LEFT BANK
──霧みたいな雨が降っていた。もちろん、そのことを霧雨と言うのは知っている。まあ、いいじゃないか、遠回しの表現も。とにかく僕は急ぐこともせず、目的の場所へとゆっくりと歩いた。目的の場所は雨が凌げる場所だ。
その場所へと着くと、汚くとも、何とか朽ちずに形を保っているベンチに座り、僕は煙草に火をつける。一口吸って肺に溜めてから空気中に紫煙を思いっきり吐き出す。そんな、一息ついた瞬間だった。
「──そこの暇そうなお兄さん、私にも1本くれませんか?」 図書館の裏にある寂れた公園だった、僕が少女に話しかけられたのは。
「残念だけど……。あからさまに未成年の君に1本恵んでやるほど、僕は出来た大人じゃないんだ」
少女は僕の返答に嬉しそうな笑みを口元に浮かべる。僕はそれを確認し、言葉を続ける。
「そんなに欲しいなら、君が二十歳を越えているという証拠を見せてほしいな」
「女性の年齢がわかってしまうような質問はしないで下さい」
そうきたか、と僕は思った。次はなんて質問してやろうか、と考えていると少女が先に口を開いた。
「あの、お兄さん。まだ続けるんですか。何回目のやりとりだと思っています?」
「さあね。でも楽しいじゃないか」
「時間の無駄です」 少女が呆れたような口調で言うものだから僕は仕方なく少女の為に煙草を1本、箱から出してやった。
少女は松葉杖をつきながら、危なげな足取りで僕の座っているベンチの隣に近づいてきた。少女はどこかの高校の制服を身にまとっていた。霧みたいな雨のせいで少女は少し濡れている。
「手を貸そうか」と途中で呼びかけたが、「結構です」と断られてしまった。僕に出来るのは少女がベンチにたどり着くまで気長に、気にしない素振りで待っていることぐらいだった。
もちろん、少女が転ぶようなことがあれば、いつでも支えることが出来るように注意を払いながらだ。
少女は転ぶことなく、何とかベンチにまでやってくることが出来た。僕の隣に座ると僕の顔を見上げた。こうして並んで座るとよくわかる。少女はとても小柄なのだ。成人男性の平均身長と同等くらいの僕と比べてみても、座高にかなりの差があるのがわかる。立って身長を比べてみてもきっと、同じだろう。
少女はサングラスを掛けており、いまいち表情から感情を読み取るのは難しい。でも、焦れったそうに僕の顔を見上げ続けている。
僕は煙草1本とライターを少女に渡した。受け取った少女は無言のまま煙草を咥え、ライターで火をつけようとする。
1回、2回、3回、と少女はライターを擦りつける。だけど、ライターは火花を散らすだけで火はついてはくれない。僕はその少女の様子をじっと見ていた。僕は少女につけてくれ、と言われるのを待っていたんだ。僕は少女に頼って欲しかったのだと思う。
何度目の挑戦だろうか、ライターから火花が散った瞬間、少女はライターを握っていた右手を振り上げた。そのまま、振りかざしライターを遠くへと放り投げてしまった……。どうやらフリント式のライターは少女には合わなかったらしい。
僕は残念に思う。別にライターが惜しかったわけじゃない。少女に頼ってもらえなかったからだ。僕は溜息をつくと、懐からもう一つのライターを取り出す。そしてそのまま少女の咥えた煙草に火をつけてやった。
「どうも、あ……」 ありがとう、と言おうとしたのだろう。だけど、少女は軽く吸い込んだだけで激しくゲボゲボ、と咽せてしまった。
「大丈夫? 無理しない方がいい」
「大丈夫です。心配は無用です」 そっか、と僕は呟くと、自分の吸っていた煙草があまり吸わないまま、灰になってしまっていることに気づいた。僕はもう1本煙草を取り出すと、火をつけて吸った。
しばらくの間、僕も少女も無言のまま、ただ煙草を薫らせていた。雨音もしないような細かい雨が降り続いている。この場所はお気に入りの場所だが、今日は湿っているせいか少し生臭かった。
もしかしたら、僕はそういう所も含めてこの場所が好きなのかもしれないと考える。
