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2.出会いと障害と相談


(あの後の駄々をこねるママ様に比べたら、このくらい!)


 戸惑いながらも自分を奮い立たせる。

 学び舎に来るため、説得したアナンシィの様子を思い浮かべればなんてことはない。

 それでもちょっぴり勇気を出すために、家のものたちがセットしてくれた髪を触る。

 高い位置で一つ括りにして、手触りのいい大ぶりのリボンを絡めている。家のみんながペルラに似合うと贈ってくれたものだ。


(よし、元気が出ました! いざ!)


 そして足を踏み出し、ずん、と中へとペルラは進んだ。




 しかし中は広い。

 式の始まりまでは教室待機とあったので、決められた教室を探すのだが、なかなか難儀した。

 ペルラはあちこち彷徨いながら、ようやっと教室までたどり着いた。


 教室も教室で、目に賑やかだ。

 昆虫みたいな形の生徒もいれば、泥人形のような生徒もいる。あれは虫種族と粘性種族だろう。ぺルラの住む場所でも見たことがあるタイプだ。

 そのほかは、まだ見たことのない姿かたちの生徒がたくさんいた。


(あっ、私みたいな人の形! よかったあ)


 思わず、ぺルラはほっとして見つめた。

 あまりに違う形が多すぎて、めまいがしそうだったのだ。

 その中でも、ぺルラと同じくらいの体格の子もいた。

 つい先ほど教室に着いたのか、入り口から数歩の位置にいる。ペルラのすぐ近くだ。


(できたら、同じ胎生種族だといいのです)


 黒色を薄く伸ばしたような髪色で、ふんわりと跳ねた後ろ髪を束ねている。前髪がかかって目つきはよく見えないが、やや吊り目のようだ。

 体つきはガーラより小さいけれど、少し骨張っているところが似ている。

 そのことをペルラは思い浮かべて判断した。


(たぶん、男の子。きっと。喉に出っ張りがあるような……やっぱり男の子!)


 チャンスだ。

 仲良くなって、婿の打診。アリかもしれない。

 ペルラが、意気込んで話しかけようとした、その瞬間。


「みんな、離れろ! ヴァンクが爆発する!」


 クラスメイトの誰かが叫んだ。

 声のあたりを見ると、場違いな丸い半透明の物体が浮かんでいる。およそ両手を広げたくらいの大きさで、パンパンに膨れて薄く引き延ばされている。

 ペルラがさらに目を凝らしてみると、その中に顔を覆った小人がいた。


「知らないの多いのヤダー! ボクを見ないでえ!」


 甲高いキーキー声でヴァンクが喚く。

 そして、ものすごい風圧とともに半透明の物体が破裂した。


「あっ」

「わ!」


 誰も彼もがどこかしらに体を打ちつけたりよろめいたりするなかで、ペルラもまた同じ目にあった。

 ちょうど近くにいた人物と運悪くぶつかってしまったのだ。

 思いっきり顔面ごとぶつかって、慌てて離れ、相手を確認した。


 相手はさっきまでペルラが観察していた少年だった。


 少年はしどろもどろになりながら、頬に手を当てている。

 ペルラの顔がぶつかったところだ。あの爆発で向こうもよろけていたので、互いに不本意な接触であった。


(頬が痛むのでしょうか。私は平気でも、あっちはそうでないのかも)


 ペルラはなまじキメラなだけに、頑丈で力も強いほうなのだ。恐る恐るペルラは声をかけた。


「あのう、お怪我が?」

「ひっ、あ、えと……」


 慌てた風に少年の口が開く。すると、尖った牙が見えた。


(あっ、牙! ってことは、獣の種族? 肌も柔らかかったから機械種族ではないはず! 胎生種族では!)


