30 夜襲side李舜臣
30 夜襲side李舜臣
李舜臣本陣
李舜臣は日頃の疲れを癒すために今晩、スヤスヤと眠っていた。
もうじき来たるべき戦が始まる。
絶対に百万石大名になってやると李舜臣は妄想して息巻いていた。
「儂は天下の大将軍であるぞ」
李舜臣は大将軍の天幕で寝言を言いながらなおも眠り続ける。
「李舜臣様!」
突然、李舜臣側近が大慌てで天幕の中へとやってきた。
「何だ? つい寝すぎてしまったか」
寝ぼけ眼で側近を見ていた。
「……何事か?」
「李舜臣様、夜襲です。楽毅乗将軍が、反旗を翻しました」
「げえッ! 何だと!? 楽毅乗の奴!
あれだけ目を掛けていたのに裏切ったのか!」
李舜臣は慌てふためいて立ち上がり、大ショックを受けた。
「こう言っては何ですが、李舜臣様も祖国を裏切ったではないですか。
我々、両班は一枚岩ではなかったのです。
李舜臣将軍は日頃から屑両班と言っていますが、貴方こそが屑両班では?」
李舜臣は側近の舐めた発言に大激怒。
「この李朝第一の大将軍であった儂を愚弄すると言うのか!?」
李舜臣は完全覚醒して、自前の矛を手に取り、目の前の側近を無礼打ちした。
「ぎゃああーッ!」
切り捨てられた側近の骸を踏みつぶして、天幕を出た。
外では連れてきた両班たちが右往左往している。
両班は夜襲に弱いという弱点が見事に露呈されたのである。
――己! 楽毅乗の奴! ぶっ倒してやる!
李舜臣は側近両班の骸には一瞥せず、天幕を出た。
すると、篝火がたいており、夜中だと言うのに妙に明るい。
自分に反旗を翻した楽毅乗をこの手で地獄に送らねば怒りが収まらない。
これから徳川秀康率いる東軍十万と戦わなければならないというのに、ここで兵力を損耗しては終わりだ。
自軍の兵力は五千五百……叩き切った屑両班含めて、夜襲を受けてかなり消耗しているであろう。
周囲を見渡してみると他の両班たちも右往左往している。
何て体たらくであろうか。
――苦境……苦境であろうか。ムカつく! 楽毅乗のクソガキ!
李舜臣は怒りに我を忘れていた。
あれだけ目を掛けていたのに裏切られた。
李舜臣は矛を片手に敵両班をぶった切り続けた。
「李舜臣将軍だ! 李舜臣将軍を狙え!」
遥か後方に弓使いの鋭い声音が響いた。
冷静に考えて、どう聞こえても指揮官クラスどころではない。
あの声音……楽毅乗の双子の妹の弓使い、大陸一の弓使いにして、天下一の美女である楽毅辛。
どうやら敵部隊を率いているのは憎き楽毅乗ではない。
自分の手を汚さずに妹に手を汚させるとは、鬼畜め、楽毅乗。
「両班ども! こちらは五千五百もいるのだぞ! 落ち着け!」
周りで右往左往する両班を李舜臣は統率を図る。
しかし、夜襲の猛攻を受けて、両班どもはかなり減ってしまっているように見受けられた。
両班どもの骸の山がどんどん築かれていく。
「とにかく落ち着け! この天下最強の大将軍であり、軍神である儂がいるのだぞ!
落ち着け! 両班どもめ! お前たち李朝にいた時、あれだけ武勇自慢しておったではないか! あの小娘を討て!」
李舜臣は両班どもを鼓舞しながら、天下一の美女を討ち取ろうとする。
それも全て李舜臣基準なのだが。
「李舜臣大将軍! 我にお任せを」
その声の方に向き直ると、李舜臣軍の随一の猛将である禿げ頭の大男である元均が騎馬して待ち侘びていた。
この状況に置いて、騎馬している元均の存在は大きい。
――楽毅辛は徒歩……騎馬している元均が敗れる道理はない。
それに膂力の面で大いに華奢な楽毅辛を大きく上回っている。
李舜臣は顎に手をやり、しめたと思った。
「元均! 李舜臣軍最強であるお前に命ずる! 小娘を討て!」
李舜臣は声を張り上げて、元均に命じた。
「李舜臣大将軍……貴方を討ち取る前にその大男を討ち取りましょう」
李舜臣は血管が浮き出る程に怒りに我を忘れそうになった。
虎の子の自軍最強戦力である元均を舐められたからだ。
――あの小娘! 一握り中の一つまみレベルの将軍である元均を!
李舜臣は元均を繰り出した。
「ゆけ! 元均!」
元均は騎馬したまま、駿馬を走らせて自慢の矛を手に楽毅辛に襲い掛かる。
その巨大な矛はかつて、李舜臣が元均の功績を称えて与えたものだ。
「つまらぬ」
そう無機質に言い放つ楽毅辛は弓を引いて、元均に狙いを定める。
華奢な細腕から、弓が勢いよく放たれて、元均の脳天を打ち抜いた。
「ギャッ!」
脳天を撃ち抜かれた元均は馬上から転がるように転落して絶命した。
それを見届けた楽毅辛は身を翻して、李舜臣本陣から姿を消した。
李舜臣は長年共に戦場を駆けてきた元均の亡骸に縋りついて号泣したのだった。