くだらない僕の思考と、この沈黙を果たして、破ったのは少女の方からだった。
「あの、お兄さん。私、命狙われているんです」
「ああ、知ってるよ」 僕は平然とそう答えていた。
「それに私、学校で壮絶な虐めに遭っているんです」
「ああ、それもなぜか、知っている」
現に少女の肩まで伸びた髪は何とも言えない歪な色彩をしている。縞々とは違う、汚い黒と汚い白が混ざり合った複雑な色だ。絵を描く人が見れば、嫌悪しそうな色だと僕は思った。
「髪の色、ですか?」 僕の無遠慮な視線に気づいたのか少女は僕の聞きたいことを的確に当ててくれる。
「ああ」
「これは、クラスメートにやられたんですよ。放課後、たまに話す隣の席の子に誘われてその子の家に行ったんです」 少女は僕に歪な髪色になった詳細を話してくれた。それは主に以下のような内容だった。
少女は比較的仲良しだと思っていた隣の席の女の子の家に喜んで遊びに行った。ちなみに、少女とその子はクラスの中では浮いた方だったらしい。高校二学年に進級して間もなくにもかかわらず、クラスのグループ編成は大体作られていた。そうして、二人は取り残されたということになる。そういった点からも少女はその子に親しみを持っていたのだという。
だけど、そう思っていたのは少女の方だけみたいだったようだ。
少女が遊びに行ったその子の家には両親はおらず、代わりにクラスの何人かが家にはすでにいたらしいのだ。そのクラスメートたちは前から少女を虐めていたグループだった。
少女は男も混じったそのグループの手により、制服を脱がされ、下着も剥ぎ取られ、お風呂場へと引っ張ってかれた。そこで、少女は頭から何かよくわからない液体をドバドバ、とかけられた。
液体は頬を伝い、口にも微かに入る。少女はそこでその液体の正体がわかった。それは、アルコール度数の強いお酒だった。
いったい、何本分のお酒を頭からかけられたかはわからないが、数回瓶の封を切る音が聞こえた。かけるのに飽きたのか、無理矢理飲まされたりもした。少女は胸の底から何かがせり上がる気配を感じ、耐えることは出来ず、その場で嘔吐した。
「汚ったねえっ!」と嘲笑う声が聞こえた。少女は虐めという屈辱とアルコールがもたらす曖昧さの中でも、なぜか口内に残る自分の吐瀉物の苦味だけに鮮明さを感じたという。
お酒がかけられなくなると、今度はシャワーで冷水を浴びさせられた。
冷水の冷たさに耐えていると、しばらくしてシャワーの水は止められた。髪の毛を引っ張られ、鏡を見るように命令される。
少女が鏡を見れば、歪な髪色の自身がいたということだった……。
「そういう訳です」 少女は全てを話終えると、なんてことはない、といった口調でそう言った。
「アルコールには脱色させる効果があるからなあ。だけど綺麗には脱色出来ない」
「その通りです」
「何で、元に戻さない? 染めて黒に戻したらどうだい」 僕のこの愚かな何も考えていない案は少女の答えによっていとも簡単に打ち砕かれる。
「染めても、無駄だからですよ。どうせ、またやられるだけです。今度はひょっとしたらもっと酷いやり方かもしれない」
なるほど。確かに髪を元に戻せば反抗したとみなされ、更に酷い仕打ちが待っているかもしれない。賢い少女はそこまで見抜いていたようだ。
「それじゃ、その足が不自由なのも……」 僕は聞いてはいけないと思いつつ、その質問を投げかけてしまっていた。
「ええ。これは、中学二年生の頃でした。自分の椅子に座ろうとしたら後ろの席の男子が座らせまいと席を後ろにずらしたんです」 少女は僕の無神経な質問にも淡々と答えてくれ、続きも話してくれる。
「それで、椅子に座ろうとしていた私はそのまま床に倒れてしまいました。たったそれだけのことです。しかし、たったそれだけのことで私は右足が不自由な人間になってしまいました」
「──そうか、すまない」 僕は謝っていた。言いたくないことを聞いたと思ったからだ。
