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04 彼女と痛み

 「私の・・・! 私の声が聞こえたら返事をしてください! 誰か・・・! 誰かいませんか・・・!」


 静寂に包まれる竜人族(ドラゴニュート)の集落の中、美少女の声だけが響き渡る。

 救命・救助活動を開始してから四時間が経過しているが、未だ生存者は見つかってない状況だった。

 

 「クソ、全員燃え死んだってことか?」

 「まだ、可能性はある! だからそんな不吉なこと言わないで!」


 美少女の気持ちは痛いほどよくわかる。

 俺だって、救えるものなら救ってやりたいさ。

 だが、はっきり言って状況は絶望的と言っても良いだろう。

 俺たちは、四時間の捜索の時間を費やしても、竜人族(ドラゴニュート)の姿を一人も見ていなかったのだ。

 

 「分かった、とりあえず手分けして探そう。えっとー・・・名前は何だっけ?」


 美少女の名前はもちろん知っているのだが、いきなり呼んだらキモいと思われるのがオチだ。

 夢の中でもキモいって言われるのはかなりキツイ。

 だから俺は、遠回りではあるが美少女に名前を聞き出すことにした。

 美少女は、焦りのせいか表情を崩すことなくサラッと告げる。


 「私の名前はミレイシアっていうの。あなたの名前は?」

 「え!? あ、ああ・・・、俺は竜二だ」


 あれ? 想像していた名前とかなり違うんだが、これはどういうことなんだ? 俺の作品の中じゃないのか?

 夢の内容に確信を得たところだったのに、また訳が分からなくなってきた。

 夢なら何でもありか!


 「リュウジ・・・変わった名前ね? じゃあリュウジは南側の捜索に当たって? 私は北側を捜索するから。終わったらまたここで集合ね。何かあったら大声で名前を読んでね。そしたらすぐに駆けつけるから」


 全てを言い終えたミレイシアは、俺を取り残し約束通りの北側へと走り去っていく。

 あまりにも淡泊に告げられたため、俺はミレイシアに何も言うことなく、南側を担当に任されてしまったのだった。


 ーー手分けして探そうと提案を持ち掛けたかったんだが、先に言われてしまったな。


 まあ、俺が彼女に頼みたかったのは、西側を捜索してくれっていう内容だったから別にいいんだけど!


 にしても、やはりミレイシアは根がとても優しい女の子だ。

 襲撃された仲間を救い出そうと一生懸命なところとか、見知らぬ人に救いの手を差し伸べるところとか。

 美少女でめっちゃ優しいとか、もうそれ無敵じゃん!


 「ってそんなこと思ってる場合じゃないよな。夢オチであってもミレイシアの協力はしてあげないとあまりに可哀そうだ」


 そして、俺はミレイシアに指示された通りの南側の捜索に向かった。



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 南側の捜索から六時間が経過した。事の進展は、結論から言うと何もなかった。

 しかし、北側の方には進展があったようだ。

 日が西の空に沈みかかっている頃、辺りの静寂を切り裂くかのようにミレイシアの声が集落全体に響き渡った。


 「リュウジ! リュウジこっちに来て! 何か変なもの見つけた!」


 竜人族(ドラゴニュート)の生存者ではなかったものの、何やら珍妙なものを発見したらしい。

 ミレイシアの口ぶりから察するに、本当に変なものを見つけてしまったのだろう。

 虹色に輝く虫が汚物を捕食している現場か、はたまた金色に輝くクワガタを見つけたとか。

 竜人族(ドラゴニュート)の生存者とは一切関係ない以上、とてつもなくくだらないことは確定事項と言っても良いだろうな。


 ーーいや、ちょっと待てよ・・・このシチュエーション・・・。


 俺が書いた小説の中で同じエピソードがあった気が・・・。

 確か、ヒロインが見つけたものが不気味な魔法陣で、そこから紳士な悪魔が現れる展開だった気がする。

 だとしたら、ミレイシアが見つけたものはーーーー頼りになる仲間を召喚する「魔法陣」だ!


 急いで声がする方へ向かってみると、その場に座り込んでいるミレイシアの姿があった。

 やっぱり俺の仮説は正しかったんだ!

 小説通りなら、ここで一人仲間が増える!

 そう期待したのも束の間、ミレイシアが振り返った際に見えた珍妙なブツに正直目を疑った。


 --え、なにこれ・・・?


 本当に変なものだったため、かなり驚いた。

 それもそのはず、俺が想像していた魔法陣じゃなく、適当に作り出した仮説の中の一つだったのだから。

 金色を一際放つそのブツを見て、俺はミレイシアに恐る恐る尋ねた。

 

 「な、なあ、ミレイシア? これってあれだよな・・・、クワガタだよな・・・?」

 

 俺とミレイシアの眼前にいたのは、夕日に照らされる黄金のクワガタだった。

 虫の知識はこれっぽっちもないが、それがクワガタだということだけは分かる。

 だが、腑に落ちない点があるとすれば、「魔法陣は?」ということだけだ。

 辺りを見渡しても魔法陣らしきものは見当たらない。

 またしても、状況は振り出しに戻ってしまった。


 「こんなクワガタ見たことない! キラキラしてて綺麗だね?」

 「あ、ああ、そうだな・・・」

 「リュウジ、クワガタってどうやって掴むの? 私見たことはあるけど触ったことがないから分からないんだ。ちょっと掴んでみてよ!」

 「いや、それよりも捜索を再開した方が良いんじゃないのか?」

 「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!」


 そんな期待の眼差しを向けるんじゃない! 少しだけやってもいいかな? って思ってしまうじゃないか!