 じっとペルラが見つめると、ますます目の前の少年は言葉に詰まったようだ。つばを飲み込んで、ようやく声を出した。


「その、大丈夫。君も……あ、いや。まず、当たって、ごめん」


 なにやらカタコトだ。そういう発声をするタイプなのかもしれない。

 ペルラはひとまずそう受け取って、大丈夫だと首を振って返す。

 そして、ハッと気づいた。


(今、私に気遣いをしてくれた? それに……)


 そのままそそくさと離れると、少年は自分の席を見つけて座った。すぐさま頭を伏せている。

 それを見守って、しばらく。


(謝れるタイプの、人!?)


 ペルラは感動していた。

 身内の自由が過ぎる養母、プライドと自己愛強めなパパ代理。その他、養母のシマを荒らす輩なんて、乱暴者ばかりだった。


(学び舎とは、このような御方とも出会える場所なのですね! ガーラパパ様、素晴らしいところなのです!)


 早くも婿候補に良いのではと、ペルラは狙いをロックオンした。

 手頃なところから情報収集は始めるべきだ。

 ペルラは意気揚々と、かの少年について調べることにした。







 フォディエス・ウェスカノート・マデアン・ゼノウ・オープ。


 これが暫定婿候補のお名前だった。


「うーん」


 ペルラは、一、二カ月ほど嗅ぎ回った情報を前に、唸っていた。

 これほど長い名前となると、歴史ある種族の出なのは明らか。小競り合いの戦いに、長年打ち勝ち続ける実力があるということ。

 名だたる古強者の一族は、一部例外を除いて名前が長くなる。代々の長の名前を、遡って5代まで引き継ぐしきたりがあるからだ。


(どうしましょう……思った以上に大物だったのです)


 アナンシィの無茶振りよりも無茶な相手かもしれない。

 調べた事柄を反芻して、ペルラはため息を飲み込んだ。


(諦める……ううん)


 種族の父方が、相当有名な者だった。箱入り娘状態のペルラでも知っている。

 現状、この世界で一番権力と武力を握っている鱗獣タイプの胎生種族だ。あと子沢山でも有名だった。

 聞いたところによれば、ウェスカノートの子どもは72もいるらしい。そしてペルラ注目の彼は、59番目の息子だとわかった。


(有名人の子なのに、偉ぶらないし。なにより、クラスで一番優しくて素敵に見えるのです)


 二ヶ月もあれば、ほんのすこしの接触もある。

 同じクラスなのだから、気にしていればフォディエスの生活態度や人当たりはなんとなくわかる。

 ペルラにとって、大変文句のつけようがないくらい、良かったのだ。

 なにより、最初のことを気にしているのか、ペルラに優しくしてくれる。


(フウプくん……どうにかママ様のお屋敷へ来てくれないでしょうか)


