修羅の家
私の両親はいわゆる仮面夫婦というやつだった。父親の稼ぎは良かったものの酒癖が悪くモラハラ・DVは当たり前の糞のような男だった。
母親はそんな父親に逆らう事の出来ない貞淑な妻であったが、父親に対して愛情があるようには見えなかった。
私は三人兄弟の末っ子であったのだが、物心つく頃には家庭はそんな父親の独裁で、私達はいつでも父親の顔色ばかりを窺って生活していた。
家には両親と私達兄弟の他に父の両親、そして父の弟も一緒に暮らしていた。私達にとって祖父母にあたる父の両親は父同様の糞な人種で、母は世間一般で言う所の嫁いびりというのを常にされていた。
そんな中で唯一私達兄弟に優しくしてくれていたのは父の弟である叔父だった。
叔父は身体が弱かった。叔父は仕事こそしているものの、その生来の虚弱体質からまともな職に就けずにいた。祖父母からは嫁のきてもない穀潰しと常々罵られていたのだが、そんな誹りに文句のひとつも言わず、ただ泰然とそこに居た。
叔父は時に兄である私の父から暴力なども受けていたが、それでも彼は反抗する事もなく、家から出ていく事もなかったのだから、ある意味胆の据わった人ではあったと思う。
そんな叔父ではあったが私達三兄弟にはめっぽう甘く、稼ぎも然程なかったと思うのだが、そんな中から私達にゲームや本などを買い与えてくれる優しい人でもあった。
母には身内がいなかった。父は「身寄りのない女を貰ってやった」と常に母を上から目線で罵っていたので、母に逃げ場がない事は分っていたが、それでもある程度私達が年齢を重ねて「離婚をした方がいい」と勧めてみても母は頑なに首を縦には振らなかった。
家庭がそんな状態の中で育った私達三兄弟だ、円満家庭で育った者のようにまともに育つ訳もなく、長兄は年齢を重ねるにつれ、次第にその性格が父親に似ていった。
祖父母は長兄を溺愛していた、それはいわゆる長男教とでも言うのか、我が家の跡取り、お兄ちゃんが一番とそれはそれは兄を甘やかし続けた。
ああ、こうやって父親は育って、あんな風になったのだなとその糞な生育過程を見るようで、私はとても冷めたような気持ちで兄や祖父母を眺めていた。
母は最初こそ私達三兄弟を同じように愛情深く育ててくれていたが、そんな風に甘やかされ傲慢に育っていった兄には次第に何も言わなくなった。
逆に自分に似てきた長男を父は祖父母同様に溺愛していた。
私が間もなく中学を卒業するという頃になって、叔父が風邪を拗らせ他界した。その最期は本当にあっけないもので、人というのはこんなに簡単に死んでしまうものなのかと驚いてしまった。
けれどそんな中でも糞な父親と祖父母は「ようやく穀潰しが死んでくれた」と逆に清々したような顔をしていて、怒りが湧いたのを覚えている。
叔父の四十九日が過ぎた頃、何の前触れもなく母が父へ離婚を申し出た。それはまさに青天の霹靂で、今まで何度離婚を勧めても頑なに首を縦に振らなかったのに何故なのか? と私は驚きが隠せなかった。
母は次男と三男である私の親権だけを要求し、それは以外は何もいらないとそう言った。元々長男は祖父母や父に溺愛されていたし、一緒にと言っても来ないだろうと母も分かっていたのだろう。
祖父母は当然怒りを露わにしたのだが、当事者である父は意外と冷静で「出て行きたければ行けばいい」と感情のこもらない瞳でそう言った。
意外なほどにあっけなく両親の離婚は成立、私達は新しい生活を始める事になった。
これは後で知った事だが、その当時父には外に女がいて、母が居なくなれば逆に都合がいいと思ったのもあったのだろう。その証拠に、父は母が家を出てすぐにその愛人を家に引っ張り込んだと私は風の噂で聞いた。