 ミレイシアのような絶世の美少女にお願いされて、断れる奴が果たしているだろうか?

 いや、普通にいなさそうじゃね?

 だが、俺には一つだけ問題がある。

 それは、生まれてこの方クワガタを触ったことがないのだ。

 自慢ではないが、振れたことすら一度もない。

 正直どう掴んでいいのか分からないのだが、美少女であるミレイシアのお願いを断る勇気はなかった。

 

 --これって、ハサミの部分を持つ? それとも尻の方を持つのか? 胴体の真ん中かな・・・?


 クワガタを掴み取る標準が定まらない。

 だって、俺の標準に沿うように威嚇してくるからさ! どこ掴めばいいんだよ! って話。

 なかなか取れないでいる俺の背後で、クスクスと笑ってる声が聞こえた。


 「リュウジも実はクワガタ触ったことないんでしょ! 見てて丸分かりだよー」

 「い、いや? 普通にクワガタ掴めるよ? ただ何かの病原菌持ってるんじゃないかーって思っただけだよ? ほら、虫だって毒持っている虫もいるそうじゃん? だから別に掴めないって言うわけじゃないよ?」

 「その割には口数が多いよ? それに手だって目に見えてわかるほど震えてるじゃん! もう無理しなくていいよ」

 「そ、それじゃあ、捕まえたろうじゃないか!」


 情けを掛けられるほど、俺は何もできないわけじゃない。

 女の縁がなかった俺に、ようやく美少女が舞い降りてきたのだ。

 一人の男として、カッコいい所を見せなくてはならない。


 ゆっくりと慎重に、クワガタを刺激しないように手を伸ばす。

 狙いは胴体の真ん中なのだが、クワガタはこれでもかというくらい反り返っている。

 そして、決着は無事についた。


 「ほ、ほら、捕まえられるだろう?」

 「ほんとだね! 疑ってごめんね・・・?」


 何だろう、なんだかミレイシアを騙しているようで心が痛むな。

 でも、生まれて初めてクワガタを掴んでみたんだが、なんか不思議な感覚だ。

 抜け出そうと必死に足をバタつかせているクワガタに、生命の神秘的なものを感じる。


 ーーこれが、クワガタかぁー・・・。


 そんな感動に浸っている俺の指に、突然激しい痛みが走った。

 どうやら、上羽と前胸背板に指を食い込ませてしまったようだ。


 「痛って!」

 「リュウジ!? 大丈夫?」

 「ああ、大丈夫だ・・・」


 クワガタは俺に怪我を負わせるだけ負わせておいて、どこかへ旅立ってしまった。

 一言ぐらい謝れよな!

 まあ、クワガタは喋れないから無理な話なんだけど・・・。

 しかし、俺を心配してくれるミレイシアが優しすぎる。

 彼女の全てが眩しくて、痛みが浄化されるようだった。


 --ん・・・? 痛み?


 あれ? ここは夢の世界だよな? なんで痛覚が正常に働いてるんだ?

 夢の世界なら痛覚は存在しないはずなのに、なんで痛みを感じたのか。

 もう一度確かめるため、俺は自分のほっぺを力強くつねった。

 ・・・・・・普通に痛い。


 ーー一体どうなっているんだ!? まさかここって・・・夢じゃない? いやいや、そんなわけがない。


 夢じゃないということは、俺はどこか日本ではない外の世界に連れ出されたのか?

 俗に言う「誘拐事件」ってやつ?

 だが、それではこの両腕と魔法に説明がつかない。

 夢でもなければ、現実でもない。

 じゃあ、俺の小説に似た設定のここはどこだって言うんだよ!


 パニック状態に陥る俺に、ミレイシアは不思議そうな顔で尋ねてくる。

 

 「なんで今ほっぺつねったの? リュウジって痛いのが好きな人なの?」

 「いや、そんなことないから。それより、ミレイシアに聞きたいことがあるんだけどいい?」

 「ん? なに?」

 「ここって、架空・・・の世界じゃないよな?」

 「架空の世界? リュウジは面白いことを言うね。この世界の他にどこか違う世界があるの?」


 そりゃそうだ、仮に夢の世界の住人からしたらこの世界が現実の世界だ。

 ダメだ、訳が分からな過ぎて変な事しか口にできない気がする。これは一度頭を冷やす必要があるな。


 「この近くに川とか湖とかあるか?」

 「すぐそばにあるけど、どうかしたの?」

 「ちょっと顔を洗いたくてさ。場所が分からないから案内してもらえるかな?」

 「良いよ! あ、でも捜索できなくなっちゃう・・・」

 「俺を案内したら、戻てくれていいから」

 「んー、でも何かあったら心配だし、今日はここで切り上げようかな・・・」


 いかなる状況でも俺の心配をしてくれるミレイシアは、もう天使と言っても差し支えなかった。

 だからこそ、俺ができることと言えば彼女が気を遣わないように話をうまく纏めることぐらいだろう。


 「それはミレイシアに任せるよ」

 「分かった! それじゃあさっそく向かおうか!」


 ミレイシアの案内の元、俺は水辺エリアへと向かって行った。 


最後まで読んで頂きありがとうございます!

次の更新は、17日の21時になります。

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