「お兄さんが謝る必要はありませんよ。悪いのは私の席の後ろに座っていた馬鹿な男子です。このことが原因か知りませんが、その男子は第一希望の高校には落とされたらしいですよ」
「こういうとき、私は何をしたら良かったんでしょうか? 何をどう行動したら良かったと思いますか?」 少女は難しい質問を投げかけてくる。
「僕だったら、そうだなあ……。『イピカイエー、くそったれ』って言って、復讐してやるかもしれない」 僕は自分で言いながら、何て参考にならない意見なんだと思った。
「それってどういう意味なんですか?」
「まあ、簡単に言えば。これでもくらえ、くそったれっていう意味だね。昔のカウボーイが使っていた言葉なんだ。この国じゃ、『ダイハード』シリーズのジョン・マクレーンのセリフとして有名だけど……」
「何でそんなこと知っているんですか?」 少女はまさか、答えが返って来るとは思わなかったという表情で聞いてきた。
「昔、僕が高校生の頃、ALTのケニアン先生に教えてもらったのさ」
「そ、そうなんですか。はじめて知りました……。これでもくらえ、くそったれ、ですか……。それっていいですね。私も今度使ってみます」 少女はそう言うと、一度深呼吸をした。
「聞いていて、下さい」
「あ、ああ」
「イピカイエー、くそったれっ!!」 少女は何もかも投げ捨てるように、僕の教えた言葉を繰り返した。サングラスをかけているので目は見えないが、こうですか? と問いかけているようだった。
「ああ。完璧だよ」 僕は少女にそう言ってやった。
少女の口元は満足そうに微笑んでいた。
それからしばらく、少女も僕も黙り込んでしまった。2人ともやみそうにない霧みたいな雨を眺めていた。
「──ところで、お兄さんはこんな平日の午後に何をしているんですか? 暇なんですか」 再びの沈黙をどうやって破ろうか、僕が悩んでいると、少女は話題を変えることで沈黙を破った。
「──ああ、ここ。この表の図書館、僕の元職場なんだよ」
「お兄さん、司書さんだったんですね」 少女は今日一番嬉しそうな声で言った。
「いや、違う。司書の資格は持っていたけれど、司書としては働いてなかった。ただの、非常勤職員さ」 僕は正直に答える。
「こんな私にも、よくしてくれた図書館の職員さんがいました。馬鹿みたいに優しいんですよ。少し、煙草臭かったですけど……」 僕を気遣ってか、「司書さん」ではなく、少女は「職員さん」と言った。少し、身体ではないどこかが暖かくなるのを感じた。
「それで、いつだったか僕にもチャンスが巡ってきた。試験を受けて図書館の正規の職員にならないかって言われたんだ。だけど、結果は散々。試験には落ちるわ、非常勤職員としてもここにはいられなくなるわで。まったく、馬鹿みたいだよな」 僕は3本目の煙草に火をつけた。一口吸ってから再び話し出す。
「それで、職員でもなくなった今でも未練がましく暇なときにはここにいる。半分、嫌がらせみたいにね」
「──そうでしたか……」 そう言った少女はなぜか、サングラスを外した。
「鉱物眼症……」 少女の眼を見た僕は思わずそう呟いていた。
「ええ。主にこの目が原因で私は虐められていますね。残りは私のこのひねくれた性格が原因かもしれませんが」
少女の両目は鉱物で出来ていた。詳しくは知らないがとても珍しい奇病だったはず。
世界的医学名は確か、Ore eye diseaseと言ったり mineral eye disease とか言ったはず。
とにかく眼球が鉱物のように変化する病気だった。
先天性の場合が多く、原因は遺伝的なものが多いと聞く。だが、本人は目が見えないというわけではなく、逆に健常者と比べると視力がいい傾向にあるらしい。ただ、他者から見て白目と黒目の境目がまったくわからない鉱物その物というわけだ。
目の鉱物は鉱物眼症個人によって異なる。少女の場合は僕の大好きなタイガーアイだった。
ダイヤモンドやエメラルド、サファイアの人もいるらしく、そういった人は眼を狙われることがあるのだという。つまり、象の象牙を狙うように、mineral eye diseaseの眼を狙った人攫いや殺人事件なんかが起こってしまったりするわけだ。
