悪魔を狩る者
短編『わたしの守り人』の遥華サイドのお話。
たぶんどういう世界なのかわかるかもしれません。
私はいつも通り黒い霧を纏わせ、霧で生み出した黒い剣で悪魔を狩っていた。
悪魔狩りをしている最中に、ふと10年前のアルバイトでの日常を思い出した。
たしかお嬢様の護衛を条件に家庭教師として雇ってもらった。
当時は特にお金には困ってなかったけど社会経験もした方がいいんじゃない?と義理の母さんに言われて始めた覚えがある。
たしか2年続いたはず。
最後は悪魔の襲撃でお嬢様に傷をつけてしまって呆気なくクビになったんだっけ。当時は2年も続いたからって少しだけ油断してしまった気がする。あ、でも気配が感じ取れなかったのもあるかな。防犯しっかりしてたから。
別れる際に、約束とお守り代わりの鈴をあげた。
約束は危険に陥ったとき、必ず助けに行くというもの。
鈴は悪魔に襲われたとき私に知らせる悪魔専用のブザーだ。ちゃんと持ってたらの話だが。
まあどうあれ10年経っても鳴ってないのはいい事だ。
私は自身から出した黒い霧を霧散させ周囲を見渡す。
砂漠だからか地面に転がっているのは悪魔の死体しかなかった。
溜息を吐きながら空を見上げるも、結界の中のような青空は無く一面灰色だ。
この世界は300年前に本の世界と結合してできた世界と言っていた。だからか結界の外には天使と悪魔が蔓延っている。
結合する前と後とで悪魔と天使の在り方が違う。
結合前の天使と悪魔は思慮深く、志しなどを持っているが、結合後の悪魔と天使は意思がなく本能で動くのだ。だから悪魔を殺しても心を痛むことは基本的にはない。
そして結界の外が砂漠なのは300年前に世界が結合した名残だそう。300年以上前は結界や砂漠なんて無く利便性の高い道具が沢山あったって母さんが言ってたな……今じゃ信じられないけど。
私は悪魔をずっと狩っていたら『悪魔殺し』という変なあだ名がついたけど。まあ悪魔嫌いだから仕方ないよね。
私は結界を維持するために動けない母さん達の代わりに悪魔を狩ってる。一応狩ってる理由はあるのだ!
緊急のときは母さんと父さんのどっちかが動くらしいけどそんなことは滅多に起きない。
というか起きて欲しくないし、起きないってことは平和って事だし。不老だからってあの人達身体は人間なのに300年もずっと動いてるのおかしいし……!
さっさと大人しく隠居しろって思う。ぶっちゃけ頭おかしいでしょあの二人。身体が勝手に動くんだったら仕方ないけどね。
私だって悪魔狩りで勝手に動いちゃうし。
それと二人の行動方針が真逆なのに見事に噛み合ってるのが面白い。
母さんは『全員を守りたい』という思想で父さんは『大事な人だけを助けたい』だから、父さんが母さんを守ろうとしたらほぼ必然的に全員を助けてしまうという謎の仕組みになっている。
さて、動くか。
そう思って足を動かそうとした時に鈴の音が聴こえた。
──チリン
居場所を知り
──チリン
跳んで
──チリン
白い布で巻かれた筒状の棒を取り出す。
「『星雲』」
棒に呼びかけた瞬間、光の粒子が集まる。
視界には死体の山とぺたりと座り込んでいる少女が映った。
振り下ろされる棍棒と少女の間に入って棍棒を受け止めると、光が割れ黒き剣があらわになった。
「約束しただろ、必ず助けに行くって」
少女を安心させるために独り言のように口にした。
悪魔の棍棒を受け止めながら改めて周囲を見る。
こりゃ立派な死体の山だな。恐らく少女の盾になったのだろう。
棍棒を弾き飛ばして右足で悪魔を蹴飛ばし、ぺたりと座り込んでいる少女から距離を取らせ、一瞬だけでも座り込んでいる少女――鈴の持ち主であるお嬢様と話す時間を稼ぐ。
悪魔の方に身体を向けたままちらりと背後に居るお嬢様を見る。
