した鉄砲の三段撃ちは真に合理的な戦法に御座います」
佐吉の冷静な物言いに信長は上機嫌に笑った。
「何を申す。これもお主がヒントを与えてくれたおかげ。
この戦が終わったら、大名にしてやろう。それぐらいお主が気に入った」
「まだ年若い自分には過分なる恩賞に御座います」
佐吉はあっさり、丁重に辞退した。
「佐吉殿、お受けせよ。上様も有能な譜代の大名を造りたい意向なのだ」
近習である超美麗の少年が、反論した。今は亡き森可成の子である森蘭丸。
この御仁は有能だが、狂気的な程の信長信者である。
「ふむ。佐吉は大名としてより、軍師みたいな矜持の人物だ。
最終的には大名にするが、暫くは手元に置くか」
信長は顎に手をやり、低く唸った。
「全軍出撃の下知を下す。武田騎馬軍団を地獄に送り込め!」
信長は三万強の軍勢に出撃の号令を下した。
その一日後、長篠の地は武田騎馬軍団の屍を晒した。
骸には烏が群がり、屍を突き、朱海に染めた。
馬場美濃の守信春を始めとした武田二十四将は散々に討ち取られ、武田家当主武田勝頼は敗走。
殿を務めた内藤昌豊は壮絶な最期を遂げ、武田勝頼は『まだ小山田が残っておるわ!』と捨て台詞を吐いて甲斐に逃げ込んだ。