「詳しいんですね、鉱物眼症について」
「まあね。昔、調べたことがあったんだ。実際に鉱物眼症の人に会ったのは初めてだけど……」 僕は、マイノリティなものについて知りたいという欲求が昔から人一倍強かった。
それは鉱物眼症だけでは決してなく、全身が白いアルビノや左右の目の色が異なるオッドアイ、眼が一つしか無い単眼症、なんかについて調べたものだった。
「どうです? 実際に会ってみて。気持ち悪くなりましたか?」 少女は僕を試そうとしてか、僕の眼を覗き込むようにして言った。
少女の瞳である鉱物、タイガーアイの持つ茶色の中にある独特な金色の傷のように輝く模様が僕を見ていた。
「なるわけないだろう。それにその手は僕には通じないよ。僕はタイガーアイが石の中では一番好きなんでね」 僕は少女の目を見て離さないようにしてはっきりとそう言ってやった。
少女は少したじろぐ仕草を見せたが、何とか僕の目を離さないようにして言った。
「そ、そうですか。でも、なぜタイガーアイが好きなんです?」
「簡単なことだよ。僕は映画『ROCKY』のシリーズが大好きでね。その『ROCKYⅲ』の主題歌がサバイバーの歌う『アイ・オブ・ザ・タイガー』っていうだけさ」 僕は自信満々に答えてやった。
「聞いて損しました。……でも、ありがとうございます。そう言われてこの目も少しは浮かばれるでしょう」
「それなら、まあ、良かったよ」 僕らは初めてお互いに微笑み合った。その感じがまるで昔のようで妙に心地が良かった。あれ? そうか、昔のようで、か。
「君はこの先、どうするつもりなんだい?」 僕は試しに少女に聞いてみることにした。
「この先どうする、というのは?」 少女は怪訝そうな顔した。だけど、僕が答える前に少女が話していた。
「──もしかして、デートのお誘いですか?」
「ああ、そうだとも」 少女の答えは僕の意図したものとはかなりかけ離れていたが、とても素敵だと思えた。なぜか、少女と僕がそういうことをするのは当たり前のように思えた。だから、僕は少女の答えを肯定していた。
「とっても、いい提案ですね。相手がお兄さんというのは少し心許ないですが……。それに、年齢だけみれば犯罪ですよ」
「悪いね、相手が僕なんかで。話を聞く限りじゃあ君は16か、17歳のはずだ。僕はまだ22だから5つしか違わない。この世界にはいったい何十歳差という恋人やパートナー、愛人がいると思う?」
「年の差は関係ありません。問題は私が高校生という一点のみです」
「そうか」 僕はベンチから立ち上がると、少女に手を差し出してみた。少女はほんの僅か躊躇していたみたいだったが、やがて僕の手を取ってくれた。
少女が立ち、ベンチの傍に置いてあった松葉杖を手にしようとする。僕は2つの松葉杖を少女より先に取り、そのまま少女を両手で抱えてしまった。
「何をしているんですか?! 早く離して下さい。降ろして下さい!」 少女はしばらく僕の手の中で暴れていたが、やがて大人しくなる。僕に敵意ややましい気持ちがないとわかってくれたのだろう。
僕は少女を抱えたまま歩き出す。少女は小柄なとおりにとっても軽かった。
「どこへ行くんです?」 少女が少し機嫌の悪そうな声色で問いかけてくる。
「駐車場」
「お兄さん、車持ってたんですね。図書館の駐車場ですか?」
「まあね。そうだよ、図書館の駐車場に停めてある」
駐車場に着くと、僕は少女を手の中から解放してあげた。そのまま、持っていた松葉杖も渡す。少女は自分の力で立った。
少女が立つと、僕は愛車のALTOの鍵を開け、助手席のドアを開けてあげる。少女も思うところがあるのか、素直に助手席へと乗り込んできた。
僕は運転席へと乗り込む。エンジンをかけ、暖房をつけると、少女にどこへ行きたいと尋ねた。
「決まっているでしょう。川が流れているところです。あとは出来れば眺めのいいところがいいです」