母はずっと専業主婦で金などないと思っていたのだが、予想外に私達の生活は困窮する事がなかった。そんな金をどこに隠していたのかと私が母に尋ねると「叔父さんがあなた達にって遺してくれたのよ」と私に言った。
それは叔父の隠し財産、用意周到にこっそりと叔父はその金を母に遺していたのだそうだ。だが確かに、叔父は私達兄弟にとても優しかった、けれど自分の身体が弱いことを分かっていて、母を攫って逃げる事もできなかったのだろう。そして母もそれを分かっていて、あの家を出る事を拒んでいたのだ。
母と叔父とはきっと相思相愛だったのだろうなと思ったら、なんだかすとんと腑に落ちた。
それから数年して祖父が病に倒れたと聞いた。はっきり言ってどうでもいいと思ったのだが、何故か母が見舞いに行こうと言い出した。何故母が突然そんな事を言い出したのか真意は全く分からなったのだが、かつて一度は身内となった人間だ、一度くらいならと私達は病院へと赴いた。
祖父の病室には全く会いたくなかったのだが、私の父とその愛人、そして愛人の傍には幼い子供までいて呆れてしまった。
父は既に50過ぎ、まさかその歳で子までもうけているとは思わなかったのだ。
そんな幼い子供を見て母は「あらあら、うふふ」と笑みを浮かべた。
「お前、一体何をしに来た! まさか親父の遺産を狙って……」
「あら嫌だ。私はそんなに卑しい事は考えていませんよ、それよりも遺産を狙っているのはそちらの女性ではなくって?」
「あ!? お前、ふざけんな!」
「あら、私はふざけてなんていませんよ、だってあなた種無しじゃない」
そう言って、母はくすくすと笑い続けた。
「せっかくだから教えてあげようと思って今日は訪問させていただいたの。あなたが自分の子だと思っていた三人ともあなたの子供じゃなくってよ? 三年子無しは去れとお義母様にいびられ続けて、こうするしか術がなかったのよ。ねぇ、お義父様?」
母がベッドの上に横たわる祖父を見やりうっすらと笑みを浮かべた。
「え、な……どういう事だ!?」
「言葉の通り、長男はお義父様の子だって言ってるの、あなた鈍いわねぇ。それに次男、三男はあなたが散々馬鹿にしていた弟の子、だからきっとその子もあなたの子供なんかじゃないはずよ、なんならDNA鑑定でもしてみたら?」
それだけ言って、母は清々しい表情で踵を返した。自分が叔父の子だというのも衝撃だったが、まさか長兄が祖父の子供だったとは予想だにせず驚いた。でも逆に、何故母が成長過程の長男に感心を示さなくなり親権も放棄したのか、その理由も分かった気がした。
その後の父の家は荒れに荒れたらしい。
母の言う通り、愛人の子供は父の子ではなかったようで、父は愛人を追い出した。続けて、長男とのDNA鑑定もしてみたそうなのだが、結果、母の言った通り長男は祖父の子である事が判明。父は祖父に怒り狂い、それは当然祖母も同じで祖父は介護を放棄されて孤独な闘病生活を送っているのだとか。
今まで祖父母と父親に甘やかされて生活してきた長兄も、父から疎まれるようになり家を出て、家族はあっという間に崩壊したらしい。
ここまで完全に空気だった次男だが、実は母と叔父との関係は幼い頃から知っていたらしい。なんで教えてくれなかったのかと問うと「言ってどうなるもんでもないだろう?」と、実の父親である叔父にそっくりの笑みで笑っていた。
現在母は、手に職も付け今までの人生の中で一番楽しそうに人生を謳歌している。
「不倫の件で慰謝料請求でもされるかと思っていたのに、あの人意外と腑抜けだったわね。まぁ、そのつもりでこちらも各種モラハラ・DVの証拠は抑えてあったけど」
と、母も清々しい笑みで笑っていた。
私はこの一連の事件を経て「女は怖いな」としみじみと思うとともに、自分はこんな嘘だらけの家庭ではなく、真っ当で幸せな家庭を築こうと心に誓った。
このお話はフィクションです。




