1.婿を探しに学び舎へ
立派な門を前にして、ペルラは二の足を踏んでいた。
思っていた以上の周りの光景に、圧倒されてしまったからだ。
(本当に、いろんな種族がいるんだあ)
感動半分、驚き半分。
そわそわと辺りを見回すと、田舎から来たのかと不審そうな視線が返ってきた。
そんなこともかまわず、ぺルラは右を見た。
発光する苔を全身に纏わせた円形の生き物がいる。
左を見た。
幾何学模様の四角形からロープのような物体が垂れさがって浮いている生き物がいる。
そうっと後ろを振り向いた。
次々と押し寄せる、生き物の群れ。ぺルラと同じタイプの形もいなくはないが、それ以外のタイプが多すぎる。
(この中から、お婿さん探しか……できるかな)
ぺルラは半ば呆然としながら、門へと進む者たちを眺めた。
*
「学び舎に入れ、ですか」
慣れ親しんだ屋敷の一角。
ぺルラを呼び寄せたガーラが、大仰な仕草で自身の口元に人差し指をあてた。
「しっ、声が大きい。まだ気取られてはならんのだ」
「ガーラパパ様。それってどういうことでしょうか」
「いいかぺルラ。今から事情を話す。よく聞くがいい」
吸血鬼のガーラは青白い顔を悩まし気に歪めている。
貴人もかくやな怜悧な美貌は、芝居がかった言動がよく似合う。
「お前のママ様と言ってきかない、レディ・アナンシィが」
「ママ様はマダム・アナンシィになったのですよ」
「むぐ、そうだった。お前を拾ってから変えたのだった。感謝するぺルラ。この場にいたなら、面倒が増えてたところだ」
「何年もパパ扱いでも、まだ待遇が上がらないのですねえ」
「本当にな」
ガーラは話に出たアナンシィの配下であり、そのアナンシィに無理やりパパ役をあてがわれた一人である。
赤ん坊のころから世話になっているため、二番目にペルラの頭が上がらない人物だ。
一番はもちろん、アナンシィだ。
赤ん坊だったぺルラを拾って庇護してきた女性である。
ただし、普通の人ではない。
ぺルラがいる世界は、多種多様な種族が集っている。誰が呼んだか、いろんなものを継ぎ合わせた継合世界。
知的生命体の種類が多様であれば、当然、覇をめぐっての小競り合いが続いている。
そのため、新規の集団が数年で興ったりどこかで何かが滅んだりと忙しない。
その中でも、ぺルラが住む地域一帯の主となっているのが、アナンシィだった。彼女の種族は幽霊で、指折りの実力者だ。
気ままで自分勝手。それに気分屋。
いつまでたっても少女のような好奇心で配下を振り回す女王様である。
「さて。その我らがマダム・アナンシィが、またろくでもないことを思いついた」
ガーラの言葉に、ペルラは昔を懐かしんでいた意識を呼び戻す。視線を向ければ、重々しい顔でガーラが続けた。
「アタシの可愛いワタシちゃん。お相手はどれにしようかしらあ」
アナンシィの声を真似るわけでもなく、淡々とした口調がペルラの耳にするりと入ってくる。
「面白いのがいいかしら。硬いのがいいかしら。どれにしようかしらあ……とな」
「あのう。お相手って」
「無論、お前の相手だ」
言い切ったガーラに、ペルラは磨かれた紫水晶のような丸い目を瞬かせた。
「ぺルラ。この間まで乳飲み子であったお前も、もう立派なレディだ。吾輩、気づくのが遅すぎるくらいだった」
「私はまだ、幼体区分のはずなのですが」
「しかし成体となるのも近い未来ではある。マダム・アナンシィが思いついたのが証拠だ」
種族は違っていても、成長区分というものはどの種族でも共通している。
卵生期、幼体期、成体期。大まかに分けてこの三つだ。
「彼女に任せたらどうなることか。吾輩たちのような胎生種族と、ほかの違いもわからぬのだぞ」
「ママ様、どんな相手でも愉快と言って済ませちゃうでしょうねえ」
「暢気に言うな。ペルラ、同じ形状ならまだしも、意思疎通も困難な相手だったらどうする。そもそも、お前は次代になるのだぞ」
「ああ……」
思わずペルラは言葉に窮してしまった。
自分が拾われて後継となった経緯が、ザッと蘇ったからだ。
ペルラは、俗に言うキメラである。
見た目だけはか弱い少女然としているが、あらゆる種族を合成した人造生物だ。
倫理も頭脳も奇抜なとある博士により、新世代の生命体を造る実験で生まれた。
その後、気まぐれでアナンシィに拾い上げられ、予想外に好かれて養女となり、次期主に指名された。
アナンシィの種族が交配で増えないことも後押しとなった。この世界で幽霊は、突然発生する生物だからだ。
そんなこともあって、次期主としてその後先を考える必要は大いにある。
ペルラは軽く返した自分に叱咤して、真面目に考えた。
「そういうことなら、ちゃんと次代を作れる種族で、意思疎通が可能な相手でないと……」
「そうだ。マダム・アナンシィにそれが考えられるわけがない。婿という存在がいれば勝手に増えると思っているぞ、あれは。ペルラが複製できるとも思っているかもしれん」
「あり得る」
「だろう」
ペルラの呟きに真面目ぶってガーラが言う。
互いに沈黙する。アナンシィのやりそうなことを予想したためだ。
ろくなことにならない。悲しいかな、経験則だった。
不穏な未来を破るように、ガーラは咳払いをした。
「さて。そこで学び舎に行く重要性が上がるわけである」
「そもそも、学び舎とはなんなのです?」
「あらゆる種族の長が合議してできた、養成施設だ。幼体から成体になるまでの間、いつでも通える」
「つまり、私も?」
「うむ。これまでは吾輩たちの英才教育で十分であったが、今回はそうも言ってられん」
ガーラが黒いマントをひるがえす。芝居がかった仕草で、顔に手を当ててポーズを決めた。
「ペルラ。お前はそのあらゆる種族の中から、相応しい婿を連れてくるのだ」
「私が、お婿さんを」
「この際、能力などは不問だ。話が通じて、光熱系種族以外なら歓迎だ。胎生種族なら尚良し」
ガーラの種族と光熱系の種族は相性が悪い。だからか、言葉ひとつであっても嫌悪感が宿っている。
恩義のある父代理の言葉だ。ペルラは力強く頷いた。
「わかりました。不肖、このペルラ、ガーラパパ様の期待に添えるよう頑張ってみるのです」
「やはりお前は話のわかる良い子だ。では、その調子でマダム・アナンシィに伝えるのだ。吾輩は他の者と残りの手続きをしてくる」
「はい。それで、向かうのはいつごろから」
「明日だ」
青白い顔を輝かせて、ガーラは指を鳴らすと黒い煙に変わって消え失せた。
同時に遠くからペルラを探す声がする。アナンシィだ。
(明日からってことは、ガーラパパ様のなかで決定事項だったのですか……)
ふうと息をついてから、ペルラはアナンシィのもとへと足を向けた。
これから学び舎に向かうことと婿選びの説明をしなければ。
心を奮い立たせて、ペルラは体を動かすのだった。