「そうだね。それがいい」 僕も少女の意見に賛同していた。僕は音楽をかけると、ゆっくり車を走り出させる。車内に流れ始めたのは、ムーンライダーズのボーカル、ギターの鈴木慶一のアルバム『The Lost Suzuki Tapes vol.1』だ。
「まったく。相変わらず変わりませんね、あなたは」 少女は今までの会話よりも親しく自然に僕にそう言った。
「名前で呼んでくれよ」
「きれま、君。また、会えて私は嬉しいですよ」
「芽衣子。僕もだよ。でも、僕らはいったい、これで何度目なんだと思う?」
「そんなこと、どうでもいいことです。また、会えたんだから」 少女、いや、芽衣子は僕の膝に手を置いてきた。
「私たちはきっと、お互いに気づきやすいんだと思います。私の目のおかげで。気持ち悪いでしょうけど」
「何度も言っただろうけど、気持ち悪くなんかないよ。僕は好きだ」
信号が赤になる。僕は車を停止させた。そして、当たり前のように芽衣子にキスをする。芽衣子も受け入れてくれる。
「何にしても、本当に変わりませんね。未だに『LEFT BANK』を聴いているだなんて」 芽衣子は車内に流れているアルバムの5曲目、鈴木慶一の歌う『LEFT BANK』について話してくる。
「今の僕たちにはぴったしな曲だと思うけどなあ」
「前にも言ったじゃないですか。私は鈴木慶一の歌うのより、高橋幸宏が歌っている方が好きだって」
「それは、音楽性の違いって奴さ」
『LEFT BANK』は元々、鈴木慶一と高橋幸宏のバンドTHE BEATNIKSの曲で、作詞は鈴木慶一、作曲は2人で手がけた曲のはずだ。
僕らは車を小一時間ほど走らせ、眺めの良さそうな大きな河岸へとやってきた。車を停めて、僕は少女を抱き上げ、しばらく歩いた。
河岸には図書館裏の公園のベンチとは比べものにならないほどの綺麗なベンチがあり、そこに芽衣子を座らせた。
僕らはしばらく水の流れていない川を見つめていた。水は流れてはいない、だけど、間違いなく、川は流れ続けている。
僕らがいる左岸の反対側、右岸の方では、ベビーカーを押す父親と思しき若い男の人と母親であろう若い女の人が歩いていた。2人の姿は見えないがベビーカーに乗っているであろう赤ちゃんの様子を時折気にしながら、幸せそうな笑みを浮かべてお互いを見つめ合っていた。
彼らは僕たちのいる左岸の方を時には眺めることもあったが、僕たちのことは一度も見なかった。いや、きっと見えないのだろう。
「あれは、あったかもしれない未来の私たちの姿なのかもしれませんね」 芽衣子も同じ2人を見ていたらしく、僕の肩に寄りかかりながら、そう言った。
「そうかもしれないね」 僕はそう返答していた。
「ある人が言っていたよ」 今度は僕がそう話し出す。
「なんて言っていたの?」
「『川は流れ、全ては繰り返す』って。どう思う、芽衣子は?」
「私は……、そうは思わない。いや、そうでありたくない。でも、私たちは同じことを繰り返してる」
「そうだね。でも、止まったまんまだ」
「この場合で言う、『全ては繰り返す』というのはやはり、輪廻転生のことなのでしょうか? だとすれば、間違いなく私たちは外れている……」
「だろうね。多分、僕は後悔しない」 そこで、芽衣子は僕の顔を見つめてくる。
「ねえ、どう思う? また会えるかな?」
「もちろん、何度でも。僕は繰り返すよ。芽衣子に会えるなら。それでもし、邪魔する奴がいるなら、イピカイエー、くそったれ、さ」
「私も……、私も、そう言い返してやります!」 僕らはお互いの手を握り合う。川には水は流れてはいない。だけど、白く光り輝いていた。その光は僕らを飲み込むように大きくなり、ゆっくりと近づいてくる。
僕らは抵抗しない。だけど、また、絶対に……。
「おやすみなさい」 芽衣子がそう呟くように言ったのが微かに聞こえた。
「──おやすみ、芽衣子……」 芽衣子に聞こえたかはわからないが、僕もそう何とか呟き返した。
そして……、
──僕は霧のような雨が降る中を歩いている……