3.作戦起案
ぺルラのいる席から離れた、壁際の前の席。そこがフォディエスの席だ。
有名人の子どもということもあって、まだ気安く話しかける生徒はあんまりいない。その代わりに、お付き役の生徒が常に二人控えている。
狼の頭をした女子、イセトラと、三つ目の男子、メムドゥだ。
彼ら二人は休み時間になるとすぐさま現れて、警護に着くようにフォディエスの傍に控える。
そのため、フォディエスをよく見ているぺルラのことを、向こうも認識しているようだ。
(うっ、今日も睨まれたのです)
厳しいイセトラの視線が返ってきた。勇敢そうな狼の顔で睨まれると威圧感もマシマシである。またか、とばかりの顔をしている。
「んふふ。障害が多いと燃えるわよね」
一連の流れを見ていたユイシーが楽しそうに言う。
そして、ぺルラをその豊満な胸に抱き寄せると、耳に唇を寄せて囁いた。
「ぺルラちゃん、まかせて。私、協力しちゃうんだから」
「ユイシーが張り切ると面倒なことになると思うなあ」
そばをふらふらとヴァンクが飛んで水を差す。
「フンッ」
それをはたき落として、ユイシーは意気込んだ。
「夢魔の協力が受けられるなんて、アナタとってもラッキーよ。まかせて」
「えっと、気持ちだけでも」
「まかせて」
圧の強い美女の迫力に、ぺルラはおずおずとうなずいた。
昼休憩になるとともに、ぺルラはユイシーに連れされられた。
ついてきたヴァンクとともに、やってきたのは相談室だ。ユイシーはそこに堂々と入ると、ドア近くのボタンを押した。使用中のランプが灯る装置のようで、自動で鍵がかかった。
それを確認すると、ぺルラを座らせて、ユイシーは対面に椅子を引いて座った。
「まずは、接点を増やしちゃうのがいいわ。それでね、まずね、ぺルラちゃん」
ユイシーが人差し指を立てる。
「私の力で、護衛もろとも精気を吸い取って体調不良にするわ」
「いきなりの力技」
ぺルラの驚きにも止まらず、さらに発言は続く。
「いっそのこと教室全体にしてもいいわ……ぺルラちゃんとヴァンクは体力有り余ってるじゃない?」
「ユイシー、テロでも起こすの? 引くほど先生に怒られるよ」
空中にあぐらをかいて、ヴァンクが突っ込んだ。
「あら。もちろん先生にはちゃーんと理由は言うわ。急な襲撃に対処できる訓練が必要ってね。事前の根回しは私とハニーがしてみせるわよ」
「カルバさんは生徒会役員だから説得力はありそうなのです……でも、ユイシーレベルを想定していないのでは」
ぺルラが返すと、ユイシーは艶然と笑った。
「しょうがない犠牲じゃない? それに私、全力でやってハニーに心配されながら介抱されたいものぉ」
くねくねとしながら、うっとりとしたユイシーはすでにやる気だ。
ヴァンクがじと目でそれを見ている。
「うげー。カルバのこと心底ソンケーしちゃうね」
「ふふん。もっと私の好きな人をほめたたえてもいいわよ! でも、一番ほめたたえるのは私だけど」
「同情してんだって。まあ、面白そうだからいいけどさ」
ヴァンクはそう言うと、「じゃあ」と片手をあげた。
「ボク、保健室確保しよっかな。フウプってさ、あのウェスカノートの息子でしょ。特別待遇の部屋にぺルラが案内できるようにしたげるぅ」
「やだあ。ヴァンクにしては考えるじゃない。誰もいない部屋なんて。いいわね!」
ぺルラ以外の二人が乗り気になってしまった。
「あの、ちなみにフウプくんの意思って」
「私の力に負けるんなら、そんなのないわよ」
「それ、いるぅ?」
そして二人して、この世界共通の弱肉強食思考である。
ここにはいないはずの養い親の顔がちらつく。ぺルラもまたその教育や薫陶を受けて育った身だ。それもそうかと思い直して、うなずいた。
やっと話す接点が再び持てるのなら。その一心で、拳を握った。
「がんばってみるのです」
「そうよ、行動あるのみよ、ぺルラちゃん!」
「じゃあさ、じゃあさ。いつやんの?」
ヴァンクが言うと、ユイシーは自信満々な表情で答えた。
「もちろん、今日すぐよ。これからハニーに伝えてくるわね」
*
宙にぷかりと浮かぶ、平べったい金属体。両翼に丸みのある薄いヒレらしきものがあり、それを波打つように動かして上空でバランスをとっている。
後部には細長い金属でできた尻尾があり、関節の隙間からはギアや回路が見え隠れしている。
機械種族。
ぺルラにとって未知の技術の塊で、何度見てもよくわからない存在だ。
ちょうど裏側の丸い球体部分に、各個体それぞれ生命情報を蓄えてあり、それこそが知的生命として成り立たせているらしい……とは授業で聞いたが、見ただけでは不明である。
