34 天空竜ⅤS楽毅の子孫side豪姫
34 天空竜VS楽毅の子孫side豪姫
東軍陣容
徳川秀康
本多忠勝
本多忠政
井伊直政
榊原康政
酒井忠次
酒井家次
豪姫
李舜臣
テイハツ
李オクキ
北条氏直
北条氏政
上杉景勝
直江兼続
伊達政宗
最上義光
津軽為信
西軍陣容
三吉
石田三成
宇喜多秀家
楽毅乗
楽毅辛
黒田官兵衛
黒田長政
毛利輝元
小早川隆景
吉川元春
安国寺恵瓊
豊臣秀長
豊臣秀次
細川忠興
前田利家
前田利長
長宗我部盛親
島津義弘
美濃関ヶ原。
東西両軍合わせて二十万規模による大戦が突如として勃発した。
天空竜と謳われる女傑、豪姫は関ヶ原中央に陣を敷いた。
幼少の折より目立ちたがり屋で勝気な豪姫は東軍先鋒を買って出た。
既に婚約している宇喜多秀家はどう出るか、豪姫は気になった。
晴天の夏空に映える豪姫の凛々しい姿は両軍の将兵の目を引いた。
豪姫は前田利家の娘にして関白であった豊臣秀吉の養女である。
誰もが羨む家柄と誰もが嫉妬する才覚を併せ持っていた。
更に宇喜多直家の子であった宇喜多秀家と既に婚約している。
そんな折、父である前田利家は豪姫に使命を科した。
長男である利長では前田家はいずれ倒れるかもしれない。
だから、お前が前田家の流れを継いでいけ、と。
――そんなことは分かっている。
利長では到底無理であろう……。
豪姫は前田家が誇る完全武装の騎馬隊を上手く統率していた。
幾多の将を凌駕する戦の才が豪姫には抜群に備わっていた。
そんな豪姫の元に三人の異国の将が、馳せ参じた。
その名は李舜臣……列国にその名を轟かせた李朝第一の大将軍である。
楽毅乗軍との同士討ちにより、既に軍を失っているが、二人の副将と共に豪姫の元に駆け込んだ。
豪姫はこれは使えると思った。
豪姫に付き従う指揮官クラスは少ないために副将を三人も手に入れるのは願ったりかなったりであった。
使える者は何でも使う。
それが豪姫の矜持であった。
小高い丘に立ち豪姫は戦況を伺う。
その鷹のような瞳は、戦況を事細かに把握していた。
凛とした佇まいの少女のように見えると周りの将兵達は思いながら槍働きしていた。
「豪姫様、この李舜臣めに出撃の下知を下され」
雲を突くような髭面の大男、李舜臣とその将が豪姫に深々と頭を下げた。
「良いだろう、李舜臣将軍。お前に三千の兵をやる。
楽毅乗に雪辱を果たせば、恩賞は思いのままだ。
敵先鋒の楽毅乗の遊軍に秀家殿がおられるはず。少し脅かしてやるか」
豪姫は李舜臣に兵を三千の兵を与えて出撃させた。
これで息を吹き返したように李舜臣は再び軍を手に入れた。
意気揚々と李舜臣は矛を天に掲げて副将二人を引き連れて楽毅乗軍と交戦した。
それを見届けた豪姫はこの戦の行く末に思いを馳せた。
side李舜臣
李舜臣軍三千は破竹の快進撃を見せる働きであった。
何しろ豪姫が誇る完全武装の騎馬隊に李舜臣と言う列国に覇を唱えた軍神が指揮しているから当然であろう。
「ふはははッ! 楽毅乗め! この軍神である李舜臣に敵うものか」
李舜臣が操る完全武装の騎馬隊は恐ろしい悪魔的な強さであった。
駿馬が馬蹄の嘶きを駆ける度に次々に敵兵を平らげていく。
縦横無尽に走り抜ける様は正に無双状態に近かった。
見る見るうちに楽毅乗軍が勢い無く、兵を削られていく。
これに焦った楽毅乗兄妹が、前線に躍り出た。
「己! 李舜臣め! 調子に乗りおって!」
色白の肌を紅潮させた楽毅乗は妹の楽毅辛に指示を飛ばした。
「楽毅乗……! 貴様、あれだけ儂の事を慕っていたのにこの仕打ち。
許せん、李オクキ! 奴ら兄妹を地獄に送れ!」
ここで一騎打ちが勃発。
東軍、李オクキと西軍、楽毅辛が矛と槍を交える。
両者は何合もの打ち合いを始めるが、その技量は同等と李舜臣は見ていた。
しかし、打ち合いでは互角と見た楽毅辛は一端、後退したように見せかけて弓に持ち替えた。
「終わりだよ」
楽毅辛の弓から放たれる矢が真っすぐと李オクキの左胸を貫いた。
貫かれた李オクキは馬上から転落して絶命。
「李オクキ殿!」
見ていたもう一人の副将、テイハツが馬から降りて仰向けで絶命した李オクキに駆け寄った。
大粒の涙を落として戦友の死を悼むテイハツ。
李舜臣も馬から飛び降りて李オクキの死を看取ろうとする。
だが、楽毅辛は容赦がなく、弓を引いてテイハツの肩に矢を当てる。
左肩を射抜かれたテイハツは苦しみ悶える。
「卑怯だぞ! 楽毅辛! 死を看取るテイハツに何たることを!」
思いのほか、出血多量でテイハツも骸と成り果てるのは必定。
「李舜臣様……我が武運もこれまでか」
李舜臣は楽毅兄妹の凄まじい個の戦闘力に度肝を抜かれた。
このままでは己の命さえ危ういと見た李舜臣は豪姫の元へと戻った。
――テイハツ……お前を捨て石にして生き延びるとは無念だ。
楽毅乗軍は二人の将を討ち取り、意気揚々と士気が莫大に膨張した。
兵の質は明らかに楽毅乗軍よりも騎馬隊の方が強いが、将の質がそれを凌駕するのが顕著に表れた戦であった。