 フウプとはフォディエスの略称だ。

 学級始まってからあった自己紹介で決まったもので、他にもいた名前の長い種族からの提案でそうなった。

 長いと呼びにくいし、緊急時に困るだろうから。

 そんな発言のもと、明るく求心力のある生徒の発案で次々に決められた。

 フウプ。

 ふわっとしていて、なんだか可愛らしい響き。ペルラとしても良い略称だと思っている。フォディエス自身も反対せずに許しているので、ペルラは堂々と呼んでいこうと決めた。


「ペルラ、また見てるの?」


 ふっと視界に邪魔が入った。

 手のひらくらいの小さな体に、薄い羽が生えている。頭部にはアンテナのような触覚が2本伸びて、ちかちかとほのかに光っていた。

 妖精種族の少年、ヴァンクだ。

 ペルラとは隣同士の席ということもあり、この二ヵ月ほどであっという間に仲良くなった。

 ヴァンクが起こした初っ端の爆発事件は驚いたが、慣れればペルラでも対処可能だ。そのうち人見知りが落ちついたら爆発も少なくなった。


「そんなに見てて楽しーい?」

「楽しいかというより、真剣に観察しているのです。私とママ様たちの将来に関わることなのです」

「ふうん。よくわかんないけど大変だねえ」


 空中であぐらをかいて飛びながら、ヴァンクが言う。ふわふわと綿毛のような白い髪が揺れている。


「ペルラもボクたちのように、お花から生まれたらいいのに」

「ワンチャンできるかもしれませんが、進退極まるまでしないのです」

「できちゃうのがデタラメだよね」

「私は優秀な後継なのです」


 ペルラが誇らしそうに胸を張ると、けらけらとおかしそうにヴァンクは言った。


「代わりに不器用で変な敬語でさ、バランスとってるのかな」

「不器用は認めますが、言葉遣いはパパ様たちに学んだものなのです。変じゃありません」

「変だよう。方言みたいに染み付いちゃってるんだもん。直せないね、こりゃ」


 ヴァンクは人見知りだが、気を許すとすぐ揶揄ってくる。それも揶揄うのは人を選んでいるらしく、もっぱら対象はペルラかヴァンクの幼馴染である。

 その幼馴染というと、ペルラを揶揄って遊び始めると、どこからともなく現れる。

 今もそのようで、浮かんでいたヴァンクを白い手がむんずと掴んだ。


「ヴァンク、元気が有り余ってるようじゃない。私のおやつになりなさいよ」

「ぐえっ、ユイシー。もっと優しく触ってよ」


 手の主、ユイシーはヴァンクの抗議をものともせず真っ赤な唇を吊り上げた。

 薄桃色の長髪は豊かに波打ち、毛先を美しく巻いている。小顔に整ったパーツがならび、夜のような星空の瞳が印象的だ。

 まだ成体ではないが、圧倒的なプロポーションを持つのは夢魔だからだろう。

 同じ制服を着ているはずだが、まったく違って見える。


 知り合ってから変わらず美しい友人は、ヴァンクを掴んだままぺルラの傍にやってきた。

 妖精種族であるヴァンクと精霊種族の一つであるユイシーは、昔から交流がある幼馴染らしい。そのおかげで、ぺルラがヴァンクと仲良くなると自動的にユイシーとも知り合い、仲良くなったという経緯がある。


「ぺルラちゃんに意地悪を言うやつは、このくらいの力加減で十分」


 ユイシーがそう言うと、ヴァンクの背中に唇を近づけて、すうっと吸った。

 うっすらと白い靄のようなものが抜けていく。

 最初見た時こそ驚いたが、これがユイシーの食事方法だった。生き物の精気を分けてもらうのである。

 ユイシーの言い分によると、一番元気が有り余っているのがヴァンクだから小腹が空いたらひとまず吸っている、とのことだ。


「はー。食べなれた味って感じぃ」

「そりゃどーもぉ」

「はい、ありがとお」


 心なしかよれよれと飛んでいるヴァンクをユイシーが放りなげる。

 ヴァンクの席に腰掛けて、ユイシーはぺルラのほうを向いてにっこり微笑んだ。


「ぺルラちゃんも恋するお仲間になって嬉しいわ。早く私とハニーみたいになれるといいわね!」

「うーん……ユイシーとカルバさんみたいには難しいと思うのです」

「まあそうねえ。私とハニーって唯一無二だもの」


 見ているこちらまでうっとりするような陶酔顔でユイシーがため息をつく。


(そりゃあ、精霊種族と機械種族のカップルはそうそうないのです)


 どうやって知り合ったのか、どうやって付き合ったのかが不明だが、ユイシーたちはこの学び舎でも有名な仲睦まじいカップルである。

 カルバは装甲部分に滑らかなメタルボディを持った、飛行タイプの機械種族だ。ぺルラのいた屋敷でも見たことのないタイプの種族に、最初は生き物と思えず、ユイシーに紹介されたとき見事な二度見をしてしまった。


(それに比べたら、種族的な壁は低い……はずなのです!)


 ぺルラは、また視線をフォディエスに戻した。


 だが。

 二ヵ月経ったというのに、あの時以来、まともな接点を持てずにいる。

 遠い席にいる背中を眺めて、ふう、とぺルラは息を吐いた。



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