「ハニー! 私の素敵なカルバ、お願いがあって会いにきちゃったわ」
甘ったるい声音でユイシーがその飛行型の機械種族に駆け寄った。
背の高いユイシーと向き合うと、意外とその機械でできた体は大きいとわかる。
「ダーリン、図書館では静かにするべきだ」
そしてさらに意外なことは、見るからに無機質で温かみもない物体から、柔らかな青年の声がすることだ。
カルバはユイシーのほうへ体を向けると、尻尾の部分を前方へ持ってきて指のように操った。上部装甲の隙間に赤々と光る水晶体がはめ込まれており、それが目のように感情を表している。
「はあい。ねえ、ねえねえ。今いいでしょ?」
「用件は推察している。耳目のある場ではふさわしくないことだな。ヴァンク、ぺルラ、ついてくるといい」
「さっすがあ。頼りになって素敵よハニー」
「褒められて光栄だ。ありがとうダーリン」
ユイシーが内容を話すより先に、カルバは先導しはじめた。尻尾で行き先を示しながらすいすいと空を泳いでいく。
すかさず後に続くユイシーが、手招きをする。
「ほら、ぺルラちゃん行くわよ」
そう言いながらもどんどん遠ざかる。ぺルラは慌てて後を追いかけた。
カルバが先導したのは、一つの空き教室だ。特別教科か何かで使うのか、実験器具らしきものが並んでいる。
ぺルラとヴァンクがきょろきょろとしているのに気づいたのだろう。カルバは空中に停止してぺルラたちのほうを向いた。
「機械種族が主に使う実験室だ。そのうち機会があれば君たちが使うこともあるだろう」
「うぇー、ボクは使わなくてもいいや」
ヴァンクは、舌を出して嫌そうにしている。ユイシーがそれを見て叩き落とした。
しかしいつものことで見慣れていることもあり、カルバは気にせず話を始めた。
「さて。私が思うに、ぺルラのために何かしようとユイシーが思い立ったところではないかな」
「はい、そうなのです」
「そしてそれは、やや強引でずさんな計画だ。根回しも当然いるのだね」
「そうなのです。よくおわかりに……!」
驚いてぺルラは小さく拍手をした。カルバは赤い目をちかちかとさせてユイシーを見た。
「ユイシー。君はまた無茶をするつもりだね?」
「うふっ」
「笑う君はとてもチャーミングだが、それだけで酌量すべきとはならない。ぺルラ、一応、君たちの計画内容を教えてくれないか」
「わかりました」
軽く了承して、ぺルラはユイシーたちが立てた計画案を説明した。
カルバは数秒沈黙すると、静かに言った。
「ふむ。ではこう変えよう」
すると、ユイシーがカルバの前にノートを広げた。そこに、カルバが尻尾で素早く図面を書いていく。
「行動は放課後にするといい。フォディエスたちは学級の者があらかたいなくなってから、いつも帰寮する」
「なんでそんなこと知ってんの?」
「私は男子寮の監督生を任されているため、帰寮時刻の記録も行っている。ヴァンク、君は少し道草が多い。門限破りはほどほどにしなさい」
「聞かなきゃよかった」
ヴァンクはふてくされて空中で寝そべった。
「そしてユイシーが精気を吸うことについてだが、これはおそらく失敗する」
「えー、なんでぇ!? 私、これでもけっこうすごいのよ?」
「フォディエスは植物の扱いに長けている種族でもある。君が吸収する精気を、植物に代替することで躱せるのだ」
「何それ。そうなの? そんな特技あるって、ずるいじゃない」
「そのため、先に倒れるのは間違いなくフォディエスの傍にいる二人だろう。それを助ければいい」
「ふうん? なるほど?」
「運ぶ先は、ヴァンクが言うように保健室を開けてもらうのが望ましいな。私もそこの手配を手伝おう。これならば接点のきっかけになるのではないかな?」
ユイシーがふんふんと頷く。それからぺルラを見た。
「ぺルラちゃん、わかった?」
「なんとなくは」
「そう。ならこれで行きましょ! ハニーに相談してよかったわ!」
輝く笑顔のユイシーは、カルバに近寄って抱き着くと唇を寄せた。
ウィンウィンと稼働音がわざとらしく鳴って赤い目が瞬いている。
ぺルラは思わず両手で目を隠してしまった。それからそろりと見てみる。飛ぶ機械に興奮する美女の図である。やはり直視しづらい絵面だった。
隣のヴァンクに、小さく「帰りましょうか」と声をかけて、背を向ける。
「お先に失礼します! ありがとうございます、カルバさんとユイシー!」
それから大きく声をあげて、ぺルラはヴァンクを掴んでそそくさと部屋をあとにしたのだった。