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人間見聞録  作者: 大柳京太朗
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報道の町 弐

 見学への受付は普段ならだいぶ混んでいる。何しろ報道の中心地、WPF本部。それはもう誰しもが行きたいと願うだろう。

 だが今日は世間一般的には平日だったので、そこまで人は居なかった。おかげで受付の美人の姉さんにすぐ顔を見せる事が出来た。

「……やあ。見学をしたいのだが」

 私が至極フレンドリーな顔で彼女に伝える。そうすると同じ様に彼女も優しい笑顔で話してくれた。

「はい。見学ですね。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「大柳京太朗」

 私がそう言うと、先程までの彼女の笑顔が消え失せて、むすりと笑わなくなった。

「……お客様……あの、『大柳』ですか?」

「……もしそうだったらどうする?」

 私は笑顔を崩さずそう返す。……父親は優秀な旅作家で、真実を伝える事で評判が良かった。……それが災いして、今の私の評価は芳しくない。……嘘を伝える旅作家。私はそう言われる。

 だがそのスタンスを崩すつもりは無い。こんな事で崩れるなら、私はここにいないのだから。


 有難い事に彼女は私を建物の中に入れてくれた。どうやら彼女にとって私が大柳京太朗かどうかは関係無かったらしい。ただその有名人か聞きたかっただけだろう。

 WPFのロゴと「GUEST」とという文字が印刷されているネックストラップを身につけ、私はWPF本部の中へと入っていく。いよいよ報道の最先端がお目にかかれるという訳だ。


 本部はかなり広いホール程の大きさがあった。そこで驚いたのは、全くと言っていい程人が居ない、という事だ。

 道を往く中で、すれ違ったのは一人か二人。廊下はほぼ誰も居ない。

 思えば、ガイド役も居ない。好きに見て回れ、という事なのか。

 中自体は確かに広いが、自然光という物が一切入ってきていない。電気が無くなってしまえば、この施設は真っ暗だ。

 私は、そんな特徴をメモしながら、辺りを進んでいく。時々すれ違い職員達は、皆訝しげに私を横目で見ていく。

 全く、なんとも居心地の悪い場所だ。


 鉄色の廊下を進んでいくと、やがて同じ色合いのドアが見えてきた。廊下と壁、天井が全く同じ色をしているので、一瞬ドアが壁に見えた。

 ドアノブを掴み、重い扉を押した。ギイイイという気味の悪い音が響く。

 

 そこには、高い天井の部屋の壁を埋め尽くす程のモニターと、その床一面に置かれたコンピュータが鎮座していた。

 その画面には、地球全体が映し出されており、忙しなく動いている。どうやらこの星全体の報道番組を生中継している様だ。

 画面の縁には「BRAIN」と書かれている。正しく、報道の脳――Brainなのだろう。

 私は興味を抱きながらその画面に近付いていく。すると後ろから声をかけられた。

「ちょい待ち。あんた誰?」

 若い男の声だ。私は反射的にその声に答える。

「ああ、済まない。少しばかりの興味を抱いてね」

「ああそう。……こっち来なよ」

 私はその声の方へとゆっくり歩いていく。

 その声の主は、オフィスチェアにゆったり腰掛けながら、コンピュータのキーボードを一心不乱に叩いていた。申し訳ないが画面から何をしているか判断する程私の脳は優れていない。

「……で、あんた誰だ」

「私は大柳京太朗。……君は」

「大柳……なんか聞いた事ある様な。俺はカイカだよ。見ての通り、WPFの職員」

 見ての通り、と彼は言うが、彼の格好は職員と思えない程ラフだった。何かよく分からない柄のTシャツを情けなく着、スリッパを履いている。

 他の職員は皆スーツを着ているのに、どうやらこの空間だけは特例がある様だ。

 カイカは私の方など見もせずに、話しかけてくる。

「……。あんた、見学者?」

「ああ。私の目的の一環だ。……君は何故ここにいる?」

「……俺? 俺は……なんでだったかな。……覚えてないや。でもそんな事どうだっていいだろ?」

「いいや。……私は君に興味を持っている。だから私は君の事をもっと知りたい。……当然の論理だよ」

 私は画面と睨み合いをしている彼にそう反論する。

「……伽耶風開花(かやかぜかいか)。昔は女みたいな名前だってよく弄られた。昔からパソコンが得意で、親に良いパソコンを買って貰っては弄ってた。……そしたら急にWPFからスカウトが来て……ここにいた」

 彼のお陰でWPFがスカウト制だという事を知れた。私は更に彼に話しかける。

「ありがとう。……君は今何の作業をしているんだい?」

 私は未だにこちらを見ない彼に言う。

「……報道の……“修正”だよ。……不都合な現実を消していくんだ」

「……?」

「現実にはどうしても……WPFにとって都合が悪い事実がある。そうじゃなくても、報道番組は年々視聴率が下がってるんだ。だから俺が……修正する。映像を捏造する。亡くなった人の実名を晒す。……はあ」

 その言葉を聞いた瞬間に、私の身体に電流が流れた。……まさか。あのWPFが……こんな事をしていたなんて。

 ……だが私は、記録者。……その事実を傍観し……記録する。それが私の運命なのだ。

「……何故そんな事をするんだい?」

 私は深呼吸して彼に尋ねた。

「……俺の上司が言ってたさ。『視聴者達は皆馬鹿。馬鹿でも俺達の番組で喜んでいるならそれでいいじゃないか。一番大切なのは視聴率だ。視聴率が少なければ報道の意味が無い』……ってね」

 私はぼそりと呟いた。

「……コンテンツ化、か」

「あんたの言う通りだ。……WPFは報道をコンテンツ化している。……日常でストレスを抱える馬鹿向けのな」

 彼はそう独り言の様に言った。……残酷に時は流れていく。

「……これが君のしたかった事かい?」

「……いいや。……だけどさ。……なんだかこんな事してると……生きる事ってなんだろうって考える様になって。……出ていく気力も無いのさ。……俺も死んだら……修正されるのかな」

 彼は力無く言った。私は無言で彼の頭を撫でてやると、その部屋を出て行った。


 私のハーレーが未舗装路を駆けていく。WPFを過ぎると、舗装路が無くなってしまったのだ。

 ……彼も……私と同じなのだろう。……生きていく為に記録をする……。

 だが私と彼の決定的な差は……真実であるか否かだ。

 私はWPFのネームタグをぎゅうと握り締めると、それを天高く投げ捨てた。


 ……最後に彼が、仮初から脱却出来る事を祈って、この話を締める事にしよう。

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