やはりというべきか10年の歳月が経っているからか見た目は座っててもわかるぐらいに身長は伸び、顔にあどけなさを残しつつもお淑やかに育っていた。呆けているお嬢様の顔に少し笑ってしまう。
ていうかなんで結界の外に居るんだと問いたい。
「色々言いたいことはあるけど……」
呻きながらも立ち上がる悪魔に視線を戻し、観察する。
しかしデカい。どれだけ人間や悪魔を狩ったのか気になるぐらいデカい。
悪魔は殺した数だけ大きく強くなる。父さんはゲームかよとつっこんでいたけどゲームってなんだよ。
悪魔が私に狙いを定めたのか棍棒を持たずに私に向かって突進してきた。
それに対して私がやった行動は剣を横に振るうだけ。
この剣は私の意思で硬度や斬れ味が上がったりするから盾にもなるしなんでも斬れるのだ。
悪魔の胴体が分かれる。
私はそれを見届けるも、念の為にもう人刺ししておく。悪魔はしぶといのを嫌と言うほど知っているから。
絶命したのを確認したらお嬢様の方へと歩き、目線をお嬢様に合わせるためにしゃがむと懐かしさに自然と笑みが出た。
「お嬢様、成長しましたね」
すると、栓が抜けたかのようにお嬢様は私に力一杯抱き締め、声をあげて泣き出したので私はそれを受け止めるように軽く抱き締め、背中を摩る。
しばらくしてお嬢様が顔を上げると、目を赤く腫らしながら恥ずかしそうに顔を赤くし私の顔を見ていた。
うーんどうしよう。とにかく安全な場所に移動した方がいいけど……
「お嬢様、歩けますか?一番安全な場所に連れて行きます」
「えっと……わかりました。動けます!ありがとうごいます遥華」
「お嬢様のためですのでお気になさらず」
そう答えると何故か見つめられていた。
「10年経ったのに成長してないみたいですね。見た目同い年に感じます」
「まあ、私は純粋な人間じゃないですし……ある程度歳をとると成長する速度が遅くなるんですよ。そういう種族に生まれたんです」
私は悪魔に属する鬼と人間のハーフだ。だから昔ほど悪魔を嫌っていない。
鬼は排他的な種族で滅多に本の世界の外には出なかったし他の悪魔や天使を嫌う。だが私の母親は変わり者だったのか人間と恋に落ち、私が生まれた。その後鬼によって父親は消されて母親も忽然と消え、母さん達と出会ったという経緯だ。
でもまあこれはお嬢様に言う必要はないか。
少し歩き、複数ある結界の内の一つに私達は入る。
結界に入ると景色が一変して灰色だった空から青空に、砂漠から森と複数の建物に変わった。
私達は森の方へと向かい、森を抜けると大きな家が姿を現す。
「私の家よりでかいのでは……」
「うーんどうだろう。家主はちょっと家がでかいだけって言ってたからわからんな……あ」
「2回も助けてもらった身だからタメ口で良いですよ」
よかった。いやまあうん、絶対お嬢様の屋敷の方がでかいから。
家のドアにノックしドアが開くのを待つ。
暫くするとドアが開き、前髪を揃えた黒髪ストレートのおっとりとした雰囲気を出している女性が顔を出した。
「来るのはわかってたよ。お帰りなさい遥華」
「ただいま母さん」
「ぽへぇ……」
変な声を出すお嬢様に私と母さんは少し笑う。
「噂は遥華から聞いていたんだ、私の名前は剣崎雪奈。……ようこそ物語の家へ」
二人の再会はこれで終わり。
雪奈さんについては別の機会……長編にてやろうかと思います。
・追記
遥華は最近まで悪魔の血が半分流れているのを知らなかったので悪魔が嫌いでしたが、途中で実の母親と再会したりして現在は悪魔に改造された人間や悪魔と天使のハーフの存在のおかげで多少は緩和されました。
悪魔嫌いを拗らせていたのは鬼の血のせいです。
作中に出てくる結界は悪魔と天使のハーフが造ったものです。
悪魔は暴力に特化した種族で天使は守護に特化した種族です。尚ハーフは能力は天使だけど思考回路は悪魔寄りなので盾で圧死させたりしてます。
遥華が使用していた『星雲』は元は刀でしたが、意志を持っているので形状が変わります。